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2006年11月24日 (金)

チェーホフから~「美女」その2

二人目の美女は、主人公が大学生のころの話し。こちらは、一人目より描写が短い。ある年の5月、主人公が列車で旅をして何処かの駅での話し。夕方プラットホームをあるいているとある車両の前で人が行ったり来たりしているのに気づく。近くにいた汽車旅で知り合った将校に聞くと、一人の女性を眼で示す。車両の窓の前に佇むロシア風の身なりをした17歳前後の若い娘だ。駅長の娘か妹か。

「自分が眼にしたものがまだはっきりとわからない内に、わたしは不意に、かつてアルメニア人の村で味わったあの感情に襲われた。娘は素晴らしい美人だった」

そのあと、その描写が続くが、個々の顔の特徴はありきたりであり、「本当に美しいのは頭の上で黒いリボンで束ねた、やわらかに波打っている豊かなブロンドの髪」だけだった。それでも、この娘は「本当の美人だという印象を見るものに与えた」

「ロシア人の顔というのは、美しく見えるためには、輪郭の厳密な正しさなど必要ではないのだ。それだけではなく、かりに、この娘に、心持ち上を向いた鼻の代わりに、あのアルメニア人の少女のような、彫刻的に一点非の打ち所のない、輪郭の正しい鼻をつけたならば、おそらくそれだけで、彼女の顔は魅力をすべてなくしてしまうに違いなかった」

「彼女の美しさの秘密と魅力は、限りなく洗練されたさりげない動作や、微笑みや、めまぐるしく変わる表情や、私たちにさりげなく投げる素早い視線の内に秘められているのであり、これらの動作の、えもいわれぬあでやかさが、若さや、みずみずしさや、笑い声とか話し声に感じ取れる心の清らかさや、私たちが子供とか小鳥とか、若い鹿とか若木などの中にみいだしてとても愛しいと思う、あのかよわさなどと結びついているところに秘められているのだ」

「それは、ワルツや、花園の散歩や、笑い声や、明るい気分などのしっくり似合う、蝶の美しさであり、きまじめな考え事や、悲しみや静謐などとは結びつかぬものだった」

汽車の出発のベルがなる。「さて、と…。」という言葉と溜息まじりに呟く顔見知りの将校。「さて、と…。」は何を意味するのか?「美人や春の夕暮れをあとにして息苦しい車室へ去るのが心淋くて気が進まないのか、それとも私と同じように彼も、この美人や、自分自身や、その他物憂げに自分の車室へしぶしぶ引き上げて行く旅客たちなどが、なぜともなく、あわれに思えたのかもしれない」。

将校と2人で車室に戻る途中で見かけた、「青白い、頬骨の張った、しなびた顔付きの電気技師」の様子から、将校は、電気技師が、あの美女に惚れこんでしまったことを指摘する。「なんという不幸な話し、何と言うお笑い種。技師は妻子ある身。どちらも、猫背で、そそけ髪で、退屈極まりない律儀な人たちなのだ」

汽車の車掌も、美女が立っていた辺りを眺めている。寝不足の中年男。人生の苦労の皺を刻んだ顔。自分の失われた青春、幸福、実直さ、清らかさ、妻子の面影などを、あの美しい娘に見出したのだろうか?

太陽は沈み、うら寂しい気分が垂れ込めていた。車掌は、車室に入って明かりをともすところで、短編は終わる。

本を引っ張り出して、批評しようと思ったら、抜書きになってしまった。

チェーホフは、かなり身持ちの固い人だったらしく、晩年のトルストイに女のことで、ずいぶんからかわれたらしい。汚れを知らない清らかな美少女趣味だろうか?世に言うロリータ趣味。清らかな美しい娘が、男を知り、女になり、美貌と才覚で男を振りまわし、骨抜きにする悪女に変身する女の妖しさについては、残念ながらチェーホフとは無縁だったのか。 彼には、続編で「美貌の悪女」を書いて欲しかったのだが・・・・・。

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