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2008年4月 1日 (火)

世界カタコト辞典 (5)

Voulez-vous crocher avec moi ce soir ?

(フランス語で、「今晩いっしょに編み物をしませんか?」)

グローバリゼーションという言葉が人口に膾炙して久しい。たまたま先日のこと、偉い先生とお話していた時のこと。ネパールの子供達の目がとても生き生きしているのに、何故いまの日本の子供達の目はそうじゃないのか、というのが話題になった。

ネパールというと、いま暴動で問題になっているチベットの近くのどこか、というイメージだけで普通の日本人にはなじみがない国だ。今問題になっているチベットも蓋を空けてみれば近代化に取り残された貧しい国、というのが実態だ(スミマセン、お国の方)。中国の弾圧とは言うけれど、チベットの民度は、近代化された豊かな国の国民と比較するとまったくひどいのだ(まあ、中国も農村戸籍の方々はどっこいどっこいだという話らしいが、日本の報道機関はほとんど報道しないのは何故なのか?)。 中国共産党とは近代化政党であり、非西洋国が近代社会を作るためには、トップにエリートが強制的に愚民を啓蒙して国民意識をもった新人類を作り出すことは必要なことで、かつての明治日本が軍国主義だったように、また戦後のアジアで成功してきた国々は皆一様に開発独裁型ではないか?民主主義とはほど遠い、人権なんてかまっていられないのだ。人権、人権というなかれ、欧米日の恵まれた立場にいる人たちよ!食べられるようになっただけましではないか、近代化という甘い果実を得るための代償なのだ・・・。

と、ここまで賢しげに語る自分に、ちょっと待て、という声がする。人間の幸福とは、突き詰めれば哲学的な問いである。哲学的という意味は、答えのない問い、問いが問いを呼び、ぐるぐる回って留まることのない、永遠の堂々巡り、という意味、私なりの定義である。

社会格差、ニートだ、フリーターだ、と増え続ける非正規雇用が日本では大きな社会的関心を引いている。私の世代だと、父親が働いて母親は主婦専業で子供を二人育てることが十分に出来た。しかし、今日の日本はどうか?共稼ぎしないと平均的日本人は二人の子供を育てられないらしい。アメリカではすでに30年以上前にそうなってしまったという。家族がばらばらになり、皆がそれぞれ非情なマーケット市場の単位となって効率と時間に追いまくられる。

昔は時間がゆったりと流れていた。そして、50歳を過ぎた私がしきりに思うこと、それは少年時代に父や母の実家、つまり田舎の川や野原で遊びまわったことだ。そこには永遠に楽しい空間だった。大きくなるにつれて疎遠になり、大人になってまったく無縁となってしまったかつての桃源郷。あの頃は毎日毎日が楽しかったし、よかったなぁ・・・・・。きっと目がキラキラしていたに違いない。

だいたい、学校が終われば、遊んでいたのだ。宿題はしたけれど。塾なんて行く必要もなかった。(しかし、すでに塾は存在していた。)今の子供達を見ていると確かにあの頃の私が無心に遊んだような楽しい体験をもっているのだろうかと思ってしまう。万事が計算ずくめ、効率と偏差値と・・・私自身も気がついたら、子供の世界のみならず、息苦しい世の中の住人になってしまったのがこの日本なのだ。

30代から40代を振り返ると、とにかく仕事しかしていなかった。独り者であったから、週末は仕事と縁を切ってスピリチュアルな世界を彷徨したこともないではなかったが、虚しかった。何かに打ち込んでいるしかなかった。

ロンドン時代は最悪だった。2年だけだったが、ほとんど職場とアパートの寝室を往復するだけだった。土曜日もほとんど休んだ記憶がない。日曜日は1日ゴロゴロするだけだった。スコットランドもアイルランドもそしてヨーロッパ巡りもする余裕がなかった。よくもまあ、あんな生活をしていたものだ、と今思えば信じられないひどい生活だった。

疲れ切ってぼんやりとしながら地下鉄で通勤する日々だったが、ある日のこと、どこかの駅で停車中の地下鉄ガラス窓越しに、このフランス語の文字がさっと目に入った。思わずニヤリとしてしまった。 学生時代、ハノーバーに2ヶ月近く滞在してネジを作る工場で働いていたのだが、紹介先のハノーバー工科大学で知り合ったスイス人二コル君から教えてもらったフランス語の殺し文句のもじりだったのだ。

オリジナルは、Voulez vous coucher avec moi ce soir ? (今夜は一緒に過ごさないか?)。フランス語に無知な私をからかって教えてくれた言葉であった。ドイツ人の女性に使って、Nonと言われてしまったが、皆で大笑いしたものだった。

Crocherの意味は知らなかったので職場のフランス人Lydiaに聞いたら、「レース編みをする」という意味らしい。冒頭のフランス語は、どこかのメーカーのちょっとオフザケ広告だったのだろう。それとも、もっと深い意味があるのだろうか?

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コメント

世界カタコト辞典(5)のVOULEZ VOUS CROCHER
AVEC MOI CE SOIR?ですが、最初のVOULEZとVOUS
の間には(-)英語でいうハイフン、フランス語だと
トレ・デュニオンといいますが、これをつけて、
VOUSLEZ-VOUS CROCHER AVEC MOI CE SOIR?とするのが正解です。専門外の言語について述べる際は
特に注意しましょう。私のような天邪鬼が常に目を
光らせていることをお忘れなく。元会社の変わり者
の後輩より。

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