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2008年6月29日 (日)

空振りに終わったイシモチ釣り

一昨日の金曜日の夜、弟から電話があった。明日土曜日、天気がよければイシモチ釣りに行かないか、と。叔母の葬式で久しぶりにゆっくり話した際に、お互い中年を迎え、のんびり釣りでもしようか、と話したのだった。弟君も、家庭と仕事でストレス多き日々らしい。

天気予報では西日本は雨。天気が崩れそうだったが関東は大丈夫そうだ、久々にやるかぁ、と気合が入りすぎたのか、昨日の土曜日の朝は5時に目が覚めてしまった。子供心に、明日は父と釣りに行くとなると、前夜から期待感でなかなか眠れず、朝までうとうとして寝不足で出かけたことを思い出す。

朝食を取り、近くの病院に出かけた。過食と運動不足の結果、高コレステロール体質になって10数年。とうとう、薬物治療をする羽目となってしまった。今日は血液検査の結果を聞きに行った。結果は、正常範囲にもどりました、と微笑む医者の声でほっと胸をなでおろした。よーし、これで大好きなサーロイン・ステーキをまた食べられるゾ、と思ったのだったが、医者によれば、薬は今後も飲み続けないといけないらしい。これでは、一生薬漬けの生活になってしまうのか?

ひとまず、医者の言葉に安堵して帰宅、1階の洋間のソファにごろりとなった。このところ毎週末、忙がしかったのだが、久しぶりにゆったりと、寛いだ気分に浸る。 至福の時だ。 早速、ブック・サーフィンを始める。 ポール・ジョンソンの「インテレクチャルズ」を思い出したように手にする。朝の読書の励行だ。ヘミングウェイの章を開く。章のタイトルの副題が「底なし沼」。ヘミングゥエイは大酒飲みの大法螺吹きだったらしい。

ポール・ジョンソン氏はイギリス人である。ヘミングゥエイを論ずる前に、アメリカの知識人の特性について、いろいろ鋭い指摘をしている。曰く、独立国家アメリカにはアンシャンレジームに基づく特権階級が存在せず、合衆国それ自体が、不条理な古い秩序に対する反乱の産物であった。したがって、支配階級と学識経験者には亀裂がない。曰く、アメリカには制度化された聖職者階級がないため、ヨーロッパにおいて数多くの知識人を生み出す原動力となった反聖書主義は存在しない、そして、宗教は教義ではなく、行動に重点を置いた宗教、自発的な、多くの宗派に分かれた宗教、自由を制限するのではなく、自由をうたいあげる宗教である。 曰く、ほとんどの人間は稼いでは使い、開拓しては合併するのに忙しく、自分たちの社会的なよりどころに疑問をなげかける暇がなかった、云々。なーるほど。

そして、ジョンソン氏は、19世紀のアメリカを代表するアメリカ的知性としてエマーソンに触れる。このエマーソン、名前は聞いたことがあるが、私は、どういう人かよく知らない。 ジョンソン氏の説明によると、エマーソンは、教養高い知的エリートを評価しない。 エマーソンの政治・経済哲学は、アメリカ人を西へ、西へと駆り立てた哲学「明白なる使命(マニフェスト・デスティニー)」そのものだった。

「唯一確かな規範は、需要・供給の調整メーターである。法制化してはいけない。介入すれば節倹令が効いて筋が切れてしまうだろう・・・。公正な法律を作り、生活と財産を保証する。 施しも不要だ。 ・・・・・ 自由で公正な社会では、財産は低脳な怠け者から、勤勉で勇敢な辛抱強い者へ流れていく」

今日でいう、新古典派の経済学者、マネタリスト、反ケインズ主義者の言そのものではないか!当時のヨーロッパでは、「赤い妖怪」(マルクス主義)が徘徊し始めた時代だった、何と言う違いだろうか。ものが豊かで機会が豊富にあった当時のアメリカ的楽天主義と言ってしまえばそれまでだが。

イギリスのカーライル夫妻を訪れたエマーソンについて、夫妻の言葉によると、彼は、まるで雲の間から現れ出てきた天上人で天使のような美しい心を残して去っていった、そうだ。

日記に残した彼のある夢は、フロイト流の精神分析学者なら何と言うであろうか? 彼の夢とはこうである。

ある結婚についての討論に参加していると、突然、論者の一人が聴衆に向かって水をたっぷり積んだ消防車のホースを差し向けて、びゅんびゅん振り回した。皆逃げてしまい、エマーソンはその水を浴びてしまう。みるみるうちにびしょ濡れになったところで目覚めるエマーソン氏。 自分は濡れていないのでほっとした。

このくだりで、以前、偶然見た漫画を思い出して笑ってしまった。主人公は子供なのだが、美味しいスイカを食べ過ぎて、お母さんにいい加減にしなさい、とたしなめられる。美味しいんだから、いいでしょう、ママと甘える子供。 さて、遊びに出かけてオシッコがしたくなった。 公衆トイレはどこも何故か長蛇の列、ああ、間に合わない、とあちこち走り回り、やっと見つけた公衆トイレで間に合ったぁ~、と気持ちよく用を足したのだった。 が、自分ひとりだ、何故他の人が全然いないのだろう、と不思議に思い始めたところで、目が覚めた。

そして、オネショをしてしまった自分に気がついた。

などと、彼方此方想像を飛躍させながら、午前中一杯、夢想にふける。

14時過ぎに弟がやって来た。「兄貴ィ~。蒸し暑く、南風の吹く日だからイシモチは釣れるよ、今日は・・・」。 本を置いて、早速出かけることにした。向かうは、県北の某川河口。知る人ゾ知るイシモチ釣りのスポットだ、ったのだが、結果は玉砕だった。河口の堤防にはずらり釣り人がいたが、みな押し黙っている。今年はあまり釣果が出ていないとのことだった。結局、外道で手のひらサイズのカレイが2枚釣れただけだった。天気予報の通り、最初は蒸し暑かったが、徐々に曇りだし、風が冷たくなり・・・・・。19時過ぎに切り上げた。

言葉少なに帰宅する。 7月に復讐戦を約束して弟と別れた。

2008年6月28日 (土)

気ままに読書(2)

滅多に夢を見ないのだが、たまに見ることがある。人には言えないおぞましい夢を見たこともまれにあるが、大概見る夢は、何かを探していて見つからない、あるいは、どこかに目的地に向かって進みながら、どんどんずれていって、永遠に辿り着けない、そんな夢が多い。 そして、仕事で忙しくて疲れていたりすると、現実の仕事が夢の中に登場したりする。 つい最近も、あるイベントの場面が出てきて、それもいきなり当日の本番だった。何の準備も出来ていない。表彰状も記念品も準備できてない。何だ、何だ、何だぁ~、まったくぅ~、困ったぁ~。参ったナぁ~、ああ、もう間に合わない、助けてくれ~エ、と叫び声を上げたところで目が覚めたのだった。いい歳して、何て夢かと、苦笑してしまう。

歴史家の山内昌之氏の「嫉妬の世界史」をぱらぱらとめくる。著名な人たちの意外な側面を知る驚きの本である。 嫉妬深い森鴎外が登場する。明治の文豪と言えば、夏目漱石と森鴎外。(幸田露伴もいるが)。個人的には、夏目さんにより親近感を感じる。三島由紀夫氏は森鴎外の武士の末裔らしい感情の抑制のきいた文体に引かれたらしいが。秀才であったものの鴎外は、東京医学校では8番と成績が振るわず文部省給費留学生には選から漏れたという。先輩の手引きで、軍医として陸軍に入り屈折した心で外遊して、ベルリンで出会ったのがあの舞姫だったのだ。官界にはいっても先輩官僚に面倒を見てもらいながらあまりに高すぎるプライドで、自分の文学の中で関係者を揶揄・避難したり、意外とねちねち、嫉妬深く、卑怯な復讐ぶりには唖然としてしまう。

昭和の陸軍の天才参謀と言われた石原完爾は、逆に頭が切れすぎて凡人の東条英機の嫉妬を買い、主流から徹底的に外され干されてしまったという。恐らく、組織のなかでは扱いにくい人だったのだろう。部下としてもったら、持てあまして、振り回され大変な人、それが石原さんだったろうか?東条英機は、所謂、官僚型の秀才で気配りと調整能力は抜群だったという。片や、カミソリの如く切れまくった石原氏からすれば、東条さんは間抜けな馬鹿だったし、そういう態度で接したらしい。どうも、石原さんは、目立ちすぎて周りからは敬遠されて浮いた存在だったようだ。山本五十六みたいな人望がなかった。

似た本には、イギリス人ジャーナリストポール・ジョンソン氏の「インテレクチャルズ」がある。バートランド・ラッセルやトルストイの滅茶苦茶ぶりには驚かされる。特権階級、全てが思い通りに世界を動かせた人たちの善意の部分、ヒューマンな部分は、彼等の表の部分で我々が知っているのだが、無意識の部分での自分勝手振り、我々平凡な人間の価値基準では計り知れない脱モラル振りには驚くばかりだ。

続く

2008年6月27日 (金)

気ままに読書(1)

水を渡りまた水を渡る

花を看てまた花を看る

春風江上の路

覚えず君が家に到る

このところ、朝目覚めるとベッドの中で1時間、早朝の読書を励行している。気ままに周囲に散らかした本に手をのばす。さて、今朝は何かな、といった具合だ。 夜はさっぱりだ。ベッドに入って5分後には眠りに落ちてしまう。歳だネ。

最初の漢詩は、高校時代の漢文の教科書に出ていた漢詩だ。なかなかいいじゃないかぁ。しかし、当時こんな漢詩を学んだ記憶がさっぱりない。発情期で、もっぱら興味は体力を消耗することだったからだろうか?

月明らかに星稀なり。

日暮れて途遠し。

この辺りは、微笑ましい。ユーモア感じてしまう。

一犬、形に吠え、百犬、声に吠ゆ。

書は言を尽くさず、言は意を尽くさず。

亡国と事を同じくする者は、存すべからざるなり。

うーん、一言一言が心に沁みます。そして、自分のいろいろな失敗が思い当たる。

振り返って見れば、いろいろなところで、いろいろなハットする言葉に出会ってきた。若い頃、自分にとって言葉は空気と同じようなものだった。文学青年ではなかったし、小説とか評論なんかもさっぱり読まなかったし。

体力が衰え始めた30代に突入したことのある春、当時住んでいた武蔵境の桜並木の美しさにハットさせられたことを思い出す。それまで、花見なぞ、まったく興味がなかったし、なんであんなに群れ集って楽しいのかさっぱりわからなかった。それは、30数歳にして、私の中の何かが、桜の花に感応した瞬間だった。

三島由紀夫氏の自伝的小説「仮面の告白」の最初の方で、「子供心に外の世界にはヒリヒリするような欲望の世界を感じた」、というくだりがあったと思う。この点で、三島先生は、尋常ならざる人だったのだと思う。天才とは、どこかしら、異常に研ぎ澄まされた感性があって、そのするどい嗅覚と直感に苦しみながら大人になって表現方法を確立して、結果的に大多数の凡人が作る世間に認められた人、ということだろうか?アインシュタインも相対性理論をすでに子供時代に直感で理解していたという。 認められなかった人、これすなわち、狂った人ということになるだろうか。

続く

2008年6月24日 (火)

菜悶飯

中国風混ぜご飯を食べた。

先週末の日曜日は仕事で職場に一日出勤した。中国からの留学生も仕事を手伝ってくれたのだったが、お昼ご飯は近くの中華料理屋(台湾人が経営)から弁当を取り寄せた。

学生の1人はイスラム教徒で、豚肉が駄目だそうで豚肉抜きでお願いした。彼は聞くところによれば、ペルシャから元の時代にやってきた回教徒の末裔らしい。顔を見ればどことなく彫りが深そうな感じだ・・・。出身は北京。

一方の女子学生二人の一人は、山西省の出身。背が高い。中国人の教授から「貴女は騎馬民族の末裔だね。鮮卑族かな・・・一応漢族だけど」とからかわれている。もう1人は、孔子の故郷に近い山東省の出身、いわゆる漢族?らしい顔立ちである・・・。

と、一応講釈していただいたのは中国人のR教授だったが、先生ご自身は、毛沢東の文化大革命時代に下放を経験して田舎暮らしをしたという。当時学んだ外国語はロシア語だった。ほとんど忘れました、と流暢な日本語で仰る。改革・開放時代に日本語を勉強して遅まきながら日本に留学。明治維新や明の末期に日本へ亡命した中国人学者朱舜水を研究したりした。

混ぜご飯を食べながら、中国語では、「菜悶飯」と言いますと白板に漢字を書いてくださった。 「悶」という時は「密封して蒸す」意味もあるらしい。日本語では「心が 悶々する」という意味で普通イメージするのだが。漢字の妙である。こういう言い方があるのかぁ、と感心してしまった。

ところで、台湾人が作ってくれた混ぜご飯だが、どこが中国風混ぜご飯なのか分からないほど、私の家の人が作るタケノコ、ゴボウ、鶏肉などが入った混ぜご飯と区別が付かないほどだった。味は? もちろん、うまかった!。

2008年6月 7日 (土)

野鳥達は子育ての真っ最中・・・ そして、メボソムシクイの囀りを聞く (2)

少年の森はカラスで煩かった。様子からするとすぐ近くに幼鳥がいるのだ。私のすぐ近くで興奮している。木の枝を食いちぎり私のところに落とす。しばらく、この煩いカラスと戯れて、さらに進むと、聞いたことのない囀りが聞こえてきた。なかなか聞かせてくれる。

濃い緑の木の天辺周辺を忙しく移動しながらあっちで囀り、こっちで囀りしている。何とか姿を見てやろうと30分粘ったが駄目だった。

帰宅してCDで確認するとメボソムシクイだった。初めて見る野鳥をBirderは「初認」と言うらしいが、今回は「初聞(聴)」とでも言うべきか。

http://www.asahi-net.or.jp/~yi2y-wd/a-uta/uta-meboso.html

聞いていて、なかなか耳に心地よい。虫の鳴き声にも似ている。夏鳥だ。ウグイス、センダイムシクイ、エゾムシクイ、ヤブサメ、そして、今回のメボソムシクイ。みなソックリさんだ。それにしてもこれを撮影した人はすごいと思う。本当に見つけるは大変です。30分粘ってもとうとう、姿を見ることが出来なかったのですから・・・。 たとえ姿を見つけても、それが何なのかの見極めは素人には無理でしょう。

http://www.yachoo.org/Book/Show/552/mebosomusikui/

http://www2.odn.ne.jp/wildbird/uguis_5.htm

Kif_1712

メボソムシクイはこの上のほうでしばらく囀っていましたが、姿は確認できず残念。

それに引きかえオオヨシキリは大胆に姿を見せてくれます。デジスコ買わないと写らないですね。Kif_1706 天辺にいるんですが。分かりますか?

野鳥達は子育ての真っ最中・・・ そして、メボソムシクイの囀りを聞く (1)

今週はあっという間だった。水曜日は東京に出張。16時半過ぎに仕事が終わったので、もと同僚(先輩・後輩)と一献を傾けた。ビールを白ワインをしこたま飲み、日頃は花と鳥にうつつを抜かしているのだが、どういうわけか、天下国家を論じて一人饒舌をしてしまった。後で酔いが醒めて、恥じ入るばかりである。

喉がいがらっぽい。どうも風邪を引いたようだ。それでも、今朝は5時過ぎに目が覚めてしまった。歳だなぁ。トイレも近くなったし。

体は少しだるいが、散歩に出かけることにした。Kストアのツバメの巣を覗いて見ると雛は巣立ったようだ。尻尾の短いツバメがちょうど2羽目の前にとまって羽を休めていた。

すぐ近くのマンションの非常階段ではムクドリの巣がある。親が餌を運ぶごとに甲高い雛の声があたりはばかることなく聞こえる。すぐ近くにはカラスがいるのだが大丈夫だろうか?

千波公園周辺を散策する。

セッカの囀りが遠くから聞こえる。

http://www.asahi-net.or.jp/~yi2y-wd/a-uta/uta-sekka.html

オオヨシキリの精力的なだみ声も盛んに聞こえる。

http://www.asahi-net.or.jp/~yi2y-wd/a-uta/uta-oyosi.html

巣立ったばかりのシジュウカラの群れ、コブハクチョウの夫婦と2羽の雛、そして餌付けで湖に居ついてしまったマガモ・・・

コブハクチョウの夫婦と雛(2羽) 写真を間近で撮ったら親鳥に威嚇されてしまいました。

下は巣立ったばかりのツバメ。尻尾が短い。

Kif_1702

Kif_1700

コクワガタが2匹になりました。

金曜日の夜、遅番勤務で20時過ぎに退勤。トボトボと歩いて帰宅する。雨はあがった。

xxx橋を歩きながら、ふと足元を見やると小さくて黒い虫が動いている。オサムシ?いや、違う、しゃがんでよく見ると何とコクワガタだった。我が家で越冬した昨年のに比べると一回り小さいが、五体満足、足もちゃんと6本ついている。家で飼育しているのは右足の真ん中1本が欠けている。

子供の頃、学校が終わって帰宅途中、バス停留所から歩きながら100円でも落ちてないかな、と地面をみながら歩いていると、本当に100円が落ちていてびっくりしたことがある。当時、マーブルチョコレートが20円の時代だったと思う。コマーシャルに出ていた上原ゆかりちゃんは今頃どうしているだろうか?

手の平にのせるとコクワガタは大変元気で、ハサミを大きく開いて猛々しく威嚇する姿勢をとった。若いのう、お主!老練な我が家のコクワガタは無駄なエネルギー消費を避け、死んだ振りをするのだが。早速カバンの中にしまって、急ぎ足で帰宅、2階の飼育ケースに入れた。

これでコクワガタが2匹(♂)となった。男所帯はさぞかしつらかろう。早く♀を見つけないと・・・

Kif_1720

2008年6月 4日 (水)

ホトトギスも雨がお好き?

昨夜は夜遅く帰宅した。そして、雨が降り出した。

ブログをアップして、おいしいビール(エール)を飲んで、熟睡したはずだったが、夢うつつの中で、キョキョキョキョッ、特許許可局、と盛んにホトトギスの囀りが聞こえる。

うーん、ビールを飲みすぎたかぁ、尿意もある。トイレへ。2階に戻り、時計をみると1時半だぁ・・・。

すぐに寝入る。しかし、また夢うつつのなかでキョキョキョキョッ、特許許可局と囀りがする。外は小雨だ。窓を開けて、双眼鏡を引っ張り出す。外はまだ真っ暗だ。照明灯の明かりでぼんやりと遠くの電信柱や雑木林は見える。すぐ近くで鳴いている。しかし、どこにいるのやら、さっぱり見つからない。時計は、4時前だ。尿意を感じてまたトイレへ。さあ、まだ8時まで4時間は寝られるぞ。

しかし、しかし、またしばらくして夢うつつの中でホトトギスの声。外は明るいというか、雨音がする。ホトトギスを探すのは諦めた。ベッドのなかで、キョキョキョキョキョッ、特許許可局を何度も、何度も聴く。そして、また、トイレへ。一晩で3回もトイレに行くなんて、歳だなぁ・・・・・。

ふたたび、寝入る。そして、8時過ぎ、久しぶりのウグイスの囀りで目が覚めた。昨夜のホトトギスは一体全体、何だったのだろうか?ほとんど一晩中囀り続けていた。哀調を帯びたこんな声で・・・・

http://www9.big.or.jp/~mishii/bird/hototogisu.html 

鳴き出せばつづけざまなりほととぎす (三村純也)  創元社 俳句の鳥 より

肝心のホトトギスの姿を探したけれど今回も見つからなかった。いつになったら、ホトトギスの姿を捉えられることやら・・・・・。 

2008年6月 2日 (月)

サンザシの花咲きました・・・。

ああ、もう6月かぁ、である。ランボーなら、「もう、秋か」だけれど・・・・・

創元社の「俳句の鳥」という本をパラパラ読んでいたら、こんな句に出会った。

花鳥に何うばはれてこのうつつ  上島鬼貫 

(作者の漢字、なんと読むのかしりません)

この1ヶ月、確かに私は、花はそれほどでもないけれど、鳥にうつつを抜かしていた。

それで、花ではないのだけれど、6月に入ったし、画面も変更した手前、今日は花です。

と、いっても、サンザシです。ピラカンサと言った方が分かりが早いのかも知れませんが、

小さな庭にサンザシの花が咲きました。2年前の冬、家の人が間違って庭師さんにたわわに実るピラカンサの赤い実をごっそり切らせてしまいました。お陰で、昨年の冬は楽しみにしていた野鳥がさっぱりでした。ツグミ、ジョウビタキ、メジロ、あまり歓迎したくないヒヨドリもやってきます。今度の冬は楽しめそうです。

ピラカンサの花って白いんですね。

Kif_1694

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