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2007年2月 9日 (金)

オオタカ、キャンパスに現る!

今週は、スタッフの一人が風邪で倒れて、尚かつ、もう一人も東京へ出張したり、休暇を取ったりで、1階のカウンター業務は一人でこなすことが多かった。しかし、もう春休みで学内は静かだ。 交換留学生もほとんどが帰国してしまい、寂しくなった。 

昨夜、余り寒くない夜道を歩いて帰宅する途中、早春の梅の香りを嗅いだ。偕楽園の梅も咲き出している。春は、もうそこまでやって来ている。

今朝は、いつもの様に早めに職場に遣って来て、キャンパスを、いつも通り散策した。このところ、出会う野鳥が少ないのが気になっている。 昨日は、ビンズイを2羽見ただけ。 今朝も、アオジ、アカハラの姿はちらっと見たものの後は何もなし。かろうじてフィーッというウソの地鳴きが遠くから聞こえるだけで、静まり返っている。今週初めは、造園業者の方々が、朝から作業をしていた為かも知れない。植え込みの小さな灌木は枝がキレイさっぱりと切り落とされている。

今日も、駄目かぁ、とため息をつきながら、雑木林の縁に立って、しばらくボーッとした。

ふと、右手前方に目を遣ると、ん? 横に突き出た太い枝に大きな野鳥の姿。カラスでもハトではないゾ、猛禽か!? すわ、一大事!ではないが、慌てて、双眼鏡を鞄から取りだして、焦点を合わせると、な、な、何とオオタカだった! 胸は白っぽく、全体的に体(羽)は薄い茶色だった。オオタカの幼鳥のようだ。一瞬の判断だ。ノスリかとも思ったが、あのノスリ独特の優しい表情ではなかった。双眼鏡の中のこの猛禽の表情は「精悍」だった。鋭い目の縁は黄色。

絶好のアングルで、静かな早春のキャンパスの雑木林縁で一対一で対峙したまれな瞬間だった。じーっと観察したかったのだが、距離は、立っていた位置から30メートルくらいしかない。オオタカは私に気づいたようだった。鋭い目線と会った、その直後、さっと枝から離陸して、悠々と飛び去ってしまった。かなりの至近距離で、しかも、真正面で対峙していたし、双眼鏡の中の姿は凛々しかった。わずかな時間だけでもその高貴な姿を拝めたのを良しとすべきか?しかし、しかし、しかし、本当に残念だった。早春とは言え、風はまだまだ冷たい。昨夜は、夜中まで本を読んでいて、頭がちょっと重かったし、神経もちょっと弛緩していたのだったが、一気に覚醒した瞬間だった。

道理で、このところ、小型・中型の野鳥が少ないな、と不審に思っていたのが、これで謎が解けた思いだ、毎朝、オオタカがここにやって来ていたのに違いない。猛禽がやってくると、小~中サイズの野鳥は皆、大騒ぎして一目散に逃げ出すのは、ノスリの観察でよく分かっている。

朝から、オオタカと出会って、テンションが上がってしまった私だが、一日中、その興奮とその余韻に浸りながらの仕事だった。

2007年2月 8日 (木)

身近な生物たち その(1) ヤモリ Gecko(英語) 壁虎(中国語)

爬虫類が嫌いな人は多い。蛇、カエル、ヤモリ、トカゲ、カメレオン、イグアナなど。見るだけで鳥肌が立つという人もいる。生理的なものだから、嫌いな物は嫌い、と言われれば仕方がない。

確かに、蛇は私も、あまり好きではない。野山を歩いたり、田圃、畑で突然、出会あったりすると、ぎょっとしてしまう。子供の頃、ガキ大将たちが集まって遊んでいた空き地に現れたアオダイショウを、皆で血祭りにあげたことを今も鮮明に覚えている。

テレビ6チャンネルで放映されている「動物天国」はよく見る番組だが、時折登場する我らが爬虫類博士「千石先生」(この先生、爬虫類好きが高じたのか、顔が爬虫類にそっくりだと思いませんか?)のプログラムは大好きで欠かさずに見るようにしている。 

また、ケーブルテレビで放送されるナショナル・ジオグラフィックスを一時、よく見ていたが、アフリカはナミビア砂漠に生息する「何とかトカゲ」の生態をよくもあそこまで観察してドキュメント番組を作ったものだと感心しつつ、この世には、何と美しいトカゲ類が、かくも過酷な自然のなかで、たくましく生きているのだろうか、と感心したりしたこともあった。

オーストラリアのゴールドコーストに滞在した時、招待を受けたあるデラックスホテルで、朝食前に朝散歩していたら、美しく刈り取られた緑豊かな芝の上に、恐竜よろしく、周りを威嚇しながら屹立・睥睨していた一匹の大きなトカゲ類に出会ったこともある。近くにはMagpieという日本でいうカササギの仲間が、獲物をねらっていた。

トカゲ類の顔を見ていると、大昔滅んでしまった巨大恐竜を彷彿とさせる趣がある。その連想は、実は、おなじ爬虫類から進化して鳥類となった野鳥たち全般にも言えるだろう。卵から孵ったばかりの雛の姿だが、どことなく、トカゲに似た趣がある。野鳥好きだから、同じ祖先をもつトカゲ類に妙に親近感を感じるのだろうか?

そういうわけで、蛇はまだ苦手だが、ヤモリとかトカゲは、実は、なかなか可愛い動物だと思うようになった。特に、ヤモリには、特別の思い出がある。 1年半前、それまで6年間住んでいた千葉のアパートを引き払って田舎に戻ってきたのだが、引っ越しの荷造りを2週間掛けて準備したのは、2005年の10月半ばのこと。

静まりかえったある夜中、キッチン・ルームで、ある程度の荷造りが終わって、汗をぬぐいながらほっと一休みしていた折り、ふと、窓を見やると、ヤモリがぺたりと白のレースのカーテンに張り付いていたのだった。その「ちょこんと、じっと張り付いている姿」が何故だかわからないが、愛嬌があって、にっこり微笑んでしまった。

もっと大きいものと思っていたが、手のひらに載せて見るとお釣りが来るくらい小さかった。手でそっと捕まえるとキュッという声を出したりしてなかなか可愛いのだ。ボールの器に入れて逃げられないようにして、しばらく動き回る様子を観察してみた。動かずじっとしていることが多いのだが、例えば、非常に小さい手足だが、実に精妙に、かわいらしく出来ているのには、とても感心してしまった。造化の妙である。

家を引き払ったのはその2週間後だったが、徐々に日常生活用品が整理されて段ボールに詰め込まれ、積み上げられていく中で、家の中は殺風景になるばかりだったが、このヤモリは、時折ガラス窓に張り付いていたり、寝室に使っていた和室の枕元に積み上げていた本の置き台の縁にひょっこり現れたり、私を喜ばせてくれた。その都度、作業を中断しては、しげしげとこのヤモリを眺めたりした。そして、すっかり惚れ込んでしまった自分に、気づいたのだった。

引っ越しの当日、最後に、このヤモリ君に挨拶をしようと期待しながら、キレイに部屋を掃除したのだが、ヤモリは、残念ながら姿を現してくれなかった。ヤモリは夜行性らしい。今頃、どうしているだろうか?ヒヨドリに食われてしまったか?野良猫に襲われて命を落としたか?それともしぶとくあのアパートの中で、次の住人とよろしく共生しているのだろうか? 私の人生でヤモリをはっきりとこの目で確認して、現実の存在を認めたのは、あの時が初めてだった。そして、その後は、新しいヤモリと何故か出会いがないのは何とも寂しい思いがする。

ヤモリは可愛いです→

http://www.geocities.co.jp/AnimalPark-Shiro/9873/index.html

2007年2月 5日 (月)

北朝鮮再び・朝鮮半島の宿命

朝鮮半島は、今でも大国の草刈り場だ。

テレビ(NHKのBS放送)で、間もなく再開される「六ヵ国協議」に先駆けてのロシアの北朝鮮専門家のインタビュー報道を見た。なるほど、と思われるコメントがあった。トカチェンコ氏は旧ソ連時代から北朝鮮の専門家として知られ、現役引退をした現在も、ロシアでは朝鮮半島問題のご意見番だそうだ。以下、同氏のコメントを踏まえながら、自分の考えを述べてみたい。

北朝鮮問題の鍵をにぎっているのは中国だ。そして、中国がこれまで取ってきた政策は、北朝鮮を「生かさず、殺さず」というもの。中国は大変賢い政策をとっているのだという。

中国が一番恐れているのは、北朝鮮が、中国から離反して、アメリカ(政治・経済的に)や日本(経済的に)との結びつきを強めることだという。何故か?トカチェンコ氏の話では、中国は北朝鮮は自分たちの領土!だと考えているからだ。数年前だが、中国の公式的な歴史見解で、高句麗はかつての中国の一地方政権であった、と発表して韓国政府が抗議したことがあったことを思い出してしまう。

政治というのはまことに複雑にして厄介である。中国の東北地方には約200万の朝鮮族がいるのだそうだ。彼らの日常生活は、朝鮮語で文字もハングルを使用しているバイリンガル(公式の場では、中国語を話す)の中国人なのだそうだ。朝鮮族というと、日本にも数十万の単位で(朝鮮半島の“合邦”による影響)、さらに、アメリカ合衆国にも百万単位でいるのだが、さらに、ロシアにも朝鮮族がかなり存在している。この朝鮮族の分布~国境を越えた分布~は、ロシアの極東進出、日本の満州国建国などの帝国主義時代の影響もあるが、もともと、いわゆる、中国東北部は、ウラルアルタイ語族の言葉を喋る半遊牧・半狩猟民族がすむ地域だったという歴史的背景があるのだ。

いずれにしても、朝鮮半島周辺の大国(中国、ロシア、アメリカとその子分である日本)にとって、朝鮮半島が統一するということは別の意味で厄介という事情があるようだ。 韓国が4000万、北朝鮮が1500万~2000万として、韓国主導で南北統一が実現すれば、人口6000万前後の大国が出現してしまう。中国・東北部の朝鮮族やはたまた、沿海ロシアの朝鮮族にも影響することは必至である。メキメキと力を着けている韓国の資金と技術力、北朝鮮のただ同然に近い安い労働力が合体すれば、また一つの大きな政治力が出来上ってしまう。

しかし、現実は甘くない。どの大国も本音では、朝鮮半島の現状維持を望んでいるようなのだ。韓国ですら、南北統一省を作っているが、本音は、当面、現状維持なのではないか?ドイツの統一の先例がある。共産主義陣営の優等生をもってしても、旧西ドイツの資本主義市場で東ドイツは使いものにならない、ということが広く一般に知られることとなってしまった。況や、北朝鮮に於いてをや!統一後の困難と必要なコストを考えると、現状維持政策を取らざるを得ないのだという。

結局、南北分断という現状は、建前上、「悲劇」であり、南北統一は「悲願」のはずなのだが、本音のところでは、誰もが、望んでいることなのだ。 北朝鮮の国是は、「南朝鮮」の開放だそうだが、もはや、これは夢物語だ。おそらく、金正日ですらもう、信じていないだろう。豊かになった韓国人で、北からの開放を望む人は皆無といっても間違いないだろう。

よくよく考えると、朝鮮半島の構図は、19世紀末と全然変わっていない。唯一の例外は、20世紀の前半、日本が、日清・日露戦争の勝利から日本の敗戦まで、その間の朝鮮併合と満州国時代である。そして又、没落したヨーロッパのプレーヤーが現在はいないということだろうか。アメリカは、東アジアに対するコミットメント政策を維持しているが、もし、何らかの理由で東アジアから手を引くことになれば、事態は、7世紀頃の極東情勢と同じになるであろう。

当時はまだ、ロシアなるものは極東まで進出していなかった。21世紀の現在、ロシアは、もともとヨーロッパ指向で、ソ連崩壊以来、極東での積極的関与は控えている。既得権益はしぶとく維持しているが・・・。とすれば、朝鮮半島は、もともとの東アジアの大国中国ともう一方の大国アメリカ及びその同盟国日本との間で、翻弄される存在であり続けることになる。

7世紀、朝鮮半島では、3国鼎立で覇を競っていた。朝鮮半島中部に割拠していた新羅が、南部の百済と北部の高句麗を、唐と結託して滅ぼして、南部・百済と関係の深い日本勢力を朝鮮半島から追い出して、朝鮮半島を統一すると同時に、唐の朝貢国(服属国)となった。これが、朝鮮半島の宿命となった。日本離反と中国への追随である。19世紀末でも、日本からの圧力に、まずは、清に頼り、日清戦争で清が退くと、今度は、ロシアに頼り、日露戦争で、ロシアが退くと、あとは、日本の独壇場となってしまった。

朝鮮半島の悲劇とは、常に周りの大国を見ながら、内部分裂を余儀なくされてしまう、地政学的な宿命ということになるだろうか?

(続く)

2007年2月 4日 (日)

気ままにおしゃべり(5) 映画「天井桟敷の人々」

「天井桟敷の人々」は数年に一度は見ている大好きな映画だ。私の両親の世代(昭和一桁)が青春時代に見た映画だというが、ずーっと若い後の世代である私が何度見ても楽しい。

ハリウッドでは絶対できないヨーロッパの香りのする傑作だと思う。ナチス占領時代に作られた映画だというが、どこにも戦争の影は見られない。そして、プレヴェールのセリフが洒落ている。プレヴェールが紡ぎだすセリフの為にこの映画を作ったのではないかと思える、と批評家の誰かだったかが言っていたと思う。

時代は1800年代前半のパリ。フランス革命、ナポレオン戦争を経た反革命という時代の荒波の中、時はロマン主義の時代。実在の悪人をモデルにした悪党詩人ラスネールのセリフが印象に残る。以下、現代詩手帳 詩情と詩情もどき プレヴェールと映画 (山田宏一)より一部抜粋。

N’aimer personne Etre seul. N’etre aime de personne. Etre libre (誰も愛さない。全くの孤独。誰からも愛されない。全くの自由)

Les philosophes pensent toujuours a la mort et les jolies femmes a l’amour(哲学者はいつも死を想い、美しい女はいつも恋を思う)

Ah! C’est vrai qu’<ils> sont trop laids! Comme j’aimerais en supprimer le plus possible(世間の奴らは醜すぎる。奴らをできるだけ大勢、片っ端から殺してやりたいのが俺の悲願さ)

とこんな具合だ。映画の見方はひとそれぞれだ。この映画の場合、それぞれの役者の台詞を追いかけて観るのもひとつの観方だろう。

昭和の最後のころ、文芸春秋社でアンケートした際にもランキング1位になった映画だった。その文庫本も本箱を探したら出てきた。赤瀬川準、長部日出男、中野翠3氏の対談をぱらぱらめくりながら、まとめて見ると:

「恋なんて簡単よ」とのたまうアルレッティ扮するガランスは、皆があこがれるのだが、娼婦型で、普通には生きて行けないタイプの女性。一方、マリア・カザレス演ずるナタリーは「普通の真面目で貞淑、つまり、平凡なタイプの女性」。このナタリーが、パントマイムの天才役者バチスト役のジャン・ルイ・バローに惚れて結婚もするのだが、バローは、ガランスに恋したまま。ナタリーは嫉妬して、良いとこ取りするガランスに噛み付く。映画を見る側の女性は、(実際には皆、ナタリー・タイプなのに)ほとんどの場合、ガランスに感情移入して観てしまうという。ガランス的な生き方は「女性の理想」なのだという。そうなんですネ。

バローの友人ルメートルは、ペラペラ喋る調子の良い軽い男だが、いとも簡単に女をものにしてしまう。バローは、「道化・ピエロ的な存在、妖精的でこの世ならぬものを求めてしまう」タイプで、ガランスに恋したまま、うつろな心で生きていく。

皆の憧れのガランスを、結局、貴族の大金持ちも、悪党詩人ラスネールも、恋の達人ルメートルも、そして、一途に恋するバローも「捉まえる事が出来なくて」、映画の最後の場面で、ガランスはスクリーンに背中を向けて、祭りの群集の中に姿を消していく。バチストもすがりつくナタリーを置き去りにして、「ガランス」と叫びながら群衆の中に入っていく・・・。 恋の勝利者には誰もなれなかった。 ガランスでさえも。ガランスは恋そのものかも知れない。恋というのは誰にも掴まえるられない。掴まえた途端に、別物になってしまう・・・。

長部氏は、この映画には恋愛における男と女の基本的なタイプと関係が全部含まれるのではないか、とコメントしている。アメリカ映画の傑作「風と共に去りぬ」のスカーレットとメラニー、レッド・バトラーとアシュレーの4者の関係は、この「天井桟敷の人々」とパラレルになってるかもしれないなぁ。

(続く)

2007年2月 3日 (土)

気ままにおしゃべり (4) 映画「かくも長き不在」で使われていたシャンソン

探していたコラ・ヴォケールのシャンソンCDと歌詞カードが出てきた。「三つの小さな音符」の原題は、「Trois Petites Notes De Musique」。アリッダ。ヴァリが記憶喪失で戻ってきた自分の夫らしき男と二人っきりで、シーンと静まり返った部屋でダンスをする場面があった。バックに流れて来たのが、この印象的なシャンソンだった。字幕を見ながら、なかなかいい詩だなぁ、おお、フランス映画だなぁ、と感じ入ってしまった。

ある日、かつて昔若かりし頃、流行ってい歌を偶然聞く、そこで、ハットしてしまうあなた。忘れていた苦い恋の思いでが蘇ってしまう。そう、あの時君は若かった。ひと夏の恋。女の子は、恋をして若くきらきら輝いていた。若い男に身も心も捧げる積もりだったのに、結局、この男は、最後まで踏み切れなかった。美しい花を摘み損ねてしまった。恋は実らなかった。いつまでも残る悔恨。心の奥底の傷の疼き。 

以下、後半の最後の部分を抜粋する(東芝EMI株式会社 Les Meilleurs de Cora Vaucaire 対訳:橋本千恵子)

Tout reve rime avec s’acheve (すべて夢は消えるという言葉と韻を踏む)

Le tien ne rime a rien (あなたの夢と韻をふむものは何もない)

Fini avant qu’il commence (始まる前に終わっているのだ)

Le temps d’une danse (ダンスの拍子も)

L’espace d’un refrain (歌のフルランの世界も)

Trois petites notes de musique (三つの小さな音符が)

Qui vous font la nique (あなたをあざける)

Du fond du souvenir (思い出の奥底で)

Levent un cruel rideau de scene (舞台に残酷な幕を上げる)

Sur milles et une peines (数かぎりない苦しみ)

Qui ne veulent pas mourir (いつまでも消えない苦しみの上に)

歌っていることはたわいもないのだが、実に言葉が洒落ている・・・と思うのは私だけだろうか。フランス語では、心理の綾をなるほど、言葉でピシリと表現することに長けていなぁ、と思ったものだ。しかし、日本語があいまいで、未熟な言語だとは思わない。日本語の最高芸術と思う「俳句」と比較論をしたくなる衝動を覚えるのだが、私には荷が重過ぎる。

コラ・ヴォケールは、映画「天井桟敷の人々」のシナリオで有名な詩人ジャック・プレヴェールのシャンソンも随分歌っている。昔、フランス語を第三外国語としてで勉強していたころ、アナログのレコードを青山だかどこかの店でみつけて、擦り切れるまで聞いたものだ。 「お葬式に行く2匹のかたつむり」「学校の帰り道」「バルバラ」「枯葉」などなど。今でも、いくつかの歌を諳んじる事が出来る。

(続く)

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