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2006年11月16日 (木)

私のヨーロッパ体験記 ~ その2

さて、ハノーバーの2ヶ月ですが、私にとっては、とても楽しい経験でした。1976年は、記録的に暑い夏(最近、異常気象でヨーロッパは35度とかになって亡くなる方が出るくらいですが)でした。ドイツの緯度はずーっと日本の北で、夏は、朝は4時前に日が昇り、夜は22時近くまで太陽が輝いています。空気が乾燥していて、日本のような湿気はなく、熱帯夜というのはありません。すごく、心地よい季節なのです。

当時のヨーロッパでは、たまに、経済記事で日本の経済の成長振りを伝える程度で、いわゆる文化も含めて日本というのはまだよく知られていなくて、新聞を読んでも記事にでることは滅多にありません。唯一、記憶があるのは、当時の首相田中角栄氏がロッキード疑惑で逮捕されたことでした。 

若かったですから、すべてが新鮮で日本のことなど忘れて、集まった若者たちと定期的に大学に集まって、ブレヒトの「三文オペラ」を見に行ったり、「ハーメルンの笛吹き」で有名なハーメルンの町に出かけたり、34日のベルリンゼミに旅行に出かけたり、真夏で暑かったですから湖には友達とよく泳ぎに行きました。

そこで知り合ったドイツ人学生が写真のペーターさんです。当時30歳。すでに離婚経験者で、大学に戻って教育学を勉強しているということでした。左隣にいるのがリシャで、ポーランドはポズナン出身で、一番気があって、ペーターさんがアルバイトしていた「裸足」というパブ、ドイツでは「クナイペ」といいますが、よく落ち合って駄弁ってました。

リシャは、日本のゼロ戦はすばらしい、日本のことをいろいろ褒めてくれまして、私は、とても気持ちよかったのを記憶してます。そして、二人でドイツ人の悪口などをいったりして、笑ったものです。 というのも、ドイツ人というのはやはり大国意識、先進国意識が強くて、周りの国の人たちを下に見るんですね。 表立って不愉快な思いをする、ということはなかったんですが、そういう態度をすることがあります。日本人としては、まだ、当時は戦争の記憶があって、同盟国というのもあったのか、私は不愉快な思いをしたことは実はありませんでしたが。 

ある日、ハノーバーの市電の停留所で電車をまっていると、白髪の初老の男に「日本人か?」と話しかけられ、「広島の原爆の話」になり、いろいろとたいへんだったなぁ、という親切にしてもらった記憶もあります。何年かあと、大学を卒業してしばらくして、オランダはアムステルダムで研修で1年いたんですが、そのとき、あるパブでビールを飲んでいたら、となりに、やはり初老の男が座ってきて「日本人か?」と聞かれて、「俺は、戦争捕虜で福岡にいたことがある」と言われたこともありました。一瞬、何をいったらいいのか困りましたが、相手は、とても友好的で、ビールで乾杯、お互いに一杯ずつおごりあって別れました。海外にいるとこういう出会いと別れもあるんですね。まあ、余談です。

それで、2ヶ月間、工場で働いたんですが、螺旋なんかを加工する工場で、写真に写っているのはオーナー社長のミュラー夫妻です。大変お世話になりました。ドイツは働く時間が早いですね。毎朝6時に起きて、市電でLangenhagen(空港のそば)まで出かけて7時から仕事が始まりました。私は、仕事の補助をいろいろやりました。 9時ごろになると、休憩がはいるんですね。30分くらい。みんな、黒パンとブレーチェンという小型のフランスパンみたいなものにハムとかチーズなんかを挟んだサンドイッチを食べながら休憩したり、トランプ遊びに興じたりしてました。 

休憩が終わると12時まで仕事。そしてまた1時間休憩。私は、お弁当をとってもらいました。 ドイツにもあるんですね。毎回、ドイツ料理を食べてました。マッシュポテトに豚肉とか鶏肉とか牛肉と野菜が付け合せのシンプルなものです。時々、ソーセージとザワークラウト(酢漬けキャベツ)なんかもありました。量も多いし、美味しかった。ドイツ料理というのは実はなかなか美味しいです。フランス料理のような洗練はないんですが、家庭料理です。お袋の味です。おししい。当時は若かったですから、豚肉とジャガイモでも問題ない、と大いに思ったものです。ただし、問題は飲み物。水道の水は飲めないんですね。硬水というやつですね。それで、炭酸入りの水を飲んでました。最初は、なんだ、これ、という感じでしたが、毎日肉食していると、妙に、旨いなぁとおもう瞬間があって、それで病み付きになりました。普通の日本人のお腹というか食生活だと、絶対駄目ですね。炭酸のない、プレーンな奴ですね。 

食事はともかく、工場で印象に残っているのは、いわゆるGastarbeiter(お客さん労働者)がいて、親切にしてもらったことですね。トルコ人、スペイン人、ポルトガル人、イタリア人、イラン人、パキスタン人、韓国人(女性で、病院の看護婦が多い)、ギリシャ人、ユーゴスラビア人たちが多かったようです。 だいたい、単身赴任でやってきて、母国の家族に送金してました。 私の工場の場合は、ユーゴスラビア人でした。

 

彼らは、訛りの強いドイツ語を喋ってまして、よく聞き取れなくて困りました。 一緒に物を運んで、「さあそれをおろして」、と言われても、最初は分からなくて、ぽかーんとしたりしてましたが、怒鳴られることもなく、ラッキーでした。

(続く)

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