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2007年8月16日 (木)

旅の記憶シリーズ(4) 中国・ハルピン

中国に初めて出かけたのは1985年の夏だった。北京経由で、向かった先がハルピンである。日本人の言う旧満州、中国では東北地方と呼ばれる地域だ。文化大革命が収束し、毛沢東は1976年にこの世を去り、鄧小平氏の改革・開放路線が始まったばかりの中国で、一般の外国人が普通に旅行を出来るようになったばかりのころだ。

空港から市内のホテルまでの道がどこまでも、どこまでも真っ直ぐなことにビックリした。

狭い島国の日本の風景とスケールが全然違う。植生も違う。何となく、北方の風景だ。沿海州のナホトカからハバロフスクの原野を列車で走った風景と何となくダブってくる。

ホテルにチェックイン。一段落。と、しばらくして、同行の人が、部屋のトイレの水が流れないと大騒ぎ。別の人はお風呂のお湯が出ないとまた大騒ぎ。インフラはまだまだお粗末であった。お昼に飲むビールは生ぬるかったし、とても文明の恩恵を受けた快適な旅とは言えなかったが、戦前の満洲で生活をした一行の人たちは、全然苦にすることなく旅行を楽しんでいたようだった。そして、私にとっても、別な意味で楽しい旅だった。

一緒に旅行したのは、旧満洲帝国で獣医をしていたもと人たちの一行と、満洲で生まれた引揚者の人たちだった。彼らから聞かされた当時の思い出話は、「本当ですか?」と我が耳を疑いたくなるような話が沢山あった。

例えば、真っ黒い何かが蠢いているなと道端に目をやると、それは無数のハエが死骸に群がっているとか、零下何十度という凍てつく真冬には、凍死した浮浪者の死体が毎朝のように見つかったこと、大空も真っ黒に埋め尽くすカラスだとか、不衛生極まる現地の人々の状況、内情偵察で知り合ったオロチョン族という少数民族の視力は日本人の視力では絶対に見えない1キロ位先の獲物をいとも簡単に見つけて見事な射撃で射止める話などなど。 生ぬるい中国名産青島ビールに氷を入れて飲みながら、そして、あまり美味しくない中華料理を食べながら聞いた話である。

松花江では、遊覧船に乗った。この川はアムール川の支流である。アムール川は、旧ソ連時代のハバロフスクに立ち寄ったときに、一度だけ、川岸を散策した記憶がある。ロシア人の子供が釣りをしていた。昭和30年代の少年時代、母の実家近くの川で魚釣りをした頃の原風景が蘇るくらい牧歌的な情景だった。しかし、川のスケールが日本の場合とは違う。向こう岸がはるか彼方。水は濁りに濁っている。川なのか海なのか一瞬わからなくなる。中国大陸の河川は、日本の河川とはスケールが違うのにビックリした。 

そして、キタイスカヤ通りだ。ハルピンは、東へ東へと膨張したロシア人が作った街だ。ロシア正教の教会や西洋風の建物がそのまま残っていて、これが中国なのか!と思わされるほど異国情緒豊かな美しい町並み。「キタイ」とはロシア語で中国(人)の意味だ。数年前、カザフスタンはアルマトイに滞在した時、エレベーターでロシア系の人と一緒になり、目と目があって、先方から「キタイ?(中国人か?)」と声を掛けられ、「ニェット、ヤポンスキィー(いや、日本人だ!」と答えたなぁ。

唐が崩壊して、再び北方の蛮族に国を荒されて混乱が続く中国北部は、契丹族が「遼」という王朝を立てた。 11世紀のことだ。契丹=キッタンが当時の中国を意味する言葉であったのだ。キタイ、カタイとも訛って呼ばれ、今日のCathay Pacific航空にもその名をとどめている。パックス・モンゴリカ(モンゴル帝国のユーラシア大陸征服による安全保障)のもとに旅したマルコ・ポーロの「東方見聞録」を読んでみると元の植民地となっていた当時の中国のことをカタイと呼んでいる。(厳密には、黄河流域である中原以北を指し、揚子江地域はマンジと呼ばれていた)

ハルピンで記憶しているのは、他にハルピン動物園で大きなトラを見たことだ。地元で捕獲された虎である。ライオンなんかりより全然大きいし風格があって圧倒された。イザベラ・バード著「朝鮮紀行」は1890年代の朝鮮半島の事情をいろいろ伝えていて興味深いのだが、虎が沢山いることを記述している。朝鮮半島も含めた旧満州一帯にはまだ沢山の虎が生息していたようなのだ。

下町のショッピング街を散策したり、ハルピン医大(ここで、嘗ての満州国軍に勤務した獣医さんたちは、現地の人に教育を施したという)を見に行ったり、強烈な匂いが充満する漢方のお店に行ったり、道端のあちこち置いてある痰壺を覗いて吐きそうになったり、同じ東洋人とは言いながら、何もかもが違う中国・東北地方の都会・ハルピンに魅せられたのだった。

(続く)

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