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2007年9月17日 (月)

ニーキタ・ミハイルコフとチェーホフ~映画「黒い瞳」

この映画は、チェーホフの短編「子犬を連れた奥さん」の映画化のようだ。監督は「機械じかけのピアノのための未完成の戯曲」(原作:プラトーノフ)で30年前くらいにチェーホフ文学を映像化したご存知ミハイルコフ監督。黒澤明を心から尊敬しているという。大雑把でガサツなばかりがロシア人ではない。チェーホフの繊細(ドストエフスキーなんて大法螺吹きで読めたものではない、小生にとっては)を見事に映像化するこの監督に拍手喝采した。

あらすじは、イタリア人の貧しい学生で大学で知り合った大金持ちの娘と結婚した男。建築家希望で、希望にあふれていた男だったが、金持ちと結婚することで、次第に易きに流れ、才能を殺し、ただ生きるだけの怠惰と倦怠の日々。

ある日保養先で、純真な子犬を連れた若いロシア人婦人と知り合う。彼女も、もともと貧しい生まれだが美しく、あるお金持ちの結婚の申し出を、家族を養うために妥協して受け入れる。ひょっとすると似たもの同士なのかもしれない。

イタリア人の男は実に軽薄なのだが、やがてロシア女とベッドをともにする。どぎまぎする婦人。翌日婦人はロシア語の手紙を残して帰国してしまう。「私は、現実が怖くて、真実の愛から逃げました。あなたを愛しているという恐ろしい現実が怖くて」と。

男は舞い上がる。ビジネスの旅行を装って当時難しかった(どうも背景は1900年前後ではないか)ロシア旅行を敢行し女を捜す。やっとたどり着いた町での大げさな歓迎。ジプシーの芸能披露などが繰り広げられる。そして、ある貴族の夫人に収まっている「子犬を連れた婦人」と再会。連れに戻ると約束をして、主人公は一旦イタリアへ帰る。と場面は冒頭の船の食堂キャビン。ロケの映像が美しい。

中年のロシア人商人に「この女」とのいきさつを語る主人公―どうもうらぶれて、客船の食堂の給仕をしているようだ―が語って聞かせるところに戻る。商人が訪ねる:「それで、迎えに行ったのかい?」と主人公は、「いやぁ、結局行かなかった」と答える。何といい加減な!と思った新婚旅行途中のロシア人商人は語り始める。

実は自分は、あるロシア婦人に愛を告白し長年にわたって結婚を申し込んでいたが、決して愛を受け入れてくれなかった。自分には、心に決めた人がいるからと。商人は、風采の上がらない、まじめさと真心だけが取り柄の冴えない男だが、ずーっと待ち続けて、やっと最近、愛には応えられないが、妻になることを受け入れてくれた女と結婚できてこうして新婚旅行に出てきたんだ。自分は今幸福の絶頂だ。例え妻が自分を愛してくれなくても、と告白する。そして、あなたは、そんな軽薄なことを言って、その犬を連れた婦人がまだ待っていたらどうするんだ!と責めたてる。

マルチェロ・マストロヤンニ演じる主人公は、自分の軽さ、いい加減さに流された人生を思いやって、涙する。自分の人生は、結局何も無かった,と。

サアサア、食事の時間が始まると言うレストラン・マネージャーの声で我に帰った二人。新婚の妻を呼びに甲板に出たロシア人商人。その妻は、ふと笑顔顔を上げると「子犬を連れた婦人」だった。チェーホフの小説を彷彿とさせる見事は映画だ。ミハイルコフ万歳!!!

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