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2006年10月10日 (火)

音の記憶 ~ エリック・サティーの音楽

こんな、しゃれた音楽があるのだろうか? 初めて聞いたのはオランダはアムステルダム。 それも、彼女!の部屋である。 友人と二人で日本食レストランの人から紹介されてしばらく付き合った女の子である。 我々男二人との三角関係の付き合いだった。ブティックで働くキュートな女性だった。名前はアレクサンドラと言った。確か、エボニーという犬と一緒に住んでいた。

ある日、夕食に招待してくれた。 我々男二人に合わせて、彼女はもう一人ガールフレンドを呼んでくれた。 22の会食。 花束を持って、彼女のアパートへ。 我々男二人は、ドキドキしながら、階段を上がっていった。 

部屋は、ロウソクが灯され、なんとも言えないロマンチックな雰囲気だった。 紹介されたダニエラは、びっくりするほど超美人だった。 我々は舞上がってしまった。早いペースで、ビールを飲み、ワインを飲み、酔った。 肝心の何を喋って、何を食べたのか、さっぱり覚えていない。 食後、コーヒーを飲みながら、ふと、皆が無口になっていて、背景に流れている音楽が妙に心に染み入った。 

何という音楽ですか? と聞いてみると、アレクサンドラは、フランスの作曲家 エリック・サティーよ、と教えてくれたのだった。 

しばらくして、私達は、日本へ帰国した。 翌年の夏、彼女は、日本に遊びに来た。 3週間近い休暇でやってきたのだ。 日光、鎌倉、箱根、高山、金沢、福井、京都、鳥羽などを周遊して、最後は、私のアパートにも一週間泊まっていった。アムステルダム時代の友人もやってきて、この時は、またまた三角関係が復活しての奇妙な同居だった。

しばらくは文通が続いた。 1度出張でアムステルダムに寄ったときも再会して、会食をしたりもした。 やがて、時が経ち、音信不通になってしまった。 時は日本がバブル景気で真っ盛りのことだった。 世間は沸きかえっていたが、私は、満ち足りなさを感じて、禅に興味を持ったり、ヨガに凝ったり、哲学書を読み漁ったりした日々だった。 

週末の深夜、静かな住宅街にある部屋で、何者にもとらわれず自由な想念に身をゆだねながら、サティの音楽を聴いていると、何故か苦々しさとなつかしさの入り混じった整理のつかない感情に襲われる。

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