2019年7月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      
無料ブログはココログ

« 北朝鮮の核問題を考えてみる。 | トップページ | 今日は金曜日・・・完璧な瞬間・・・ »

2007年1月15日 (月)

大阪万国博覧会と70年代前後のヒット曲・・・

ブルーマンデーの今朝の冷え込みは格別だった。大寒である。寒い、寒い、寒い。

それでも、ちゃんと起きて、朝食を摂って、早朝キャンパスバードゥウォッチング(キツツキのアカゲラに遭遇した)後、午前中の仕事をこなし、お弁当持参の昼間のバードウォッチング(ルリビタキ嬢とも束の間の「真昼の情事」を楽しんだ)で一息ついて、午後の仕事を又しっかりこなして、無事終了、今日は定時で職場を出て帰宅した。

帰り道の好文橋はびゅうびゅうと冷たい北風が吹いていたが、もう購入してから10年になる高級!イタリア製の皮のコートだから、凍えたりはしなかった。

やれやれ、である。帰宅して、ゆっくり食事を摂る。舞茸の天ぷらを肴にフランスの白ワインをグラスで一杯やる。うまいぞ!仕上げは、牛肉豆腐をご飯にかけてハフハフと頬張って、お腹が一杯になった。よっこいしょ、とコタツに入り、NHKニュースを見る。東アジアサミットの議長声明に「拉致問題」が明記された。またも、韓国は最後まで反対したらしいが、中国は、日本に譲歩した形となった。死体バラバラ殺人事件があったかと思えば、不二家の明治乳業を思い起こさせる不祥事事件報道・・・。

年末に入会した野鳥の会の地元支部から、会報が届いた。どれどれ・・・。近場はほぼ制覇したナ。2月になったら奥久慈に遠出して、ヤマセミとカワガラスが見たいナ、などと、ひとしきり物思いに耽る。

そして、お茶を飲みながら、久しぶりにテレビサーフィンする。テレビ東京にチャンネルを合わせると、1970年の大阪万国博覧会がテーマ。当時、私は14歳で中学3年生。軟式テニスの全国大会に出場(一回戦で島根県に接戦で勝つも、二回戦で愛知県代表に力負け。女子は全国優勝したのに・・・)、戦ったのは、今も日比谷公園に残るテニスコートが会場だった。終わってそのまま東京駅に向かい、新幹線に乗り、父に連れられて京都へ。すでに出発していた仲間に合流。関西修学旅行だ。それで、確か、大阪の万国博覧会も行ったはずなのだが、何も覚えていない。太陽の塔だけかろうじて覚えているだけだ・・・。ソ連館もアメリカ館も長蛇の列で見られなかった。

万国博覧会よりなつかしかったのは、バックに流れる音楽だった。ショッキング・ブルーの「ヴィーナス」(1月25日訂正。「悲しき鉄道員」はこれはこれでイイのだが)。あのビートの効いた、軽快なロックのリズム。思わず体をくねらせて踊りたくなる。数年前のシドニーでもあるカジュアルなパーティでこの音楽を聴いて、涙を流しそうになった・・・。

次は、ニルソンの歌う「うわさの男」(映画「真夜中のカーボーイ」のテーマソング)だ。地元のオデオン座で確か、「明日に向かって撃て」の2本立てを見に行ったんだった。「明日に向かって撃て」が本命だったが、何故か、終わって見れば「真夜中のカーボーイ」の方が印象に残ったのだった。

その次に流れた音楽は、題名が思い出せない。確か、パートリッジファミリーだ。パーパパッパパァパ、パーパパッパパァーーー。I Love You何とかかんとか。

そして、番組最後は、ベッツイ&クリスの「白い色は恋人の色」だった。いやぁ、懐かしいナァ。スリーフィンガーピッキングのギター伴奏とあの、清楚な声。当時はフォークソングが全盛時代だった・・・。PPM,ボブ・ディラン、ブラザーズ・フォー。

家族が寝静まり、デザートのアイスクリームを食べて!、お風呂に入って、2階に上がり、日記をつけてもまだ、頭の中でメロディーが止まらない。今日は、しばらく、寝付けそうもない・・・。

« 北朝鮮の核問題を考えてみる。 | トップページ | 今日は金曜日・・・完璧な瞬間・・・ »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 北朝鮮の核問題を考えてみる。 | トップページ | 今日は金曜日・・・完璧な瞬間・・・ »