2018年6月24日 (日)

入院日記 リハビリ編 その24

6月22日(金)晴れ

昨夜は20時半に就寝。だからたろうか、深夜に目が醒めると眠れなくなってしまった。

金子光春の「西ひがし」を読む。「マレー蘭印紀行」の続編。パリ、ベルギー貧乏その日暮らしの滞在後、妻を現地に残して一足先にシンガポールへ。マルセイユに向かう途中のパリのカフェでフランス人が騒いでいた。何と満州事変の勃発だ。私の母はこの年に生まれた。船中で猥談に耽る日本人を尻目にプルーストの「失われた時を求めて」に没頭する留学帰りから日本では小林秀雄の新しい文芸思潮が登場し、プロレタリア文学は退潮したことを知る。

中国系が多いシンガポールの対日感情は日に日に悪くなっていた。ジョホールを抜けて懐かしのバトパハへ。中国系が多いとは言え日本資本で栄えたここは雰囲気がトゲトゲしくはなかった。が、詩人は英蘭と同じ側にたって現地で利益を追求する日本人の時局に
対する鈍感さに違和感をもつ。それでも、詩人の感性は、ニッバヤシ、びんろうじゅ、強烈な日中の陽射しとスコールの後の爽やかさ、ヤモリ、猿、サソリ、蚊、アラブ人のカフェ、かきょうたちのゆうげ、等をに感応する。かき氷やで出会った片言の日本語(神戸に生活した)を操る白裸のかきょうの若い娘と出会い、詩人本来の奔放さからパリの妻と日本の子供を打ち捨てて、この女とジャングル深く押し入り享楽の逃避行の束の間夢に浸る。

読んでいると、ホトトギスの鳴き声が聞こえて来た。そしてようやく眠りに落ちた。

2度めの目覚めは6時る。アルゼンチンがクロアチアに破れ一次リーグ敗退。

米国のトランプ大統領政権は話題に事欠かない。不法移民に対する処理で発生した親子隔離問題。国連人権理事会からの離脱。リベラルな立場から批判が噴出している。一方で、計算しての発言なのだろうが残忍な北朝鮮の独裁者を持ち上げている。自己の保身と利益を最大化する行動に徹するかに見える大統領は無節操なオポチュニストに見える。ビジネスと政治は違うだろう。

北朝鮮問題の今回の経緯で自分が(多くの人も共有すると思う)一番引っ掛かるのは金一族の無慈悲な支配に対するモラルの問題があると思う。自分に反対する勢力をことごとく死をもって排除してきた残忍な体制の当事者である。スターリンの遺伝子が濃厚だ。自分の兄ですら毒殺した男だ。体制保証=金一族であっていいのか。北朝鮮の餓死していく人々はまったく浮かばれない。日本の帝国主義の負の遺産を言われる筋合いはないと思うのだ。その前に自負たちの負の遺産を清算するべきだ。ソ連も中国もそれなりの清算は経て体制の変革がなされて現在がある。核放棄=金体制放棄の体制変革を経た北朝鮮なら私は納得するのだが。

朝食はシリアル、ミルク、バナナ、フルーツジュース、ポテトサラダ。

リハビリ、足の包帯の交換をした後は、居間でユンガーの日記を読み続ける。

昼は、おにぎり1個、メロンにコーヒー。

午後は寝不足もあり居間で昼寝。BSの映画はスキップ。ウッディ・アレン監督の比較的新しい作品だが、冒頭を観てこりゃだめとスイッチを切った。韓流ドラマと一緒にするわけではないが見ていてイライラしてしまう何かがある。自分の今の境遇と関わっているからだろか。それとも、年齢か?

3時におやつ(柿の種とチョコレート)とり、2階へ。ベッドで心地よい風にあたりながら休憩する。エリア・カザンの自伝(積ん読状態)を思いだして取り出しパラパラめくるも、また眠くなりうとうとしながら夕刻までの一時を無為に委ねる。

夕食はカレー(レトルト)とオニオンサラダ。冷蔵庫の食料が残りすくなくなってきたらしい。明日までは大丈夫だろう。

東京湾に鯨現れる。ろくでもない殺人事件報道が多くげんなりするが、こういうニュースには心が踊る。

足が完治するまで禁酒しているがうまいエールのビールを飲めるのはいつになるのか。タメ息。Good Grief 。

夕食後の読書。加藤陽子著「満州事変から日中戦争へ」を読む。日本が戦争する原因は、日清・日露を経て得た大陸の権益を巡ってだ。その権益とは何か。範囲は。敵対する国際社会(と言っても、主として、米国、英国、ソ連と中国)との確執の歴史的経緯と解釈の齟齬。日本に全ての非があるとは思わないが、不敗神話で自己増長した陸軍や大陸の権益に日本の将来をかけた勢力が自己に都合ねいい解釈の上で強引な自己の正当化を行い(帝国主義では当たり前。アメリカのハワイ併合、フィリピン併合を見よ)、力勝負に出て、自滅したのが先の大戦だった。

力の行使による強制力だけではだめだ。人々がそれを認める正統性が必要だ。政治力、経済力、そして今で言う「ソフト・パワー」だ。20世紀は、大衆化の時代、アメリカン・ウェイ・オブ・ライフが世界を覆うことになった時代だった。アメリカの世紀と言われる由縁である。フランス革命やロシア革命ではない。1773年のアメリカ革命こそ、現代の淵源となる世界史的な事件だったのだ。

日本の義務教育の歴史教育は、相変わらず古代から始まって明治維新で終わっているらしい。評価が定まってはいない近現代史から議論を通じて過去に遡る方法を取るべきだ。まずは、先の大戦を学ぶところから歴史教育を始めてほしいと思う。

2018年6月23日 (土)

入院日記 リハビリ編 その23

6月20日(水) 雨

朝から雨模様。天候がわるいとウグイスは盛んに囀ずる。

昨日はテレビ漬けの1日となった。今朝のニュースはサッカーの日本の勝利で盛り上がっている。次の相手はセネガル。ポーランドに勝利した。これまた難敵だ。リーグ戦とは言え、皆一発勝負。総合力で上回ってもドイツのように負けることもある。優勢な力には組織力と柔軟な戦術で活路を見いだすしかない。ガップリよつの試合にはならないだろ。守りを固めてカウンターで攻撃、少ないチャンスを狙う。かと言って、奇策を用いるほど日本は劣勢ではないように素人ながら思えるのだが。

朝食後、リハビリ。テレビでスペインの食紀行。ピンチョス、リンゴ酒で食べるステーキ、オムレツ等。ロンドンで仕事をしていた時、職場のピリー(スペイン人)が食べさせてくれたオムレツを思い出す。

寝不足もありお昼(焼そばとコーヒー)を挟んで休憩。午後はたっぷり2階のベッドで昼寝。

すっきりした頭で「1941」を読了。ドイツのポーランド侵攻から始まるこの本は真珠湾攻撃でルーズベルトの米国が参戦する場面で終わる。しかし、実際には、その前から段階的にイギリスを中心に、チャーチルの要請に呼応しながら、蒋介石の中国、スターリンのソ連を支援し、既に参戦していたと言える。日米交渉は、アメリカにとっては、時間稼ぎの引き延ばしで、大西洋と太平洋の2正面での戦線は避けたかった。日本が先に戦争を仕掛けることはドイツ同様に期待していた。

病院から、医者の診断書ができたと、連絡があった。

夕食はボリュームたっぷりの目刺しとポテトサラダ。

シャワーを浴びて、夕刻前の読書。テレビはお休み。テレビもラジオも電気もない時代の庶民は陽が暮れて何をしていたのだろうか。

ユンガーの「SiebzgigVerweht」をパラパラ拾い読み。アイスランドの滞在。スリランカ。

昨夜の寝不足は解消されていないのか眠気に襲われ就寝。21時半。

6月21日(木) 曇り

雨は一時的にやんだようだ。熟睡した。時計を見ると5時半前。ウグイスの囀ずりも聞こえる。

単なる骨折とは言え、人生で自分には無縁だと勝手に思い込んでいた入院を経験し、さらに長いリハビリのための療養生活。かれこれ1ヶ月半になる。

入院前だが、電車通勤していたある日、松葉杖の男が乗り込んできて座っていた私の前に来たときのこわばった不満げな顔を思い出す。席を譲ってあげたが、当然でしょと言わんばかりの無愛想さに、何だ、こいつ、とこっちは思ったが、今は相手の気持ちが良くわかるような気がする。

ニュースを見る。パナマ文書から本人に自覚がないところでパスポートの写しがネット上で売買され、出会い系サイトの会社運営者にされていた話。海外での会社登記は日本の警察権力が及ばないからだと、会社関係者はいう。パスポートの写しはどうでもタイのマッサージスクール研修の際に提出したものが売られた可能性がある。

いてもの朝食後、午前中はリハビリをして2階で過ごす。ユンガーのセイロン、現在のスリランカ滞在日記を読んで、開高健の旅行紀行本を思い出したように取り出して鮮やかな写真と文章をパラパラと逍遙する。8割が仏教徒。少数派のタミール系はヒンズー教徒。クリスチャンもいる。オランダやポルトガルの末裔もいるらしい。宝石と小乗仏教が開高健の切り口にユーモアたっぷりの開高節が楽しい。1980年代に訪問。ユンガーは動植物の観察を中心に哲学的省察に耽る。

そういえば、ロンドンの職場の事務員でスリランカ人がいた。彼女が作るフィッシュ・カレー(サバを使っていた)はなかなかなものだった。スリランカは香辛料の産地でもある。

お昼は、ラーメンとコーヒー。

BS放送で映画「アメリカ、アメリカ」を見る。長年見たい、見たいと思っていた映画だ。イスタンブール産まれのギリシャ系移民の自伝的映画。「エデンの東」の監督エリア・カザンである。モデルは自分の父の叔父さんのようである。1963年制作のモノクロ。時は1896年のオスマントルコ。。エンターテイメントではないし、当時の貧しさとアメリカへの憧れが痛々しいくらい、切なく描かれていた。

アナトリア地方の貧しい町に少数民族として暮らすギリシャ人。時折りしも、同じ少数派のキリスト教徒であるアルメニア人が反政府運動を起こしてトルコ政府の弾圧を受け始めた。将来に見切りをつけた一家の主は全財産を長男に託してイスタンブールに上京させるのだが、途中で自分をかもにして財産を巻きあげたトルコ人を殺害、イスタンブールではアメリカへの渡航費稼ぎを目的に自分の若さと美幌を売り物に金持ちのギリシャ人絨毯商人の娘で一番器量が悪い娘と結婚。持参金でアメリカ行きの客船の切符を手にいれる。客船では愛情に餓える有閑マダムの情夫をしているところが発覚、暴力沙汰に発展的してアメリカ入国が危うくなる。結局、肺病を患った青年が自分が主人公から受けた恩義に報いようと船から海に飛び込んで、主人公は自分を捨てて自殺した青年に成り代わって入国を果す。靴磨きをするシーンで映画は終わる。アナトリアに残した家族は故郷で死んだ父を除いて全員が渡米したエピローグが流れる。

重々しい3時間に渡る大作映画だったが、堪能した。移民の国アメリカへ一世たちがいかなる理由でしかもいかに人を欺いたり犠牲を強いたり身勝手にがむしゃらに希望を抱いて目指したかの一段面である。

夕食はオニオンソースのハンバーグステーキ、ポテトサラダ。ボリュームたっぷり。

2018年6月22日 (金)

入院日記 リハビリ編 その22

6月19日(火) 晴

久々にお日様を拝めそうな1日になりそうな天気だ。

韓国は予想通り敗北。今日は日本がコロンビアと戦う。アトランタでブラジルを破った監督が指揮を取るが2匹めのドジョウは見つかるだろうか。

今朝はウグイスが全然鳴かない。どうしたことか。

ニュースを見る。

大坂の地震は意外に被害が大きかった。当事者は可哀想。命を落とした人は、ブロック塀や本棚の下敷きとなって亡くなった。後は建物の損壊、交通機関やインフラの麻痺。それに、SNSでのデマ情報が出回ったという。

スズキ自動車が中国から撤退。インドの成功は中国では通用しなかった。バブリーで見栄っ張りの中国人は軽自動車に興味なし。

8月の米韓軍事演習は中止となった。首脳会談を切っ掛けにまず米韓側が譲歩。北朝鮮の次の行動の番である。

いつもの朝食にアスパラガスと焼豚少々がついた。自分なりに豪勢。

BSで世界ふれあい散歩。今日はロサンジェルスのベニスビーチ。映画「スティング」の脚本を書いた人物も偶然登場。カリフォルニアの青い空と強烈な陽射し。ラップ好きのイギリスからの旅行者も。行き当たりばったりの気儘な街歩き。

午前はリハビリ後、2階で過ごす。

お昼は炒飯とコーヒー。

午後は、待ってました!ルキノ・ヴィスコンティ監督の「ベニスに死す」を見る。トーマス・マン原作の映画。大学時代に1度(眠ってしまった)、その後、マーラーの音楽に目覚めた30代にレンタルビデオで、目覚め、機会があるごとに見ている。物語は初老のアーティストが旅先のベニスで美少年に出会い、恋し、最後はそれが高じて官能の享楽に憔悴してエンディングはビーチで、輝き少年をながめやがら命を落としてしまうという、少年趣味がない私にはどうでもいい話。
時代は第一次大戦前。セリフ少ない。シーンのカットがヴィスコンティ独特の美しさ。アメリカ化が全地球的に覆ってしまった現代人にはもはやこのような美を表現することは不可能だろう。私がヴィスコンティ作品に惹かれるのはまさにこの意味でだ。ハリウッド映画は否定しない。失われてしまったヨーロッパ大陸の円熟した退廃と美への哀惜をこの監督は体現していると思う。

夕食(納豆とハムと玉葱の炒め)後、映画「社長外遊記」を見る。森繁シリーズ四週連続。岡田可愛が前半出演していた。新珠道代がハワイの料亭の女将。ハワイの風景が時代を感じさせる。来週も後半がある。

21時からサッカー観戦。強豪コロンビアを相手に西野監督が2度めの奇跡をもたらした。2対1で勝利。
主力が途中出場だったり、レッドカードで相手は1名退場する運もあったのだろうが、勝利は実力があってのことだろう。運が見方して劣勢を跳ね返した。それにしても驚いた。興奮で深夜過ぎまで暫く眠れなかった。足のこともわすれて・・・。

6月20日(水) 終日雨

朝から雨模様。天候がわるいとウグイスは盛んに囀ずる。

昨日はテレビ漬けの1日となった。今朝のニュースはサッカーの日本の勝利で盛り上がっている。次の相手はセネガル。ポーランドに勝利した。これまた難敵だ。リーグ戦とは言え、皆一発勝負。総合力で上回ってもドイツのように負けることもある。優勢な力には組織力と柔軟な戦術で活路を見いだすしかない。ガップリよつの試合にはならないだろ。かと言って、奇策を用いるほど日本は劣勢ではないように素人ながら思えるのだがテレビ解説を聞くと現時点での総合力はコロンビア以上らしい。

朝食後、リハビリ。テレビでスペインの食紀行。ピンチョス、リンゴ酒で食べるステーキ、オムレツ等。ロンドンで仕事をしていた時、職場のピリー(スペイン人)が食べさせてくれたオムレツを思い出す。

寝不足もありお昼(焼そばとコーヒー)を挟んで休憩。午後はたっぷり2階のベッドで昼寝。

すっきりした頭で「1941」を読了。ドイツのポーランド侵攻から始まるこの本は真珠湾攻撃でルーズベルトの米国が参戦する場面で終わる。しかし、実際には、その前から段階的にイギリスを中心に、チャーチルの要請に呼応しながら、蒋介石の中国、スターリンのソ連を支援し、既に参戦していたと言える。日米交渉は、アメリカにとっては、時間稼ぎの引き延ばしで、大西洋と太平洋の2正面での戦線は避けたかった。日本が先に戦争を仕掛けること(最初の一撃を相手がすること)はドイツ同様に期待していた。

病院から、医者の診断書ができたと、連絡があった。ピックアップは来週火曜日の通院時にする。

夕食はボリュームたっぷりの目刺しとポテトサラダ。

シャワーを浴びて、夕刻前の読書。テレビはお休み。テレビもラジオも電気もない時代の庶民は陽が暮れて何をしていたのだろうか。

ユンガーの「Siebzgig Verweht」(70年の漂流)をパラパラ拾い読み。1060年代半ばのアイスランドの滞在。スリランカ滞在等。

昨夜の寝不足は解消されていないのか眠気に襲われ就寝。21時半。

2018年6月21日 (木)

入院日記 リハビリ編 その21

6月17日(日) 曇り

ウグイスの声で目が覚める。天候はよろしくないが囀ずりの頻度はむしろ高くなるようだ。

台風6号が発生。サッカーはクロアチアがナイジェリアに勝利。2対0。

午前は、リハビリを挟んで、積ん読状態だった本「1941」を読む。新宿の紀伊国屋書店で買ったまま少し読んだまま放置しておいた。第二次大戦に米国がどう参戦していくか、米国なしには勝てない対ヒトラーとの戦争にチャーチルは策謀をめぐらし、それに呼応するルーズベルトがいかに自国を参戦に向けて誘導していくか。英語圏ではこれに関するドキュメントがかなり書かれている。学術書ではないがまがい物のノンフィクション本でもなさそう。ドイツのソ連侵攻と真珠湾攻撃はそれぞれこの年の6月と12月だ。

お昼は、フライドチキン、コーヒーにブロッコリーサラダ。

テレビでスティーブン・セーガルの「沈黙の崖」を見る。アメリカ版の燃えよドラゴンだ。

地震あり。震源地は群馬。珍しい。震度5弱はかなりだ。

3時のオヤツはアーモンド・フィッシュ、かりかりカルシウムを食べよう、がキャッチ・フレーズ。左足よ、早く良くなれ、と念じながら食す。

夕食(銀だらの西京漬)後、シャワーを浴びる。ゆっくり寛ぎながら居間のソファベッドで「1941」を読んだりワールドカップのサッカーを見たりする。

アルゼンチンはアイスランドに引き分け(1-1)。ペルーはセルビアに破れる(0-1)。オーストラリアはフランスに破れる(1-2)。アジアの強豪はフランスといい試合をしたが破れる。

今日はとうとう2階に上がらず仕舞い。デイゲームの巨人、ロッテにさよなら逆転負け。

6月18日(月) 曇り

熟睡した。夜中に1度もトイレに起きず。今朝はウグイスの声が聞こえない。

ブラジルはスイスと引き分け。

最近の事件は、浜松の看護婦連れ去り殺害事件、新幹線事故(知らぬ間に先頭車輪が人を跳ねる、多分、自殺者。東北新幹線も5時間止まる)。和歌山ドンファン事件も加熱気味。アメリカと中国の貿易戦争の勃発。1990年前後の日本とアメリカの対立の再現。8月の米韓合同軍事演習は取り止めるというトランプさんの発言の波紋。シリアからの?難民受入を巡るイタリアとフランスの対立。アフガニスタンの自爆テロ、しかも国内各派閥が合意した停戦直後のこと。少し前だが、マハティールさんが首相に返り咲いた。90歳を越えている。100歳を超えた中曽根元首相も米朝首脳会談にコメントを出している。

つらつら思い付くままにメモしているとウグイスが囀ずり出した。時間は6時11分。

ドイツがメキシコに破れた。0対1。セルビアはコスタリカに勝利。1対0。

いつもの朝食後、テレビをつけると関西で地震。震度6弱。画面が地震情報で溢れ始める。昨日の群馬、千葉でも地殻に異変が出ているらしい。何やら、不穏な気配だ。地震多発列島だ。

父がデイケアに出掛けていったあとの午前中はリハビリ後、2階で過ごす。日記を書いたり、いろいろな本をパラパラめくったり。

お昼に階下のキッチンでコーヒーを飲みながら、おにぎりとゆで卵。関西の地震報道が続く。大被害ではないが数名の死者が出たようだ。

13時からBS放送でルキノ・ビスコンティ監督の映画「山猫」を見る。見逃していた大作。最後までの3時間、集中が途切れることなく堪能した。ハリウッド映画もいいが、ヨーロッパの作品は格別だ。時は1860年のイタリアはシチリア島。封建貴族とガリバルディの国家統一気運の高まり。没落の予感と新興の市民階級の登場。ショットのひとつひとつが入念でゆったりとして美しい。テンポの速い娯楽作品を期待したら退屈するであろう。自身が没落貴族の末裔で、失われていく貴族社会への挽歌である。1963年制作。明日は、「ヴェニスに死す」だ。

続いて世界街角歩きは、ベトナムのハノイ。ふつうの人々とのやり取り、生活風景とその臨場感がいい。

夕食は肉じゃがと納豆。納豆は朝食べるより夜食べると栄養摂取効果が高いらしい。

「1941」を読み続ける。独ソ戦でのドイツの快進撃。チャーチルとルーズベルトの秘密の会談は大西洋憲章(署名も拘束力もない)として結実する。アメリカは参戦はしないとしつつ「レンドリース」(イギリスと中国にソ連が加わった武器や原料の原則無償供与)を行うとともに海上輸送の安全策としてUボート攻撃を暗に認める。日本は、南進策を取りナチス・ドイツの占領下に成立したヴシー政権下にある仏印(ベトナム)に進駐する。

シナ事変が泥沼化する中、英米が支援する蒋介石国民党政権への援助物資輸送ルート封じが目的だったが、これによりアメリカから更なる経済制裁を受けることになり、結局、蘭印とマラヤへ出ていかざるを得ない原因となっていく。石油や原料資源の確保のためだ。北進(陸軍、仮想敵はソ連)ではなく南進(海軍、仮想敵は英米蘭)が御前会議で決定する。

21時から韓国対スウェーデンの試合を見る。前半を終わって0対0。退屈な試合で眠くなり就寝。

2018年6月20日 (水)

入院日記 リハビリ編 その20

6月15日(金)

5時に目が覚める。ウグイスの囀ずり。退院して2週間と少々が経過した。涼しい雨が少ない梅雨の日々だ。薄着禁物。

ロシアが初戦をサウジアラビアに対し5対0で圧勝した。日本は19日にコロンビアと対戦予定。厳しい相手だ。サッカー・ワールドカップとは日頃何かとアングロサクソン的世界に負けているラテン世界がうさを晴らす4年に1度の大会だ。

午前中、弟夫妻がくる。1週間の買い出しと父の年金の引きおろしもなど。それに、自分の電話代、職場の責任者用の鍵の郵送等々。

ユンガーを扱った専門書を読む。1999年にロンドンの書店で偶然見つけて購入。パラパラめくったことはあるが、じっくり精読するには、いまが絶好の機会。

お昼はカップ・ラーメンとコーヒー。

午後、「ゴッドファーザー」を見る。1972年制作。何回見ても凄い映画だ。血で血を洗う殺しあいは凄まじい。アメリカのヤクザ社会の物語。そのヤクザでもドン・コルレオーネは麻薬はよろしくないと一線を引く伝統はだ。麻薬は当時(第二次大戦直後)はまだヤクザ世界でも禁じ手だった。だから儲かる。新興のヤクザは既得権に挑戦する。マフィア戦争の勃発。

リーサルウェパン4の中国ヤクザも凄まじいがどんな世界にも裏社会があって、表社会と手を握りながら共存する。政治家は表社会のヤクザとも言える。賭博、酒の密売、売春、恐喝。フランク・シナトラがモデルらしい歌手が映画の役を貰うためにドンが取る恐喝の手が半端ではない。大学時代にこの映画を見たが、馬の首を切り取ってオーナーかつ映画のプロデューサーが寝ているベッドで血だらけになり絶叫するシーンは今見てもおどろおどろしいく強烈だ。

夕食は牛肉丼弁当を食べる。

今日は終日雨、気温も低く、肌寒い天候。ウグイスはそれでも終日家の周りを移動しては盛んに囀ずっていた。東京の知り合いからラインで連絡。お子さんが日光遠足にいってきた。雨模様で可哀想。

巨人はロッテに圧勝。テレビをつけたまま母が寝ているようなので部屋まで松葉杖をついて声を掛けて自分も就寝。

6月16日(土) 曇り

今日もどんより曇りで肌寒い。にも関わらずウグイスは元気に囀ずってくれる。

足の具合は1日ごとに良くなっている感じ。食欲も回復しつつある。入院、退院以来始めての感覚だ。回復の本革化、希望の光り?

サッカー・ワールドカップは3試合あった。ウルグアイとイランが勝利。イランは敵(モロッコ)の自殺点での勝利だが、勝ちは勝ちだ。どんな形であれ、勝ち点3の意味は大きいはずだ。スペインはポルトガルと引き分け。3対3。いい試合だったらしい。

朝食後、父はデイケアへ。自分はリハビリ運動をして2階へ。日記をパソコンに打ち込む。ベッドにゴロリとしてゆったり過ごす。

お昼は、コーヒー、ピザ、フライドチキン1個。

テレビではサンフランシスコのナパバレーのワインテイスティング列車の旅。このワインはバブリーな値段がついているので有名だ。

午後はふたたび2階へ。ユンガーの1960年代後半の日記をパラパラ読む。セイロン、シンガポール、ペナン、クアラルンプール、マニラ、香港、日本、台湾を巡るクルーズ旅行。内容は物見遊山の記述も入るが、日々の省察、哲学的な随想で難解だ。辞書を引きながら、長年付き合ってきた(ブランクも多いが)ユンガーも少しずつだが読みこなせるようになってきた。

父は夕刻元気に戻った。まだまだ頭はしっかりしている。私の足のことを気遣ってくれる。

巨人はロッテに1対ゼロで前日のお返しをされる。母は落胆する。

夕食は焼き肉(ポーク)。ボリュームのある食事をする。

BS放送でムッソリーニ、ヒトラー、スターリンのドキュメンタリー。容赦ない残虐さが際立つヒトラーとスターリン。前者は敗者となり自殺。後者は勝者となって生きぬいたが後に否定されるが、現在、再評価が始まっている。ロシアのプーチン政権だ。

毛沢東、ポル・ポト、金一族も容赦のない政治による多大な犠牲を国民に強いた独裁者だ。ルーマニアのチャウシェスクは銃殺されたが、毛沢東は天寿をまっとうした。ムッソリーニはチャウシェスクと同じ運命をたどった。

先進自由民主主義の偏見を取り去れば、国民をちゃんと食わせてくれる政治家であれば例え残忍な独裁者であろうと国民はついて来ると言う事だろう。食わせられなくなった暁の独裁者の末路は哀れだ。金一族の王朝の命運は国民をくわせられるかどうかにかかっている。経済問題でもうにっちもさっちもいかないということだ。核を自分の生き残りの担保として。民衆に殺されるか、自殺か、しぶとく生きぬくか。亡命という手もある。たとえば、スイス、はたまたアフリカの友好国。

2018年6月19日 (火)

入院日記 リハビリ編 その19

6月13日(水) 曇り

3時半に目が覚める。毎日が同じ事の繰返し。無為の生活。よく考えると仕事現役時代の生活も同じ事の繰返しと言えるだろう。違いは、仕事は気晴らしで従事するものではないが、たまの気晴らしをするための要因を作る。仕事はある意味「戦い」で勝ち負けのスリルがある一方で緊張も強いられる。だから、休息が必要だ。それで、生活にメリハリとリズムが生まれる。各人各様に。療養は、そのメリハリがない。精神的にも肉体的にも高揚する瞬間がほとんどない。無味乾燥、退屈、無気力に支配されて流される日々だ。 

愚痴ってもどうにもならないだろうと自問しつつ、我慢するしかないね、と一人呟く。

枕元の読書灯を点けて、ユンガーを読み続ける。スマトラ島での昆虫採集の秘めやかな楽しみに耽る日々。少年時代から生涯燃やし続けた情熱。旅行中にユンガーはフランスのジュール・ルナールの日記を帯同した。ルナールもトウェインと同様、1910年のハレー彗星地球接近時にこの世を去った。

朝食はミルクとシリアルにバナナとミックスジュース。

午前、庭師がきて庭の手入れ。若葉の季節は毛虫がつくのでその対策もある。

お昼は、銀座ナイルのチキンカレーとホットコーヒー。BS放送でリーサルウェパン3を見る。警察の腐敗。警察の武器を横流しして濡れ手に粟のビジネスに手を染める悪徳警官退治の話。

3時のオヤツはヨーグルトをたべ、日課の足のリハビリ。

薬局の人が父の必需品を届けにくる。ついでに野菜をもらう。田舎の良さだ。

5時過ぎ父がデイケアに戻る。

夕食はイワシの干物。貧しいのではない。簡素なだけだ。

外は雨が降りだした。巨人はソフトバンクに逆転負け。

6月14日(木)

ウグイスの囀ずりで目が覚める。よく考えると、東京都心では考えられないぜいたくだ。

ユンガー日記を読み続ける。 彼が旅行したこの時期(1986年4月26日)、あのチェルノブイリ原発事故があった。ユンガー91歳。私は30歳になったばかりだった。日本はバフル景気の始まりかけだった。

ユンガーが読むルナールの日記にはベルエポック、前世紀末の若き日のジッド、サラ・ベルナール、レオトーらが登場する。50年後の第二次大戦中、ドイツのパリ占領下、ユンガーは彼等と交流した。

朝食は納豆を食べるはずが炊飯器のスイッチを母が入れ忘れたため、シリアルを食べる。

サッカーのワールドカップが今日からロシアで開幕。開幕戦はホスト国ロシア対サウジアラビア。

米朝首脳会談はやはり政治的ショーに終わった感が強い。非核化の工程は全く未定。しかも必要なコストは、主に韓国と日本が負担することになるとささやかれている。一番得したのは北朝鮮と揶揄される所以だ。トランプ政権の政策はハチャメチャに見えて首尾一貫しているのかも知れない。アメリカが世界を相手に繰り広げている貿易摩擦と同じだ。米国の利益が優先されるのだ。孤立主義に回帰するアメリカ。

午前はリハビリ運動後、2階で過ごす。

お昼はおにぎり1個、パスタ(ベーコンとホウレン草)にコーヒー。

リーサル・ウェポン4を見る。昨日の6年後、1998年の制作。過去3作に比べて記憶が薄い。中国人マフィア(秘密結社)による密入国がテーマ。

夕食後、3日ぶりにシャワーを浴びて寛ぎながらテレビを見る。ポルトガルの日本料理職人の日本探訪記。天ぷら、和風食器、鰻重、それぞれ職人の匠の技を堪能する。私もだ。サクサクの天ぷらとビールか冷酒。そして、こってりとしたウナギのかば焼きを食べる。こんな幸福があるだろうか。しかし、今は、禁欲の時・・・。全快するまで我慢しようと思う。

巨人がソフトバンクにお返しの勝利。

2018年6月18日 (月)

入院日記 リハビリ編 その18

6月11日(月) 雨

外は雨の音。梅雨らしい雨だ。台風5号は東側にそれて関東直撃はなさそうだが大雨に要注意。

今朝も夢を見た。自分が松葉杖はついているが東京を歩いている。左足がいよいよ使えるようになりつつある吉兆か。明日の通院が待ち遠しい。目安となる手術後一ヶ月まであと少しだ。

朝食はシリアル、牛乳、ヨーグルトにバナナ。母は怪訝な顔をする。

父はデイケアにでかけた。悪天候にも拘らず3月から皆勤である。

天候のせいだけではないが、気分は依然として低調。気温が下がり寒いくらいだ。

昼はカップ焼きそば、おにぎり1個に珈琲一杯。

テレビサーフィンをしたり本をパラパラ。リハビリ運動。映画(リーサル・ウェポンⅠ)も釣り紀行(怪魚ハンター)も前に見たことがあるものばかり。

ニューすも同じものばかり。シンガポールの米朝首脳会談も過熱し過ぎ。乏しい結果、言葉が空回りする政治的パフォーマンスに終わりそうな気がする。

新しい読書。エリン・マイヤーのThe Culture Gapを面白く読む。

6月12日(火) 曇り

雨は上がったがお日様の姿は拝めない。憂鬱な気分はいかんともし難い。

8時半、予約したタクシーで病院へ。

9時からリハビリ。左足指を使って、ビー玉やおはじきを掴む訓練が加わった。

レントゲンをとり医者と面談。靭帯のところはまだまただが他は骨がくっつき始めている。次の通院は2週間後だ。歩行のリハビリができるかどうかも含めて次のステップはそれからだ。全治2ヶ月以上だ。重症と言うこと。

入院費も含めて清算しタクシーで帰宅。11時すぎだた。父のケアマネージャーが丁度来ていた。しばし雑談。介護を手伝う側が介護される側となってしまった巡り合わせの驚き。足の包帯は看護師さんが訪問したさいに手伝って貰えると言う。ありがたや。

ユンガーの旅行記を読み続ける。フレーザーヒルで念願の2度目スのハレー彗星との再会を果たしたユンガーはペナン経由でインドネシアのスマトラ島に昆虫採集に足を延ばす。現地の世話役は整形外科医にして昆虫採集に熱狂的情熱を傾ける現役の医者である。クリニックで松葉杖や三角巾を使う患者の描写が出てくるところで、自分の骨折にまた意識が行ってしまい、集中が途切れる。クアラルンプールでも、パキスタン人が松葉づえで歩くシーンが出てくる。

東京の知り合いからメール。骨折が完治するまで普通三ヶ月だとのこと。長期戦を覚悟すべしと言うこと。

シンガポールの米朝首脳会談は予定通り、共同声明の署名もなされた。何がどこまで合意されたのか、まだよく分からないが、テレビはこぞって特集報道している。

プロパガンダ国家、敵と見なす相手への罵倒、過激派(右翼左翼を問わない)と共通するあの北朝鮮はどこまで信用できるのか。核兵器を背景に、島根県ほどの国家予算しかない人口2000万の国だが、世界を振り回す駄々っ子振りだ。というか、駄々っ子を通り越している。手におえない不良少年だ。報道の印象はアメリカが幾分譲歩したように見える。まずは、休戦から国家承認、朝鮮半島の2国体制を認める。体制保証。これまでより大きく踏み込んだ動きではあるが、過去の繰返しになる可能性はあり、茶番劇となるか、それとも、後戻りのない新しい朝鮮半島の情勢の始まりとなるか。まだまだ、判らない。

夜、「社長漫遊記」の続編を見る。別府、長崎、雲仙のロケ。森繁、三木、加東、フランキー堺、淡路恵子、小林圭樹らは皆もうこの世を去った。藤山陽子、草笛美津子、浜三枝が若い。1963年制作。東京オリンピックの前年。私は小学校2年生だった。来週はそのまた続編で来週はハワイロケだ。

2018年6月16日 (土)

入院日記 リハビリ編 その17

6月9日(土) 

4時に目覚める。お腹の具合は治まったようだ。

入院と自宅療養で一ヶ月が過ぎた。しかし、依然として心のもやもやは如何ともし難い。どうしたら気分が晴れるのか。

グアテマラの火山噴火の被害者はかなりのようだ。恐ろしい火砕流だ。雲仙岳の災害を思いだす。ハワイでも噴火が起きている。

野鳥で一番早起きはカラスだ。真っ暗なうちから鳴き声を上げて塒を出る。次がヒヨドリだろう。かなり喧しい。実家では周りの木に毎年のように巣作りをする。この2年は子育てに失敗しているようだ。一度は猫にやられた。昨年は何故か卵を置いたまま放棄した。

目覚めの読書。「マレー蘭印紀行」を読み続ける。クアラルンプールのくだり。宿泊した宿の主が語る島原をはじめ全国から身を売られた女性たち、いわゆる、「からゆきさん」の話。香港経由で満州、中国奥地、南洋諸島に分かれて送られる。流れ流れて、ペルシャ、アラブのポートサイードまで流れるものもあったという。大金を貯めて堅気の生活をするものもいるにはいるが悲惨な運命に朽ちるもの数知れず。

朝食は油を使わない炒りたまごに笹かまぼこが入った母の手料理。弱った胃をおもんばかってのことで、涙が出る。

午前は2階でパソコンに向かう。熱中していると13時。珈琲タイム。レーズンバターパンとおにぎりひとつずつ。

曇りだが蒸し暑い。寝床となっている居間のソファで休憩を挟みながらリハビリ運動をする。

夕食はカップヌードル。食欲がいま一つ。

テレビで池上さんの北朝鮮特集を見る。「停戦協定」と「平和条約」の意味の違いがよくわかった。ベトナムの場合も「停戦協定」だったから北側が後日南北統一を軍事力を使い簡単になし得た。南ベトナムと韓国の運命の違い何だったのだろう。

6月10日(日)曇り、時々雨

久方ぶりに明け方、とりとめのない夢を見る。ゴキブリを見つけてやっつけようとするが蒲団の中に潜り込まれて上手くいかない。かと思うと、若い頃関わったサービス業で手配確認がうまくできず慌てる自分。誰に助けを呼んだらいいのか。一方で、我関せずとばかりに、身近な先輩が悠然と新聞を読み耽っている姿。何のこっちゃ。自分がたまには見る夢は、旅先で乗る飛行機にのれなかっり、目的地にたどり着けないパターンが多い。とりとめがないことに変わりはないのだが、こんな脈絡のないバラバラな夢はみたことがない。

新幹線で刃物による殺傷事件があった。一人は死亡。

カナダでG7サミット。トランプ節が炸裂したらしい。貿易紛争は中国のみならず欧州や日本もターゲット。共同声明をホスト国の首相が発表するもシンガポールに向かうトランプ大統領は例のツィッターで否定する。アメリカ単独路線ぶりは意味が違うにしても北朝鮮と同じかも。

週1回の買い物に弟夫妻がくる。シリアル、牛乳、カレーパン、カップ焼きそば、カップ麺類を特注した。

ジョルの「第一次世界大戦の起源」を読了。

北朝鮮の金将軍様がシンガポールに到着。マスコミ報道は過熱する一方である。

退職したばかりの後任の責任者からラインとメールで相談事があった。最後はライン電話で長話となった。新しい責任者は慣れるまではいろいろあるだろう。国際業務はそれでなくても、個性派キャラが集まっているので束ねるのはそれなりに大変だ。特に女性が多い職場は・・・。

東京の親しくしている知り合いに連絡。元気にしているが子供(小学校六年生)は折角の日曜も終日学習熟でテストと勉強らしい。

2018年6月15日 (金)

入院日記 リハビリ編 その16

6月7日(木)

梅雨入りの翌日だが雨はあがり、晴れとなった。日中はぐんぐん気温が上がった。
朝食は目玉焼きと人参が入った味噌汁に御飯少々。人参の味噌汁は父の好物だ。
足の傷みは殆どない。手術の傷口はとうに瘡蓋となっているが、骨は?来週火曜のレントゲン検査が待ち遠しい。

暇に任せて、物思いにふけっていると、足の怪我に意識が戻り、転倒して骨折した瞬間のことが生々しくフラッシュ・バックする。

単なる、と言うには重症だった今回の怪我。事故で命を落とす瞬間にならなくて良かったとつくづく思う。

それにしても、あの土手の葉陰に隠れていた柔らかいブラスチックの使い捨てコップを踏んで仕舞うなんて。従軍カメラマンで初期のベトナムの戦場で地雷を踏んで呆気なく命を落としたロバート・キャパを何の脈絡もなく思いだす。彼の写真集をたまに引っ張り出してパラパラと眺めるのが好きなのだが、最後の写真は地雷を踏む直前のものだ。

今回の事故に関連してうけたもうひとつのショックは、私よりも早く転職し成功した知人の死である。た彼は大組織の単なる駒に甘んずることに安住することを拒み、飛び出した。保険セールスの独立自営者として存分に天分の営業力を発揮して成功していた。付き合いから、貯金の積もりで彼の勧誘そのままに生命保険に加入していた。今回の入院で連絡を取ろうとしたところ昨夏に亡くなったことを知って愕然としてしまった。

意欲が湧いて久々に昼前からパソコンに向かう。この一ヶ月の出来事はベッドに横たわりながらメモにしていた。自分の気持ちに整理をつける意味もある。ブログもタイトルを変えて、釣りブログとは別にして完成した一部をアップした。

その後、ルーティンの足のリハビリ運動をたっぷり行う。3時のおやつは、杏子ケーキとフルーツ・ジュース。

夕食は家で寿司の出前をとった。両親からビールは飲まないのか、と言われる。完治するまでは飲まないことにしているので、お茶と水で乾杯する。私の退院祝いらしい。完治したら完治祝いの大盤振る舞いをしようと思う。

二日ぶりに夜はシャワーを浴びてサッパリする。左足が使えないのは大変だ。父が使うためにレンタルした浴室用の椅子を毎回使っている。

6月8日(金)曇り、時々晴れ

3時にトイレ。明け方、軽いお腹の傷み。朝の便がやわらかかった。傷み止めの薬の影響か。

朝は味のりと笹かまとワカメの味噌汁に御飯少々。両親は完全な和食派だ。シリアルかバターをたっぷり塗ったこんがりトーストも食べたいが何せ自分の思う状況は自ら作り出せない介護状況下にあるのだからワガママは言えない。

ブログにマレーシアについて書いたのだが、思いだして金子光晴の「マレー蘭印紀行」を引っ張り出して読む。彼が旅行したのは、満州事変直後の昭和7年の事だ。

当時のマレーシアは、大不況時代の1930年代でゴム価格が暴落でマラヤ海峡植民地もどん底だった。マレー人や華僑やインド人が混在して生活する様子はは今とかわらないようだ。ユダヤ人、アラブ商人も一目置く最強のチッテとはどういう人たちなのだろうか。時代が時代だけに絶望的に貧しい細民マレー人のその日その日暮らしの様子が熱帯の自然描写(密林、ニッパヤシ、カユ・アピア=炎の木、猿、カワセミ、スコール)とともに詩人の言葉で淡々と語られている。日本人がゴム園や鉱山開発で進出してできた街バトパハに金子は逗留しながらシンガポール、クアラルンプール、ジャワ、スマトラなどを放浪した。妻を途中で先にパリに送り出して、絵を描いては売り歩いて生活費を稼ぎながら自分の旅費ができるまでの束の間の気楽でありつつ先が見えない漠然とした不安に苛まれながらがら漂流する独り旅だった。

私の最初のマレーシアへの旅は1986年の2月だった。その2ヶ月あとにドイツの作家エルンスト・ユンガーは金子光晴と同年の1895年生まれだ。当時91歳という年令をものともせずに彼はは昆虫採集と2度目のハレー彗星の観察にマレーシアを訪れた。連想が連想を呼び、本棚から「2度目のハレー彗星」をパラパラめくって午後を過ごす。

お腹の具合が気になる。便がゆるい。夕食は食べたが、痛めどめの薬は飲まず、下痢止めの薬を飲む。「弱り目に祟り目」だね、と母が残酷なことを言う。

安倍首相が渡米しトランプ大統領と会談した。北朝鮮と米国の首脳会談は世界が注目している。専門家は長期戦の予想だ。北朝鮮を抹殺しようなどと誰が思うだろうか。北朝鮮の生存権は否定しない。だが、今の体制をそのまま認めていいのか。日本が敗戦時に軍部が責任を取らされ再出発できたように金体制を排除する選択肢はないのか。核開発はそれを不可能とする金一族と軍部特権階級の生き残り戦略たる所以であり、交渉は堂々巡りとなり、過去を繰り返すことになるのではないだろうか。何か偶然の要素が思わぬ好転をもたらすことしかないのではないか。偶然の要素が暗転するということもある。中国もロシアも毛沢東やスターリンが死んでようやく状況に変化がもたらされた。

早くも台風5号が発生した。日本に接近するらしい。

2018年6月14日 (木)

入院日記 リハビリ編 その15

6月5日(火) 晴

4時ごろ、母がトイレに入る音で目が覚める。

帰宅して4日目。入院中はイソヒヨドリの囀ずりを楽しませて貰ったが、実家ではウグイスだ。今年も3月上旬に初鳴きを聞いたが、早朝、夕刻に心地よい鳴き声を聞かせてくれる。

9時過ぎタクシーで病院へ。Y医師の診察を受ける。足の腫れは大部引いたがまだ少し腫れぼったい。シーネを新しくして包帯を巻いて貰った。
歴史家の秦郁彦氏の「陰謀史観」を携帯し待ち時間に読む。院内のコンビニでカップヌードルやパンや御菓子などを買ってお昼ごろ帰宅。

珈琲を飲み、玉子サンドを食べる。

午後はジョン・ウェイン主演の「勇気ある追跡」を観る。1969年の作品。競演はグレン・キャンベルとキム・ダービー。正統派の西部劇。確か、「明日に向かって撃て」は1968年だ。アメリカン・ニュー・シネマが登場した時期と重なる。ベトナム反戦運動が熾烈化し学生運動が盛り上がっていた時代。ジョン・ウェインはラストカウボーイを演じた。挽歌であり、彼は遅きに失したアカデミー主演男優賞を獲得したと思う。

3時のお茶、その後、リハビリのストレッチをやる。今日はお隣のYさんの命日だという(お母さん)。母がご焼香に行った。

夕食は魚の煮つけと野菜炒め。相変わらずシンプルだが不満はない。

食後、邦画「社長漫遊記」を観る。森繁久弥主演の社長シリーズ。三木のりへい、加東大介、小林圭樹、それに、フランキー・堺。淡路景子に藤山陽子。1960年代の映画。ファッションやらセリフが全てなつかしいを通り越している自分の知らない時代だ。まだ小学生の頃だ。高度経済成長期の屈託のなさがいい。こんな時代もあったのだ。
来週火曜日にもシリーズの放送がある。この日は、米国と北朝鮮の首脳会談がシンガポールで開かれる日でもあり、通院する日でもある。

6月6日(水)雨、時時曇り

手術後、4週目に入る。

関東地方は梅雨入りした。

北朝鮮と米国の首脳会談は予定通り開催されることとなった。日本の拉致問題は外されるだろう。非核化と北朝鮮の体制保証(経済の見返り)が焦点だ。前回関わった関係者によれば北朝鮮は相当えげつない交渉をするそうである。専門家によれば完全な検証には十数年はかかるという。

日大問題は依然として報道が続く。トップの理事長が何故でないのかと言うこと。かつてのスイスのエレベーター事故死の対応と日本社会の批判を思いだす。和歌山の富豪の不審死も世間の耳目を集めている。富豪老人男性と若妻。金と女と事件。ミステリー小説さながらだ。

母が家の裏の紫陽花が咲いたとしきりに感嘆の声。雨の中のアジサイ。バスルームの網戸越しに眺める。間もなく87歳になる母の、7まさか、92歳の父と一緒に、一時的とは言え介護を受ける羽目になろうとは。自分の不覚に思い至りまたもや気分的に落ち込む。余りにも不甲斐ないこの自分。自己嫌悪、焦燥、気分は相変わらず低空飛行だ。どうやったら脱出してついこの間までのエネルギーを取り戻せるのか。

午後は、リハビリをやったり、テレビサーフィンしたり、秦郁彦氏の「陰謀史観」やジェームズ・ジョルの「第一次世界大戦の起源」を読んだり、昼寝をしたりで時間が過ぎた。
3時のおやつは、母と女学校が同じ友人が届けてくれたミックスジュースにオカキとチョコレート少々。

夕刻、父が戻り、夕飯。チャーハンが出た。ソニー生命から書類が届く。

志村けんのバカ殿を見たり、スティーブ・マックイーンの「ハンター」を交互に見る。そのあと、チャールズ・ブロンソンの「狼の挽歌」を途中まで見るが眠くなり就寝。

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