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2006年11月 7日 (火)

東京で、両親を「鉄板焼き」でもてなす ~ ステーキ編 その1

ステーキは何と言っても大好きである。 子供の頃の記憶を辿れば、始めてステーキらしいステーキを食べたのはいつ頃のことだろうか? 関東は豚肉が主流である。 肉じゃが、といえば、豚である。 関西は牛らしい。 子供の頃のステーキといえば、ポークソテーのことだった。 大学時代は、牛とは無縁に(マクドナルドのハンバーガーは別)、ひたすら、豚肉のしょうが焼きとポークソテーを食べたものだ。 

すくなくとも、私にとっては。何千円もする牛ステーキは社会人になってから覚えた贅沢だと思う。社会人になってすぐ、先輩と一緒に松坂牛のステーキを食べたのは忘れられない。今でも鮮やかに記憶に残っている。 牛ステーキはこんなに美味いのか! 鉄板焼き、韓国風の焼肉、英国風のローストビーフ、オランダで病みつきになったTボーンステーキ、パリで味わったアントレコット(つまり、サーロイン)、イタリアはフローレンスで味わった700グラムのビステッカ・フィオレンティーナ、 記憶を辿っていくと、いろいろおいしい記憶が蘇ってくる。

先日、両親を連れて東京に出かけた折り、鉄板焼きを食べた。 昭和初期の生まれの両親は贅沢が出来ない。 たまに、牛肉を食べるといえば、スーパーの大安売りでくず肉を買って来てのすき焼きならぬ、牛丼まがいを作ってみたり、海老を食べようと思えば、大振りのものを買ってきてお腹一杯食べればいいのに、小振りのものを申し訳程度に買ってきて、つい最近もパエリャなるものを食べたのだが、どこに海老があるのか?と文句を言いたくなるくらい、つましいのである。 コレばっかりは、生まれ育った環境が体に刷り込まれて、贅沢が出来ないのだなと諦めた。

とは言え、自分の懐とは関係なければ、やはり、人間である。 一人15000円!!!!!、税金・サービス別の鉄板焼きをペロリと平らげ、おいしい!と喜んでくれた次第である。 都内のレインボーブリッジを望む某ホテル最上階のレストランで夜景を眺めながらの鉄板焼きフルコースである。 こんな贅沢をするのも、現金には換えられない旅行券で、期限切れ前日という特別な事情があったからこそ出来るものである。さすがの私も、現金だったら・・・と思ってしまう。(金額を書くなんてハシタナイと思われる方もいるかと思いますがご容赦願います。田舎の普通の庶民の束の間の贅沢なんてこんなものだのです!)

18時過ぎ、高層階のデラックスルームで、お風呂に入って禊を済ませ、十分くつろいだ我々は、まだ誰も居ないと思った三十階のレストランに入る。 すでに、品のよさそうなオバサマ達3人トリオが、食事を始めていたのにはびっくりした。 両親は少し緊張していたが、東京湾の夜景を見て、リラックス。 白装束のコックさんの前のテーブルカウンターに着席した。

第一ラウンドは、ムール貝と牛肉の佃煮とキノコのマリネ。 前菜である。 ワインと熱燗とウーロン茶で乾杯して、食事は始まった。 

第二ラウンドは、魚介類のメニューである。 帆立貝と海老が出てきた。 目の前で担当のコックさんが、鮮やかな手つきで、海老の殻を取り、背綿を取ったりして、最後は、シェリー酒とバターに檸檬を絞ったソースを作ってくれて、お皿に美しく盛り付けてくれた。 これだけで絵になるような、そんな技である。 これまた、あっという間に胃袋に収まる。 我々は、無言で、ただひたすら食べる。 

そして、第三ラウンド、いよいよ、ステーキの登場である。 母は脂身を避けたいということでヒレステーキ。 父と私は、サーロインを選んだ。 隣の席に北欧出身らしきビジネスマン男3人がやってきて目で挨拶して着席した。 肉の焼き方は、母がウェルダン、父がミディアムレアー、私がレアーということで決定。 目の前では、ステーキを焼く前に、美しく下ごしらえした、エリンギ、玉ねぎ、サツマイモ、茄子が、またまた鮮やかな手つきで見事に調理されて、用意された。 お塩や、トマトと玉ねぎのソース、それからポン酢と薬味が容易されて、いろいろな味を楽しみながら、賞味した。 上品な味である。

隣の外人だが、母の目の前で、イセエビを焼き始めた。 この野郎! 負けてるぜ・・・と思いつつも、やがて、ステーキがコックの見事な手さばきでサイコロステーキ風に調理されて食パンをひいた皿にキレイに盛り付けられて出てきた。

3人ともうっとりして、ステーキに舌鼓を打つ! 美味い! 言葉も出ない! 牛肉の銘柄はどうでもいい、特選国産牛としか知らないが、柔らかくて、口の中でとろける。 母はあっという間に平らげてしまった。 驚くべき食欲である。 75歳である。 80歳になったばかりの父は、小食である。 5切れほど食して、残りは、私が食べることに。 モヤシと脂身をカリカリに焼いてくれたものが出てきて、それから、ガーリックライス(母はニンニク・チャーハンと理解していた)が出てきた。 それに、野菜サラダ(ドレッシングが悪魔的に美味い!)、香の物とお味噌汁が出てきて、もうお腹はパンパンである。 いやーっぁ、食べた、食べた、食べた。

やがて、案内があり、席を移る。 岡山で取れたマスカットと何とかというブドウを掛け合わせた甘いブドウの一種、大粒のもの5粒のデザートである。 甘くてとてもおいしい。 それとミルクティーをオーダーして、目の前の東京湾を見る。 イルミネーションに輝く東京湾が美しい。 屋形船が結構浮かんでいる。 昔話やら、ホテルは外国みたいなところだとか、両親の率直な印象を聞く。 ホテルで迷子になってしまう。 カードキーの使い方が紛らわしい。 電話1つかけるのも大変などなど。 

お腹一杯になり、幸福感につつまれた我々は、その夜、豪華ホテルで熟睡し、翌朝は、京風会席の朝食を堪能し、父念願の築地周辺を散策、買い物をして、無事に帰宅した。 父は、一言、ステーキは美味かったけれど、俺は、やっぱり、魚(刺身、煮魚、焼き魚)だ・・・・・・・。

私から一言: 東京湾の夜景は美しかったが、やはり、香港の100万ドルの夜景にはかなわないような気がした。 シドニー湾のオペラハウス周辺の夜景にも負けているような気がしてならない。 趣味の問題といってしまえばそれまでだが。 それでも、昔、旧ソ連の客船が入港していたころのお台場とは比較にならない華やかさであることは確かであった。

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