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2006年10月 9日 (月)

私の「世界カタコト辞典」から ~ その1

私の「世界カタコト辞典」より

Ich habe Schnupfen (ドイツ語で、「私は鼻かぜをひいている」の意味)

Handle so, dass die Maxime deines Willens jederzeit zugleich als Prinzip einer allgemeinen Gesetzgebung gelten koenne

(ご存知、哲学者カントの実践理性批判より、有名な「定言命法」で、「あなたの意志の格律(die Maxime deines Willens)がつねに同時に普遍的立法として妥当するように行為せよ」という意味 - ウィキペディアフリー百科事典より)

二十歳のころドイツでいろいろな人と出会って自分の世界が広がったことは、8月のブログで書いた。 その翌年の大学4年生の時、ドイツから、学生、一般のサラリーマンが、そのお返しということで、日独友好交流の為に、来日した。 そして、一人のドイツ人青年が私の実家の水戸に2週間ホームステイし、大学の友人たちと日光に出かけたり、京都・奈良に出かけたりしたのだった。

名前は、ミヒャエル君である。ドルトムント市出身。ドイツ文学と体育を専攻。金髪碧眼で美男ではないが、おお、これは確かに映画でも良く見る西欧の外人だというタイプであった。

高校1年の弟もカタコトの英語で、ちょうど、王貞治が現役でホームラン世界新記録を達成したころで、一生懸命そのことを説明していた。

母は、いろいろ食事に気を使ったりしていたが、心配することはなく、ミヒャエル君は、朝の魚の干物もぺろりと平らげ、旺盛な食欲と充分過ぎる位の日本文化への適応振りを示し、我が家あげての歓待を受けたのである。

父などは、ヒトラーは偉大な政治家であった、などと見当はずれなドイツ礼賛をする始末であった。

ある真夏日の1日、那珂湊に住む叔父夫婦に一日招待され、2人で自転車でサイクリングを楽しみながら遊びに行った。

学校の教師をしている叔父夫婦の温かい昼食の歓待を受け、小生のよれよれの通訳でも話は大変盛りあがり、一段落してから、叔父に連れられて、付近を散歩した。平磯海岸で始めてミヒャエル君は太平洋を見て感激していた。その後、地元のお寺の住職さんを訪ねた。叔父の紹介によると、当の住職氏は、戦前の京都帝大の西田幾多郎門下生で哲学科で勉強しらしい。

住職さんは、ドイツからの青年を見て、昔学んだというドイツ語の本をどこからか持ってこられた。 かび臭く、ほこりを被っている。 昔学んだドイツ語の哲学書である。 埃に咽ながら、いきなり、甲高い声で、Ich habe Schupfen (ドイツ語で「私は鼻かぜをひいている」という意味)と言い、それから上記の文章を空んじられたのである。

ん!? 我々は、鼻風邪をひいているというのはわかったが、その後はさっぱりわからない。 カントの有名な文句らしい。 そういえば、大学のオーストリア人の先生の授業のテキストの中にあったあったような気がする。

我々は、いたく感銘を受け、何度もIch habe Schupfenを連発する住職氏に親しみを感じたものである。 そして、この言葉を、2人で何かあると、「Ich habe Schupfen」と呟き、大笑いした。 ただただ、周りの人間達は、怪訝そうに何故笑うのという顔をするのだったが。

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