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2008年11月30日 (日)

途中休憩(その2) ウィーナーワルツ~釣り道具いじり~江戸川の釣りの達人・・・

今ちょうどウィーナーワルツを聴きながら釣り道具いじりをしている。カルロス・クライバー指揮、1989年のニューイヤーコンサート版だ。1989年というともう19年前のこと。遠い昔のこととなってしまった。日本はバブル真っ盛り。ベルリンの壁がまたたくまに崩れ冷戦が終局に向かっていた。

昨日はハゼ釣り25弾に出陣した。「出陣」とは大げさな、と思われる人もいるだろう。たかがハゼで・・・。今年は大人になって「釣り事始め元年」である。念願の田舎の暮らしに戻って4年目。太平洋沿岸まで車で30分。川あり汽水湖ありであらゆる魚釣りが可能な場所に住んでいるのだ。改めて何と恵まれていることかと思う。釣りにのめり込んで定年退職後はこちらに家を買って移り住む人もいるのだ。釣果は?4日前にあれほど釣れたのだが、昨日は17匹。この時期で貧果とは言えないが、フラストレーションが溜まる釣りだった。まだまだ、血気が少しは残っているからだろうか?釣れないなりにのんびりと自然と戯れながら(イソヒヨドリの♀に出会った)釣りを楽しむにはまだ修行が足りないのか?

釣り場で釣り糸を垂れているといろいろな人に出会う。皆釣り好きを通り越して、釣りが病膏肓に入った「釣りキチガイ」だ。昨日も釣り場に偵察に来た「真っ黒に日焼けして前歯が欠けた」オジサンは、すこし下流の護岸で釣りをしている同類を指して、「あの人は釣りキチガイで1年365日ここに来て釣りやってるよ」。これを、ことわざでは「目糞、鼻糞を笑う」と言うのではなかった。そちらの旦那も毎日来てそれで知ってるんだから!

釣りに没頭していると時間の経過が早い。早朝釣り始めて、しばらくして時計を見るともう10時。おにぎりを食べて、上げ潮に乗ってバタバタと釣れた魚を取り込み、手返しで餌をつけて投入を繰り返して、食いが落ちてきたな、と思ってふと時計を見ると13時近い。

それでも満潮まで時間はぽつぽつ釣れて気が付くと15時過ぎだ。日が短くなった。太陽はもう西の方に大分傾いている。竿を一本ずつ片づけながらもしぶとく最後の一本まで気をぬかずにハゼを釣りながら家路に着く。

今日で11月も終わる。いよいよ師走だ。ハゼ釣りも終局に近づいた。1年魚の魚であるハゼの大方は1月に入ってから時期的な幅はあるが産卵に入るそうだ。しかし、いま釣れている10cmのハゼはいつ生まれたのか?という疑問がある。いろいろ調べると越冬するハゼの生まれは今年の6月以降のはずだ。

江戸川のハゼ釣り名人の本を2冊買った。この方はスゴイ。釣りで「束釣り」というと100匹を超えることを言うらしいが、この人は「デキハゼ」(その年生まれの10cm以下のハゼ)を日に10束=1000匹も釣り上げる達人である。秋深まるころの大型ハゼは船からのリール釣り(7~8本)で多いときは300匹とか400匹を釣り上げるという。詳しくはこの方のホームページサイトをご覧あれ!

http://www.s-kazuaki.com/2008-edogawa-haze.htm

ハゼ釣りは数を狙う釣りだとは思う。が、しかし私は釣り上げた魚は必ず供養する意味で捨てたりせずに食べる。なので、まあ20匹つれればいいナと思う。先日の64匹の大漁の時は近所にお裾分けした。その家の方に道で会ったら、「昔はお父様に随分ハゼをご馳走になったけど、今度は息子さんにお裾分けに与るとは・・・」とお礼を言われた。ハゼは白身であっさりした美味に属する。セイゴ、二ゴイはまあまあ。マルタは酷かった。マルタは持ち帰らず逃がすようにしている。この江戸川の達人もかならず食べているとのこと。

この江戸川の釣り師の本で知ったのだが、越冬ハゼは翌年の4月~5月に釣れるのだそうだ。今年の江戸川は青潮の被害で大量のハゼが死んだそうだ。その代わり少数のハゼが大量の餌にありつき私が求めていながらいまだめぐり合ってない20cm以上のサイズのハゼが今年はかなり釣れたという。

ということで、ハゼ談義は終わらないが、まだまだハゼ釣りは終わっていないし、これからはカレイ・アイナメ・スズキ(セイゴ、フッコ)釣りも楽しみだ。

愛嬌のある手のひらの上のハゼ

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釣り道具いじりにウィーナーワルツが一番! そして、江戸川のハゼ釣り師の本に学ぶ!

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2008年11月26日 (水)

連休は仕事、ディズニーランド、そして今日はハゼ釣り24弾!

土曜日は仕事で地元周辺のフィールドとリップを実施。留学生達と1日遊んだ。生まれて初めて鹿島神宮に参拝した他、郷土ゆかりの歴史的史跡を見学。改めて郷土史への目が開かれた思いだった。これについてはいずれ考えをまとめてみたい気がする。

日曜日も外部から委託を受けた試験の監督で1日がつぶれた。日当は釣り道具の贅沢のための資金にしよう。

月曜日から火曜日にかけては知人のつきあいで何とディズニーランドへ行ってしまった。付き合いというかまあ、知人に利用されたのだったがその子連れの知人のお助けマンみたいなものだった。以前の会社で仕事としては何度か行ったことはあるものの、ディズニーランドは鼻からバカにして決してプライベートで行こうとしなかった私だったのだが。

ディズニーランドはくだらない、と長年の偏見を抱えたまま、今回は仕事を離れて初めて「楽しむ」という視点で体験しんだことは事実なのだが、やはり、胡散臭いものを感じてしまった。入場券だが1日で5000円だ。それはいいのだが、各アトラクションの待ち時間が平均30分~1時間。それで最初は元気だった我々だが、徐々に疲れ途中で高いだけでおいしくもない?スナックで1000円近い出費を2度。一度はポップコーンでディズニーキャラクターの入れ物込みで最初は1100円もする。たかがポップコーンで!

だんだん疲れて並ぶ気力もなくなってくる。ミッキーマウスも、何とかパレードもいま一つだった。2日過ごして分かったことは、1日で初心者が楽しめるアトラクションはせいぜい5つか6つだろう。長時間並んで待ってあっという間アトラクションが終わり、さぁ次はどこ?の繰り返し。だんだん疲れが溜まってきて、お腹がすいたぁ~とちゃんとしたご飯を食べようと思ったら一人2500円のビュッフェである。

ということで一人10000円はディズニーランドに落とした。しかも近くのホテルに泊まって2日間通ったのだから、2日で一人20000円。連休最後の月曜日は雨で、翌日の昨日はガラガラかなと思ったらとんでもない混雑。お土産ショップはどこも満杯、ディズニーグッズにあふれ皆憑かれたように買いまくっている。一体全体これは何なのだ、と思う。かく言う私は自分ではないが、知人の子供にディズニーグッズをプレゼントしたのだった。

あと気付いたのは、とにかくアトラクションがどこもかしこもキンキラキンで1日の電気代ってすごいだろうなぁ、と想像した。慢性的な待ち状態でのイライラとフラストレーション、あっという間のアトラクションはキンキラキンと大音響。これでみんな最後のころは頭が麻痺してくる。そしてお土産グッズで狂ったように大枚をはたいて、家路につくというのが大方のパターンではないだろうか?

疲れ切って昨夜22時すぎに帰宅した。もう2度と行くまいと思うのだが、これも相手次第だ。また知人に誘われたら行ってしまいそうだ。

ぐっすり熟睡して目覚めた今日は職場カレンダーで仕事はなし。つまり、お休み。8時過ぎに目をさますと太陽が燦燦と輝いてる。8時半に那珂湊が干潮だ。ようし、満潮までの5時間、ハゼ釣り24弾の勝負だぁ!車を飛ばして(安全運転の範囲内!)、ポスト涸沼の我が釣り場、湊大橋付近の船着場に到着したのが9時前。

狙いはピタリだった。9時過ぎに第一投した竿にダブルのハゼがかかり、その後満潮から下げ潮の14時半ころまでに38匹のハゼを釣り上げた。10月の不調がウソのようにハゼは釣れる!!!サイズだが、10cmから最大18cm。平均14cm~15cmといったところだった。食いが止まることはなく退屈することのない楽しい釣りのひと時を味わい、ディズニーランドで溜まったフラストレーションは解消された。

問題は20cmのハゼがまだ釣れないこと。いろいろ情報収集を試みているが次回は、船周りや杭など根掛かりの多いところを中心に数を狙う釣り方ではなく仕掛けに工夫を凝らした大型ハゼ狙いの釣りをやってみようと思う。

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2008年11月21日 (金)

仕事前の半休でハゼ釣り23段!

仕事前の半休でハゼ釣り23段!

行ってしまいました。 早朝の気温が3度という寒さにもめげず・・・。

6時から12時までの上げ潮の時間帯でマハゼ32匹も釣れました。釣り場は涸沼から那珂川河口に移りました。水深10メートル前後を狙った落ちハゼのリール釣り。

残念ながらサイズは小さかった。12~15cm。それ以上のサイズは少しだけ。10メートルの水深なのに、何故?

写真は本日最大の17cmハゼ。

17cm

全部で32匹

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船着場の向こうは青・青・青。晩秋といか初冬の色でしょうか・・・。

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2008年11月20日 (木)

Intermission (一休み)

冷え込みが厳しくなってきた日本列島。仕事に没頭して帰宅した昨夜、従兄が届けてくれたアユが待っていた。数えるのが面倒くさいくらい発泡スチロールの中はアユで溢れていた。投網ではなく「転がし釣り」らしい。私はハゼ。従兄はアユ。子供時代は実家の久慈川で一緒に魚釣りをした仲である。そして、今は同じ那珂川で相手は違っても同じ釣りに興じているのが面白い。早速塩焼きにして家の人特製のゆず味噌をつけて食べてみた。こちらもうまかったゼ。ハゼもアユもどちらも一年魚らしい。写真は、食べきれないので一部はすでに真空パックでかなりのアユを梱包した後の残りのアユ。

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2008年11月16日 (日)

ハゼ釣り22弾リポート

「また、今日も行くのォ!」と家の人は呆れた。半ば「勝手にしなさい」という声を背中で聞きながら「小人閑居して不善を為す」とも言うではないか、とぶつぶつ独り言をつぶやきながら早朝の5時半前、外はまだ真っ暗の閑静な住宅街でポンコツの車のエンジンが始動した。

コンビニで飲み物とサンドイッチとおにぎりを仕入れて一路涸沼のマイ・スポットに直行した。昨日の不完全燃焼で大量に余ったあまり元気のないアオイソメを仕掛けに付けて第一投、第二投・・・・・、と次々に5本の竿入れをした。期待感を持って・・・。

しかし、そうは問屋さんが卸してくれなかった。柳の下のドジョウは居なかった。昨日も釣り上げたハゼの体が冷たいのが気になっていた。釣りは気温よりも水温がポイントだという。このところの冷え込みもあってか、水温がどんどん下がってるのだ。昨日から一転して9時まで沈黙・沈黙・沈黙。スウェーデンのベルイマン監督の映画で「沈黙」という映画があったナ、何でこんな時、こんな所でこんな題名を思い出すのだ。

お気に入りのPEライン装備の3.6メートル竿でサビキ釣りをしながらハゼを誘った。何度か針の餌に食いつく反応はあるが、食いが浅くて針がかりしない。諦めて置き竿にして「向こう合わせ」の我慢の釣りにした。

暇なので、野鳥観察をする。モズ、タヒバリ、ハクセキレイ、ヒバリ、ホオジロ、サギ類など。オオジュリンもやって来ていた。水面ではカイツブリ、カンムリカイツブリにカモ類。カモメもかなり来ている。水面を見るとボラの子供が沢山泳いでいる。

9時直前、やっと待望の一匹を釣り上げてボウズはかろうじて逃れることが出来た。さあ、時合か、と期待したいところだったが、直後から風が吹き出した。東南の風、左手から向かい風気味に来るため遠投が出来ない。これじゃぁ駄目だ。早々と諦めて納竿とした。この場所は風がウィークポイントだ。

(一匹目の魚にすべての意味がある~確か開高健が言っていたと思う)

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今日も不完全燃焼かぁとガッカリする。が、気を取り直して、今後の下見をすることにした。まず夏場にハゼとセイゴを釣った涸沼出口から涸沼川を下った最初の橋(大貫橋)付近。結構釣り人がいた。セイゴ狙いだ。

「釣れますかぁ~」と初老の釣り師に声をかけながら魚籠を覗かせてもらうと25cm前後のセイゴが5匹。「朝のうち(下げ潮)だけでもう釣れなくなりました」と釣り師。もう引き上げますと片付け始まったタックル(装備)は錘30号でどう付き仕掛け(錘が一番したでその上に枝針りの仕掛け)。なーるほど、セイゴはこうやって釣るのか。しかし、錘30号とはまるで海釣りだね。納得した。

釣りは足で稼げ、とも言うらしいが、まずは情報収集だ。このところハゼ釣りばかりやっていたが、セイゴ(鱸の子供)も侮りがたい。私の理解では40cm以下をセイゴ、40cm~60cmをフッコ、それ以上をスズキ(又はシーバス)と呼ぶ。あの強烈な引きは釣り師を魅了してやまない。ハゼ釣りに没頭する間に忘れていたあの「快感」が体全体に甦ってきた。しかし、ここ涸沼川の今日の時合は過ぎてしまったようだ。

次の訪問場所は、子供のころ、父に連れられて大釣りした那珂川河口に寄り道してみることにした。

まずは河口を見て廻る。「何を釣ってますかぁ?」「ヒラメです」「じゃあ、生餌を使いますね」「いや死んだ魚でも食うので今日は小さな鰯を餌にしてます」。と、目の前で竿先がお辞儀を始めた。さては、目の前で獲物が来たか!と期待したが、隣のシーバス狙いの釣り師のルアーと「お祭り」だった。自分自身の竿どおしの釣り糸を絡ませるのを「手前祭り」と言うらしい。海は荒れ気味だった。

海門橋の上流、湊大橋の方面へ車で移動。陸釣りしている人が結構いる。釣れてるな、と思い駐車地を見つけてふたたび情報収集。

一人はセイゴ狙いだが、釣れるのはハゼばかり、とぼやいていた。もう一人は土浦ナンバーの私と同年齢に近い釣り師。今来たばかりで釣れるかどうか分からないが竿を準備していた。目の前で、良型のハゼを釣り上げたセイゴ狙いの釣り師を見て、ようし、やって見るか、と意欲が湧いてきた。

遠投できる竿を2本取り出し、クタクタどころかあまり動かなくなってきたアオイソメを付けて仕掛けを投げ入れた。そして、早速アタリが来た。最初の一匹は小さ~い。12cmあるかないか。ハゼも一番子、二番子、三番子、四番子・・・と生まれる時期に大きなズレがあるらしい。遅く生まれたハゼは越冬して翌年の4月、5月には16~18cmに成長して釣れるらしい。

14時ごろまでの3時間、丁度上げ潮に乗ってハゼがバタバタと釣れだした。合計19匹。

15半まで粘って餌を使いきり2匹を追加。

かくて満ち足りた私は16時前に家路についたのだった。

帰宅して見ると昨日釣り上げた10匹の良型ハゼ(16cm~18cm)の天ぷらが丁度準備出来たところだった。「ノー天気」な私は早速ビールで喉の渇きを癒しながら舌鼓を打ったのだった。ハゼは本当に美味いぜ!

来週末は予定が入っているので再来週のウィークデーに休暇を取り、セイゴとハゼの両狙い(早朝はセイゴ、日中はハゼ、夕方は再びセイゴ)にチャレンジしようかと思う。

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(我がポンコツの愛車と背中越しの長閑な田園風景。ヒバリが囀っていました)

(今日の釣果 ~ 釣れてよかったぁ、マハゼ22匹)

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2008年11月14日 (金)

仕事前にまたハゼ釣りに行ってきました・・・

シフト勤務で半休を組み入れれば1545分出勤という利点に気付き、今日は早起きして(そうじゃなくても6時前にはいつも目がさめるのだが)涸沼にまた言ってきました。家の人はもう何も言わなくなりました。

4年前(もうそんなに時間が経過してる)都落ちして田舎に戻ることを決心したとき、野鳥観察と釣りに没頭することが念頭にあった。自宅から釣り場まで車でたったの20分。早朝の道路は荷物を満載したトラックが何と時速80キロ前後でビュンビュン飛ばすのには閉口するが、私はとにかく安全運転。6時前にいつもの釣り場に到着した。

釣り人は誰もいなかった。やったぁ、沼を一人で独占。6時過ぎは満潮直後で深場に移りつつあるハゼだが結構手前30メートルあたりでもアタリが出た。最初の1時間半で6匹と出だし好調かと思ったのだが、8時ごろからシジミ採り船団が目の前を言ったり来たりで遠投が出来ず釣りにならなかった。おまけに、竿を並べているのが見えるのをヌケヌケと目の前をフルスピードで走りぬける不届き者の漁師のためにリール巻きが間に合わず仕掛けを取られるというアクシデント。

昼前からポカポカと気温が上がり始め、期待しながら挽回を狙ったが今度は風が出てきて遠投できず結局4匹を追加で釣りあげて10匹に終わった。

釣り師は「ツ抜け」と言うらしいが、二桁は確保した。14cmの小型も入ったが6匹は17cm前後の良型天ぷらサイズだった。白ワインとまた天ぷらが楽しみだ。

写真は釣り上げた直後の美しい飴色のハゼ(表情はどうも怒っているような感じ)。鰭がピンと張っていて見ていて惚れ惚れしてしまう。

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2008年11月10日 (月)

ハゼ釣り最中に世の中は激変・・・しかし・・・

ハゼ釣りに熱を上げている間、世間ではいろいろなことがあった。

昨年来のサブプライムローン問題からジワジワと影響が拡大しリーマン・ブラザーズの破綻をきっかけに1929年のウォール街の株暴落以来となる金融不況である。欧米では大騒ぎだ。比較的影響の少ない日本の金融機関だというが、輸出産業はアメリカ市場頼みで大幅減益となり雇用問題にも暗い影を投げかけてる。

リーマン・ブラザーズは名門企業で日露戦争の時は、日本の戦争国債を買ってくれた企業でもあるそうだ。それがあっけなく潰れてしまった。山一證券を思い出してしまう。

ところで円高をどう評価するのか?消費する日本国民にとってはいいことではないか?海外旅行だって安くできる。強い円は決して悪くないのだと思うがいかがだろうか?円高は国民にとってメリットがあるが、かと言ってあまり強すぎると日本の国富のもととなる輸出に影響してしまう。高品質の輸出品は我ら日本人の貴重な外貨獲得手段であり無資源国家日本の宿命である。

今回の金融危機はアメリカの身の丈を知らないメチャメチァな消費に対する警鐘だと思う。1990年代初頭に日本は土地バブルが崩壊した。そして20年後の欧米がそれに追随するがごとく同じような不動産バブルによる崩壊に見舞われている。

どちらの場合も、「信用の創造」の行き過ぎである。金融機関は預かっている預金の何倍にも相当する信用貸しをしている。ディリバティブだか何だかしらないが、複雑な数式を駆使したアメリカ流の金融工学なるものが編み出した金融商品によって「どのくらい信用が創造されたのか」本当のところは誰も把握できていないのではないか?

実体経済とかけ離れた金融機関による信用の創造が招いた自己破産である。創造された信用が新たな価値を生み出す生産的な投資に使用されず無謀なマネーゲームを引き起こしたのだった。結局のところ「リスクヘッジ」にしても何かを前提にしてリスクをヘッジ(抑える)ているのだから、前提が崩れたら(日本の場合は土地が上がり続ける、アメリカの場合は、不動産価値が上がり続ける)すべてが逆流することは素人でもわかることではないか?リスクをヘッジすることは出来ても回避は出来ないということだ。誰かがババを引くことになる。結局は、税金投入ということになるのだ。誰が笑っているのだろうか?

アメリカの大統領はYes we canのオバマ氏が選ばれた。歴史的な快挙と評する向きもあるが果たして現在のアメリカの救世主になれるだろうか?蓋を開けて見たら・・・悪い予感がする。

アメリカの没落を云々する人が増えつつある。事実だろう。冷戦の勝者もこの20年で随分と評判を落とした。アメリカン・ドリームとは膨大な消費(石油というエネルギー資源をベースとした)を前提にしたバブル経済のことではないか?膨大な石油資源をもつアラブ諸国の心臓部に存在するイスラエルに圧倒的な肩入れをするアメリカの姿勢に正体が現れている。

日本の繁栄もそのアメリカの資源をがぶ飲みする大量消費のおこぼれに与っているに過ぎないのだろう。資源のない日本がそこそこの繁栄をするにはただただ勤勉にコツコツと知恵をだしながら働くこと、これしかないのだろうから。

私には関係ねぇーとは言い切れない2008年の今である。今日は半休を取っているので久しぶりにバードウォチングに出かけた。冬鳥がぞくぞくとやって来ているとのことだが、まだまだだ数は少ない。それでも、今日は笠原水道公園でツグミの群れが空を駆け抜けていくところを目撃した。ケスケスッとあのツグミの声を上げながら飛び去っていく姿を。

本当は半日釣り糸を垂れたかったが、風邪気味なので思いとどまった。気温も毎日下がり続けている。12月上旬の寒~い陽気だし・・・。昨日のハゼの天ぷらは絶品だった。鰯の天ぷらなぞ口に出来ないナ、と生意気をいうくらい白身でサクサクにあがったハゼは美味だった。食べようと思ったら自分で釣ってくるしかないハゼ。年を越して1月末まであと10番勝負を挑む積もりだ。

(ハゼの天ぷらは本当においしい!)

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2008年11月 9日 (日)

ハゼ釣り第20弾!再び車のエンジントラブルも・・・

日本列島は日一日と冷え込んでいる。64匹の大釣りをした10月27日が最高気温20度、最低気温が11度に対し、昨日の8日(土)は最高気温が13度で最低気温はなんと5度である。北関東のはずれの当地はとにかく冷え込んだ。まあ、気温というより水温が釣りでは大事らしいのだが。魚にとって水温1度は人間の気温にして5度ぐらいの影響があるという。

いつものとおりに5時前に起床。道具一式を車に積み込み15分過ぎに出発。途中アオイソメを80グラム購入する。今日はアオイソメ一本攻めである。ミミズは食いが悪い。ジャリメはやわらかすぎて遠投すると針からはずれて飛んでしまう。

6時前に涸沼に到着。誰もいないと思ったらすでに先着の釣り師が一人いた。はやる心を抑えながら、5本の竿をそれぞれセットして曇り空の薄ら寒い陽気のなか風もなくおだやかな湖面に仕掛けを投げ入れ終わったのが6時半すぎだった。

普通なら2本目か3本目を準備しているときにアタリがあるのだが、この日は沈黙。いやな予感がした。結局最初の一匹が釣れたのは、7時を回っていた。しかも、それから2時間まったくアタリがない。左隣の釣り師に近づき「釣れますか」と聞くと黙って頭を横に振るだけ。彼は8時すぎにはいつのまにか姿を消していた。

正直言うと、9時直前の時点で今日はもう止めようか、と思い始めていた。3時間で一匹じゃ、どうしようもない。参ったナぁと、ぼやきながら順番にアタリのない沈黙するばかりの竿を一本ずつゆっくり手前にしゃくっている(「聞き合わせ」と言う)と、9時過ぎに一本の竿にやっとブルブルブルッとアタリが来た。開高健なら「フィッシュ・オンやで」と呟く瞬間だった。

次に4.2メートルの海つり用遠投竿にダブルで良型のハゼがヒット。10時半までの1時間半で8匹を釣り上げて意気があがった。ようし、これなら二桁(釣り師では「ツ抜け」というらしい)まで頑張ろう、と俄然やる気になった。

の、だったが、ここでアタリがとまってしまった。午後の2時くらいまで1時間に1匹ずつしか釣れなかった。どうなってるの?この時期のハゼ釣りは本当に難しい。

それでもハゼ釣り用に大枚をはたいて調達したPEラインという繊細な糸を装備したリール竿でハゼの居そうな場所を探り、溜まっている場所を見つけたのは収穫だった!投げる度にじっくりと仕掛けを「サビキ」(手前にゆっくりと引いては止めての繰り返し)ながらアタリを待つと必ずあの「ブルブルブルッ」というアタリがあるのだ。50メートル近く遠投するので普通のナイロン糸だと糸が伸びてハゼが餌を加える微妙なアタリはまず望めないのだが、今日始めてコツンという餌をくわえる前アタリと数秒待っての強烈なハゼ特有のアタリを体得と言わないまでも、何度か体験することが出来た。ハゼ釣りの妙味と言おうか、これを知ってしまうと止められなくなりそうな、そんなハゼとの駆け引きである。

15時過ぎ、私用で上京する予定があるので竿を一本ずつ片付け始めた。今日大当たりの一本(PEライン装備)を残して、先週のエンジントラブルを思い出し念のため車にエンジンを駆けてみようとキーを差し込んで回してみた。ウソみたいな話だが、エンジンがかからない!何何々ィ!!!音はするのだがかすれるような音をだして始動しないこと5度、6度。そして、ついに沈黙してしまった。

車についてはまったくの初心者。体がガーンという衝撃とともに重くなってしまった。またかぁ~。JAFに連絡を取ると30分で来てくれるという。よかった、よかった。

あと30分は釣りが出来ると気を取り直す。家に電話しながら竿を持つとブルブルブルッとアタリがある。家の人には事情を説明して帰宅が1時間遅れる旨、早口で伝え、携帯電話を切って即座にリールを巻くと16センチの美しいハゼが釣れていた!これで18匹目。

餌も残り少なくなってこれが最後と元気なアオイソメを2本針につけてふたたび60メートル近い遠投をすると、まもなくJAFの車がやってきた。先週に続いての2度目のJAF。やっぱり、アウトドア用のタフな車を買わないと駄目かなぁ。

エンジントラブルは、ここには書けないほど初歩的な私の操作ミスで油がどこだかに逆流して入ってしまったトラブルだった。たった3分でエンジンは始動を始めた。やれやれ。

ありがとうございました、と去っていくJAFの方にお礼をして、忘れていた最後の一本の竿を片付けに土手に上がった。リールを巻き取ると重い。ハゼが掛かっている。巻き上げて見ると17センチの良型ハゼが釣れていた。これで19匹となった。

私のハゼ釣り第20弾もまずまずの釣果だった。この時期になると涸沼の陸釣りはほとんど釣れないと言われ始めていただけに、その常識を破る成果に満足し、初心者ながらもハゼ釣りに対する自信みたいなものを感じた。デキハゼが貪欲な食欲を見せる夏から初秋は女子供でも釣れるハゼだが、晩秋になると途端に気難しくなるハゼである。ハゼの溜まり場を見つけて竿を入れないと釣れないのだ。これが結構大変だ。

反省点として針掛かりしたハゼをリールを巻く途中でバラスことが2度、3度あった。食いが浅いので針が十分口に引っかかっていないのか、リール操作が下手クソで糸が緩んだ瞬間にハゼに逃げられたのだった。

成果としては、ハゼの溜まり場を見つけたこと。また近いうちに出かけてここを集中的に攻めてみようと思う。しかし、正確なキャスティングが要求されるので練習が必要だ。何せ私の場合投入誤差が前後左右で10メートルはあるのだから・・・・・。

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2008年11月 2日 (日)

ハゼ釣り第19弾、車故障のハプニングも・・・

激務の一週間?の間も月曜日の「大当たり」の残像が脳裏に終始つきまとって困った。金曜日の夜からテンションがあがる。赤ワインを飲んで早めに就寝したものの3時には目が覚め・読書灯をつけて・・・毎度同じパターンの繰り返しだ。5時に起床、途中アオイソメとジャリメの餌を購入して釣り場に到着したのは6時前だった。

そして日の出とともに釣り糸を出し終日釣り糸をたれたのだった。結果は、20匹だった。月曜日の三分の一。潮は中潮で大潮ほどではないが悪くない。しかし、今週は気温がぐんと下がってハゼの食いが落ちたようである。

朝の6時から8時すぎまではそこそこの釣果だったが、シジミ採りの船団がやってきて11時すぎまでは釣りにならなかった。生活がかかっている手前、遊びで釣りに興じてるわれわれは遠慮しないといけない。それでも、合間を縫って釣りたいという衝動は避けられない。隣の釣り人が遠投したら漁師さんに「ばかやろー」と怒鳴られ、我々釣り師は萎縮してしまった。

土曜日だというのに早朝の釣り場に釣り人はほとんどいなかった。8時過ぎに初老の釣り氏が隣に来て「釣れますか」と聞いてくる。「ぼちぼちです。2時間で10匹ほどですけど」「エエエッ!!!釣れるの?対岸で早朝からやって一匹も釣れないので車で廻ってここまで来たんだけど、ヨシャ、一丁やってみるか」と意気込んで竿を4本並べて釣り始めた。

一方、シジミ採り船団の漁師に怒鳴られた左隣の釣り氏は埼玉県の春日部から寝袋を持ってやって来ていた。大洗で海釣りが専門、いつも涸沼は通りすぎるだけだったが、先週涸沼でハゼを釣ったらそこそこ釣れたのでまたやって来たという。

シジミ採り船団が去った後の釣果は、さっぱりだった。あれじゃぁ、ハゼもびっくりしちぁうしなぁ。 それでもベテランと思われる初老の釣り師は10数匹釣り上げて「今晩のおかずが取れました。天ぷらと刺身ですネ」とニコニコ顔で15時前に去っていった。 ハゼの刺身というのは聞いたことがあるが、甘みがあってとてもおいしいらしい。春日部の釣り師は「5匹しか釣れません」とぼやきながら16時前に姿を消した。

さぁ、帰るかぁ~。16時すぎに道具を片づけて、魚籠の魚を数えるとちょうど20匹。まあ、陸釣りはこんなものだ、と納得して護岸土手の下の車に乗り込む。キーを差し込んでエンジンを掛けようとすると、空振りだ。何度まわしてもかからない。しまったぁ、バッテリーが切れてるぅ~。

JAFに電話した。土曜日でしかも涸沼。「住所どこですか」と聞かれても住所が分からない。「・・・・公園キャンプ場の近く、徒歩200メートルです」と答えて待つこと1時間半。17時過ぎの夕まずめ、シーバス(鱸)狙いの釣り師が現れた。「この時期釣れるの?」「先週80cmのシーバスを2匹あげたばっかりなんです。あの興奮を味わいたくてェ、また来ました。そう釣れるもんじゃぁないんですがネ」 何故かルアーで釣る鱸を「シーバス」と横文字で言う。そして釣る人は若者が多い。時間つぶしにしばらく見学させてもらうことにした。

日が落ちて民家の明かりが沼の周辺に灯っているほかは闇である。しかし、闇とはいえまったく何も見えないわけではないことに改めて気付く。時折、シーバス狙いの釣り師のなげるルアーの音とシーバスが小魚(ボラ)を追って水面に上がってくるバシャ、バシャという音、沼の奥でガァガァとなくカモ(カモは夜行性)や、コオロギやら他の野鳥の声も聞こえるし、満天の空の星・星・星。西には三日月。なかなかの情景だなぁと感傷的になる。文明的な生活と日々の忙しさですっかり忘れていた自然はこんなハプニングでもないと味わえないものなのだろう。

18時半過ぎ、JAFの方がやっと来てくれた。「さすがに、こんなところに車があるのかなぁ」、と不安だったという。「寂しい沼沿いの真っ暗な田圃道に車を見つけたときは、ホットしました」、と。

かくてすでに8万キロを走った我が家のオンボロ車のエンジンはかかり、19時半前に帰宅した。家の人からヤンヤ、ヤンヤ冷やかされたのは言うまでない・・・

今日の釣果

マハゼ20(16~18cm10匹、残りは14cm前後)

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