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2006年8月17日 (木)

ロシアとは?

ロシアの沿岸警備隊の発砲をされて日本漁船の船員死亡事故が起きた。 だから、というわけではないが、山内昌之氏の「ラディカル・ヒストリー  ロシア史とイスラム史のフロンティア」を昨夜紐解いた。1991年に出た本だからもう15年前だ。私の場合、積読が多い。 そのころ、ソ連が崩壊した直後だった。 それで、タイトルに引かれて衝動買いしたのだと思う。

日本にとって、ロシア(ソ連)は、幕末以来、常に北方からやってくる脅威だった。日米安保条約でアメリカの核の傘で守られていた冷戦時代は、一番恐怖感がなかった時代かも知れない。 ロシアというと、日本人はロシア文学(ドストエフスキー、トルストイ、チェーホフなど)を思い出す。ソ連といえば、レーニン、スターリンと共産主義。 

輝ける星?社会主義ソ連も15年前にあれよあれよと崩壊して、ロシアに戻ってしまったが、そもそも、ロシアとは何だろうか? 実は、アメリカと並んで、20世紀はソ連の時代でもあった。 20世紀とは、ヨーロッパが没落して、新興のアメリカとロシアが覇権を競った時代と言える。日本もその一角に加わったのだったが。 岡田英弘氏の「世界史の誕生」を読むと、ロシアとは、モンゴル帝国の継承国家と解釈できる、との指摘があった。其の時は、目から鱗であったものの、もうひとつしっくりと理解できなかった。 

そもそも、ロシアは、ビザンチン(東ローマ帝国)の正統なる後継者を持って任じたキリスト教を奉ずる文明国ではないか? アメリカが西へ西へと向かったように、ロシアは、東へ、東へとウラル山脈を越え、シベリアを横断、太平洋に達した。清朝の故郷、沿海州や満洲の地を南下して、時まさに、帝国主義の時代。 ふがいない清朝、大韓帝国の代わりとなって、日本が立ちはだかり、日露戦争ではロシアを破った。 本能的に日本人は北方の脅威ロシアを嫌う。まして、日ソ中立条約を反故にして、火事場泥棒を働いたソ連を誰が許そうか? スターリンは、日露戦争の敵討ちだと言った。ソ連時代の教科書では、日露戦争は日本の侵略と書かれているそうだ。 しかも、真珠湾と同様、戦線布告なしの卑怯な戦争として。

ロシアのアイデンティティは、「タタールのくびきからの開放」に隠されている。この言葉には、遅れた野蛮なアジアの圧制から自らを解放して、西洋の文明の伝道者として、東へ拡張していった自己正当化という契機が見られる。 しかし、山内氏によると、ロシアの祖先たちとアジアが出会った9世紀の頃、彼らは先進文化圏であるイスラム教徒から「さまよい歩く野生のロバ」「不潔で人前でも平気で性行為をする」などネガティブな叙述されているという。野蛮なのは、ロシア人の祖先たちであった。 一方で、このスラブ人の祖先たちは美しいブロンド奴隷としても珍重されたらしい。 女子テニス界の美女シャラポワを思い出せば良い。タタール人とは、フィンランドやハンガリーの祖先と東から移動してきたトルコ系遊牧民の混血だそうだ。彼らが、モンゴルの世界制覇でジンギス・カーンの長男が作ったキプチャク汗国に臣従した人たちでありモンゴルに同化した。また、このタタール人居住地は、イスタンブールとモスクワの中継貿易地としても栄えたのだという。 これが、17世紀のイワン雷帝のころから、徐々に価値の転倒、アジア否定が始まり、ロシアの神話化が始まるらしい。このあたりの逆転現象とロシアの東への膨張はどうして起こったのか? アメリカ、中国、ロシアとそれぞれ違いはあるが、いずれも大文明圏であり、周辺部族を飲み込んで膨張している国である。 日本にとっては、それぞれに厄介な国だと思う。

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