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2008年2月10日 (日)

味覚の記憶~パエリャ~

連休の初日は、恒例のバードウォッチングを3時間楽しんだ。1ヶ月ぶりに逆川緑地周辺をうろついた。空はどんよりとミルク色に染まり、日本列島は雪模様となるらしい。とにかく凍えるような寒さだった。大好きなルリビタキ、ジョウビタキ、エナガそして、今年の目玉キクイタダキにも出会えて満足した。収穫は、この時期にイカルに出会ったことだった。

インターネットで検索すれば・・・

http://www.asahi-net.or.jp/~yi2y-wd/a-uta/uta-ikaru.html

http://www2.odn.ne.jp/wildbird/atori_4.htm

毎年5月の連休に北関東の嵐山と言われる御前山にバードウォッチングに出かけるのだが、2006年あの山頂で美しい囀りとともに目の前で対峙した出会いが忘れられない。昨年は、春先に徳川博物館のある雑木林で囀っているのを通勤途中に聞いたものだ。アトリの仲間だが、カワラヒワやシメに比べると出会う機会はかなり限られているように思う。先日はキャンパスでマヒワに出会ってうれしかったが、アトリに至っては、もう4年近く出会っていないのだ。

帰宅して昼食をとったが、食べたのは「すいとん」。久しく食べていなかった。凍えていたのでからだがホカホカに温まった。一息つきながら、いつも「家の人」に食事を作ってもらっているが、今日は俺が何か手料理をしよう。 うーん、ようし、今日はパエリャだ。何故か?それはよくわからない。

天気予報がはずれて雪ならぬ凍えるような小雨の中、早速食材を買いに出かけた。海老、鶏肉、アサリ、イカ、セロリ、鞘インゲン、赤ピーマンなどなど。こんなところだろうか?にんにく、たまねぎ、オリーブオイル、トマトは買い置きがある。 とは言え、まだ夕餉の準備までは時間がある。コタツに入り、大福餅をたべたりお茶をのんだり、本を読んだりしてゆったりしながら、そういえばパエリャをはじめて食べたのは・・・いつのまにやら味覚の思い出に浸り始めた。

我が人生で初めてパエリャを食べたのは何とアムステルダムだった。1983年の秋のことだ。会社派遣の研修員で赴任してすぐのこと、前任者と引継ぎが終わって、生活のことをいろいろ話していたら、やっぱり米が食べたくなる、ということで、中華料理はインドネシア風のものもふくめてたくさんあるから心配ないけど、米を使ったおいしい料理が他にもあるんですよ、と言って紹介されたのが、悪名高いというより観光名所として世界的に有名な「赤い飾り窓」の一角にある教会!!!のすぐそばのスペイン料理店だった。

記憶は定かでないが、4人か5人の若い独身男性が、深鍋のなかの黄色いサフランライスと一緒に黒いからす貝にそっくりな貝(あとで、ムール貝ということを知った)やイカ、鶏肉、赤いピーマンなど具がたくさん入った炊き込みご飯で、めちゃくちゃうまかったのだった。しかし、若かっただろうか、Tボーンステーキやらタルタル肉のサンドイッチだとかナシゴーレンだとかいろいろ食べ歩いているうちにすっかり記憶から忘れ去られてしまっていた。

次にパエリャを食べたのは、1999年の秋深まるパリだった。仕事は大きな壁にぶつかり、後ろ向きの仕事をする毎日。残務処理をしながら日本帰国をひかえたある日打ち合わせでロンドンからパリに出かけた後、ぐったり疲れてお別れ会をしようということになった。パリに永いS氏の提案でパリは世界中の料理がおいしく食べられるという口宣伝に載せられて何と入ったのは、セーヌ左岸のとあるスペインレストランであった。しこたまワインを飲み、ギターの弾き語りの演奏を聴いたりで、何をたべ何を語らったのかほとんど記憶がないのだが、最後にパエリャを食べたのをかろうじて覚えている。当時の我が心はいろいろなもの思いに引き裂かれ美食どころではなかったのだった。

そして、パエリャに目覚める日がやってきた。それも、中近東のクウェートで!200某年、仕事で出かけたのだったが、ドバイに移動する合間に、市内のホテルで仮眠をとり、空港へ移動する直前に偶然取ったホテルのバイキング料理だった。正確に言うとそれはパエリャではなかった。アラブ風の炊き込みご飯だ。お米はもちろんサフランを使って美しい黄金色だった。赤ピーマンや青ピーマンもはいっていたが、具は羊の肉だった。とにかく美味しかった。要は、サフランを使った米の炊き込みご飯なのだ。具は何でもいいのだ。

かつて仕事で知り合ったドイツ人とパエリャ談義をしたことがある。何故ドイツ人とパエリャ談義? 彼は東ドイツの出身でベルリンの壁が出来たころ西ドイツに逃げ、旅行会社の仕事を得て、ドイツ人の人気旅行スポットのスペインのマヨルカ島に長年住んでいたのだという。その彼によると、いろいろなパエリャのバリエーションがあるのだという。つまり、家庭ごとにレシピがあるらしい。彼の場合は鶏肉ではなく、ウサギ肉を使うという。また、使用する豆にもこだわるのだという。インゲン豆の他いろいろな種類がある。

ドバイのスークで安いサフランを大量に購入して、帰国後の一ヶ月は、毎週のようにパエリャを作った。最初は水加減を間違えてオジヤのようになってしまったり失敗を重ねたが、3度目か4度目からは納得のいく仕上がりになった。底に少しおこげが出来る具合で仕上がるのがベスト。魚介類と肉類と香味野菜とサフランのうま味と香りが織り成す味のシンフォニーがご飯の一粒、一粒に吸収されて炊き上がれば成功である。味付けは少々の塩とレモンの絞り汁に胡椒だろうか? これもお好み次第だ。

時計は、17時前だ。さてとぉー、おもむろにキッチンに立ち、素材の仕込みを始める。田舎に戻って転職して3年になろうとしている。

     鶏肉を簡単にオリーブオイルで炒める。表面全体に焦げ目がつく程度で取り出す。

     オリーブオイルでニンニクとたまねぎのみじん切りをいためる。

     セロリのみじん切り、赤ピーマンのざく切り、鶏肉を順次加え、最後にお米を加えて炒める。

     別途事前に準備した米と同量の水を沸騰させて適量のサフランとチキンブイヨンを溶かしたものをフライパンの中の①~③に加える。

     砂抜きしたアサリを適量、下向きにして全体にちらすかたちで米の中に埋め込む。

     海老を中心点から放射状にシンメトリックにならべる。

     鞘インゲンを半分に切って表面に振りちらす。

     フライパンに蓋をして最初は強火、沸騰したら中火、最後は弱火にする。時折蓋をあけて水分をチェックする。 頃合を見計らって火を止め蒸らす。

久しぶりに男の手料理を披露した。17時35分にはもう完成。炊き込みご飯なんて簡単なのだ。15分ほど蒸らした。炊き上がったフライパンの蓋を取り、レモン汁を振りかけて小皿に盛り付ける。海老は一人2本ずつだよ・・・・おいしい、おいしい、と皆が言ってくれる。私も頬張る。水加減もよくアサリのうま味を中心にほどよくそれぞれの素材のうま味が凝縮されて調理できたようだ。ああ、満足、満足。赤ワインのグラスも1杯、2杯、3杯・・・。 テレビでは東京都心も雪模様だという。外は凍えるような寒さ。久しぶりのくつろぎの1日だった。

PS

今回はトマトを入れるのは忘れました。上記③の段階でぶつ切りを入れます。さらに風味が増すでしょう。

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