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2007年3月11日 (日)

雨の日は読書 ~ 周恩来秘録(上下)

今日は、朝から雨。久々に双眼鏡を持って遠乗りを目論んでいたのだが、朝からごろごろ、ベッドに入って、枕元においてある本を手当たり次第、サーフィンする。私の読書パターンは、まことに気まぐれ極まりない。乱雑に積み上げられたいろいろな本を定期的に整理するのだが。 最近の濫読にしたがって、気ままにブログって見よう(こんな表現あるのかな)

周恩来秘録(上・下)

最近出た新刊だ。「毛沢東の私生活」は、以前に読んだことがある。下巻の途中で置いたままだが、かつての侍医がアメリカに移住後にまとめた回想録というか暴露本であった。出版後、著者が自宅で謎の死?を遂げて世間は色めきたったというが。毛沢東は、ヒトラー、スターリンと並ぶ20世紀の怪物政治家だった。桁が違う。毛沢東なしでは、中国共産党は、蒋介石に勝てなかったかも知れない、と私は勝手に想像するのだが、毛沢東は、第一級の戦略家であり、又偉大な詩人でもあった。

一方の周恩来は?周恩来は中国では非常に人気が高いという。毛沢東の暴虐ぶりは、厳しい言論統制にある中国の普通の人にもすでに周知の事実であるが、しかし、帝国主義者を追い払い、アメリカから多額の支援を受けた国民党・蒋介石との内戦を勝ち抜き、中国を統一を実現した実績故に、やはり、中国共産党最大の功績者としていまも顕彰されている。周恩来は、ある時期までは毛沢東よりランクが上の共産党指導者だった。農民あがりのコンプレックスのかたまり、負けず嫌い、野心家であった毛沢東と違って、「読書人」 -日本人が文字通り理解する意味ではなく、「科挙の合格者を出す」教育を受ける意味。かつて中ソ論争が始まって険悪になったとき、フルシチョフの挑発に対し、周恩来は、お互いに我々は階級の裏切り者ですね、と切り替えしたジョークがあるらしい。つまり、周恩来は、「読書人」=中国の官僚階級を裏切り、フルシチョフはソ連の労働者階級を裏切ったという2重に皮肉- 階級のボンボン秀才であった。大変要領の良い調和型・実務派であったが、周囲をひっぱり統率しながら敵と戦う際に必要なエネルギー(胆力・決断力・非情さ)に欠けていた。

スターリンが指導するコミンテルン(都市プロレタリアートによる革命)と毛沢東の方針(三国志以来の中国革命である農民革命)の板ばさみになり、悩みに悩む。そしてある時(遵義会議、ちょうど、蒋介石の国民党と内戦になり、劣勢は覆いがたくいわゆる「長征」を行い中国の僻地にたてこもる決断をする直前)を境に、毛沢東に屈服し、それ以来彼の忠実な家来となった。しかし、どこかに毛沢東へのわだかまりがあり、距離を置いていた。毛沢東もそれはよく分かっていて、周恩来の弱点を承知しつつ彼の並外れた実務能力を利用した。毛沢東にいびられ、こき使われながら、必死に耐え、彼の尻拭いをしながらも職務を忠実にこなす、健気な恩来像が浮かび上がってくる。

それは、自分の良心と政治の非情さに身も心も引き裂かれながら、必死に耐え、何とか調和を保とうとする姿だった。中華人民共和国成立から毛沢東の死まで、中国は毛沢東に翻弄された(大躍進、文化大革命と迷走する元凶であった)。かつての戦友たちが、毛沢東の策略で失脚し非業の死を遂げていくなかで、しぶとく生き残った。

毛沢東は、晩年の周恩来が膀胱ガンの治療を受けるのを妨害して、彼の死期を早めたらしい。我の強い独裁者に共通するのは猜疑心の強さだ。毛沢東は最後まで、周恩来に心を許さなかった。周恩来が死んだとき、毛沢東は葬儀に参列しなかった。毛沢東の心中は、周恩来が先に死んでくれた安堵だったという。

周恩来を三国志の劉備玄徳に仕えた諸葛孔明になぞらえる向きもあるという。劉備亡き後も、暗愚な息子の皇帝に、朝から晩まで身を粉にして忠実に仕えた為、命を縮めたとも言われる。しかし、周恩来が仕えた皇帝は、毛沢東自らが譬えた秦の始皇帝、つまり有能ではあったが、それにも増して周囲を振り回し多くの命を奪った暴君でもあった。

著者は、党のエリート学者でかつは党の秘密資料にアクセスする機会を持っていた。1989年の天安門事件をきっかけにアメリカへ出国し、研究を続けている私とほぼ同じ世代の人らしい。長い間、周恩来の本当の姿は、タブーだった。輝ける中国共産党による建国と神話化。この本は、毛沢東の脱神話化に続く、中国の文化大革命を身をもって体験し、鄧小平の改革解放と天安門事件による民主化の挫折を経験した新しい世代による、周恩来の脱神話化の試みだろうか。

訳者の後書きで、米中国交回復に際してのキッシンジャーと周恩来の会談で、周が日本について「彼らはより狭いということですね。彼らは島国の集団です。」「日本はアメリカの制御がなければ暴れ馬です」と発言していることに触れながら、そろそろこの政治家の見直しをしても良い時機ではないかと言っている。ひとつの時代の意味は、その時代が終わったときに始めて明らかになる。本人たちの意図を超えてということだろうが、中国というのは、日本人の感覚で捉えるにはあまりにも巨大で複雑すぎると思う。

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