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2007年3月13日 (火)

「日本近代史の総括」(湯浅赳男著)を読む (その2)

何故、日本はユダヤ人と同じ位置なのか?次は、日本と中国・朝鮮半島との関係について、同氏の話が続く。

日本が開国する前の時代は、長い間中国を中心とアジア秩序があった。いわゆる華夷秩序に基づく朝貢体制。日本は、実は、中国とは隋の時代に、不遜な外交文書を出して(日出ずるところの君主、云々)以来、明治になるまで正式な外交関係(朝貢関係)がなかった。当時の東アジアには、2000年以上も中国→朝鮮半島→日本という序列意識があって、日本は、中華秩序の一番外側で、まあ言ってみれば、一番の田舎もの、見下されていたわけだ。

明治維新後、近代ヨーロッパの主権国家の考え方が入って、国の大小に関らず、国の主権が対等である、というこの概念は、通用しなくなった。何故か、日本は、開国以来、西洋化を着々と進め、李氏朝鮮をめぐって、清と対立し、日清戦争を起こして行ったのだが、これは、西洋の論理で動く日本と、従来の華夷秩序意識に基づく論理の戦いだったが、結局、日本が採用した西洋の論理の勝利であった。これが、骨の髄まで儒教的(朱子学的)意識が染み込んだ中国・朝鮮半島人にとっては、日本を恨んでも恨み切れない禍根の淵源となった。本来、自分たちより格下の人間に武力で押さえつけられて日本式西洋を押し付けられる屈辱。

湯浅氏は、日本の「アジア主義」を「独りよがりのロマンシズム」と切り捨てている。この「アジア主義」とは、日本を先頭に中国・朝鮮半島を始めアジアの民族は力を合わせて西洋植民地主義者と戦う、というイデオロギーであったのだが、日本人の絵に描いた餅にして「マスターベーション」でしかなかったということだろう。

何故、中国は、日本を敵にして、アメリカと手を組んだのか?非キリスト教徒であり同じ東洋人として、告白しなければならないのは、白人のキリスト教国家(カトリックとプロテスタント)の文明は仰ぎ見る存在だったことだ。日本がそもそも、西洋の近代文明を盛んにコピーしたではないか?中国も、朝鮮半島も、日本も、それ以外のアジアも皆、いろいろ言っても、白人の西洋文明はまぶしい、輝ける仰ぎ見るものだった。中国人や朝鮮人の深層意識として、ロシアを破る日本には喝采を贈るが、同じ東洋人として白人の位置まで上り詰める東洋人は認めたくない、という心理が働いたのだった。西洋を仰ぎ見るという点では皆、横並びで同じなのだ。確かに、日本に留学生が沢山来たが、日本を勉強したのではなく、日本が短期間でマスターしたその手法を勉強して西洋文明(技術)を学びに来ただけだったのだ。そう、日本は自分たちの競争相手なのだ!

このあたり、湯浅氏は、当時の三木清氏や谷川哲三氏が上海で見聞した記録を引用しながら、中国における西洋崇拝振りに触れながら、なおかつ、西洋のカトリックとアメリカの宣教師が中国・朝鮮半島で果たした当時の役割の大きさを指摘している。現在の韓国のキリスト教徒は人口の三分の一にもなるというが大本は、日本の朝鮮併合にあるらしい。

義和団事件というのが1900年にあったが、その賠償金を取った列国のうち、アメリカは賠償金を基金として中国人を中心にした学術研究機関を作って中国に還元している!何と言うソフト戦略だろうか?貧しい日本は、戦争で賠償金を取るごとに、国の軍備増強に投資していたわけだが、ソフト面では、「ひとりよがりのアジア主義」の独善に陥り、招かざる客としてアジア大陸で大暴れしてしまったというわけである。土足で上がりこまれた地元の人たちの恨みは大きい。

(続く)

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