2019年7月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      
無料ブログはココログ

« 身近な生物たち その(2) ニホントカゲ 蜥蜴 Eumeces latiscutatus | トップページ | 旅の記憶シリーズ(4) 中国・ハルピン »

2007年8月13日 (月)

N君のこと

毎日暑い日が続く。今日は、朝一番、パスポート切り替え申請に出かけた。前回取得したのが1997年の秋だった。そうかぁ、10年もたつのかぁ。

1997年というと、大学時代からの親友があっけなく他界してしまった年だった。

N君は商社マンでモスクワに駐在していたのだったが、体調を崩して一時帰国、手術、そしてそのまま帰らぬ人となってしまった。享年42歳。あまりにも早すぎる死だった。手術直前に何度かお見舞いしたのだが、まさか、命を落とすと思っていなかったから、軽い冗談を言い合っただけで、そのまま永遠の別れとなってしまった。今でも悔いが残っている。

彼には、五つ貸しがあった。といっても大したものではないのだが、以下挙げてみると:

① 大学時代にヨーロッパ旅行したときの旅行カバン。彼がその後、旧ソ連・ポーランドなどの東欧旅行をした際に貸したまま、とうとう戻ってこなかった。

② ベルギーの生んだ天才ジャズギタリストだったジャンゴ・ラインハルトのレコード。ジャズバイオリニストで大好きなステファン・グラッペリとのデュオも録音されている。

③ ナチスドイツにまつわる演説集や党歌や軍楽隊演奏マーチが収録されたカセット(2枚組み)。スターリンの演説も含まれていた。 ドイツで歌ったら逮捕されてしまうと聞いたが、私は、ホルスト・ヴェッセル・リート(ナチスの党歌)を今でも諳んじて歌える。

④ リンガフォンのフランス語セット。本格的に勉強しかけていたのだが、合間にちょっと貸してくれ、と言われこれも貸したままになってしまった。

⑤ 歌舞伎座の近くのインドレストラン・ナイルの当時のオーナーだったナイルさんが出版した本「知られざるインド独立闘争」の日本語訳。 友人たちとよく足を運んでは定番のムルギランチを食べたものだ。

不思議なものだ。3月に神田の古本屋で偶然みつけて購入したA.M.ナイル氏の「知られざるインド独立闘争」を積んどいたまま、昨日ぱらぱらと読んでいたら、途中でN君の思い出がまた蘇ってきた。

研修でアムステルダムに居たときは、ある晩、先方も研修で滞在していた旧レニングラード(元 ザンクトペテルブルク)から国際電話がかかってきたこともあった。

彼は、少し体が弱かった。どちらかというと商社の営業マンというより、繊細で勘の鋭い、文学者向きだったので、商社に入ったと聞いたときは意外な気がしたものだ。

人懐こくて、甘えん坊で、詰襟の学生服で通った1年次は全優の成績優秀者だったが、2年次に悪友の私に染まり、当時の学生の娯楽だったパチンコとマージャンと競馬にのめり込み、落第した(私は、進級した、成績はまあ可もなく不可もなく)N君。

N君にまつわる思い出は多々ある。歳を取るにつれてセピアカラーに薄れていくのだが、親友として付き合ったN君との突然の別れは、今尚私の心の奥底で傷となって残っていて、何かの拍子に「トシィー!」「トシさーん」という彼の人懐こい声が脳裏に木霊してくるのだ。

« 身近な生物たち その(2) ニホントカゲ 蜥蜴 Eumeces latiscutatus | トップページ | 旅の記憶シリーズ(4) 中国・ハルピン »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 身近な生物たち その(2) ニホントカゲ 蜥蜴 Eumeces latiscutatus | トップページ | 旅の記憶シリーズ(4) 中国・ハルピン »