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2006年11月28日 (火)

「自殺」についての雑感

渡部昇一氏の本は若い頃は敬遠して読まなかった。「右翼・反動」という先入観があった。当時は、日本共産党は学生の間では、もう馬鹿にされていたが、新左翼の影響が残っていた。 吉本隆明なんかはよく読まれていたものだ。 私も、いくつか本を手にしたが、難解さに辟易した。 

渡部氏だが、本を書きすぎるのではと思うくらい著書が多いのだが、いろいろ読んでみて、尊敬に値する第一級の知識人であると思うようになった。博覧強記に飲み込まれない、氏独特の息使いと鋭い判断力には舌を巻く思うこと度々である。

氏の本に「教養の伝統」(講談社学術文庫)というのがあるが、その中で、自殺のことに触れる個所がある。夏目漱石とラフカディオ・ハーンという日本の明治時代の代表的な知性の二人を取り上げた鋭い批評なのだが、渡部氏自身が戦後の貧しい頃、田舎(山形)から上京して、寮に閉じこもって「真面目」に勉強している自分を回想する個所があり、高校時代には分からなかった漱石(特に「こころ」とKの自殺の謎)がある日、豁然と分かったこと、思い詰めて、本の中に没入して、煮詰まっていく内に、ふと、死んでも良いのではないか、という瞬間があること、を実感として書いておられる。 

この個所を読んで、私は、原口統三の「二十歳のエチュード」を思い出した。大連生まれの早熟な青年で、旧制第一高等学校在学中に自殺した男である。ニーチェやヴァレリーの引用やら、彼らの影響から沸きあがるインスピレーションから、若者特有の純粋さを象徴するようなアフォリズムが縦横に書かれているいわば、遺書のようなものである。 「言葉」が最初にあって、「想念」に取り付かれて、「現実」が希薄になっていくのだ。 渡部氏もそれを経験したということだろう。 原口氏は自殺してしまったが、渡部氏は、自殺しなかった。

「本当にわかる」というのは実は大変コワイのだという。 英語の「パセティック」という言葉を取り上げ、渡部氏は、漱石の孤独な子供時代と日本仏教会の至宝と言われた山本玄峰老大師の多難な生い立ちやデル・カーネギー「モーツァルト伝」を引き合いに出して、「禅的なものを見てしまうこと」と「何か神秘的なもの、美しいものが魂の中に入り込んでしまうこと」、「人の心の琴線にふれるものがこの世にはあること」に触れながら、本当にわかるということの恐ろしさを簡潔に教えてくれるプラーテンの詩を引用している。

死に捧げたる者  Totgeweihter 

眼もて美を観たる人は Wer die Schoenheit angeschaut mit Augen,

既に死の手に落ちたるなれば、 Ist dem Tode schon anheimgegeben,

もはやこの世のわざに適はざるべし。Wird zu keinem Dienst der Erd taugen.

ちょっと、話が重くなってしまった。 ちなみに、私は、自殺の衝動を感じたことなど1度もない。 死に対する恐怖感を子供心に感じたことはあるのだが。

最近、イジメによる子供の自殺があい次いでいる。死ぬというのはそう簡単には出来ないものだ。 生きていく上では、楽しみが半分、苦しみが半分というのが私の実感である。 50歳を過ぎた自分を振り返ると、特に40歳過ぎからは苦しい場面が増えたような気がする。逃げ出したくなることが多々あった。 幸運にも、体を壊すこともなく、結果は出ても出なくても?乗り切ってきた。駄目なものは駄目だ。くよくよしないのが私の性格だ。落ち込むこともあるが、立ち直りが早いということか?プレッシャーをどう撥ね退けるかも大切だ。 

死に急ぐ子供たちを見るたびに心が痛む。 相談する人がいないのだろう。死ぬということはよくよくのことで、逃げるところがなくなったときに取る手段だろうというのは、なんとなく分かる。 渡る世間は鬼ばかりではなく、人の情けというものがあるのを知ってほしいと思うのだが、時代は変わってしまったのか? やはり、学校での対応に問題があるのだろうか。もともとの原因は家庭教育だと思うのだが、それを言ったら始まらない。子供の心が分かる大人なぞいないのだが、子供駆け込み寺とか、もう出口がなくて、もがいている子供がいるのだから、ひとまず逃げて、周りから自分を遮断して、一息ついでもらい、自分を立て直す機会と場所を用意するしかないだろうと思う。一端、引きこもるしかないのだ。そして、自分を立て直してまた、嫌な社会、世間に向き合って、自分の居場所を探すしかないのだ。失敗しても、失敗しても。 

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