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2007年10月21日 (日)

気ままにおしゃべり(8)ジョウビタキ~低地ドイツ語

丸山薫氏から「あいるらんど」と小田実氏の話で前回は終わったが、今日は少し寄り道をしたい。

昨日は担当していたイベントが無事終了した。まずまずだった。この8月後半からこの2ヶ月はバタバタだった。ホット一安心した昨夜は熟睡した。何かをやり遂げたあとの空虚感が全身を満たしている。まあ、大したことじゃないんだけれど・・・。

今朝は、久しぶりに2時間半ちかく、近場を双眼鏡持参で散策した。野鳥が平地に降りてきている。移動途中の夏鳥に会えるかも、という期待もある。①ハクセキレイ、②キセキレイ、③セグロセキレイ、④ヒヨドリ、⑤ムクドリ、⑥ハシブト&⑦ハシボソガラスはいつもの通りだった。そして笠原水道公園で待望の⑧ジョウビタキの囀り(冬の地鳴き)を聞いた!姿はチラリとしか見えなかったが、メスだった。彼方此方で⑨メジロの地鳴きもするし、キリキリコロコロと⑩カワラヒワの群れ。盛んに高鳴きする⑪モズ数え切れない。小川に猫背でじっと佇む多数の⑫アオサギ、⑬コサギ、⑭ダイサギ、森の中の⑮シジュウカラ、笹薮の中の⑯ウグイス(笹なき)、あと、⑰ミソサザイも居た。それに、⑱カケス、最後に⑲エナガの群れにも遭遇した。他にカワウやキジバト、それにこんな時期にも関らずコジュケイのけたたましい鳴き声も聞こえ。20種類を超える野鳥を確認した。まずまずかぁ、満足、満足。キビタキ、ノビタキも期待したのだけれど、どうにも出会えないのが残念だった。待つポイントが間違っているようだ・・・・。

無心になって帰宅して、美味しい昼食を食べて、2階にあがって、さてとぉ~!久しぶりに身の回りの整理でもしよう。ダンボールに突っ込んだままにしてある学生時代から前の職場でのいろいろな勤務地での資料がダンボール2箱に無造作に投げ込まれたままにあっているのを整理しようと思い始めていたところだ。

今日は学生時代の整理。やはりドイツ研修の資料が殆どだ。手紙類、当時のプログラム、三文オペラを観劇したときの入場切符、パリの地下鉄の切符、ハノーバーの市電で無賃乗車して捕まり70マルクの罰金を払った領収書、ハノーバーで通った映画館のプログラム、フィンランド人の彼女との文通レターと絵葉書、悪友のギリシャ人やポーランド人からの手紙、ハノーバーの湖で知り合ったペーターさんの手紙は彼の創作詩付の長い手紙だ。離婚したて(当時30歳)の彼が日本に戻った私に送ってくれた長い長い手紙を今更ながら良く読んでみると当時は落ち込んでいて私や一緒によく彼を訪ねたエジプト人(♀)、フィンランド人(♀)、ポーランド人(♂1+♀2)達学生とよく遊びにいって気分的に慰められていたことがよく分かった。

整理をしながら、このペーターさんにプレゼントしてもらった歌の本を探しだした。埃りまみれになっていたがちゃんと残っていてほっとした。彼が編集に関った歌の本で、英語のポピュラーソングと一緒にドイツのフォークソングが沢山収録されている。

ページをめくりながら彼のサイン「1976年夏」という字が懐かしい。そしてあの頃の思い出がまたまた蘇る。ハノーバー市内(Alte Doernerstrasse 49)の彼のアパートにはよく友人たちと遊びに行っては、ビールとワインを飲み、時には彼の得意なギター伴奏で歌を歌ったものだ。ボルフ・ビアマン、フランツ・ヨーゼフ・デーゲンハルト、ラインハルト・マイ、ハネス・バーダー・・・・名前が次々と出てくる。ジャーマン・シャンソンと言ったら良いだろうか? ペーターさんは、社会民主党支持者で、政治について語り合ったがお互いに共鳴するとことが多々あった。

当時の世相がそうだったのだが、ナショナリズムは非常なマイナスイメージで、ソ連は崩壊していなかったし、社会主義的平和主義がドイツでも主流だったと記憶する。SPD(社会民主党)が与党で首相はシュミット氏。しかし、政策は当時の日本の民社党より自民党に近いというのが本当のところだった。今にして思えば。

ハノーバーは、ドイツで一番標準的なドイツ語を話すところといわれているが、このあたりからオランダの国境にかけてはいわゆる低地ドイツ語方言が話されている。ペーターさんから教えてもらった低地ドイツ語の大変美しいフォークソングがあった。先日インターネットのアマゾン・ドット・コムでサーフィンしていたらなんと、Hannes WaderCDがあった。即、注文したら1週間で届いた。歌詞もすっかり忘れていたが歌詞カードがついている。

Dat du min leefste buest

Dat du woll west,

Kumm bi de Nacht, kumm bi de Nacht,

Segg wo du hesst

低地ドイツ語というのはどうもオランダ語に似ている。意味は何となく分かる。この歌はドイツ語ゼミで現地の大学生と交流したときも弾き語りでドイツ人学生が聞かせてくれた大変美しいメロディーで、ペーターさんもよくソロで歌ってくれたものだったので、今でもよく覚えている。

意味としては、「ああ、我がいとしい人よ、わかってるでしょう!夜になったら来てね、そしてあなたの名前を言って頂戴!」

以下、原語省略

2連では、「夜中になっら、そう、1時になった来てね、、そしてドアをノックしてね! 父さんも母さんは寝てるわよ、そして私は一人よ!」

3連では、「ドアをノックして頂戴、そして取っ手を掴んでね!父さんも母さんもあれは風の音だと思うでしょう」

4連では、「夜が明けて、ニワトリが時の声をあげたら、ああ私のいとしい人よ、あなたはもう行かなくちゃいけないのね!」

大らかな田舎の若い男女の愛の賛歌というところだろうか・・・・。次回は寄り道ついでにライハルト・マイに触れたい・・・。我が青春のGerman Folksong….

Kif_1499

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コメント

印欧語に関心・興味を持っている者です。
低地ドイツ語の歌について見ていましたら、このサイトを拝見しました。
 Hannes WaderのCDについて、アマゾンで調べてみましたが、よく分かりませんでした。タイトル名等について教えていただけませんでしょうか。
 東松山の近くにおられるようですが、私は週に2回熊谷市に来ております。

コメントいただきましてありがとうございます。ずいぶん昔にアップしたブログ記事なんですが、びっくりです。

http://www.amazon.co.jp/Plattdeutsche-Lieder-Hannes-Wader/dp/B0000085AD/ref=ntt_mus_dp_dpt_16

このアドレスにCDの情報あります。Plattdeutsche Lieder 低地ドイツ語の歌
というアルバムです。

Dat du min leefste buest
Dat du woll west
,Kumm bi de Nacht, kumm bi de Nacht,
Segg wo du hesst
この歌は低地ドイツ語での有名な民謡ですね。 オランダ語とかドイツ語を身に付けた人なら大体の意味は取れると思います。
低地ドイツ語と言っても、オランダ東北部からメクレンブルクやフォアポンメルンまでいろいろな変種(?)があり、極端なことを言えば、部落が隣同士でも違った言葉のような、、。
私はシュレースヴィッヒ-ホルシュタインの言葉をユウジン達に教わっています。メクレンブルクにも友人がおりますが、違うPlattでメールを貰いっています。

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