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2006年9月30日 (土)

同世代作家 村上龍の 「69」

Sixty nine 69(村上龍、講談社文庫)

69というのは、連想でエロチックなことを考えないでもないが(作者を考えれば)1969年地方の高校3年生を描いた、青春小説。 なかなかの傑作だと思う。 作者の本は、芥川賞受賞作も含めてほとんど読んだことがなかった。 小生よりちょっと年上だがほぼ同世代の作家。 

「限りなく透明に近いブルー」も合わせて読んだが、20歳のころこれを読んでも理解できなかっただろう。 麻薬と乱交パーティーに明け暮れる毎日。 20歳前後のパワー満開の時期、勉強して一流大学に入って既成の社会秩序に居場所を確保しようというコースを放棄し、何をどうしたらいいのか、まだ目的すらつかめない若者がひたすら快楽の世界に浸かりながらも、それゆえの不安の中で彷徨する自画像が村上龍の肉体言語で描かれていると言えば良いのだろうか?

それに比べると、69は作家として地位を確立しつつあった村上龍が、すでに過去のものとなった自画像を距離を置いて、ユーモア小説仕立てで綴った小説と言えると思う。 彼自身は略歴を読むと、早熟で文才もあり中学時代から目だっていたようだ。 

作品の舞台は、村上龍の母校、地元佐世保市の進学校。 かわいいESSの女の子の気を惹こうと左翼かぶれの同級生や自分の子分を巻きこみ、いたずらを校長室に仕掛け(机の上に何とウンコをした)、過激な横断幕を屋上から吊るし、バリケードを気づいて学校閉鎖を試みる。 もちろん周りは騒然となり、停学を食らう。 ねらい通り女の子の気を惹くことに成功。 デートに誘い出すが、キスも結局出来なかった。 結局、卒業して上京した直後に振られる。 

同級生の友人達は皆カリカチュアライズされている。 実際も、友人とは言え、本人達には気の毒なくらい、村上龍は一人目だって周りを振りまわしていたのかも知れない。 

時代はベトナム戦争の真っ最中。 アメリカ第七艦隊空母エンタープライズが佐世保港に入港しようとして反対運動が盛り上がっていた時代だった。 

サイモンとガーファンクルのレコードを女の子に貸したりするシーンに思わずニッコリしてしまう。  そして、ランボーが映画のシルベスター・スタローンではなく、まだフランスの詩人として文学青年達に認知されていた時代だ。 

小生は、氏の良き読者ではないが、文学が尊敬に値する高い価値を有するとまだ人々が素朴に信じていた時代が去った後に(三島由紀夫の死が最後と言ったのは桃尻娘を書いた橋本治氏だった)、颯爽と登場した伝統的な日本文壇とは無縁の戦無派によるアメリカナイズされた同世代として喝采したい。

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