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2007年3月26日 (月)

旅の記憶シリーズ (1) ドイツ ~ Minden

自分の享楽の為に旅行はしたことがない。これまで、いろいろなところを偏って旅行してきたが、ほとんどが学生時代の研修は別として、「仕事」の為に出かけたのだった。泊まるホテルだって、安宿がほとんだ。ここで告白しておこう。私は、アメリカ合衆国に行ったことがない。ハワイ、グアム、サイパンはもちろん、北米大陸に足を踏み入れたことがない。別に恥とは思っていないのだけれど。結婚したことなし、車の免許なし、アメリカに行ったことなし、の「3なし」なのだった。しかし、田舎に戻って、運転免許だけは、生活上の必要から取ってしまった・・・。が、いまだに、車は持っていない。車なぞ、誰が買うものか!である・・・。

学生時代にドイツ語なぞ勉強してしまって、その延長で、会社でもヨーロッパ方面にかかわる仕事を主に担当した為か、ヨーロッパには随分出かけた。だから、旅の思い出となると、断然ヨーロッパが多い。しかし、偏っている。ドイツだと、大都市ばかり(ハンブルク、フランクフルト、ミュンヘン、ベルリン、デュッセルドルフ、ケルン、ボン、シュトゥットガルト)、オランダ、フランス(パリとマルセイユだけ)、オーストリア(ウィーンだけ)、デンマーク(コペンハーゲンだけ)、フィンランド(ヘルシンキだけ)、スウェーデン(ストックホルムだけ)、ベルギー(ブラッセルとアルデンヌの森、リエージュ)、ルクセンブルク、イタリア(ローマとフィレンツェだけ)、ハンガリー(ブダペストとヘレンド、プスタ大草原)、ロシア(沿海州のハバロフスクとモスクワだけ)、ギリシャ(アテネとエギーナ島だけ)、そしてイギリス(ロンドンとイングランド周辺だけ、スコットランド、ウェールズは行っていない)と言った具合。それも、仕事だから、夕方チェックイン、翌朝チェックアウト、1日仕事して(数泊することもある)、また夕方次の都市に移動して、チェックイン。というパターンが多い。観光なぞ、ほとんどした記憶がない。つまり、昔の有閑階級が、仕事ではなく、暇を使って旅する旅はしたことがないのだ。ああ、悲しいヤ。

アジアもそれなりに縁があって出かけている。マレーシア、シンガポール、タイ、インドネシア(ボロブドールも出かけた)、香港、中国は、ハルピン、長春、大連、旅順、北京、上海、蘇州、広州、海南島。仕事だから、いつもピンポイント。観光もあまりしていない。

などと、くどくどと愚痴っても始まらない。昔は日記なぞ付けていなかった。記憶を頼りに、そして途中からは(1995年)つけている日記を頼りに、旅のスケッチ、を試みてみよう。もう、取替えしのつかない「失われた時を求めて」・・・。

まずは、ドイツから。

ジュッセルドルフから1日日帰りでMindenという町に出張したことを思い出す。ニーダ-ザクセン州の田舎町だったと思う。大方は忘れてしまったが、何故だか、列車の中のこと事務所でのやり取りを断片的にだが鮮明に覚えている。

ヨーロッパの列車は、コンパートメント式の車両の場合がよくあり、このときは、ビジネスアタッシュケースを持った自分が一人で乗っていた。連日の緊張で、疲れがでてうとうとしていた。

途中で、母親と小さな子供連れの親子が乗ってきた。そしてまた、どこか途中で両親に見送られたと思しき男性の大学生が乗ってきて、コンパートメントは4人で一杯になった。 私は、うとうと眠っていた。 端々に会話が聞こえる。 

どこかの駅で、ギターと歌が聞こえてくる。「花は何処へ行った」というフォークソングを当然だがドイツ語で歌っていた。若い女子高校生らしきグループがギターを伴奏に、合唱していた。

Sag mir wo die Blumen sind ? (Where have all the flowers gone)

Wo sind sie gebliegen….(Long time passing)

英語の対訳ではなかったが、確か、マレーネ・ディートリッヒが歌って大ヒットした記憶がある。

列車は走る。カタカタコットン、カタコットン。私はうとうと眠り続けていた。

子供連れの母親と若い学生の会話が聞こえる。

大学生は哲学専攻の学生らしい。

親子は休暇で外国、どうもスペインに行くらしい。子供が大学生に問いかける。

Waren Sie schon mal in Spanien ? (スペインに行ったことある?)

いつしか、列車はミンデンに到着。いつの間にか、学生も親子もいなくなっていた。

北ドイツの田舎の小さな駅。駅から徒歩で中央通りといってもほんとに狭い中央通り、訪問先はすぐだった。アポで会う社長さんは、何故か事故で骨折してしまったらしく病院に急遽入院。変わりに、スタッフの女性二人が私の相手だった。一人は、金髪の大柄な女性。名前もインゲ。ゲルマンの官能的な名前だ。もう一人の黒髪のテキパキとした女性が社長の右腕で、仕事の話は問題なく済んだ。

話しもまとまったところで、私は彼女たちをお昼御飯に招待した。外のレストランに出かける前に、インゲがお手洗いに行きます、と席をたった。入ったところは、小さな事務所に直結したトイレ。直後、彼女のオシッコの音が高らかに響き渡り、黒髪の彼女と私は目を丸くして笑ってしまった。

彼女たちと何を食べたのか、さっぱり記憶がない。食後、街中を案内してもらって歩いていたら、大型バスが通った。日本人の旅行者を乗せていた。エキゾチックな東洋人満載で、道行く人たちの好奇心を掻き立てていた。

たった、これだけの記憶である。1980年代前半の6月半ばのころだったと思う。セールス訪問の成果があって、この田舎の旅行会社は、シベリア経由で日本訪日団を送ってきた。何故だかよく分からないが、この日の列車の旅でのドイツ人の会話とミンデンという田舎の小さな旅行社の大柄なインゲのオシッコの音が、いつまでも記憶に残っていて、時折思い出すのだ。

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