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2006年11月19日 (日)

私のヨーロッパ体験記 ~ その5

さて、写真ですが、2枚の町の風景が写ってます。これはドイツのリューネブルクという町で、1枚は1976年のもの。もう一枚は2005年にとったものです。1976年は友人のペーターさんのご両親に食事に招待されて出かけました。 

中世は岩塩で有名な町として栄えました。この町は日本とゆかりがあり、徳島県鳴門市と姉妹都市を結んでいます。第一次世界大戦で日本は日英同盟にもとづいて中国・青島のドイツ人と戦ったんですね。捕虜となったドイツ人捕虜が鳴門市に抑留されたのが縁らしいですが。又、近くには日本企業の工場もあって、地元の雇用に貢献しているそうです。

たまたま今回の話をするので写真を見ていたら、同じアングルで30年後にまた写真を撮っていたのでびっくりしました。景観はほとんど変わってないですね。 

次の写真はこのリューネブルクを訪問した前に通った、ハンブルク郊外のアルテスラントという町で、白い花はりんごの花です。ちょうどりんご祭りをしているところでした。リンゴで作った蒸留酒もあります。 もう一枚の写真は、北ドイツの農家の写真です。 わら葺き屋根ですね。 実は、私の母の実家の家ですが、15年前に築100年以上の年代もののわら葺き屋根の家を改築したんですが、そのわら葺き屋根の家が妙になつかしくなってとったものです。特に意味はないんですが、いいですね。自然の素材というのは。

そして、もう1枚は、現在の私に近い写真ですが、ベルリンで取ったものです。壁がなくなった後のベルリンです。それとアスパラガス料理です。これは春先にドイツでは良く食べる料理です。グリーンアスパラでなく、根っこのホワイトアスパラを湯がいて、バターソースをかけて食べるんですね。旬のものをシンプルに食べる、家庭料理です。 

最後の写真4点は、2003年秋のハンガリーはヘレンドという陶磁器で有名な町に行ったとき、ヘレンド製の食器で食べた昼食です。前菜は、グヤーシュというパプリカ(唐辛子)を使ったスープ、メインは、鹿のステーキ(10月、11月の狩猟のシーズン)柔らかくて、とても美味しいステーキで、赤ワインとよく合いました。ハンガリーは実は、ハプスブルクのオーストリア人=ドイツ語をはなすドイツ人がワインつくりを導入して、とても美味しいワインを造ってます。最後は、ラズベリーソースのかかったあまいデザートです。

30年前の貧乏学生では味わえないヨーロッパの料理です。実は30年前の貧乏学生のときは、工場で食べる毎回のお弁当以外は自炊してました。だいたいサンドイッチを買ってきて食べたり、焼きソーセージやポテトフライを食べてましたが、貧乏学生なりに、発見して病み付きになった料理があります。

ギリシャ料理で、スフラキという料理です。ドイツにはギリシャ料理屋がたくさんあって、ご飯が食べたくなると、当時は、中華かギリシャ料理なんですね。「スフラキ」というのは串に赤ピーマンや玉ねぎと豚や牛、羊の肉を刺してグリルしたものとお米の種類は違いますが、オリーブオイルであえたご飯と野菜の付け合せ(たいてキュウリとトマト)のやはりギリシャの家庭料理です。とにかく安かった。 お互いお金のないペーターさんとよくギリシャレストランに出かけてお腹一杯食べました。何度いったかわかりません。後で知った話ですが、このスタイルの食事はトルコとか地中海沿岸の地域では共通する食事スタイルで、はやり家庭料理なんですね。

パリで同じような体験をした友人は、チュニジア料理の「クスクス」で毎日空腹を満たしていたと言ってました。 クスクス料理をご存知の方いらっしゃいますか?これは、パスタを粉々にしたものに、羊と野菜のシチューをかけて食べる料理なんですが、パスタがシチューのスープを含んで膨張して、お腹にはいるとものすごい満腹感が得られます。 若い学生の見なさんが、ドイツかフランスに言ったら、是非、試してみてください。お金持ちになった日本人からすれば、どうってことない料理ですが、私は、機会があって、ドイツ・フランスに出かけるときは、かならず、一度はこの料理を食べて、若かりし頃の感傷にひたることにしてます。

(続く)

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