2019年3月18日 (月)

本の整理は楽し。お宝の「無修正の女性ヌード写真」と再会!

3月17日(日) 晴れ、後曇り



昨夜は、深夜までネットサーフィンに興じてしまった。目的もなく気ままにあっちに行ったりこっちに行ったり。Youtube三昧だった。10月まで熱中していたインド映画音楽のジュークボックス(BarfiやPK)を聞いたり、野鳥のサイトを覗いたり。目覚めたのは6時半。


ウグイスの声はこのところご無沙汰しているが、今朝はスズメのチュンチュンの声。ごく当tたり前の声だけど最近はスズメの数がめっきり減ったように思う。


チャーリー・ブラウンを読んだり、モームの「作家の手帳(A Writer's Notebook)」をパラパラ読む。自伝は別に「Summing Up」というのがあるのだが、これは、モームが自分の創作の素材としてメモったもので作品にならなかたものを記憶を頼りに年代順にまとめたものだ。
紙切れやマッチ箱や雑誌の余白やらに着想が湧き上がった瞬間にさっと書きなぐったものらしいので、裏自伝の素材みたいなもだ。書き始めは1892年で医学校に入学した年。最後が1944年で70歳の誕生日の翌日に長々とメモを残している。


298㌻に地元の赤十字病院のコンビニのレシートが挟んであった。2017年11月16日(木)12:56となっている。鶏五目おにぎり、たまご好きのたまごサンド、Lチキ旨辛チキン、合計568円。父がデイケアー先で倒れ、入院していた2年ちょっと前のことだ。病院に詰めていることが多く、時間潰しにこの本を持参して、談話室でコーヒーを飲みながら読んでいた。直前の296㌻のメモはこんな具合だ。


Some American Delusions. (アメリカについての誤った思い込み)
(i)   That there is no class-consiousness in the country. (アメリカには階級意識がない)
(ii)  That American coffee is good.(アメリカのコーヒーはうまい)
(iii) That Americans are business-like.(アメリカ人たちは即物的だ)
(iv)  That Americans are highly-sexed and that red-heads are more highly-sexed than others.(アメリカ人は性欲が強い。赤毛の人は普通の人より好色だ)。


階級意識については後のメモで、結局は「金」で人間の階級は分かれると補足している。アメリカで体験した大金持ちの婦人と会食したのだが人々が彼女に示す尊崇はおより自分の国では見られないものだった。。大金持ちと普通の庶民の関係はざっくばらんで、保守的な英国とは違っている。階級の区別は、上流階級や中産階級ばかりではない。例えば、労働者階級でも熟練工は未熟練工との親密な付き合い)を避けるのであり、これはイギリスでもアメリカでも同じなのだ、と。


イギリスの貴族階級は19世紀の産業革命前までは圧倒的な富を誇っており、その施しにあずかった普通の人々は多く、それが貴族階級への尊敬となっていたが、産業革命後は没落してしまったのでそれとともに尊敬の念は薄れていった。アメリカもイギリスも本質では変わらないと皮肉っている。


朝食:サバの文化干しの昨日の残り、ポテトサラダ、カレー(昨日の残り)


2階でFMラジオを掛けながら本の整理を続ける。今日は、ベッドで寝ている洋室の本を集中的にやる。あっという間にお昼になる。


昼食:カツサンド一切れ半とイチゴのロールケーキにコーヒー。


朝に夕に簡単な食事の手伝いをしているが、料理の初歩は、必要に迫られて30代半ばくらいから始めた自炊生活で身に着けた。社会人になった当初の体重は62キロで痩身だった。それが1980年代半ば、バブル景気で沸き立ち、仕事は面白く、かつ、忙しく、外食と連日の飲み会で帰宅は深夜の日々。体重は80キロに達していた。これは何とかしなくては、ということで酒を控え始め、自炊に切り替えたのだった。洋食・和食・中華の3領域を一応やるけれど、すべて自己流で本は参考にする程度。プロが使う食材や調味料をいちいち揃えたら大変だ。最初は凝っていろいろ大枚をはたいたりしたが、徐々に手元にあるものでやりくりをするようになった。自分が参考にしている情報源は以下の写真のとおり。




Cooking_book
金子信雄の本が素人の自己流クッキング事始めであった。長らく探していて見つからなかたのだが、本の整理をしていたらひょこっと出てきた。1997年末に実家にまとめて送った本の中に入っていた。当時は武蔵野市の住人。年明け早々、ロンドンに赴任したのだった。


エリアス・カネッティの「目の戯れ」という自伝を捲っていたら、2000年5月14日のロンドンの地下鉄のチケットが挟んであった。
London_ticket



15時のおやつ:おぐらデニッシュ半分と熱いお茶。


ドイツ語の本を整理していたら、何とヌード写真が出てきた。しかも、無修正のものだ。ポラロイドで撮ったものらしいが記憶がない。いつ、どこで、誰の?誰かからもらったのか?思い出せないが、確かに若かりし頃、引き出しにしまっておいて時折り思い出しては眺めていた写真だ。本はジークフリート・レンツというドイツの戦後世代の作家だのものまだ未読。謹厳実直なローデさんというハンブルク郊外の町ヴィンゼンの日独協会会長からいただいた本。何と冒涜的な・・・。罪滅ぼしに読まなくちゃ・・・。



Nude1


夕食:サーモン・ジャーキー、ポテトサラダ、春キャベツと大豆の和え物を肴にビールを飲む。仕上げは、バターを少し多めにしたリゾット。


夜は休憩タイム。本の整理は結構いい運動になる。体のあちこちの筋肉を使う。そして、思いがけない出会いと発見。忘れていた記憶の蘇生と懐かしさと苦笑い。


NHK「ダーウィンが来た」を見る、シロクマとセイウチのバトルだ。氷の少ない夏は、シロクマにとっては餌が取れない最悪の季節。そんな中で、セイウチがシロクマの唯一のご馳走だが、狩りは大変。大人はシロクマと同じ体格で狙えない。狙いは子供だが、親も命がけで子を守ろうと戦いを挑んでくる。子を守った親の顔は血で真っ赤にそまっていた。


2階から、オフにするのを忘れていたFMラジオからモーツァルトの交響曲41番「ジュピター」が流れて来た。第4楽章。透明感と躍動感がとてもいい。情感たっぷりでモダンなマーラーの音楽も好きだが、クラシックなモーツァルトは格別だ。私の好みは、バッハ、モーツァルト、そして、マーラーがベスト・スリー。

2019年3月17日 (日)

終日、本格的な本の整理に没頭する。

3月16日(土) 曇り



5時半に目が覚める。


ニュージーランドのモスクで銃の乱射事件。キリスト教徒の白人による無差別テロ。50人近い犠牲者がでたらしい。リベラルで寛容な多文化社会を作り上げてきた欧米社会のはずだがどうしたことか。何年か前のスウェーデンの銃乱射事件を思い出した。ニュージーランドは世界で最も安全な国(地震はあるが)だと思っていたのだがショッキングが出来事だ。


ベッドの中で、チャーリー・ブラウン(Dont't Lose ! Charlies Brown 負けるなチャーリーブラウン)の漫画をパラパラとなつかしみながら読む。1972年のプリント。高校時代に地元のT書店かK書店で購入したものだろう。T書店はもう存在しない。


Charlie_braun


朝食:サバの文化干し、ミネストローネ、ポテトサラダ、ご飯少々。


9時半前、父はデイケアーに。今日も、2階で本の整理に本格的に取り組む。Yちゃんのママから誘いのライン連絡。来週半ば一日遊ぼうとの誘い誘。母の具合も回復したので一ヶ月ぶりだが上京することにした。Yちゃん、ディズニーシーに行きたいらしい。今日は、通った塾で仲良くなった友達同士で池袋に出かけたらしい。いいなぁ、将来はまだ真っ白。まだまだこれから学ぶことは多々あるけど、一つの関門をクリアした直後で次のステップまでの猶予期間だ。開放感と期待感でさぞかしうきうきしているだろう。


昼食:キャベツたっぷりのソース焼きそばとイチゴのロールケーキ。


午後は1階のリビングにおいてある本の整理。30年ぶりに手に触れた本もある。たぶん、1983年秋に渡欧(オランダのアムステルダム研修)にした際、実家に送った本がそのまま整理されずに保管されていた。


夕食:カンパチのスペアリブを焼いてレモンを絞って食べる。仕上げはミネストローネで作ったカレー。ハウスバーモント・カレーの甘口。

63回目の誕生日、蒋捷(Jiang Jie)の詞とジョセフ・ニーダムの英訳。

3月15日(金) 晴


今日は63回目の誕生日。特別な感慨はないのだが、この63年、何とか生きてこられたことに感謝。昨年、生まれて初めて怪我で入院する羽目になったが、基本的に丈夫な体でこの世に送り出してくれた神様というより両親になによりも感謝したい。


この63年、物心ついて以来を思い返せば、苦楽相半ばする人生だった。というかどちらかと言えば、あまりくよくよ悩むこともなく、我が道を歩んできたと思う。人生の目的は何だ、みたいな深刻なことは考えるけど、まあ、そこそこに悩み、無理せずに、マイペースで、心地よく生きようぜ、というのが私の人生哲学だ。そう思って行動していたわけではなく、気が付いたらそうだった。好きなことをやっている限りそんなにストレスはたまらないものだ。正直言えば、自分は何か大きなことをやってやろう、といった野心を持ったことがない。そして、人の上に立つなんてリーダーシップを取るなんて絶対いやだった。


若かりし頃、「あなた、偉くなってやろうという野心がないでしょ」とある人に言われて「実は、そうなんです。自分の好きな世界でたゆたって居られればそれで自分満足なんですよ」と答えたことを今でもはっきり覚えている。生活のために仕事をして来た。とは言っても、仕事はマイペースを許してくれない。それで、それなりの苦労は避けられない。いやなことでも、嫌と言わずやらないといけない。サラリーマンとは気楽な稼業だった。仕事には責任が伴うけれど、個人事業主との雲泥の差。人間としてはあまちゃんのままだ。


仕事に取り組んでいると、もともとそれをやるために就職したわけではないけれど、与えられた職務が面白くなり情熱を傾けるようになるということも学んだ。二十歳すぎの人間で自分の将来のビジョンが見えているひとはそうはいない。最初に出会ったチャンス、あるいは、門をたたいた相手が自分を受け入れてくれれば、人は迷いつつも一歩すすむのだ。人生にやりなおしはきかないのだから恐ろしいことではあるけれど、その時点で、未来は真っ白だし、あまり思慮することもなく、やってみっか、である。私はそうだった。


マスコミ志望だったが、相手に振らて、メーカー、金融(証券)、運輸の3つの業界の会社で幸い内定が取れ、運輸の会社を選んだ。配属先が、何と、訪日外人を扱う旅行部門。想定外。こんな仕事があるなんて。26年勤務して、49歳で早期退職。遅すぎた転職だったかも知れないが、半年後に大学の教育事務の世界にトラバーユできた。二つの大学で合計11年、国際教育の事務支援業務に従事して、昨年5月末に現役引退。引退の3週間前に転倒して左足骨折というショッキングな事故で生まれて初めて入院、手術。半年のリハビリを経て、今、こうして63回目の春を迎えている。


敗戦後に生まれ、日本史上、おそらく、例外的に豊かな時代に育ち、偏りはあるけれどアフリカと中南米を除く地域はかなり旅行(レジャーではなくほとんどが仕事だったれど)する機会にも恵まれた。時代が時代なら、一介の水飲み百姓で清貧な生活をして田舎の片隅で一生を送ったかもしれない。あるいは、一兵卒として中国大陸か東南アジナのジャングルか広大無辺の太平洋の海の藻屑となってこの世から去っていただろう。私の家系の両親の世代はいずれの側も運がよく、戦死者は一人だけ(中国戦線)。父側の長男は中国(確か、済南)での後方勤務、次男は、牡丹江(当時は日本の農村より豊かで毎日がご祝儀の生活だったと述懐していた)と後に南方(パガン島)への転戦するも無事に帰国した。父は、横須賀で終戦を迎えた(本土防衛の要員)。母方は、長男が陸軍の下士官で満州鉄
道勤務後、やはり南方へ転戦(ポナペ島)、次男は台湾の師範学校で終戦。遠縁の一人は、ビルマのインパール作戦を生き抜いて帰国した人もいる。両親の世代関係者は、当の両親を除いて全員鬼籍に入っている。


親を失って人は本当の意味で大人になる、らしいが、私は60歳を過ぎても子供を演じ続けている。


朝食:サバの文化干し、ポテトサラダ、ミネストローネ(昨夜、寝る前に作った)、春菊とそら豆の残りにご飯少々。今日も、ナシ・ゴーレン・ア・ラ・ジャポネーズだ。
Nashigoren2

9時半、父のリハビリの先生が来る。


ジョセフ・ニーダムの訳詞を見つけた。サイモン・ウィンチェスターの本(The Man Who Loved Chiba)の89㌻から90㌻にあった。詩人の名前は、Jiang Jie。インターネットで検索すると、蒋捷と出てきた。漢字は中国本土の簡体字で表記されていた。

<虞美人>
少年听雨歌楼上,红烛昏罗帐。壮年听雨客舟中,江阔云低,断雁叫西风。
而今听雨僧庐下,鬓已星星也。悲欢离合总无情,一任阶前点滴到天明

日本式にすると、
少年聴雨歌楼上,紅燭昏羅帳。壮年聴雨客舟中,江閣雲低,断雁叫西風。
而今聴雨僧閣下,鬓已星星也。悲歓離合總無情,一任階前点滴到天明。

ニーダムの英訳は:


The Beautiful Lady Yu

As a young man, listening to the girls in the tower,
I heard the sound of the rain,
While the red candle burned dim in the damp air.


In middle age, traveling by boat on a river,
I listened to the rain falling, falling:
The river was wide and clouds drifted above;
I heard the solitary cry of a teal borne on the west wind.


And now in a cloister cell I hear the rain again,
My hair is grey and sparse;
Sadness, and happiness, separation and reunion, all seem one,
They move me no more.
Let the rain drop all night on the deserted pavement
Till the day dawns.


詞というのは音楽に合わせて朗誦するために作った漢詩のジャンルらしい(日本には詩吟がある)。インターネットで検索しても日本人サイトではとりあげられていない。本家中国と英語圏だけだ。ニーダムのなせる業か? 吉川幸次郎の「宋詩概説」を捲ってみると、「詞」の評価そのものが低いようだ。でも、この詞を目で追い意味を取ってみると、何とも言えない人生の真理の情感が込み上げてくるのを感じる。こんなものなのだ。私も最後の聯(スタンザ)のような境地になりたいのだが、まだまだのようだ。



昼食:ミネストローネにご飯を入れてリゾットを作って食べる。それに、コーヒーとイチゴ入りのロールケーキ。両親もおいしそうに頬張ってくれた。
Risotto2


午後一杯、本の整理に没頭。昨日の続き。先週の健康診断の結果た届く。特に異常はなし。メタボに注意すること、つまり、運動が必要。体重は70キロを切って69.4キロなのだが。レントゲンと胃の検査はしていないのだが。

夕食:昨日に続き、ハートランドビールを飲む。肴は、豪州産のエビ(ロブスターサイズとはいかないが)、サーモン・ジャーキー(前職で付き合いがあったカナダの提携校A大学の交渉相手で名前はグレートヒェンという上品なオバちゃまからお土産でいただいたもの)、だし巻き卵、ゴーダ・チーズなど。エビは誕生日の贅沢。1尾350円ちょっと。仕上げは、好物のステーキ。黒毛和牛ではなくこれも豪州産のアントレコット。1枚580円。真鯛の刺身より安い。ミディアム・レア-で焼いてスナップエンドウを添えて、わさび醤油でいただく。ベリー・
グッド。満足のいくツー・コース・ディナーだった。
第一のコース:


Kanpai_ebi
第二のコース:


Steak



夜、本の整理を続ける。21時からBS放送で吉田類のフランス大紀行(酒と食)と大自然紀行(ヨーロッパ・アルプス狼の母子の物語)を交互に見る。食紀行のほうは、バスク(バイヨンヌ)とブルターニュ地方。バスクの豚と特製の生ハムがうまそう。ブルターニュは海鮮料理。生牡蠣だが50年前に在来種が絶滅して日本種の牡蛎を導入して今日があるという。ロ
サンジェルスやミルウォーキーで食べた牡蛎も日本種(熊本)だったことを思い出した。バスク語の片言をテレビで聞くことができたが、まったく孤立した言語で日本語と同じく、類縁言語が特定できないらしい。周りのロマンス語(仏、スペイン語など)とまったく無関係なのだそうだ。


一方の、狼だが、母と6尾の子供のサバイバルの話。涙が出そうになる過酷な物語だが、動物の目線でよくぞここまでカメラが捉えたとただただ感嘆する。フランスのジャック・ペラン監督の「Wataridori」を彷彿させる。影響があるのではないか。狼の夫婦はカラスと同じ
で一生を添い遂げる。集団で群れをつくって序列がある。子供を産めるのはリーダーの狼の妻となった雌狼。ある日、リーダーがクマと争ってケガがもとで死んでしまう。新しいリーダーの登場。妻狼は集団から弾き出されてしまう。一緒にはいられない。すでに妊娠して
おり、もし、この集団にとどまって子を産んでも新しいリーダーに皆殺しにされてしまうのだという。1000キロにもおよぶ孤独な旅。途中で出産。天敵から子供を守るために狩りに出かけられない間は草を食べ、ミミズを食べるだけ。おいしそうな羊を取るにも人間という天
敵が銃をかまえて待っているなど、サバイバルは大変なのだが、冬を乗り切り、母狼は新しいパートナーの狼(牡)と出会い、新しい集団を作り始めるところで終わる。ドイツとフランスでは20世紀後半に絶滅したとされる狼だが、現在2000頭ほどがヨーロッパアルプスの山岳地帯(オーストリア、スイス、フランス、イタリアにまたがって)に生息しており数は増えているという。


深夜近くまで2階で物思いに耽けながら日記を書く。深夜の就寝。

2019年3月16日 (土)

春一番が吹く。

3月14日(木) 晴、終日風強し


6時半前の目覚め。今日も天気は良さそう。

朝食:自己流ナシ・ゴーレン(ご飯にハムエッグ、ホウレンソウのお浸し、マカロニ入りポテトサラダ、カボチャの煮物、沢庵を数切れ乗せた一品。



Nasigoreng


ひととおり両親の食事が終わり片付けが終わってから洗顔。トイレは不発。このところ便秘気味である。南向きの窓の戸を開けに玄関から外にでると春の香りが風の中に舞う。風が強い。春一番だ。随分昔に読んだ漱石の「草枕」の漢詩の最初の出だしを突然思い出す。


門を出て思う所多し、春風吾が衣を吹く・・・・・・。(出門多所思 春風吹吾衣)


10時過ぎ、訪問看護師さんが父のケアーにやってくる。自分は2階で本の整理を続けるが、なかなか進まない。昼前に食材(魚)の買い出しにでかける。メバル2尾と子持ちの赤カレイ2切れ、それに、カンパチのアラ、身欠きニシン、鰯の丸干し等。これで4~5日分を確保。


昼食:カツサンドとコーヒー。それに、リンゴ(ショナゴールド)。

午後一杯、FMラジオを掛けながら、2階で本格的な本の整理に取り掛かる。漸く体にギアが入った。2005年の11月~12月にかけて整理して以来の本格的な整理。和室も洋室も一時的に足の踏み場もないような状況になる。


歴史(ドイツ、欧州、中国、朝鮮半島、日本)、哲学・言語学関係、社会学関係、詩集、異文化理解(仕事で集めたもの)、自伝・評伝、旅行記、その他、等々でそれぞれのカテゴリーに分け、本箱に収納。大雑把だが、まず今日はここまで。個々のカテゴリーの整理は明日以降だ。

夢中になって、引っ張り出した本のタイトルを眺めたり、パラパラめくったりしていると、中学時代の恩師の年賀状がひょっこり本の間から出てきた。H先生。トンボの収集家。ヒヌマイトトンボという新種の発見者。ヒヌマ=涸沼=子供時代にハゼ釣りに父とよく出かけた汽水湖だ。


https://ja.wikipedia.org/wiki/ヒヌマイトトンボ


ディ-リアスの「春初めてのカッコウの声を聴いて」がラジオから流れ出したときは思わず手をとめてしばし音を追いかけた。


夕食:カンパチのスペアリブ、ビール、そら豆、ポテトサラダ、巻きずし一個と石窯パンのオリーブオイルトースト2個。ビールは近くのスーパーで買ったドイツ産の苦みとホップの香りがする瓶ビール。チェコのピルゼンビールまでは行かないがグッド。エール系が最近の好みだが、シンプルなホップ味のビールの苦みも格別だ。



Kanpachi

2019年3月15日 (金)

無為の一日

3月13日(水) 晴

朝食:アジの塩焼き、春菊のお浸し、ご飯少々。鯵の干物よりやっぱり活きのいい塩を振っただけの鯵のグリルは美味い。薄塩ににして焼き、最後にレモンをかけるのがベスト。

昼食:一昨日作ったフランドル風牛肉のビール煮込みの残りでジャケット・ポテトのおかずにして食べる。それにバナナ。

夕食:牛肉のビール煮込み、鯵の塩焼き半分(父が朝残したもの)、赤ワイン、ポテトサラダ、ご飯少々。


ジョセフ・ニーダムという英国の化学者で中国にほれ込んだケンブリッジ大学の奇人がいた。彼が英訳した中国の詩(厳密には詞)を思い出そうとしたしてもなかなかそれが出来ない。宋の時代の詩人だ。岩波文庫の中国名詩選の宋の時代を見ても出ていない。雨に託した虚無感が濃厚な詩で、印象的だったあれ・・・・。


夜、映画「遠すぎた橋」を見る。ドイツ敗色濃厚な1944年秋、オランダのアルンヘム、ナイメーヘン、アイントホーヘンで連合国軍とドイツ軍が対峙する戦い。ヨーロッパの戦争の恐ろしさは、陸続きなので戦いが最終的には市街戦になってしまうことだ。中国大陸も同じだろうが。オランダの街並みがなつかしさもあって一生懸命見ているうちに、半ば手前でどういうわけか強烈な眠気に襲われ寝入ってしまった。


終日、ぼんやりとやり過ごす一日だった。

2019年3月14日 (木)

袁枚、映画「夢の香り(Scent of a woman)、真鯛の刺身

3月12日(火) 晴

6時前に目が覚めて「中国名詩選」をパラパラと読む。清朝の袁枚(エンバイ)の漢詩が目に留まる。この人は、隨園食単(料理)の著書でも有名。


<題>
意有所得雑書   意に得る所有り
数絶句         数絶句を雑書す


<本文>
莫説光陰去不還   説(い)う莫(なか)れ 光陰(こういん)は去って還(かえ)らずと、
少年情景在詩篇   少年の情景(じょうけい)  詩篇(しへん)に在り。
燈痕酒影春宵夢   灯痕(とうこん) 酒影(しゅえい)  春宵(しゅんしょう)の夢、
一度謳吟一宛然   一度(ひとたび) 謳吟(おうぎん)すれば  一(いつ)に宛然(えんぜん) たり 


何となく大体の意味は分かるけれど、本文の意味を正確に知るために注釈をインターネットで調べると、

詩題の「意(こころ)に得る所(ところ)有り」は、ふと思いついたことを書きつけたという意味。
「灯痕」は灯火のあとのことで、勉学の日々。
「酒影」は酒宴のさま。
「春宵の夢」は、少年の大志、将来の大きな夢のこと。
「一度謳吟一宛然」は、詩を吟じればそっくりそのまま眼のまえに浮かんでくる。

必ずしも詩である必要はないだろう。昔読んだ本をひさしぶりにひらいたら学生時代にパリで乗った地下鉄の切符が栞代わりにページに挟んであるのを発見する。 あるいは、社会人10年目ごろだろうか、飲みにでかけてカラオケにいった(私のおごり)ことへの女性(複数)からのお礼のメモが出てきたり。それが一瞬にして、たぶん、都合の悪いことは忘れているのだろうけれど、当時の特定の場面や瞬間がありありと蘇ることがある。いずれも最近、本を整理しながら体験したことだ。



6時31分、ウグイスが囀る。


朝食:真鯛の兜煮(母が残したもの)、ポテトサラダ、沢庵、焼きのり2枚、ご飯。
昼食:ジャケットポテトとゆで卵にコーヒー


BS3で「夢の香り」(原題:Scent of a woman)を観る。1992年の製作。アル・パチーノが目の見えない退役軍人の主役を演じている。1990年代になるとほとんど封切り(ロードショー)の映画を見なくなっていたこともあり、この映画の題名は何となく知っては脳裏をかすめたことはあったが未見だった。原題の意味するエロチシズムのニュアンスに惹かれたのだろうか、少々迷いつつ、何の気もなしに見始めたらこれが面白い。大正解の良くできた私好みのベリー・グッドな映画だった。

この映画は、アル・パチーノ演じるスレート中佐の台詞のために作ったような映画のような気がする。それで、映画が必要以上に長くなってしまったのではないか。彼の台詞にはfuck,fuckingが頻出する。主人公は、根が正直で繊細、そして頑固一徹。軍人になったけれど、性格が災いして?途中で出世コースから外れ、酔っ払って手榴弾のジャグリングをしている最中に誤って爆発、失明し、人生は暗転する。自分の人生をはかなみ偏屈で辛辣になってしまった独身の初老の男だ。

もう一人の主人公は、裕福ではないが成績優秀で奨学金をもらって西海岸のオレゴン州からボストンにある名門プレップ・スクールに通う青年で、クリスマスに帰郷する旅行費を稼ぐためにアルバイトでスレート中佐の面倒を見ることになったシムズ(Simms)君(清水君ではない)。シムズ君はまじめな学生なのだが、学園の悪ガキ3人が学園長に悪戯を仕掛ける現場をその仲間の一人ジョージと一緒に目撃してしまう。皆の前で恥をかかされ激怒した学園長は、現場に居合わせた教員の情報からジョージとシムズの二人を呼び出し犯人を特定しようとするが、仲間意識で連帯感が強いのがプレップ・スクールの伝統で二人は口を割らない。学園長は一計を案じ、シムズ君には本当のことを言えば、成績優秀な君はハーバード大学に進学できるよう推薦状を書いてあげる、と持ち掛ける。感謝祭明けの翌週に公開の聴聞会を開くのでとくと考えるように、とプレッシャーを掛ける。



ハーバードには行きたいけれど、悪ふざけを働いた仲間を売ることには抵抗を感じる真面目なシムズ君はジレンマに悩む。そんな中、感謝祭で出かける家族と一緒に行動するのがいやで一人となったアル・パチーノの面倒を見るために週末のアルバイトに出かけたのがシムズ君。報酬は学生にとって破格の300ドルだ。
しかし、このスレート中佐は、静かに自宅で感謝祭を寂しく過ごすのではなく、実は、ニューヨークに出かけ、最高級ホテル(アストリア・ウォルドーフ)にとまり、最高級の食事をし(プラザホテルのオークルーム・レストラン)、最高の女と寝て(高級コールガール)、最後はピストル自殺する(blow my brains out)ことを目論んでいた。スレート中佐は、最初から初心なシムズ君を圧倒する。映画の三分の二は二人の会話で構成されている。初老の域に達すれば人間は丸くなるものだが、頑固一徹のスレー大佐から発せられる一言一言は容赦ない断言調の人生訓であり、軍隊で初年兵を訓練するような上官の口吻である。


目が見えない分、スレート大佐は匂いに敏感である。ファーストクラスのニューヨーク行きの飛行機の中で、ウィスキーのダブルをサーブするスチュワーデスに大佐は「ダフネ、ありがとう」と気持ちよさそうに声を掛ける。どうして名前を知っているのか、と怪訝に思って質問するシムズ君に、大佐曰く:

Well, she's wearin' Floris.That's an English cologne. But her voice is California chickie. Now, California chickie bucking for English lady...I call her Daphne. 
(彼女は英国ので有名なフロリスというコロンをつけている。彼女のアクセントはカリフォルニアのカワイ子ちゃん訛りだ。英国レイディにあこがれるカリフォルニアのカワイ子ちゃんを俺は、ダフネと呼ぶんだ)。
このセリフが頑固でいやなオヤジと思われた大佐が軽い冗談口調でシムズ君に少しずつ心を開いていく始まりである。



大佐は、一人で恋人の到来を待っている隣の席の美女ドナが放つ香りがOgleby Sisters Soap(アメリカの自然原料によるハンドメイドソープ)だと感知すると、一緒にタンゴ踊らないか誘いをかける。 タンゴをうまく踊る自信がないと逡巡するドナ。それに応える大佐の言葉がまた粋ですばらしい。

"No mistakes in the tango. No. Not like life. Simple. That's what makes the tango so great. If you make a mistake and get all tangled up, you just tango on."
(タンゴでは間違うということはないって。ない、ない、人生と違うって。単純そのものだよ。これがタンゴのすばらしいところだ。もし間違ってしちゃかめっちゃかになっても、ただタンゴを続けるんだよ。)


感謝祭の食事に招かれざる客として押しかけた兄の家では、義理の甥っ子の妻の香水はMitukoで、この香水は欲求不満の女がつけるものだと毒づきその場の雰囲気は最低になる。


大好きなウィスキーを、ジョン・ダニエルと呼ぶ大佐。ホテルの部屋のバーのウィスキーをすべてジョン・ダニエルにするようにとシムズ君に申し付けると、シムズ君が Don't you mean Jack Daniels?(ジャックダニエルの事?)と聞く。中佐は、He may be Jack to you son, but when you've known him as long as I have...that's a joke.(ジョンは息子のような君にはジャックだろうけど、俺は彼との付き合いは長いから、ジョンなんだよ・・・というのは冗談だけどね)。


こんな具合で、プエルトリコ人のベルボーイ、スーツを仕立てるために採寸に来たイタリア系のソフィア、ボディが超長いリムジンのマニー(高級コールガールを紹介する人。ドイツの外交官がアメリカに移住したいともらすほどいい女を紹介する)と交わす会話も滅茶苦茶面白い。

書いていたらきりがないくらいだ。女と楽しんだ後、中佐はいよいよ制服を着て自殺をする場面となっていくが、ここで必死に自殺を止めようとする真面目なシムズ君が、つぶやく言葉(あなたはすばらしい旅の友、誰よりタンゴはうまいし、フェラーリの運転も最高だったとほめる)で、自暴自棄だった中佐は何とか自殺を思いとどまる。


ニューヨークからマニーが運転するリムジンで帰宅すると、シムズ君ともう一人(ジョージ)の公開聴聞会が待っていた。説明を省くが、多額の寄付者の父親の入れ知恵で犯行をしたと思われる3人の名前を出したジョージに対し、シムズ君は知らないで押し通す。学長は聴聞委員会に対し、ジョージについては証言したことを評価しこれ以上の追及はなし、3人については証拠不十分で引き続き継続調査だが、シムズ君については、何と、真実を話さないことを理由に放校処分を聴聞委員会に提案する。


そして、ここで、聴聞会の途中から、シムズ君の保護者として会場に現れ、シムズ君の隣に座った中佐が爆発する。ふざけんなぁ!!!起立して、シムズ君の弁護を滔々と述べ始める。圧巻である。彼が正しいとか間違っているとかが問題ではない。彼は買収の提案を拒否して仲間を売ることを肯んじえない誠実な人である。このIntegrityこそが将来立派なリーダーとなる最も大切な資質であり、学長の提案はこれを抹殺する言語同断のとんでもないことで、この名門学の教育理念に真向から反する戯言ではなか。悪戯をなした3人はクソッタレだ、反省しろ。この誠実な青年の将来を奪う愚かなことがないように諸賢の判断を仰ぎたい、と。そして、着席する大佐。少し間をおいて割れるような会場からの拍手が巻き起こる。これで決まった。聴聞委員会は、シムズ君の無罪放免を決定した。


最後の場面で、聴聞委員会のメンバーの一人、独身の女性がキャンパスを歩く二人を追いかけて祝福を述べる。スレートは即座に彼女の香水がFleurs de Rocailleであることを言い当てる。フランスの香水だ。当りだった。スレートは「女」が大好きなのだ。二人の関係が始まるかも知れない予感。自分の家に戻るスレートの姿はおだやかで孫にも優しく声をかけるのだった。

映画が終わって少し疲れを感じるほど集中した。あっという間の2時間40分。私にとっては久しぶりに観るグッド・ムービーだった。火照る頭を冷やすために30分ほど千波神社周辺を歩く。肌寒いものの辺りの空気は梅の香りで一杯だった。

夕食:真鯛の刺身を肴にデンマーク産の黒ビールを飲む。真鯛の刺身は脂が乗って甘味がありこんなに美味いとは思わなかった。人生60数年で、真鯛をほとんど食べなかった自分を恥じるとまでは言わないけれど、遅すぎた舌の開眼である。若かりし頃、鳴門市でご馳走になって以来、というと大げさだが、我が家の食卓で真鯛の刺身を食べた記憶はない。しばらくは病みつきになりそうだ。刺身はマグロかタコだとばかり思っていたのだが。



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本日2本立てのもう一本の映画は森繁喜劇「駅前怪談」。ロケーションは山梨県の勝沼。1964年の制作。ヒッチコックの「鳥」が公開された直後なのだろう、お化けが出る恐怖シーンの効果音は「鳥」のそれだった。社長シリーズでいつも森繁の妻役を演じる久慈あさみが芸者役で登場していた。池内淳子はやはり芸者役で染太郎という名。このシリーズ、大空真由美が登場する前は、島かおりが次郎ことフランキー・堺の恋人役をやっていたということがやっとわかった。確か、「駅前弁当」がそうだった。三ツ矢サイダーを飲むシーンが何度か出てくる。なつかしいなぁ、サイダーなんてもう何十年も飲んでいないが、確かにあのころは夏になると、三ツ矢サイダーとかカルピスをよく飲んだものだ。

2019年3月13日 (水)

「マッケンナの黄金」、フランドル風牛肉のビール煮込み。

3月11日(月)雨、風強し、午後曇り、夕刻は晴れ間が差す



目が覚めると6時半少し前。外は雨。風も強い。ちょっとした春の嵐。ウグイスは沈黙。

朝食:笹かまぼこ、真鯛の煮つけ少々、沢庵2切れ、潮汁(実に美味い)、ご飯少々。



10時をすぎると風が収まって来たので市役所へ。4月1日からの国民健康保険加入手続き申請をする。


ラジオで六角精児のラジルの男がつぶやきを車中で聞く。平成が間もなく去るにあたっての感慨。親父ギャグを馬鹿にしていた若き日の自分がいつのまにか親父ギャクを飛ばすようになった今日この頃。携帯電話が出始めたのはそのまだ若かりし平成の始めのころ。携帯電話を始めて手にしたときの感動といったらなかった。携帯は日進月歩の進化を重ねて今やスマホ時代。でもオヤジが使うスマホの使い方に進化はない。「仕事終わった。これから帰る」「お酒飲む。遅くなる」と相変わらずコンテンツのレベルは携帯初期段階のままだ、から始まる語り手のボヤキは、何とも秀逸な「5分間の一幕物のモノローグ」だ(オヤジギャクのつもりはない)。


帰りに寄り道。真鯛の刺身が食べたくなったので購入。活きのいいアジが出ていたのでついでに3尾買う。塩焼き用。干物ばかりでは飽きてしまう。


昼食:寄り道して購入した野菜のジュノベーゼ・スパゲッティとハッシュドポテト。コンビニで買うパスタを馬鹿にするなかれだ。下手なレストランで出すパスタより美味いのではないかと思える今日のジュノベーゼだ。


食後、いそいで、切れてしまったポテトサラダを急いで作る。13時からBS3で「マッケンナの黄金」が放映される。朝のテレビ番組を確認して、オッ、これは見逃せない、と。



この映画は、西部劇だがインディー・ジョーンズの冒険的要素も加味された大活劇である。1968年製作。たぶん、高校生時代に地元のスカラ座(隣はストリップ劇場だったが、今はどちらも存在しない)で観たと思う。グレゴリー・ペック、オマー・シャリフ、テリー・サバラスなどが出演。冒頭でハゲワシが悠々とアリゾナだかの西部の広大な峡谷の空を舞うシーン。バックに流れるの音楽はホセ・フェリシアーノのOld Turkey Buzzardでこれまた忘れがたいメロディーだ。


物語テーマは「金」と「人間の欲」である。インデアンが守り続けた峡谷の奥深くに眠る「黄金の谷」探しに群がる欲に目が眩んだ人たちが繰り広げるドラマ。かつて空しく黄金探しをしたことがあるグレゴリー・ペックが演じる主役マッケンナは保安官役で登場。年老いた「黄金の谷」を守るアッパチ・インディアンのシャーマンことプレーリーから、冒頭で待ち伏せの狙撃をされるが、何とか逃れて反撃した際にマッケンナは彼を殺してしてしまう。死ぬ間際にインディアンから見せられた地図はその「秘密の黄金の谷」を示すものだったが焚火で焼いてしまう。このインディアンを追っていたメキシコ人のコロラドことオマー・シャリフ一味は、インディアンを葬っている最中のマッケンナを捕まえ、地図替わりのガイドとして拘束して物語は始まる。


一攫千金を求めて、オマー・シャリフを首領とする悪党一味や、町のギャンブラーはもちろん、店主や医者、ジャーナリスト、牧師、旅の通りがかりの冒険家(イギリス人風)が加わり、はたまた、コロラド一味を追う騎兵隊の万年軍曹で出世に見切りをつけたテリー・サバラスも途中から黄金探しの仲間になる。目もくらむような谷にかかるあぶなげな吊り橋を渡るシーン、アパッチ族の襲撃シーン、それを逃れるための川下りと激流に飲み込まれる寸前に間一髪で逃れるシーン、と活劇場面は展開する。


最後に目的地辿り着いた一行は、マッケンナ、コロラド、人質の判事の娘インガ(演じる女優もスウェーデン人)、へシュケ(マッケンナのかつての恋人のインディアン)、アッパチ族インディアンのハチタと騎兵隊軍曹のティッブスの6人。早朝の夜明けとともに始まる峡谷探しのクライマックスの前夜、コロラドは黄金を得たら何をするのかと聞くマッケンナにボロボロになりかけた紙を見せる。La vie parisienne。華やかな憧れのパリの生活を夢見ていた。ハチタはしきりに満月を見つめ物思いに耽る。へシュケは嫉妬のあまりインガをナイフで殺そうとするがすんでのところでマッケンナに救われる。


当日の夜明け、陽が昇り始め、屹立する峡谷の岩山群のある地点から一瞬まばゆいばかりの煌きが反射しあたりを包む(黄金の鉱脈か)。陽が昇るにつれて岩山の頂点が作る影がどんどん延び始めて一行は馬を馳せてそれを追う。影が指し示す岩山の割れ目から中に入ってしばらく進むと前面の谷底への眺望が開ける。燦燦と輝く黄金の鉱床がまさに目の前にあった。はやる心で皆が馬を疾駆させて谷底の鉱床へ向かう。嫉妬に燃える女へシュケは、昨夜のしくじりをものともせず、猛スピードで移動する坂道の途中でマッケンナの新しい恋人インガに攻撃をしかけるが落馬して谷底に落ちて死んでしまう。


一行はしばし黄金の鉱床で忘我状態で金採掘に耽る。そして、我に返ると、互いの殺戮劇が始まった。まずは、嬉々として黄金を袋に収めるテリー・サバラス演じる騎兵隊軍曹ティッブが、インディアンのハチタのマサカリで殺される。マサカリを取ろうと背中を向けるハチタに銃を向けたのはコロラド。しかし、銃の弾は抜かれていた。ハチタ曰く:黄金はアパッチインディアンのものだ。他の誰にも手を出させない。昨夜、アパッチの精霊が私にそう語りかけた、と。しかし、マサカリを取ろうとした一瞬の隙にコロラドが内ポケットに隠していたナイフで殺されてしまう。マッケンナとインガは殺し合いに巻き込まれるのを避けようと岸壁を上り逃る。気付いたコロラドが追いかける。



とうとう追いつかれ一騎打ちの戦いが始まる。死闘を繰り広げていると、一行を追ってきたアパッチ軍団が姿を現し3人に向かって遠くから銃撃を始め、争いは中断。アパッチ族軍団は馬を疾駆して谷底に降りるのだが、馬の疾駆が引き起こした大震動が脆弱な峡谷の地殻に異変を引き興す。岩山の頂上の大きな岩がバランスを失い谷に落ちると、大きな地鳴りが始まり、峡谷が崩れ始める。アパッチ族たちは恐れをなしてその場を引き上げていく。3人も壁を降りて馬に飛び乗り、地割れする地面を飛び越え、上から降り落ちる岩を間一髪で逃れながら、崩れ去る峡谷をからくも逃れ出る。黄金の鉱床はかくて崩れた岩の底にうずもれてしまった。


全てが無に帰してしまった最後の場面。コロラドはマッケンナに「俺にかまうな」と去っていく。マッケンナは、「俺につかまらないようにどこかに身を隠したほうが身のためだ。追いかけて捕まえてやるぞ」と返す。荒野に去っていくコロラド。残された二人。マッケンナの乗る馬は騎兵隊軍曹の馬でたんまりと金が詰まった袋を両脇に下げていた。


この映画、アメリカでの興行はいま一つだったらしいが、何と、ソ連とインドでは大ヒットして稼いだという。映画の出来そのものは、スピールバーグのインディ・ジョーンズのシリーズと比べると見劣りはするようだが、冒険活劇の要素はすべて備えているし、最後の15分のクライマックスはインディー・ジョーンズを先取りする特撮技術も駆使した見事なシーンだと思う。堪能した2時間10分だった。


オマー・シャリフはメキシコ人役だが、もともとはエジプト生まれのエジプト人。ウィキペディアによると両親はシリア系のレバノン人。そして、カトリック教徒。結婚を理由にイスラム教徒に改宗。「オリエンタリズム」で知られるエドワード・サイードはアレクサンドリアで通ったヴィクトリア・カレッジのクラスメートだった。サイードは、キリスト教(プロテスタント)のパレスチナ人としてエルサレムで生まれ、エジプトのカイロで育った。


夕食:牛肉のビール煮込み、ポテトサラダ、ご飯。


牛肉のビール煮込みはベルギーのフランドル地方の伝統的な料理。ベルギービールのカフェレストラン(新宿)で昔食べたことを思いだして、帝国ホテルのもと料理長の村上信夫さんの本のレシピを参考にして作ってみた。たっぷりの玉ねぎを厚めにスライスしてバターできつね色になるまで炒め、そこに表面にさっと焼き目をつけた牛のすね肉(豪州産、400㌘弱で360円、安い!)を入れ、小麦粉を大匙2ほど混ぜて、ビール(小瓶一本分)とトマトピュレを少々を加え、沸騰したら弱火で1時間、肉が柔らかくなるまで煮込む。煮えたら、肉を取り出し、残り汁に砂糖を加えてビールの苦みを消し、最後に塩コショウで味付けしてソースの出来上がり。

 
それなりにできるはずであったが、トマトを入れすぎてしまった。トマトピュレー2分の1カップのところを2カップ加えてしまったのだ。煮込んでいる途中で味見をしていて気が付いた。やむなく、ビールと水を少し追加して、何とか調整はしたがその分、ソースが余り過ぎてしまった。煮詰める時間もなく、スープにして肉と一緒に食べて見ることに。、ビーフシチューとは趣きがちがう、サッパリしたなかに、ビールの香りが感じられてなかなかグッドであった。これは寒い冬の煮込み料理。ワインではなくビールで煮込んだ風味が何とも言えない。今回は失敗作なので写真アップは次回にしよう。デミグラスソース仕立てのビーフシチューの濃厚な味わいよりもさっぱり感があってこの歳になるとより口に合う感じがする。


2019年3月12日 (火)

梅、沈丁花、春キャベツ、そして、真鯛再び。

3月10日(日)晴、後曇り


庭の梅が満開。


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沈丁花の花も独特の香りを漂わせながら地味に開花した。



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朝食:納豆、ベーコンエッグ、ご飯、笹かまぼこ、ミネストローネ。一皿盛りの見てくれは、まるでインドネシアやマレーシアで食べたナシ・ゴーレンの日本版。平なお皿に米があり、その上に肉・魚・卵・野菜類を適宜乗せたぶっかけご飯である。



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東向きの空き地の茂みでウグイスが盛んに囀る。午前中のみならず午後も。


なかなか手につかなかった2階の本の整理を始める。昼前買い物に。K百貨店で真鯛の兜とアラを380円で再び購入する。その後、別のスーパーで野菜類を買う。春キャベツがみずみずしく見えて購入する。帰宅して早速、春キャベツたっぷりの焼きそばを作って家族にお振舞う。



Yakisoba


本の整理をしながらブックサーフィンをする。整理しながらある本が目に付くと、それを手にしてパラパラと読み始めてしまう。従ってなかなか進まない。


夕食:春キャベツとベーコンの炒め物と鯛の煮つけ少々でビールを飲む。仕上げは真鯛の潮汁とタコの刺身。釜の煮つけはそれぞれに両親に。父は骨だけを残してすべて食べる。さすがは魚好きである。



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<両親には兜煮をそれぞれ献上>


Taikabutoni

「英語帝国主義」の続き。

3月9日 (土) 晴



5時半過ぎの目覚め。
朝食:納豆、ミネストローネ、ご飯、ホウボウの塩焼き。
父は終日デイケアー。
昼食:野菜カレー
私学振興・共済事業団から書類が届く。4月から国民健康保険に切り替えるための証明書だ。
夕食:タコ刺し、春菊のお浸し、日本酒の熱燗、野菜カレー少々(お昼の残り物


英語帝国主義に抗する理念」の続き:
ジェームズ・ジョイスの小説がEnglishnessに対するアイルランド800年の屈辱の歴史からの反撃を意図したものだとはまったく知らなかった。翻訳不可能と思われた「フィネガンズ・ウェイク」を独特の日本語で訳した柳瀬尚紀氏はとてつもない人だと思う。全訳完成前に物故されてしまったのはかえすがえすも残念。

英語帝国とそれ以外の言語圏の非対称性の関係のひとつの例として、2002年の米国すべての大学においてアラビア語で単位を取った学生は6人に過ぎなかった、という国際派ジャーナリスト船橋洋一氏の記事から引用がなされている。



私が知っているのは、中国から米国への留学生はざっと25万。米国から中国への留学生は10分1以下。インドも似たようなものだと思う。

著者の論の展開で一番の支えとなっているのはエドワード・サイードの「オリエンタリズ」。サイードがアウエルバッハから引用したという「故郷を甘美に思うものはまだ嘴が黄色い未熟者である。あらゆる場所を故郷と感じられる者は、すでにかなりの力をたくわえた者である。だが、全世界を異郷と思うものこそ、完璧な人間である」を著者は何度も引用する。

正直に言えば、圧倒的な英語(アングロサクソン的制度・生き方)の優位性があるかぎりこの現状は変わらないと思う。この優位性がいつまでも続くとは思わないけれど。西欧の優位性はこの400年のできごとである(特に直近の200年はアングロサクソンの)、これからかなりの長い間この優位性は続くように見える。これを覆すには、彼らの制度を凌駕する優位性を自ら持って相手を否定するしか方法はない。例えば、7世紀の唐の王朝のように(当時はアメリカ合衆国は存在せず、イギリスは草深い田舎だった)。


ガンジーさんは、インド人を奴隷化したのは、自分たち英語を話すインド人である、と喝破した。インド国家の呪詛はイギリス人にではなく自分たちに責任があると。


ちなみに、アメリカ合衆国に住む有色人種で一番成功しているのはインド人だそうだ。社会的地の上昇率パフォーマンスが一番高いという(弁護士や医師などの専門職、学者、ビジネス等)。英語力とゼロを生み出した数学のロジックを駆使した頭脳力は半端ではなく、白人にまくしたてられると、あの中国人や韓国人も押し黙らざるを得ない中、インド人はものともせず言い負かすそうである。


アングロサクソンの優位性を覆す力を秘めているのは中国とインドではないかとは思う。ただし、中国語は英語に負けている。そもそも漢字というのが問題だ。漢字は、英語のアルファベットのような汎用性が低すぎるため非中国語圏への普及はかなり難しい。インドの頭脳はすばらしいが、中国のような政治統治や組織化が弱い。アングロサクソンは中国とインドの特性を併せ持っているが故に「優位性」を保持し続けているようだ。

2019年3月11日 (月)

お天気は回復したけれどウグイスもなかない寒い一日。

3月8日(金) 晴



5時半に一度目が覚めるも6時半までまた寝てしまった。昨夜は深夜前まで読書に没頭。ぐずついた天気が続いたが今日はスパッと晴れた。しかし、気温は低い。ウグイスも鳴かない。


朝食:イワシの丸干し、ミネストローネ、ご飯少々。


「英語帝国主義に抗する理念」を読み続ける。


Eigoteikoku


アメリカ主導のグローバリゼーションとは、言ってみれば、19世紀の英国の植民地主義にもとづく大英帝国のそれを継承した20世紀のアメリカ型帝国主義版である。アングロ・サクソン人的な政治制度(彼らの民主主義)・経済制度(近代資本主義)のみならず、彼らのthe way of life (英語という言語が分節する世界認識にもとづく文化・言説・表象・エートス・イデオロギー等)を普遍的なもの、当然なものとして、疑うことを知らず、世界中に普及させる(マニフェスト・デスティニー)態度・行動のこと。アメリア版帝国主義は、イギリスのような植民地主義を否定した新しい型の”厳然たる”帝国主義である。古典的なレーニンやホブソンの帝国主義論の範疇に収まらない。


イギリスについて:


ブレアさんはブッシュさんのイラク戦争を積極的に支持して軍を派遣したが、冷戦後の世界序のなかで再び覇権を握ろうとする”大英帝国”への壮大な野望だった。現在のイギリスは、かつての広範な植民地の喪失後、その代替物を世界に求めようとしている。イギリスの名称は「連合王国」(United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland)だが、諸法律で語られる国家形態は「帝国」なのある。国家の形態が「国民国家(Nation State)」や共和国(Republic)」ではなく「帝国 (Empire)」であるということは、その国が内部に階層構造を持つということ。第一階層がイングランド、第二階層がスコットランドとアイルランド(ウェールズも?)、そして、最下の第三階層の植民地属領から成っている。


要するに、イギリスは、植民地喪失後も、本質的に「帝国」であり、「植民地主義的」であり続けているということ。


この本とは関係ないけれど、出口治明さんが自著の中でイギリスのオックスフォード大のあるカレッジの学長と話した際に、基本的に何を教えているかというと、インドを喪失して帝国の柱を失い没落を運命づけられた「連合王国」の厳しい現実をリアル認識させること、だと聞いて驚き、感動したとあった。オックスフォードで最優秀層は外交官を目指すらしい。そして、人気の高い職業は次世代を育てる教育に関わる教師。


昼食:ジャケットポテト(ゴーダチーズとゆで卵半個添え)。


夕食:ホウボウの酒蒸し、タコの刺身で日本酒の熱燗飲む。仕上げは、野菜カレー。



Takosashi



夜の読書:


色摩力夫氏の「フランコ-スペイン現代史の迷路」をパラパラと読む。スペイン内戦は第二次世界大戦への前哨戦と見做されることが多いのだが、どうも違うらしい。そして、第二次世界大戦に際してスペインは何故中立を保ったのか。あるいは、保てたのか。

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