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2007年3月13日 (火)

「日本近代史の総括」(湯浅赳男著)を読む (その1)

ざっと読みだが、おもしろくて一気に読んでしまった。日本近代史の総括は簡単ではない。副題は、「日本人とユダヤ人、民族の地政学と精神分析」。 著者によれば、日本とイスラエル(ユダヤ人)のみが、非キリスト教徒でありながら、近代西洋文明の中枢への入り込みに成功した「民族」である。(民族という概念は結構あやしいのだが、ひとまず、詮索しないで話を進める)。そして両者とも、いわゆる西洋近代文明の担い手とされる白人キリスト教徒(カトリック・プロテスタント)達からは、都合が良いときに利用され、都合が悪くなれば、排除される運命を持っている不思議な共通性を持っているという。なるほど、確かに!

ユダヤ人と日本人。個人的な経験によれば、まったく対極的な人間である。片や、2000年に及ぶディアスポラを経験した抜け目のない、知能指数の高い、商売上手でしたたかな民族、というイメージ。一方の日本は、島国育ちの大アマちゃんで、人が良くて馬鹿正直で、スレッカラシのユダヤ人(だけではないが)とは程遠い存在。これは、歴史的な境遇の違いからたまたまそうなのだろうか。

高名なアメリカの国際政治学者ハンチントン氏はその著名な「文明の衝突」の中で、日本をひとつの文明として扱い、しかも、孤立した文明、つまり、日本以外に共感を共有できるパートナーが居ない文明と位置づけていた。言葉としてはなんとなく分かるのだが、本当の意味をこの湯浅氏の著書ではっきりと理解した。

明治維新から大東亜戦争敗戦までの時代は、2段階に分かれる。西洋から見れば、未開とは言わないまでも、十分に文明化したとも認められない、半文明国であった日本。偽善といってしまえばそれまでだが、アメリカは、キリスト教的使命(神の福音を伝えることが人間になることであり、文明の恩恵にあずかること)と世俗的な近代資本主義の欲望に基づく帝国主義の2面作戦で、日露戦争までは、日本を支援した。日露戦争での勝利の原因は、日英同盟とアメリカのユダヤ資本による日本に対する戦争ファイナンスなど、アングロサクソン勢力の支援がなければ到底望めないものだった。

外交文書で明らかなことは(セオドア・ルーズベルトがドイツの外交官に語ったこと)、ロシア(キリスト教徒だが、ギリシャ正教とであり、むしろ、モンゴルの再来。西洋から見ると、シンパシーがあまりない)の強大化を阻止するために、日本を利用するだけ利用した。すなわち、どちらも勝ちすぎてはいけない。双方がそれなりに犠牲を出し疲弊したところで調停役として講和を実現させたのだった。日露戦争での日本の戦いぶりは確かに立派であったが、イギリス・アメリカのアングロサクソンパワーの後押し・冷徹な計算が見え隠れしている。つまり、当事の超大国のシナリオでの戦争だったのだ。

しかし、この日露戦争を境として、アメリカの政策は露骨に変わる。日本人の排斥、日英同盟の分断、ワシントン条約から1945年の日本の敗戦まで、アメリカは日本に対する敵対政策を取ってきた。日露戦争でロシア勢力が撤退、第1次世界大戦でヨーロッパ勢力が弱まり、その隙間に日本が一人勝ちしてしまった。ベルサイユ条約で、敗戦国ドイツの青島の利権を日本に認めさせたものの、対華21か条の要求あたりから、五四運動(反日運動)が中国で展開されていくのだが、この影にはアメリカの影響が大きいという。よく言われるのは、日本が満洲の利権を独り占めして、アメリカを排除したことが大きいようだ。(アメリカの鉄道王ハリマン商会の共同出資提案を断ったこと)。

1929年の世界大恐慌、満州事変、日中戦争勃発(当時は、シナ事変で、戦争とは言っていなかった)、そして、ハルノートによる日米交渉決裂。私の両親から上の世代、戦前の日本を記憶している人たちは一様に当時の本音として、アメリカがとにかく日本を追い詰めた、だから、真珠湾攻撃で日本が開戦したときは、ホットして、胸が晴れた、という感情を吐露していることを思い出そう。当時の大方の日本人は、自らの自衛の為に大陸に進出し(現地の人にすれば、侵略かもしれないが、なら、アメリカのハワイ併合、グアム、サイパン、フィリピン植民地化は何なのか?そもそも、アメリカ大陸のインディアンはどうなるのか?)生存権を確保することのどこがいけないのか?(あぶない、あぶない、こんなことを言っていいのか!?)ちなみに、当時は、大恐慌で世界が本当に疲弊し、大英帝国は連邦間でブロック化し他国の商品を排除していたし、アメリカ合衆国は、高関税障壁を実践する保護主義の国であったことを誰が今日想像できるだろうか?しかし、これが事実なのだ。

結局、アメリカの日本追い落としは、1945年にその目的を達した。中国の蒋介石を支援して日本と戦わせようとしたり(実際、蒋介石は対共産勢力用に戦力を温存して戦わず、ルーズベルトの不興を買った)、ソ連のスターリンと手を結んで、ヤルタ会談では、中国すら裏切り(スターリンには、日ソ不可侵条約を踏みにじり参戦することを引き換えに、日本敗戦後の満洲や樺太など北方4島の譲渡を認めたりしていた)日本をぶったたき、極東でのアメリカの地歩を確立する寸前まで行った。実際には、第2次世界大戦の「熱戦」が終了すると同時に、その延長の「冷戦」が始まり、日本は、再び、アメリカに支援され、利用されることになったのだが。1945年の日本敗戦までは、19世紀のアメリカの戦略家マハンの教科書どおりであったと言う。(いわゆるオレンジ計画) アメリカという国の独善。西部フロンティアを開拓しつくし、太平洋に進出し、キューバのスペインを鎧袖一触して、グアム、サイパン、フィリピンを奪い、ハワイも手中に収め、最後に行く手の邪魔になったのは日本だったのだった。

(続く)

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