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2007年8月17日 (金)

旅の記憶シリーズ(5)中国・長春~北京

ハルビンには3泊し、長春へは国内線の飛行機で移動して1泊した。気の強い若くて美しい中国人ガイド氏(山口百恵が出演していた赤い疑惑のファンだった)の案内で観光をした。記憶に残るのは、関東軍指令本部があった日本のお城のような構えの建物がそのまま残っていて、現在も地方政府によって使用されていたことだった。 

その後、大連にも出かけて目撃したけれど、旧満州には、旧ロシア帝国の遺産もそうだけれど、旧大日本帝国のインフラ遺産が沢山残っていて人々が継承していることが印象深かった。

1泊しかしなかった長春だが、夜の沿道の散策、屋台巡りも楽しかった。屋台の食事は、衛生的にどうもお腹を壊しそうで、とうとう手を出せなかったが、片言を話せる年配の日本人氏と何気なしに入った食堂で一杯飲みながら、地元の人とカタコトの中国語で会話しながら地元の料理に舌鼓を打ったことが記憶に残る。何を話したのか、何を食べたのかは、さっぱり記憶にないのだが。

それと、あの気の強い美人のガイド氏。 ホテルの名前は忘れてしまったが、モダンなホテルにチェックインした後、ホテル内をぶらぶらしていたら、ちょうどシャワーを浴びた直後の彼女に出会ってしまった。正確には、向こうはこちらに背を向けていたので気づいていない。髪が濡れていた。女のエロチズムを垣間見た瞬間だった。そうでなくても、日本語に非常に堪能で中国人らしいユーモアと機知に富む話しぶり、しかし、時折、過去の日本の侵略の歴史への断罪を匂わせる厳しい物言いが混じる、そんな彼女に我々一行は圧倒もされつつ、好感を抱いていたのだったが、その彼女が仕事を終えてホテルでシャワーを浴びて、無防備な素顔を垣間見せてくれた瞬間だったのだ。声を掛けようと思ったが、気後れして出来なかった。

翌日は、列車で北京まで一昼夜の旅を楽しんだ。どこまでも、どこまでも真平らに続く畑・畑・畑と言うか、一言で言えば地平線の彼方まで延々と続く大平原。やはり、ここでも日本の風景とは違うスケールを感じた。列車の服務員がお茶のコップとお湯をサービスしてくれた。中国でのお茶の飲み方を知ったのもこのときからだ。

早朝の北京駅に到着して、最初に目にしたのは、沢山の人々。そして、沢山の自転車。2008年北京オリンピックを控えて盛り上がるテレビに流れる最近の北京市内の様子とは大違いであった。そして、人民服を着ている人がまだ結構いたと思う。この辺りはぼんやりとした記憶なのだが。

泊まったホテルの名前は今でも覚えている。市の中心からはずっと離れた燕翔飯店だ。そこに1泊した。残念ながら北京飯店ではなかった。そしてお決まりの観光をした。天安門広場、万里の長城、明の十三陵、天壇公園、王府井などなど。 万里の長城は感動物だった。

紫禁城は見損ねてしまった。 牡丹江からの残留孤児で戦後早い段階で帰国した日本人の一人が、どうしても買いたいという日中辞書を探しに王府井の大きな書店に出かけたからだ。 買い物が終わって、紫禁城の反対側の出口で見学中の一行を待った。先にやって来たガイド氏(今回は男性)と雑談した。「文化大革命で中国は道草を食ってしまった。これからです。10年で日本と同じレベルに追いつくはずです。」 自信たっぷりの余裕の発言だった。

真夏の北京の日差しは強くて蒸し暑く埃っぽかった。

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