2019年9月16日 (月)

大潮の大釣り

9月16日(月)雨、後曇り

カイズを3枚仕留めた翌日、つまり、先週の木曜日のことだが、大潮だったので再び現場に足を運んだ。はやる心~釣りの楽しみの一つは釣り始める直前のあの何とも言えない心の高揚感である~を押さえながら安全運転で出かけたのだった。

ところが、ななな何と、すでに人が釣り座を構えているのにびっくり。仕方なく、橋の下流側のいつもの護岸で竿を出すことに。

気が付けば、季節は巡り、いつの間にか稲は色づきあちこちで収穫の時期になっていた。

Kararetaine

蝉はまだ鳴いているが、川向うの広い草地からホオジロの冴えずりが聞こえてくる。イソヒヨドリの美しい美声も護岸のどこからか聞こえる。翡翠色のカワセミも目の前を通り過ぎて行った。護岸の刈られた草地を飛び回るバッタを捕まえた。ショウリョウバッタである。

Shouryou2

 竿は3本出した。カイズを意識して腰の柔らかい4.5㍍の竿を2本(錘負荷10号と15号)に投げ竿1本(錘負荷25号)だ。2本針の吹き流し仕掛け。一つの針には2Lサイズのオキアミ、もう一つには青イソメをつけて、カイズ狙いではあるが(カイズはオキアミ、青イソメ、シジミの身、小さなカニ、スイカ、など何でも食ってくるらしい)セイゴ、マゴチ、イシモチでもなんでも来いというつもりだった。前日の雷雨もあり川の水には濁りがあった。昼間からウナギも釣れるかも知れない・・・。期待感が高まる。

そして結果は? 13時過ぎから16時までの3時間、セイゴ・フッコがバタバタと当った。

Seigo-30cm

さすがは大潮である。釣れてくる魚は30㌢前後である。アタリは微妙で大きな引き込みはないが、リールを巻くとセイゴ特有の強烈な抵抗、護岸では水面下に盛り込もうとしたり、途中で鰓洗いのジャンプをしたり。40㌢のフッコは一番柔らかい竿で針は8号、ハリスは1.5号だった。1週間前の再現。何とか護岸まで引き寄せ、何とか引き上げた途端にハリスが切れてしまったがギリギリセーフだった。

Seigo-dairyo

終わってみれば、セイゴのオンパレード。カイズはからぶりであった。下流側のカイズのポイントは遠いんだよなぁ。どういうわけか。記憶では50㍍以上先に投げた遠投竿で釣れた。一方、昨日の上流側のポイントは手前のポイントだった。30㍍前後だった。

週末は例によって家に閉じこもって添削の仕事に没頭。釣ってきたセイゴ・フッコは山椒煮、グリル、アラ汁にして毎日のように食卓に供した。冷蔵庫には最後の一尾がまだ残っているが・・・・。

2019年9月12日 (木)

台風が去り、猛暑、そして、カイズ釣り

911日(木)晴、時々曇り

週末は急遽、1ヶ月ぶりの上京。神田の古本屋街を歩こうかとも思ったが暑さもあって家でぐずぐずしてしまった。歳だねぇ。増える本を考えると、まずは整理してからだという思いもあるし、読みきっていない本も随分ある。それでも、また、本は買ってしまうと思う。インターネットで例えばアマゾンで検索すれば古本は簡単に買える。歴史関係の本は特にそうだ。邦訳されていない興味ある文献の何と多いことか。ネットで買う場合の利点は書評を読めることだ。特に、それが、新聞等での専門家によるものとは違う一般の普通の人びととの様々な鋭い指摘や感想(くだらないものもあるけれど)を参考にできるのだから。

上京した際はYちゃん親子と夕食と翌日の昼食をともにして夏休みの話(タイ旅行)やYちゃんが行ったというライブコンサートの話しやら自分の親たちの介護の話などなど。いっしょに寿司を大山でたべたり、池袋の築地植村での和食を食べたりで、見る予定の映画(タランチーノ監督のワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド)はスキップして(Yちゃんのおかあさんは一人で鑑賞、Yちゃんは友達と街歩き)、台風による強風での交通機関ストップを案じて早めに家に戻った。

関東を襲う歴代最大?らしい台風は明け方にやって来た。夜中の1時、一度トイレに起きたが台風の気配はなかった。やって来たのは明け方だった。4時ごろ風と雨の音で目がさめた。5時ごろ、階下で雨漏りしている、という両親の声が聞こえる。南風が吹き、横殴りの雨がふると東向きの両親が起居している部屋は雨漏りをするらしい。一度、修理はしたらしいのだが。母の機転で反対にした傘を父のベッドに据え付けてとりあえずはしのぐことができた。

幸いにも我が家の被害はごみを入れるポリバケツを倒されたことと雨漏り以外はなかった。2.11の大地震の時も皿が数枚程度割れて、屋根瓦の一部が損壊したり風呂場のタイルが少し剥がれた程度であった。もともと場所が岩盤の固い高台で周辺には雑木林が多いのも幸いしているかも知れない。その雑木林も大分宅地化で減ってしまったが・・・・。

テレビのワイドショーを見るともっぱら日韓問題と台風被害で大騒ぎである。日韓問題はいきつくところまでいかないと決着しないだろう。というか、決着はないかも知れない。結局のところ朝鮮半島の地政学が働いている。今回の騒動の英国のエコノミストの記事に、不動産王・トランプ大統領とロケットマンこと金正恩氏の接近が原因だという記事が出たらしい。記事は読んでいないのでよくわからないけれど、それだけではないだろうが、アメリカの対北朝鮮スタンスがトランプさんのパフォーマンスで変わろうとしていることは確かだ。オバマさん時代、イランに対しては宥和し北朝鮮には断固と対応していたのが、トランプさんはひっくり返してしまったのだ。北朝鮮は核保有国であるにもかかわらず、短距離ミサイルの実験には何もいわなくなってしまったアメリカ(というか、トランプさん)。対イラン・北朝鮮強硬派のボルトンさん(ネオコンの強硬派)は昨日解任されてしまった。トランプさんは「解任した」と言っているが、ボルトンさんは「自ら辞任した」と言っている。

テレビでは、歴代の権力者が次の権力者から刑事告訴されて犯罪者にされ葬り去られるというこれまでの歴史が言及され、韓国の法相就任での騒ぎに、ある人は、韓国の政争はまるで韓流ドラマそのものではないか、と印象をもらしていた。物の本によれば、韓国はある意味、中国より以上に儒教が生き方そのものになっている「儒教原理主義」の国だという。父系社会を作り(=夫婦別姓)、男性の一族が代々存続していくことを何よりも優先する。そのため社会とか個人とか国家という西欧概念とは本来相容れない制度でもある。権力者となれば、力を持った当人は自分を支えてくれた一族を優遇するのは当たり前でまさにこれが中国や朝鮮半島ど繰り返されてきたのだ。近代国家の法と一族の存続の要請=儒教的生き方が衝突した場合、儒教的生き方が優先してしまう。だから、権力者には腐敗が内在してしまうのだ。権力者になること=腐敗(身内優先=権力者は自分の権力の分け前を一族に振舞う、還元する。逆に身内は権力者となれる科挙に合格できそうな一族の秀才を徹底的に助ける)ということ。韓国の受験競争の厳しさは世界に有名なことで日本の比でない。不正入試に対する厳しい目は、試験が一生を左右する韓国では事の重大さが違う。また、一族とは「部族」(社会学の用語で「宗族」という)のことだ。日本人が血の繋がりから連想する親戚とは次元が違う。それは、保守だろうが革新だろうが、朝鮮半島人々の生き方は同じなのであり生きていくための宿命である。文大統領は清廉潔癖でいまのところ検察がつっつけないので法相が狙われたという観測なのだが、いずれ、文さんも同じ運命をたどることになるのだろうか。

昨日の午後、那珂川へ足を運んだ。カイズ狙い。いつもの釣り場はどういうわけかすでに釣り座が構えられていたので上流側で竿を出した。セイゴ、マゴチ、イシモチ、ハゼ、カイズ、なんでも来いという那珂川下流域だが、エサは冷蔵庫に寝かしてあったくたくたの青イソメの残り(30㌘くらい)とオキアミ(大きい2Lサイズ)を使い、竿は3本出した。

Tsuriba_20190912110501

第一投で上流側の遠投竿に20㌢弱のカイズが来た。オキアミを食ってきた。

Kaizu12

それから2時間、沈黙。時折リリースサイズの木っ端セイゴが一尾、二尾、三尾、四尾・・・。河に戻した。

15時過ぎ、空が怪しくなってきた。アタリが出始めた。下流側の柔らかい竿が一気にお辞儀した。25㌢前後の見事なカイズ。やったぁ。狙い通りだ。カイズは青イソも食うけれど、カイズはやっぱりオキアミがあればそっちを食う。

Kaizu11

遠くでゴロゴロと雷鳴がする。やばい、と竿を片付け始める。上流側の竿に立て続けにアタリが来た。一度目は、途中でバラしてしまった。二度目は、何とか仕留めることが出来た。これも、25㌢前後の標準サイズのカイズ。

Kaizu10

15時半、時合を予感したが、雷は怖く(釣り竿に落雷することはよくあるらしい)、急いで片付けて家路についた。1途中から、ぽつぽつと雨が降り始め、自宅まで10分のところで土砂降りの雨。稲光、ゴロゴロ。ぎりぎりセーフで家に駆け込んだ。

釣果 カイズ3尾 (20㌢、25㌢x2)

Kaizu3

2019年9月 7日 (土)

ウグイスが笹鳴く!

97日(土)曇り

今朝も4時に目が覚めてしまった。昨夜は21時過ぎには眠りに落ちた。昨日から読み始めたケストナーのDie Verschwundene Miniatur (消えた密画)のドイツ語版を40㌻ほどまで読み進めた。1976年版だけれど、原作は1935年。日本語訳は随分昔(学生のころか20代)に読んだ記憶はあるが内容はすっかり忘れている。今回は原書で、辞書なしで楽しく!?読み切ろうと。作品が書かれたのは1935年だから、すでにナチスが政権をとりヨーロッパは戦乱の暗い予感の中騒然としていた時代だ。内容は大人向けのユーモア小説。主人公は、ベルリンの代々続く肉屋の親方。仕事ひとすじに生きてきた男がある日そんな自分に倦怠感を覚え、「もういいっ」と妻や家族には仕事仲間を訪ねると言いつつ、すべてをうっちゃり、デンマークへ息抜きの一人旅行にやってきて事件に巻き込まれる話。

始まりはコペンハーゲン。冒頭のコペンハーゲン市の描写を読みながら、自分が初めて地を踏んだ外国はデンマークだったことを思い出した。1976年の夏。アエロフロートで羽田からモスクワ経由(シェレメチボ空港で給油)で到着したのだった。記憶はかすかである。有名な人魚は見に行ったけれど、小さかったなぁ。ブラッセルの小便小僧とどっこい、どっこいである。チボリ遊園地にも行った。アマリエンボー宮殿はうーん確か見たはずだが。こじんまりとしてきれいで瀟洒な街だった。電車に乗って、フェリーでユトランド半島を下って旅行したっけ。フェリーの後、再び電車がカタン、コトン走り出すと隣のコンパートメントから若いドイツ人の女性が自分のスーツケースを見なかったかと血相を変えてやって来たことをなぜか思い出す。仲間と一緒だった我々一団は、年増のドイツ人のおばさんに「あなたたちはフィリピン人」と聞かれたっけ。荷物紛失とあやしげな見慣れない東洋人の一団。

小説の中でアメリカ人が登場するが、ロックフェラーのような大金持ちとガルボのような美しい女性、という比喩が出てくる。1935年の時代の象徴であったのだろう。

Kaestner

アメリカのトランプ大統領がグリーンランド(デンマークの自治領)を購入する云々とデンマーク首相の「ご冗談でしょう」のコメントがあり大統領はそれだからだかどうか知らないがデンマークからの招待をキャンセルしてしまったのは2週間くらい前のはなしだったろうか。

トランプ大統領という現象は一体何なだのだろうか。現象が先におきて、何なのかという本質は後世にならないとわからない何かなのだろうか。トランプさんはもともと当選するとは思わず、売名行為のお遊びで立候補したらしい、それが当選してしまったから大変なことになった。識者によると、トランプさんが体現しているのは「古き良き時代のアメリカ」だという。ベトナム反戦と黒人問題などで荒れた1960年代を経てアメリカは大きく変質してしまった。WASPの古き良き伝統への回帰、新しい移民が増え続け、少数派になりつつあるWASPの無意識が、行き過ぎたリベラリズムへの反逆を始めた。リベラリズムとは、ずばり、共産主義・社会主義・マルクス主義の別名であり、かつまた、グローバリズムのことである。

米中の貿易戦争は単なる貿易戦争ではない、とは多くの識者が指摘する通り。本質はアメリカと中国の覇権争い。中国の「一路一帯」構想の終着点(?)でG7のメンバー国であるイタリアはすでにそれに乗っているのだから。中国という単位とその権力が生み出す膨張が、過去500年ちかく世界を席巻して自分たちの基準でうまい汁をすっている「生き方」(彼らの価値観は、科学とテクノロジーをベースにした自由と民主主義)を脅かす存在だということにようやく気付いて本気に対策を講じ始めた、というこらしい。チァイナ・マネーは、ユーラシア大陸のみならず、アメリカの裏庭である南米はもちろん、アフリカ大陸や北極圏、宇宙空間へと進出の勢いはとどまるところを知らない。オーストラリアの地下資源の最大顧客は中国である。その豪州で、中国への警戒感が一段と強くなり、アメリカとの連携の強化を鮮明にしている。アラスカの地下資源開発をチャイナ・マネーでおこなうプロジェクトもストップがかかって地元民は落胆しているというのだが!?

香港問題は行政長官の法案取り下げにも拘わらず終息する見込みはたっていないようだ。第二天安門事件、にはならないのは、場所が場所だからだ。イギリスが埋め込んだDNAは、中国政府の命とりになりかねない力を発揮しかねない。香港で失敗すれば、台湾の統一はさらに遠のいてしまう。試金石なのだ。しかし、中国共産党の現在の方針が続く限り解決することはないように見える。ある人は、中国という広大な地域を一党独裁で締め付けるのは不可能だという。そのコストが高すぎるというのだ。アメリカは、デモクラシーという世論で政策が立ち往生してしまう弱点があり、その点中国が有利(独裁政治は決断と実行が一元的にできて効率がいい)なのだが、アメリカの強さは、普段は地域ごとにバラバラだがいったんまとまるととてつもない力をアメリカ流の効率主義で発揮する柔軟な底力がある。

朝鮮半島も大きく地殻変動をするのかも知れない。現在の文大統領は、日本の民主党政権の菅直人や鳩山由紀夫とだぶって見える。左翼の活動家あがり、という言い方はよくないのかも知れないが、大人になり切れない青年の拙い政治が迷惑を引き起こしている、というのが本質ではないか。政体の性質はちがうけれど、ヒトラーのナチス・ドイツもこれに近い。

ネットサーフィンをしていると、面白いニュースがあった。インドでは70歳のおばあちゃまが双子を出産したという。青森県では、クロマグロが川を遡上(河口から4キロ)しているのが目撃されたらしい。

囀りをやめたウグイスだが、今朝は、笹鳴き(ジャジャッ、ジャジャッ・・・)をしているのを聞いた。そろそろ、モズもやってくるだろう。

2019年9月 6日 (金)

新しいハゼ(ニシキハゼ?)との邂逅・・・

96日(金)曇り

昨夜は21時前に寝入ってしまった。夕食後、テレビサーフィンをしてパソコンのウィンドウズ10のアップデートが始まりいつまでたっても画面は作業中の表示。ベッドに入ってゴロリとしていたらそのまま寝てしまった。夢を見ることもなく目が覚めると明け方の4時。外は真っ暗。日が大分短くなった。

起きてニュースチェック。イギリスのブレグジットの迷走、香港の混乱は法案廃棄が正式に発表されたものの終息するかは不明、京急電車とトラックが踏切りで衝突事故、負のスパイラルを辿り続け日韓関係の中、韓国政府で大統領側近に起こったスキャンダルの続報。アメリカを襲う超大型ハリケーン(ハリケーン、台風、サイクロンの違いは何だ?)

大雨による洪水で工場の油が流れ出し油漬けになって売り物にならなくなってしまった佐賀の農家のコメ。週末から週明けにかけて台風が本州に上陸するかも・・・。

添削会社から連絡のメール。今週はお休み。ならば、1ヶ月ぶりの上京でもしてYちゃん親子と遊んだり神田の古本屋巡りをしてこようか、と思い始める。

50㌢のフッコ(鱸の一歩手前)を釣り上げていらい何度か足を運んだが、釣れるのは小物ばかり(25㌢~35㌢)。先週は30㌢までは届かなかったがクロダイ(カイズ)も釣れた。

Kaizu

湊大橋から1㌔弱上流のスポットは釣り人もおらず大変気に入っている。満潮前後、干潮前後、いろいろな時間帯で竿を2時間と決めてだしたが、やはり釣れるのは満潮前後の時間帯だ。それから、上げ潮五分の時点もアタリが多いような気がする。この辺りで釣れるセイゴ・フッコは臭みがないのがいい。血抜きをして、帰宅してから内臓をすぐ処理して冷蔵庫保存。朝な夕なに塩焼きにしてたっぷりのレモン汁をかけ、時には日本酒と醤油、時には、オリーブ油、時には澄ましバターをかけて、胡椒をふったりするのだが、絶品である。焼き魚、というより「新鮮な魚のグリル」と形容したくなるような味わいである。

Sakana-gurill

一度だけ、阿字ヶ浦海岸にでかけたがシロギスもイシモチも不発。水が澄んでいるのでシロギスは行けるだろうと思ったが釣れるのはクサフグばかり。3本針の仕掛けを3つ、2本針の仕掛けも二つやられて納竿。写真は、第一投で釣れた初めて見るハゼの仲間。インターネットで調べてみるとどうも「ニシキハゼ」というハゼの仲間のようである。新種の発見ではないけれど、驚くことがだんだん少なくなった初老!?の自分には心ときめく瞬間であり、しげしげと陽光を反射して光る砂にまみれた魚体に魅入ってしまった。

Nishikihaze

 

 

 

 

2019年9月 4日 (水)

「チャンピョン達の朝食」の再読。

9月4日(水)曇り

9月に突入。3月上旬から鳴き始めたウグイスは8月半ば頃までその美声を聞かせてくれたが、それ以降、鳴かなくなってしまった。セミは相変わらず盛んに鳴いている。秋の気配を感じつつ、まだまだ夏は濃厚である。

朝食をとっていると東向きの網戸に蝶というか蛾らしき姿が。2度目である。

Ga3

表にでて確認しようとして何日か前に逃げられてしまったが、2度目はうまく近づいて写真を撮ることができた。夜みかける気持ちが悪い大きな蛾ではないのであまり抵抗はなかった。美しいとまでは言わないが、模様がどこかニイニイゼミに似ている印象。

Ga2

7月から始めた添削(週末)も大分慣れたので、ウィークデーも体に無理がない程度に仕事をしようと探し始めた。が、なかなか都合のいい時間帯で(10時~16時)、自宅近辺で働くというのは見つからないものである。じっくりまつしかないだろう。

添削の仕事が一段落して、久しぶりい思い出したようにカート・ボネガット・ジュニアの「チャンピョン達の朝食」をベッドでごろりとなってパラパラと再読した。1970年代の彼にしてみれば長編小説だ。大学時代に縮刷版のテキストを使った授業で気にいった作家である。振り返ると、アメリカの作家でまがりにも読んだのは、このボネガットで、それ以外ではヘミングウェイとマーク・トゥウェインぐらいだろう。サローヤンの短編もあったか。後は、中学生のころ夢中になったエラリー・クィーンかヴァン・ダインの推理小説くらいしかない。それから、パール・バックの「大地」。that's all。

ボネッガットは、たぶん、自分の両親と同世代。数年前に亡くなったが、アメリカの大不況時代が青春時代だった。もし、1950年代なら「ビートニック」(小田実の「何でも見てやろう」に活写されている)や1960年代の「ヒッピー」になった人だろう。アメリカの文明批判をSF的手法で描いたブラック・ユーモア小説で、アメリカの俗語を学ぶ絶好のテキストでもあった。学生時代は、その反骨精神と過激さに惹かれていたのだと思う。

今回の再読で後半の部分で(年老いて発狂寸前の主人公が、ホリデイ・インのラウンジで高校時代に暗記させられた詩の章句を思い出す)でペルシャの詩人オマル・ハイヤームの4行詩が引用されているのが目に留まった。

The Moving Finger writes; and, having writ,
Moves on: nor all thy Piety nor Wit
Shall lure it back to cancel half a Line,
Nor all thy Tears wash out a Word of it.

岩波文庫の翻訳を持っていたはずなのだが見つからない・・・インターネットで調べたりしたが、言っている意味は、「やってしまったことは、取り返しがつかない。ただ、現在の地点からどんどん先にいくだけだ」ということだろうか。中国の漢詩にも通じるけれど、人生のはかなさ、無慈悲さ。嘆きと諦念。今、この瞬間こそ楽しむのだ。刹那主義。Be happy for this moment. This moment is your life. こんなところだろうか。学生時代には素通りしてしまったのだろう、こんな文句が挿入されていたという記憶がない。

縮刷版は100㌻ちょっと。オリジナルがなかなか見つからなかった2~3日あちこち探してようやく見つけ出した。池袋の芳林堂書店で購入したのだろうか。もう一冊のMother's Nightは1976年6月30日に購入した、と若き日の自分の筆跡で裏表紙にあった。

Photo_20190904132901

ボネガットの本をあちこち拾い読みしていると、卑猥な言葉に刺激されたのか、突然、No love, without gloveという台詞が脳裏を走る。映画「ガープの世界」で、主人公がガールフレンドとセックスをしようとして、コンドームがないことがわかって、拒否されるシーン。gloveにコンドームの意味があるらしい。こんなセリフでも、ちゃんと韻を踏んでいて粋だなぁ、とまでは思わなかったが、理解できない大方英語の台詞群で何故かこの部分だけは鮮やかにすっと耳に入り、自分の脳裏に焼き付いたのだろう。

1980年代半ばから90年代半ば過ぎまでの10年近く、武蔵野市に住んでいたのだが吉祥寺の映画館だろうか、それとも、レンタルビデオだったか。武蔵野市と言えば、よく近くのサイクリングロードをサイクリングしたり時には徒歩で西武球場あたりまで出かけたものだ。よく通った喫茶店「魔法のランプ」がなつかしい。毎回食べた「魔法のランプ定食」がおいしかった。退屈することがめったにないと思っている自分だが、30代の働き盛りのころ、週末がゆっくりできる時は、土曜日の午前中は寝腐って(金曜日は間違いなく、飲んで享楽を尽くしていたか、真面目に残業していたし、昔はいくらでも眠ることができた)、お昼はだいたいいつも「魔法のランプ」定食を食べ、おいしいコーヒーを飲みながら、本を読んだものだ。ハイデッガーの「存在と時間」もここで大体読んだと思う。読了はできなかった。三分の二で終わったままだ。それ以来、手付かずのまま。再読と完読をいずれ近いうちに、とは思っているのだが。

モームは、老いによって耐えがたいのは、精神的・肉体的な能力の衰弱ではなく、過去の記憶の重さだ、とめぐまれたイギリス人らしい捻った言葉を残しているが、自分はこれを予感しつつもまだその域までは行っていないと安堵しつつひたすら、食べて、眠り、両親の食事を作り、少しだけ他の家事を手伝い、それでもたっぷりの余った時間は、釣りに自然観察(主に野鳥、時に、昆虫や草花)や、読書と物思いに耽っている。

2019年8月27日 (火)

フッコ(鱸一歩手前)50㌢を仕留める。夜は虫(カネタタキ)の声を聞く・・秋。

8月26日(月)晴れ、時々曇り

週末は例によって添削に没頭。買い物以外の外出はなし。毎回の食事の準備と片付けはルーティン。書類を発送してようやくほっとした午前中は、1ヶ月ぶりに部屋の片づけ、掃除機がけ、階段の雑巾がけなどで汗を流した!?

お昼は、このところ凝っているサンドイッチを作って食べている。Kストアの焼き立てのイギリスパン(食パン)が実においしい。帝国ホテルの料理長だった村上さんの本を参考にした自己流のサンドイッチだ。具は、値ははるけれど美味しいハムとツナがメイン。野菜はレタスか胡瓜。他に、ブルーベリーやポテトサラダ。焼き立て直後から数時間の食パンこそがサンドイッチの命だという。時間が経過すればトーストにしたほうがおいしく食べられるとも。ポイントは、たっぷりとバターと辛子を塗ること。辛子を塗ることで風味が増すというが、やってみるとなるほど、確かにそうだ。サンドイッチをめったに食べない両親が、うなるほどだ。ちなみに、辛子は、ディジョンマスタードのマイルドなものより、普通の市販の練り辛子のほうが自分の好みである。

村上さんは随分昔だが、英国のエリザベス女王が来日した際は、女王陛下のためのお茶の時間にサンドイッチを毎回作ったそうだ。胡瓜やトマトのサンドイッチである。胡瓜サンドイッチはアフターヌーンティーでよく出されるなんとも言えないサンドイッチだ。言ってみれば、イギリス版の鉄火捲き。

ひと汗流し、サンドイッチを食べ、麦茶を飲んで2階でまどろんでいると、階下から母と庭師さんの会話が聞こえてきた。この何でも屋の庭師ことT氏は大の釣り好き。那珂川河口でフッコが釣れているという話がうとうとしている耳に流れてきた。

はっと目が覚めたのが13時半。冷蔵庫の奥にしまったままの青イソメを取り出して、那珂川河口へ出かけた。T氏の話では、干潮前後の潮が動く時が時合だという。今日は若潮。満潮は14時。干潮ではないが潮が動き出す前後であることに変わりはない。

6月と7月にそれぞれ一度足を運んだがまったく川から反応がなかったポイントだが、今回はどうだろう。2本の竿を出した。まさかフッコが釣れるとは本気で思わず、この時期はまだ木っ端セイゴが多いし、精々のところ30㌢前後だろうと、仕掛けは8号と9号の2本針の吹き流し仕掛け。ハリスはそれぞれ1.5号と2号である。

仕掛けに餌をつけて第一投、第二投すると、柔らかい竿にアタリが来た。一度お辞儀をして、二度目のお辞儀が半端ではなかった。合わせをいれるとずっしりと思い。大物かぁ? ハリスは1.5号だ。柔らかい竿のほうでよかった。糸がゆるまないようにリールを巻くと、40㍍ほど先で大きな魚がジャンプ!鰓洗いだ。それから護岸近くまでは何とか引き寄せたが、最後に大きく抵抗。ハラハラしながらの攻防の末に何とか護岸にひきあげることが出来た。大きく口をあけたセイゴ(鱸といってもいいくらい)の口の縁にかろうじて8号の針がひっかかっていた。よくもまぁ、逃げられずに仕留められたこと!ラッキー以外のなにものでもない。心臓はバクバクしなかったけれど、もうきょうはこれでいい、という気分になった。

Fukkko-suzuki

空はもう秋の気配。

Akinosora_20190827105101  

護岸に花咲く野生の白いユリ。

Photo_20190827105201

その後釣れるのは20㌢に満たない木っ端セイゴばかり(4尾ほど)。16時、納竿。満ち足りた気持ちで家路についた。

釣果 フッコ 1尾 50㌢

  Suzuki2

 フランスでのG7サミットが閉幕したが、トランプさんのはちゃめちゃ振りはもちろん、イギリスで第二のトランプ氏ことジョンソン氏が首相になったことで、まったくの様変わりとなったようだ。1975年に第一回が始まったというから半世紀近い行事だ。発足当時のG7諸国が占めるGDPは(当時はGNPが指標)は世界の70%を占めていた。2019年の今、このシェアーは50%にまで下がっているという。中国の台頭は大きい。中国の政府機関紙は、迷走するG7を揶揄しているらしいが、しかし、中国は(ロシアもウクライナ問題で外された)G7には加われない。いわゆる、自由民主主義の基準からとおく隔たった政治体制と人権抑圧など、このクラブの資格がまだ足りないから仲間に入れてもらえない、ということらしい。

どういうわけか、マスコミ報道は寝耳に水のような「日本はアメリカからトウモロコシを買う」話しでもちきりである。サミットもトランプ氏には来年の大統領選挙対策の手段に成り下がったようである。マスコミも盛んにそのように論評している。3日にわたったサミットではいろいろ首脳同士のざっくばらんな意見交換はなされたらしい。トランプさんは、「韓国の大統領は頭がイカレテいる」、と2度も言及して周囲を唖然とさたという。安倍さんは賢く、無反応。本音はそうだとしても。日韓の問題など、G7ではお話しにならない低次元のことで、やっぱり、G7諸国にとっての大問題は、米中貿易戦争による世界経済への悪影響ということだろう。

この貿易戦争は、どっちもどっちである。アメリカのトランプ政権は、自分を支持してくれた地方の地位が低下した白人層の利益を擁護するための政策を正直にしているだけである。中国は、ここまで経済発展できたのはアメリカを始め西側先進国の経済支援と輸出マーケットを提供してくれたお陰であるにもかかわらず、西側の期待とは大きく異なる路線で超大国になるという意志表示を公然と始めた。これは、西欧に貶められた(日本も入る)「100年の恥辱」の恨みが原因なのだろうか。しかし、西側のマーケットがあっての中国であって、独自の経済圏というブロックを形成した米ソの冷戦とは違う。どちら側もにとって痛みをともなう貿易戦争であるのは明らかである。香港問題でも中国非難などの声明が出されることを中国当局は恐れていたとも言われているが、今回、恒例であった共同声明は一切でなかったのは、まさか、中国への配慮ではないであろう。

北朝鮮の核問題もいつのまにか無きが如きものにまで後退してしまっている。トランプさんに迎合するがごとく「金将軍様」は短距離ミサイルを頻繁に飛ばし続けているのは「危機」なのか「戯画」なのか。


夜、ビールを飲みシャワーを浴びて、一休みしていると虫の声が聞こえてきた。高校野球(星稜高校はまた優勝を逃してしまった。大阪のようなガメツサが足りなかったように思う)が終わるころになると秋の気配が日に日に感じられるようになるがまさにこの声である。浴室で見かけた虫のスナップショットがこれ。カネタタキという昆虫らしい。

Kanetataki

鳴き声はここをクリック:

https://www.youtube.com/watch?v=wdwxfvSO96c

2019年8月20日 (火)

もう一つの「破損」は夢の中。アオサギにハゼを食われ、釣りの最後に思い出したこととは!?

8月19日(月)晴、時々曇り

3時前に目が覚めて眠れなくなり、1時間ほどホブズ・ボームの歴史書(第2巻 The Age of Capital)を1時間ほど読んでだ。

アメリカ合衆国の歴史上の汚点:インディアンの虐殺→1867年から83年までに1300万人!が殺されたのは驚きだ。ナチスのユダヤ人虐殺は600万と言われているが、倍以上。それにしても、双方の虐殺に対する扱いの差は一体どいうことなのだ。アメリカにはインディアンの利益を代表するロビーがないということ。経済的な力を通した政治的なパワーがまったくない歴史の忘却の彼方へ押しやられてしまうということだろうか。(韓国がいつまでも日本に対する歴史認識問題を出し続けるのも、彼らなりの経済パワーがあってのことなのだ。しかし、日本は、アメリカやナチスのように朝鮮半島の人を虐殺してはいない。朝鮮半島の人口は日本統治時代を通じて増えている。虐殺はしなかったが、実態として、力ずくでレイプをした、というのは事実であろう。誤解される言い方かも知れないが、「和姦に近いレイプだった」、とも言える。)

4時頃、再び眠りに落ちた。そして、束の間の夢をみた・・・

釣り竿を積んだ自分の車(日産のNote)だが、知らない山あり、谷あり、川あり、街ありの風景の中を走っている。渋滞。靴底の中敷きがよれているので(実際に自分のスニーカーの中敷きが最近よれ始めた)靴底から足を出して調整しようと気をそらした間に、先の車が動き出す。慌てて半分靴をはいたまま続こうとするとまた先の車がとまる。ブレーキを踏むがうま作動しない。先の車にぶつからないよう道路の縁に車を寄せて車列から抜ける。脇道があったので入る。車通りがすくない道の縁で何とか車をとめる。車の前輪の?ブレーキがいかれたようだ。そこからどういうわけか、大きな複合ビルのなかに入り、迷子になり、自分の車に戻ることができない。家にも戻れない、車はどこだ、釣り道具をつんだままじぁないか。これじぁ、釣りもいけない。車もないから買い物にも行けない。

どこだ、どこだぁ、ともがいているところで目が覚めた。6時過ぎだった。まれにしか見ない夢だが、見る夢はいつもこんな感じだ。何かをきっかけに、行かなければならないところに辿り着けない夢だ。カフカの小説に「城」という長編があった。途中で挫折して読了していないけれど、この小説はまるで自分の夢と同じ。私だけでなく、人間が見る夢そのものを語っているのではないだろうか。

午前中、週末に没頭した添削書類を返送するのに郵便局に出かけ、家の買い物をして、それから、新しいパソコンのプリンターを買いに行く。K社のものを購入。壊れたのもK社のもの。レーザーのモノクロだ。1万円のがあったが在庫がないので、1万6千円のを購入。帰宅して早速プリンターのセットアップをした。

午後は、4日ぶりに涸沼川へ。ハゼ釣り第三弾。カイズもついでに狙おうとオキアミを餌に2本の柔らか目の万能竿を出した。いつものマイススポットは月曜日にもかかわらず占領されていたので少し上流で竿を出した。ハゼの竿は2本。磯竿と継竿。

Turiba

第一投から釣れたが、護岸の水たまりにポチャリと落としてしまった。この水たまりが大きくて、15㌢ほどの良型ハゼをなかなかつかまえられない。あとで網で捕まえようととりあえず放っておいて、ハゼ釣りに熱中した。

Haze4

5尾ほど釣ったとき、一休みして網を持ってハゼを回収することに。ところが、いくらさがしてもハゼが見つからない。ふと、目をみやるとあのアオサギがまた近くにいるではないか!さては、アオサギに食われてしまったか?

Aosagi2

ハゼは、そこそこ釣れるのだが、カイズのほうはアタリはさっぱりだった。仕掛けを回収するたびに餌はなくなっているのだが、アタリらしきものは全くないまま、16時を過ぎてしまった。納竿。ハゼ8尾持ち帰り。1尾はたぶんアオサギのお腹の中。

釣りを終わろうとしていた時、突如、午前中に返送した添削で一箇所記入漏れがあったことに気付いた。なんで、こんなタイミングでこんなことが脳裏をかすめるのだろうか!?。帰宅して、2階に上がり、パソコンで資料と解答の原案を確認したら、やっぱり、一つだけ記入漏れしていたことが判明。急いでお詫びのメールを事務所に送ることに。

こういうことは昔もあった。前日に煮詰まる程のめり込んで書類を作成して夜遅く帰宅。食事をしてそのまま寝てしまったが、明け方、目が覚める直前のうつらうつら状態で、あっ、あそこが間違ってる、と気づく。職場に出勤した朝一番、すぐに力作の書類を点検すると、夢の中で気が付いた間違いは、まさにその通りであった。

本日の釣果 マハゼ 9尾、一尾はアオサギのお腹(たぶん・・・)

Haze8

2019年8月16日 (金)

お盆のちょっとばかりの災難

8月16日(金) 曇り時々晴れ、終日風強し。

私事だが、悪いことが3つ重なった。

一つ目
2011年に5万円で購入したノートパソコン(東芝のダイナブック)のキーボードの一部が反応しなくなった。仕方なく、画面キーボードに切り替えて操作はしているが、アウトである。ウィンドウズ7なのだが、十分に使える愛用のパソコン。修理に出すべきかどうか迷っている。費用次第だ。基本的にはWindows10搭載で昨年末に勝ったラップトップを主に使っているのだから問題はないのだが・・・

二つ目
父譲りの愛用の継竿を折ってしまった。昨日、涸沼川でハゼ釣り第二弾に出かけた。サイズが小さくなってしまったが、2時間半で10尾。まわりはカイズ釣りの人が数人竿を出していたが一人だけ2尾釣っていた。10尾釣ったところで16時。家にかえらなくっちゃ、と片付けていると、一番上の細い竿が二番目の竿の継ぎ目のところでポキリ。心痛む瞬間だった。

三つ目
添削の仕事の情報が届いたので、プリントしていたら、最後の資料を印刷中にプリンターのトラブルが発生。それから延々と2時間、再起動したり、他のパソコンにしたり、トナーを替えたりやってみたがまったくダメ。2005年の秋に秋葉原で購入したキャノン製で、もう14年近く使っている愛用機。午前中、カスタマーズセンターに電話するも、さんざんいろいろやって、修理に出すしかないとの判定。買い替えだ。

ということで、矢継ぎ早に身の回りのものが壊れたり、壊したりで気分が落ち込んだ。形あるもの、かならず壊れるのだから、運命として諦めるしかないことは分かっているけれど、長年付き合った自分の分身のようなものや大切にしているものが突然駄目になってしまう、というのはやっぱり辛いことだ。

2階で添削の資料を勉強していると、巣立ちガラスがグゥァ、グワァと吹き出したくなるような鳴き声を上げている。電信柱の上で大人とかわらぬ(むしろ大きい)姿が見えた。

Karasu

スナップショット。カラスにからかわれているような気分になり、さらに気分が落ち込んでしまった。しばらくすると、ヒヨドリの悲鳴が盛んに聞こえる。二階のベランダに巣立ち雛がやって来ていた。そして、カラスが格好の餌食と狙っているようなのだ。巣立ち雛(尻尾が短い)はすぐに飛び去った。どうも、近所の空き家にある庭木の茂みに身を隠しているようだがカラスが張り付いて狙っているようだった。ヒヨドリの親の悲痛ともいえる叫びが何とも物悲しい。無事でいてほしいと思うばかりだ、巣立ち雛よ。

Hiyodori-hina

周辺では、ツクツクボウシが鳴き始めている。高校野球もベスト8が明日で出揃う。早くも秋の気配が。台風は西日本のひとには気の毒だったが関東に来なくて良かった。

2019年8月14日 (水)

お盆のハゼ釣り

8月14日(水)曇り、時々晴れ

昨夜は夜中過ぎに雨の降る音が聞こえた。久方ぶりのお湿りである。

香港の反政府デモは6月から始まっって今現在も続き、とうとう空港が閉鎖されてしまうという事態までエスカレート。アメリカ側の情報リークによれば中国軍が香港との国境付近に移動しているという。中国側からの情報リークによれば、アメリカ領事館が積極的に反政府デモを応援し煽っている、と。すわ、これは、第二の「天安門事件」が起きる前触れか? いずれにしても、どちらも正しいのだろう。それにしても、どのような形で決着するのだろうか? 悪化する日韓の外交関係と同様、出口が見えない。

国際政治を論じるテレビ番組で、宮家某が、アメリカにおける朝鮮半島の核問題は、世界状況(中東のイラン問題、IS問題)と中国との覇権争い問題に比べると優先順位はかなり下がる、との指摘。すでに、アメリカは、インド・パキスタンが、核保有国であることを認めた如く、北朝鮮についもも同じスタンスで話しをすすめようとしていると。北朝鮮は、アメリカを意識してアメリカに届くミサイルの実験はしていない。一方、イランは核をもっていないし、核保有は絶対にみとめない厳しい態度で臨むであろう、と。資源大国(石油)であり、かつてのペルシャ帝国の末裔、中東でサウジアラビアやトルコと覇を競う大国と、世界の極貧国・北朝鮮ではレベルが違いすぎる、ということかも知らない。

それにしても、困るのは日本である。朝鮮半島が核保有ということになれば、そのバランスをとる力学が当然働く。日本が核保有国なるというのは現実可能なのか。アメリカは絶対に求めないだろう。日本に原爆を使った国である。現在は友好関係にあるが、無意識レベルには深く罪悪感とキリスト教・白人文明とは違う異質な日本に対する恐怖感(復讐)がある。中国は、暴れまわった小国日本にさんざん苛まれたトラウマはそう簡単に克服できるわけではない。日本の核武装には覇権争いで敵対する米中であっても手を結ぶに違いない。となると、出口なしの日本になってしまわないか?

セクハラスキャンダルで収監されたアメリカの大物投資家が刑務所で自殺をしたことが報道されていた。トランプさんやクリントンさん、英国のアンドリュー王子とも付き合いがあったこの大物エプスタイン氏の毒牙にかかったティーンエイジの女性は数知れず。me too運動でセクハラを告発する女性が後をたたないが、今朝のニュースでは、イタリアの大物プラシド・ドミンゴ氏が告発されたとの報道。自分の立場を利用して名もなき無垢な女性を毒牙にかける男は悪に決まっているが、シンデレラを夢見る女性の脇の甘さも問題だ。だから自業自得だといって突き放すのもかわいそとは思うのだが、この問題は永遠に解決しない男女の問題だろう。

閑話休題。

今朝ほど、朝いちばんの買い物からもどって玄関近くで、老人にであった。自宅前に車をとめていて車庫に入れない。初老の男はつかつかと私に近づき、届け物があってすぐ車を動かしますから、と。戻って、母から、昔、家の近くに住んでいたN商店の長男だ、と話しを聞かされ、その面影がまったくなかったこと、余りの老け方に、唖然とした。何か、大きな病いとか試練とかで苦労したのだろうか。姿も話し方も70代半ばのひとであった。

昨日は、午後2時間半、涸沼川でハゼ釣りに興じた。今年のイシモチは不漁。昨年も駄目だったらしいから2年続きだ。平磯海岸では釣れているという話だったが、海水浴シーズンで駐車場は600円だ。イシモチ狙いはもうあきらめて、そろそろハゼのシーズンだと、涸沼川へ。穴釣りで年越しの2年物、ヒネハゼを狙った。

Hobo-onajibasho

第一投から狙いどおりのアタリ。目測16㌢。

Haze1

再び良型のハゼ(16㌢)

Haze2

本日最大17㌢

Haze3

小物だが、ズズズズーンとハゼ特有の強いアタリに心が躍った。折からの灼熱の太陽で、シャツは汗でびしょびしょ。小ペットボトル2本を飲みながらの「熱戦」だったが堪能した。

休憩中にふと上流を見やるとアオサギが佇んでいた…

Aosagi

釣果 11㌢~17㌢ 9尾

Haze9

2019年8月12日 (月)

あっと言う間に一週間が過ぎ、いよいよお盆突入

8月12日(月)晴

ニイニイゼミ、アブラゼミ、ミンミンゼミ、ヒグラシと4種の定番の蝉が出そろった。真夏を実感する時期である。庭の水掛けは毎朝・毎夕の日課だが、蝉の抜け殻を発見!

Nukegara

水道蛇口のバケツにはカメムシの子どもがおぼれ死んでいた。見た目は美しいカメムシ。

Kamemushi_20190812111101          

玄関の大きな鉢に水を掛けるとオンブバッタの子どもが数匹かたまって、洪水に大わらわ。驚かせてしまった。

Onbu

朝食は、いつもの自己流ナシゴーレン。

Jikoryu-nashigoreng

先週初めの月曜日の夜、映画「父親たちの星条旗」をBS放送で観た。以前「硫黄島からの手紙」を観て随分昔にブログに感想のコメントを書いたことを思い出しながらだ。この時期になると広島や長崎の原爆、終戦(敗戦)記念日が続き戦争ものが放送されうのだろう。大岡昇平の「野火」や米国映画でチャールトン・ヘストンが主演した「ミッドウェー」も前後してやっていたが、こちらは観なかった。

ワンパターンの無残なバンザイ攻撃で玉砕する日本軍のいつもの戦い方ではなく、、硫黄島での戦いは栗林中将の見事な戦術で米軍に大きな被害をもたらした。結局日本軍はほぼ玉砕だったが、アメリカの視点から描かれたこの映画は、戦場の凄惨さんさと傷つく個々の兵士とそれが国レベルでの戦争国債販売促進ツアーに駆り出される英雄たちの大きなギャップを辛辣に淡々と描いた佳作である。監督はクリント・イーストウッド。興行的には成功作とはいいがたいものだったらしい。映画がつくられた当時は9.11テロを受けてアメリカがイラクやアフガン戦争をやっていたころだった。リバータリアンであるイーストウッドのアメリカの海外介入主義への批判でもあったと思われる。

あの有名な摺鉢山に星条旗は2度掲げられたというのはこの映画を観て初めて知った。最初のは国務長官の記念品に献上されるため、激怒した現場の指揮官たちが自分たちの分をキープするためにそのように手配したらしい。

英雄として一時帰国した兵士たち(3人、他は戦死)は、戦争国債促進ツアーに駆り出される。そのうちの一人は実際には掲揚にはかかわっていなかったらしいし、インディアンであった一人は英雄になりたくもないのにツアーに参加させられそれがもとでかどうかはわからないが酒浸りになり、ツアーの途中で外され帰隊する。映画は、戦場と国債促進ツアーと戦後と現代(3人の一人の息子が息を引き取る父を看取る)が織り交ぜになって描かれる。

インディアンはアル中で野垂れ死にする。もう一人の英雄として持て囃された兵士そのその後もあまりぱっとせず不遇。死を看取られる主人公は、葬儀屋としてのビジネスには成功するが、英雄でも何でもない自分がツアーに参加したことを恥じ、凄惨な戦場での体験の傷をかかえたま家族にも一切語ることがなかったが、死ぬ間際に息子に語り始める。「英雄たちが掲げる星条旗」は記念碑となってはいるが、最後の死ぬ間際に父が息子に語ったのは、無残に殺された(日本兵につかまれ、洞窟のなかで無残に切り刻まれて死んでいった)イギーという戦友のことと、旗を掲げたあと、戦闘続行中に一時休暇をもらい、皆で硫黄島のビーチで水浴びしたことだった。この映画の原本は、この葬儀屋の息子が書いたものである。

火曜日は、暑さにかまけて午後遅くから3時間ほど那珂湊漁港でシロギス釣りに興じた。15時前から18時まで。アタリは遠かったが、何とか3尾と20㌢のイシモチ(今回はニベ)の4尾という釣果。乾いた!海風が心地よかった。

Ishimochi-3

火曜日の夜は、クレージー・キャッツの植木等主演の無責任男シリーズをやっていた。森繁喜劇の後を受けてこのところ放映されているのだがいま一つ自分の趣味にあわないなぁと思いつつ、今回は香港ロケということもあるので少しばかり観ることに。植木等さんの健在は相変わらずだったが、若き日のぴちぴちギャルこと中尾ミエが登場していた。そして、浜美枝が美しかった。古い女優さんというと変だが、森繁シリーズの「池内淳子」と植木等シリーズの「浜美枝」。二人の女優はそれぞれタイプは違うが、私好みの日本人美女ということになるだろうか。

週後半から週末は、添削の仕事に没頭。単価のわりに重労働だが大分なれては来たが、まだまだ量をこなせない。よって収入はスズメの涙。どこまで生産性をあげられるか、それ次第だ。お金はそれなりに稼ぎたいとは思うけれど、自己啓発にもなるこの仕事は気に入っている。楽しみながらお金が稼げたら、なんと素晴らしいことだろう。

«ル・カレの「パナマの仕立て屋」と松本清張の「点と線」