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2007年10月 7日 (日)

昨日の日記の続き~大東亜戦争とは?

沖縄戦の悲劇の歴史記述でも日本軍について国会論戦でやりとりがなされている。いわゆる中国・朝鮮半島の人たちが問題にする「歴史認識問題」にも繋がる問題だ。 

東アジアで反日的なのは朝鮮半島と東アジアの華僑だけだという人もいる。大東亜戦争中、大日本帝国は大暴れに暴れてしまった事実は否定できないが、それによって西欧列強の植民地主義とそれにぶら下がって懐を潤していた華僑は没落した。よって、日本への恨みは親子代々受け継がれる。一方で、植民地支配の潤いにあずかれなかった人たちは、日本軍を歓迎したというのも事実である。 

ユダヤ人虐殺の悲劇はこれでもか、これでもか、と世界のマスコミを牛耳るユダヤ人に流布されるごとく、アジアでの日本の蛮行をこれでもこれでもかと流布するのは、こういった中国系の人たちである。 しかし、これら被害者として攻め立てる人たちが、これまで逆の意味での蛮行をして来なかっただろうか? 旧約聖書の中でユダヤ人が非ユダヤ教徒を虐殺するシーンがあることをご存知だろうか? 西洋世界はこの500年間に非キリスト教世界の中でどれだけ蛮行を繰り返して来ただろうか? アルメニア人が訴える今世紀初頭のトルコ人による虐殺。 トルコ政府は公には認めていない。 

フランスで出版された共産主義黒書(ソ連編、コミンテルン・アジア編)をぱらぱらめくれば、気が遠くなるような虐殺の数々。私が大学時代のころまでは、それでもまだ社会主義・共産主義というのはある種の魅力をもっていたと思うが、内側でのなんというおぞましい体制だったのだろうか? どうも、人間は自分の仲間ではない思う人たちに対しては、どんな野蛮なことでも出来てしまう残虐性が眠っているということに今更ながら愕然とする。 そしてまた、どうしてあるものがことさら大きく取り上げ、あるものは闇に葬られてしまうのだろうか?という素朴な疑問がわきあがってくる。片方の目であることを上げつらい、もう一方では目をつぶるのである。そろそろ、人間は「言論の暴力」というマスコミの作り出す意識的な?あるいは無意識の?ウソ・でっち上げに気づくべきだ。

「教科書問題」や「憲法問題」や「歴史認識問題」その他、「大東亜戦争」をめぐっての評価でもめる原因はまだまだ、我々アジア人にとってあの戦争が現代と繋がっているからだろう。過去のものとして客観的に冷静に評価できる地平がないのだ。 

中国や朝鮮半島とって、「反日」とはまさに、自らのアイデンティティそのものだ。 19世紀初頭のナポレオンの暴発によって祖国防衛戦争に立ち上がった、ヨーロッパの人々が反フランスで国民国家の意識が生まれたように。

日本人自身にまだ過去の戦争の清算が出来ていないのも問題だ。最近、台湾人の黄文雄氏の「大東亜戦争肯定論」を読んだのだが、文明史的な観点からなかなか鋭い論評がなされていた。私なりに整理して自分の言葉でまとめてみると以下の通りになる。

     大東亜戦争とは、第二次世界大戦という大きな括りの中では、アジア・太平洋地域で行われた20世紀最後の帝国主義国同士の戦争であり、その意味ではたとえ日本が負けたとしても、戦争犯罪などといういかがわしい論理で裁かれる戦争ではなかった。 

② 帝国主義戦争という意味は、大日本帝国 対 大英帝国+アメリカソフト帝国主義+その

  他(フランス、オランダなどの旧植民地)を指す。 植民地、準植民地の方々には申し分けないが、当時はそういう時代だった。 (ちなみに、現代の中国の教科書には「日露戦争」の記述がないという。現在、東北地方と呼ばれる中国の一部となっているこの地域は、当時は中国とは見なされていなかった。よって、自分たちの国という意識もなく、血を流してロシアの侵略から守ろうとする行動すら取らなかったことを現代の中国政府は国民から隠蔽している。歴史の捏造である。満洲国というのは、帝国主義時代に日本が血で購った代償であったのだ。それ以前、当時の清朝時代の中国は、古代さながらに人々は生きており、中国という国の概念も持っていなかった。 天下、つまり地の果てまでが「彼らの世界」でその向こうは蛮地という意識だけだった)

     日中戦争とは、実は、ベトナム戦争が「アメリカが後押しする旧植民地支配者フランスとくっついていたベトナム人支配層」と「ソ連・中国が後押しする共産主義者、反帝国主義者、祖国解放を共産主義に掛けた愛国的なベトナム人」が一般の人たちを巻き込んだ戦争であったと同じ意味で、その先駆け的な戦争だった。 中国人達は帝国主義の代理戦争をしながら、国民国家としての意識を確立し、勝利した国共合作組(=アメリカ・イギリス・ソ連組)が正統性を得たのであって、敵であった中国人政府・汪兆銘は国賊となり、後押しした日本は、彼らの正統性を担保するネガティブなものの象徴となってしまった。もし、日本が勝っていたら、汪兆銘政権が正統性を獲得して展開は変わっていたであろう。 歴史のIFは現実によって否定されるけれど、作り出された現実の意味を考える上では必要である。

     したがって、アジアにおける第2次世界大戦(大東亜戦争)には、1945年以後の共産主義イデオロギーとセットになった反帝国主義・植民地解放戦争の側面がある。その中で、日本は引き裂かれ、敗れ去った。 西欧の民主主義国家のイギリスやオランダ、フランスも結局は、戦前の状態復帰を望んだものの、敗れ去っていった。

     その後の展開は1989年のベルリン壁の崩壊と1991年のソ連崩壊で記憶に新しい。共産主義というユートピアは崩壊した。その間、日本は平和と繁栄を貪ることが出来たが何故か?アメリカという大国のアジアにおける戦略的なショーウィンドウ的基地の役割をもらったからである。そして、その機会をアメリカが期待する以上に果たしてしまった。戦勝国のフィリピンを比較してみよ!

     いわゆる「平和憲法」もそれをお題目のようにとなえる「平和屋」も基本的なことを忘れている。平和とは、戦争のない稀な状態であることだ。今も世界のあちこちで戦争が起こっている。そこに平和憲法を作っても無意味だ。戦争が起きないようにする普段の努力が必要であって、その努力の中には、つまり攻めてきたらやり返すぞ、という力を誇示することが必要なのだ。実際に攻めてきた場合には、血を流して守らなければならないのだ。言葉の前に、現実が来てしまうのだ。 日本はアメリカの核の傘でこれまでやってこられたから、平和だっただけの話だ。だから、もうマッカーサーが12歳の日本人に作ってくれた憲法は、書き直すべきだ。書き直しが国民の合意のもとに出来たとき、我々日本人は過去の戦争を清算できたことになるだろう。

私はアメリカ、中国と肩を並べて核を持ち軍事力を持って政治力を持つべきだとは思わない。しかし、経済力に応じた、備えは必要だと思う。武力をちらつかせて「やくざまがいのことはさせないぞ」、という気概と実質的な反撃意意思表示それを裏付ける物理的な強制手段は絶対必要だと思う。 自由貿易体制は、平和憲法だけでは維持できないと思う。それを否定する北鮮のような存在がある限り。また、自由貿易体制の自己責任(自立的な倫理)がなっていないし、明確な敵がいないにも関らず軍備拡張を不気味に続ける中国のような国がある限り、理念と同時に物理的強制力は必要だ。彼らも目の上のたんこぶである日本が、かつてのように、アジアで勝ってし放題しないように強制力・タガをはめる為に、あらゆる軍事力も含めたあらゆる政治力を駆使してくるように。

日本は、自由貿易体制が崩れたら江戸時代以前に戻らなければならない。人口3000万が、貧しいながらに飢えることはまれな平和な時代-ただし、外の勝手な政治力が我々の太平の眠りを妨げない、ことが前提だがーに戻れば良い、それも悪くないかも知れない。 が、しかし、我々人間は資本主義、それもグローバル化した自由市場という制御できない化け物の中で日夜労働に明け暮れ、市場を媒介に情報と金と物を交換しなければならない「うなりをあげる」渦巻きに深く囚われてしまっているのも現実だ。 江戸時代に戻る? こんな暢気なことは言っていられない現実が刻一刻とせまっている予感があるのも事実だ。

思考はどめどもなく展開していくけれど、「きりがない」し、私の日々の生活にこれまで展開した「たわごと」がどれだけ関係するのだろうか? 

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