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2007年1月23日 (火)

気ままにおしゃべり(1)アントン・ブルックナー

このところ週末の午後は、ぽかぽかの日差しで明るくて暖かい2階の和室で、ごろごろしながら、本を読んだり、アントン・ブルックナーの交響曲を聴きまくっている。お正月元旦に見たルキノ・ビスコンティ監督の「夏の嵐」で使われていたブルックナーの音楽の余韻の影響だ。バブル景気絶頂の頃、もう今から17年も前になる、1990年前後だがマーラーにのめり込んだ。そして、その直後、ブルックナーに嵌ってしまったのだった。

カセットテープやCDを思い出したように掻き集めて見ると、2番~4番が見つからない。取りあえず、あるもので1番、5番、6番、7番、8番、9番を交互に何度も何度も聴いた。私の好みは、何と言っても8番だ。8番はCD2枚組で1時間近くかかる大作だ。持っているのは、テンシュテットとクナッパーツブッシュ指揮のものだ。 第三楽章のアダージョが素晴らしい。修道院のオルガニストとして「童貞」のまま一生を終えたブルックナーだそうだが、静謐さと宗教的恍惚のようなものが感じられる音を初めて聴いたときは、鳥肌がたった。

ブルックナーは「創造主」をイメージしたのだろうか、キリスト教徒でない私に言わせれば、「奥深く、そしてまた畏れ多き自然界、つまり我らのこの世界を在らしめる根源からの息吹のようなもの」、そういう神秘的な何かが、ふーっと自分のそばにやって来て私に触れる感じだった。最近は、なくなったが、20代~30代によく金縛りにあった。「あの金縛り」が来る直前の状態を表している音だった。誰かが、自分を見ている、誰だ!とハッとするのだが、意識は醒めているのかそれとも半分眠っているのか、そして、体が動かなくなって行って「金縛り」状態になるのだが、その直前の「あの状態」なのだ。それ以外に言いようがないのだが。

そして、8番のこの楽章のある個所に来ると、決まって私は、子供の頃、父の田舎の実家で過ごした夏休みを思い出してしまう。代々地主だった父の実家の周りはうっそうと茂る林だった。今もそう! 樹齢二百年前後はあると思われる大木には、びっしりとアブラゼミやミンミンゼミがたかり、夏の真っ盛り、短い生命を燃焼させていた。早朝と夕刻はヒグラシの大合唱だった。午後は、心地よい風鈴の音を聞きながら、開け放った座敷で昼寝をしたものだ。南向きの庭からは心地よい風が入り込む。アブラゼミのせわしい声とミンミンゼミの王者らしい声を聞きながら、昼寝を貪った。今にして思えば、至福の瞬間ではなかったか? 家の造りが昔風の藁葺きの家だった。広い敷地、人に決してなつかない猛犬と、何が入っているのか謎に満ちた薄暗い蔵、五右衛門風呂、母屋から離れた薄暗い藪のそばにあったトイレ(夜、トイレに行くのが恐ろしかった)。歳の近いいとこや弟と時折、隠れん坊遊びをしたのだが、隠れるところはふんだんにあった。

ブルックナーについては、余談があって、ロンドンで仕事をしていた1998年の秋のこと。ニューボンド・ストリートから、リバプール・ストリートに事務所引っ越しをした。50人近い大所帯が、金融の街「シティ」に引っ越したのだった。建物にはBloombergという金融情報を全世界に配信している企業もテナントとして入っていた。引っ越して、間もないある日、その建物の入り口に、「かつて、ここにオーストリアの偉大な作曲家アントン・ブルックナー氏が、18XX年、ロンドン訪問の折り滞在した場所である」、との説明書きが表示されているのに気づいた。毎日、毎日忙しい仕事オンリーの生活をしていた最中のことだった。「そうなのかぁ」と妙に感心しつつも、周りをゆっくり観察する余裕すらなかった自分に恥じ入ったのだった。

(続く)

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