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2008年12月29日 (月)

年末雑感(1)

釣りに耽溺してる間にも世間は大変なことになっている。アメリカの金融バブル崩壊で全世界が不況になってしまった。今年の7月に石油1バレル=150円を超えたのは何だったのか?ロシアが、国産車愛用を訴え、外車に対して保護関税に等しい措置を取り始めた。

中国だが、北京オリンピックは一応大成功のようだが、伝え聞くところでは農民工の叛乱が始まっているという。栄光の漢王朝を崩壊させるきっかけとなったのは黄巾の乱という農民叛乱だった。清朝も太平天国の乱という白蓮教とキリスト教が混合したような新興宗教をもととした農民叛乱で弱体化し、日清戦争の敗北を契機に帝国主義国に蚕食されて20世紀初頭に崩壊した。「農民工」とは都市戸籍を持つ中国の富裕層の「農奴」である。これが、共産党が主催する社会主義国だろうか?言葉とは裏腹に実態は「弱肉強食」のアメリカに近い「一国資本主義国家」である。レーニンの後継者スターリンの「一国社会主義」の中国版だ。毛沢東の後継者鄧小平氏による路線転換だ。はっきり言おう!!!「社会主義市場経済」とはとどのつまり、戦後の日本が実践した経済制度のことである。中国は明らかに戦後(第2次世界大戦)の日本の発展をモデルにしている。つまり、外に対しては、資本主義。国内たいしては社会主義。しかし、この社会主義も日本のように満遍なく実施されたのではなく、都市戸籍の人たちだけだった。毛沢東のいた「貧困のユートピア」時代は皆が貧しく社会主義的であった(除く=共産党員)。

昨年度、1兆円を越す利益を出したトヨタ自動車が何と赤字に転落!いかに我々は外国市場依存で繁栄しているかの証左だ。1000mの超高層ビルプロジェクトを立ち上げたばかりのドバイもついに資金の流れが止まってこの企画は棚上げになったとか。契約社員の大量解雇者が85000人にものぼるという。核家族化したに日本だから1雇用者=3人家族としても24万人近い人が苦い思いで年末を迎えようとしてる。「でも、そんなの俺には関係ね」とはやはり言えない・・・

アメリカの自動車業界が崩壊の瀬戸際に立たされている。ガソリン燃費の悪いアメリカ車は燃費効率のよい日本車やヨーロッパ車に太刀打ちできないのだという。テレビで見たが、石油が1バレル=150円を越えた頃、ガソリン代だけで一週間走ると数万円するから車を放棄したというアメリカ人がいた。過剰に信用創造された投資マネーが非生産的なマネーゲームで石油価格や穀物の先物取引での価格を異常なまでに押し上げてしまった結果だ。

アメリカは自動車産業を捨てようとしている。かつて鉄鋼生産ナンバーワンの地位を日本に譲ったように。その代わり、彼らには航空宇宙産業をはじめとする軍事、ハイテク技術そして今回傷ついたものの、世界の信用をまだたもっている金融産業がある。

日本では一向に増えない正規雇用。当たり前だ。1990年代を境にものづくりの拠点は日本をどんどん離れて中国・インドにシフトしているのだ。その分失われた雇用に対してどれだけ新しい産業が興り雇用が創造されたのだろうか?

自民党・公明党政権は末期である。造反議員がでて話題となっているが、道路特定財源の件を見ても幻滅するだけだ。1990年前後のバブル崩壊から、20年が経過しようとしているが、この国はどこまで変わったのか?

欧米(とは言っても英米)ではとっくにケインズ政策を放棄しているのに、1990年代を通じて国民に多額の借金をしながら公共投資をして来たが一向に成果が上がっていない。道路族よ、くたばりやがれ!

これまで公共投資は現状維持のための延命措置以外の何者でもない。もはや「乗数効果」なぞ期待できない無駄な投資なのだ。細かい原因は専門家におまかせするにしても。買うものが国内にはない?いやいや、日本人が持っているお金と消費したいものがミスマッチしているだけではないか?テレビで見たが、年末の旅行で南極点に出かける方々がいた。旅行費用が数百万円である!話がずれそうだが、日本にザクザクとお金が入って富が蓄積される新しい産業を立ち上げて雇用創出しないといけないのだ。少子化?これは問題ではないのだ。人口が増えれば、中国・インドの貧困レベルまでとは行かないが江戸時代のレベルまで日本はこのままだと落ちてしまう。

中国とインド。両国であわせて30億近い人口だ。両国の一人あたりGDPは世界最貧国レベルだ。日本人が想像もつかない大金持ちがいる一方でほとんどの人はまだまだ普通の文明国並みの生活レベルは高嶺の花なのだ。

日本もこのままでは長期的には凋落の一途をたどるしかない。専門家が言わなくても、欧米・日本の蓄積した富が投資資金として中国・インド(他にブラジル、南アフリカ、ロシアもあるらしい、人はBricsと頭文字を取って呼ぶ)にシフトしてるのは明らかだ。まだ、経済統計がなかった18世紀だが、中国とインドだけで世界のGDPの60%を締めていたらしい。つまり、21世紀は近代西洋の勃興・繁栄が終局を迎える世紀になる可能背が大きい。

続く

2008年12月27日 (土)

20cm越えのデカハゼを釣って今年は納竿!

ついにやりましたぁ~! 一昨日、昨日とこれで冬休みに入って4連荘の釣行。新しい釣り場も様子が分かってきて、一昨日はハゼ24、カレイ1、メゴチ1の26匹。最大17.5cmのハゼ。 そして、昨日はさらにいろいろな場所をトライしてとうとう念願の20cmを越えるハゼに巡り会いました。

2.7mの竿を置き竿にして鈴をつけて放っておいたのですが、チリンと鳴りました。カレイのアタリみたいだな、と少し放っておいたのですが、しばらくして取り合えずリールを巻き始めると重~い!。やっぱり、カレイからなぁ、と手前まで引っ張っり水面に現れたのは巨大なハゼでした。6号の小さな針でしたが何とか外れずに引き上げました。手にしたハゼは重量感があり手で握りきれないくらいのボリューム。やったぁ~!

この日も結局22匹のハゼと2匹のメゴチの合計24匹で終わりました。これで今シーズンハゼ釣り30番勝負は目出度く終わります。600匹近くハゼを釣りましたがやっと出会ったデカハゼは帰宅して計って見ると21.5cmありました。

釣り上げたハゼの一部は卵を持っていました。そろそろ産卵が始まるようです。今年はこれでハゼ釣りはオシマイ。来年も沢山のハゼが湧いて欲しいと願ってます。

手のひらの上の20cm越えのハゼ

Photo

計って見ると21.5cmありました。

215cm

他のハゼが小さく見えます!春先には尺ハゼ(30cm)も釣れるという話なんですが・・

26

2008年12月25日 (木)

クリスマス・イブもハゼ釣り(第28弾)

今日も行ってきました。しかし、釣り始めたのは満潮の後、途中から曇り空、冷たい風、寒かった。それでも、ハゼ7匹。最大は18.5cmの大型を釣り上げた。

のんびり釣りをしていると漁から戻った漁船が丁度目の前の岸壁に着岸。船長さんの目の前で鈴がなる竿のリールを巻いて私がハゼを釣り上げるのを見て、

「お兄さん、鯖一匹あげるよ!」と仰る。

「ホントデスカ!?」とニッコリ微笑む私。

「一匹だけじゃ、売り物にもならねぇ」と船長さん。

と言うことで、49cm位の生きている鯖も棚ぼた式にゲットしました。帰宅して、明日は鯖の塩焼きか味噌煮かな、と家の人と昨日のハゼの天ぷらを食べたのでしたぁ。明日も出かけるよ・・・

貰った時は生きてました、新鮮な鯖、背中の上に18.5cmのハゼ

Photo

本日最大の18.5cmハゼのアップ(こんなのを10匹釣れれば満足なんですが・・・)

185cm

2008年12月23日 (火)

まだまだハゼ釣り ~ ハゼ釣り第27弾

今日から冬休み。いいのかナぁ~。12月に入り釣れなくなったハゼだが、思い立って11時過ぎ、ポカポカ陽気に誘われて那珂湊港に出かけた。ここは何と1年中ハゼが釣れることで知る人ゾ知るハゼ釣りの穴場的場所らしい。

半信半疑で、突然終わってしまったハゼ釣りのシーズンに納得のいかない小生はチョイ投げ用の2.7m3mの竿に、念のため3.6m3.9mの遠投が利く竿を持って出かけたのだった。

天皇誕生日で休みとは言え、冷え込みの厳しい12月も押し迫った今日の那珂湊漁港。関東各地から魚市場にやってくる買い物客でごったがえしていたが、釣り人はまばらだった。

12時過ぎから15時半までの3時間、ポツリ、ポツリとアタリが来た。途中で群馬県は大田市からやってきた買い物客とひとしきり釣り談義。 左手の釣り人は何と熊谷ナンバーの車で毎週こちらにやって来ているという。右手の寡黙な釣り人だが、最後に「お兄さん、ハゼあげるよ」と10匹のハゼと2匹のメゴチをいただいた。

私は7匹のハゼと1匹のカレイ(たぶん、マコガレイ)。みんな小さかった。12cm14cm。右手のベテラン釣り師によると那珂湊港のハゼは1月末~2月にかけて大型が釣れるのそうだ。

「るぅあっきィ~!!!」と心の中で叫ぶ。まだまだ出来るじゃないの、ハゼ釣りィ!!!

釣り場の風景 その1

Photo

その2

Photo_2

今日の釣果(マハゼ17、カレイ1、メゴチ2)

Photo_3

2008年12月12日 (金)

私の空耳体験 「センターはいつ閉館しますか?」

もう師走だ。私が勤めるセンターでもどういうわけかクリスマスツリーなるものが先週から準備されてチカチカと光っている。アメリカ人の学生がキャキャと騒ぎながらキレイに組み立てて飾ってくれたものだ。

今週のある夕方、時は遅番シフトで19時半すぎのことだった。最近疲れているのだろうか?今まで張り詰めて釣りにのめり込んでいた反動だろうか? 集中力が薄れそろそろ帰り支度だなと思いながらも必死にパソコン画面を見つめながら仕事をしていた。

すると、アメリカ人学生がやってきて、しきりに何かを言っている。頭が疲れていて英語らしいのだがはっきり聞き取れない。サンタクロースがどうのこうのと言っているようだ。クリスマスツリーの明かりがキラキラまぶしくてキレイだなとふと思いながら、

Santa Claus what ?

とぼーっとしたまま思わず私が聞き返すと、相手はケタケタ笑いながら、

I said “when is the center closed” (センターはいつ閉館しますか)

とおっしゃる。

ン、ン、ン ??? 

center closed  center closed センタークローズド、センタークローズド、サンタクロース・・・

口で呟きながら、私の頭にもやっと明かりが灯った。そして、私も噴出した。昔やっていたタモリ倶楽部(今もやってる?)の空耳だったのだ。そしてこの誘われた笑いで疲れは吹き飛んだのだった。

愉快な気持ちになって11月上旬のあたたかい陽気の夜道を歩きながら、連想が飛躍してタモリの確か「ボキャブラ天国」のある言葉を鮮やかに思い出して帰り道にまた大笑いしてしまった。

薬師丸裕子主演の映画で「セーラー服と機関銃」というのがあった。この「セーラー服と機関銃」が、聞き方によってはどう化けて聞こえるか?

セーラー服のときかんじるぅ~

なのだ。あほらしいと言うナカレ。笑うかどに福来る、と言うではないか・・・・・・。

2008年12月 8日 (月)

そしてハゼはいなくなった・・・ハゼ釣り第27弾は空振り、桜川で鮭の遡上を見る!

12月6日の土曜日、再び我が釣り場へ早朝から直行した。結果は?見事な空振りぃ~!

最初の1時間でかろうじて1匹釣り上げたもののその後は場所をかえたりもがきながら何とか釣り上げようと粘ったがまったく釣れなかった。餌に食いつく反応はあったが頻度は先週にくらべるとぐーんと少なかった。おまけに、根掛かりがはげしく針だけならまあ仕方ないが錘もずいぶんやられてしまった。戦意喪失で引き揚げたのだった。

8月10日のお盆から始まった中年男のハゼ釣りもついにフィナーレとなった。涸沼川(8月~9月)~ 那珂川・涸沼(10月-11月中旬)~那珂川河口(11月中旬~)でハゼを追いかけてきたが、ついに私の釣り方では釣れなくなったようだ。

11月からは釣れたスポットは1週間後にはかなり渋くなり、2週間後にはほとんど釣れない状況になり、那珂川河口で再び盛り返したのだった。しかし、河口の深場の釣り場も3週間もたなかった。ハゼはどんどん移動してしまう。産卵を迎えて餌はかなり貪欲に食べるはずだ。ハゼがたまっているところに仕掛けを投げれば入れ食いという状態もあった。

しかし、ついに先週の土曜日は力尽きた。遠投も駄目。あちこち投げた一本針の探りながらの誘い釣りもサッパリ駄目。もう釣る方法がない。完全に諦めたわけではないが陸釣りでは10匹以上釣るのがむつかしくなってしまった。今シーズンは後3回分が残っているのだが、気力が萎えてきた。とは言っても体のどこかにまだ「情熱」の燃えカスが残ってくすぶっている。

半休で夕方出勤の今朝は半年振りにバードウォチングに出駆けた。8月のお盆休みから今までずーっと釣り・釣り・釣りで、野鳥はお預けだった。冬鳥達がすっかりそろって平地の野鳥観察はいままさにシーズンを迎えている。

いつもの観察コースを2時間散策したがいまひとつ気がのらない自分に気が付く。それでも、自宅のピラカンサを食べに来たツグミ、シメ、キセキレイ、シロハラ、ヤマガラ、ジョウビタキ、ルリビタキ(地鳴きのみ)、オオタカ、アオジなどいつもの顔ぶれをあちこちに観察できたのは喜ばしいことだと思う。

しかし何と言っても今日のハイライトは桜川(那珂川の支流で4キロ先で本流に流れ込んでいる)を遡上する鮭だ。子供の頃フナ釣りをしたこともあった桜川だが、昭和40年代~50年代はどぶ川のように汚染された川だった記憶が強い。いつしか整備されてキレイな川になっていた。新聞では数年前から鮭の遡上が報道されていたが、今日始めてこの遡上する鮭を目のあたりにした。

冬の代表的な渡り鳥ツグミ。我が家のピラカンサをついばみにやって来た

Photo

桜川を遡上する鮭にびっくり! 散歩人の話では10月末から遡上が始まっているのだという。

Sake3

鮭の遡上スナップもうひとつ!

Photo_2

2008年12月 1日 (月)

大きいハゼはどこへ行った・・・ (ハゼ釣り第26弾)

本日は代休でお休み。何をするか?もちろんハゼ釣りだ。6時過ぎに目が覚め、早速出発の準備。家の人が歯医者に行くアポに間に合うように戻ることが車を使う条件だった。

7時半過ぎ、釣り場に到着。遠投竿を1本、2本、3本と投げ入れる。しかし、第一投の竿にダブル(2匹)が掛かっただけでサッパリ釣れない。昨日出合ったハゼ釣りの達人の釣り方を思い出し、10号の軽い中通し錘に短いハリス(10cm)の一本針で誘い釣りを試みた。

これが正解だった。ハゼのサイズは12cm~15cmと小さいながら午前中一杯で9匹も釣り上げた。ドボーン、ドボーンと遠投する投げ竿と20号~25号の錘と3本針仕掛けがアホらしくなるくらい、このシンプルなしかけで、ハゼが餌にコツンと餌に食いつき、ブルブルブルと針をくえて逃げる動きに合わせるとハゼが針がかりするのだ。

13時半、収竿。数えると合計13匹だ。丁度上げ潮なので普通ならあと2時間頑張れば20匹は間違いなく釣れそうな感じだが、餌を川に投げ捨て後ろ髪を引かれる思いで釣り場を後にした。食いに合わせての釣りなので針を飲み込まれることもなく、写真のようにすべて生きたまま持ち帰ることが出来た。

次回は、柔らかい竿一本での誘い釣りで勝負してみようと思う。しかし、16cm以上のハゼがすっかり姿を消してしまった。昨日出合ったベテランのハゼ釣り師によると、船のそばとか杭があるところ、底が砂地じゃなくてゴツゴツしたところ、そういうところで餌を躍らせて釣れば大型が釣れるということなのだが・・・。

無念そうなハゼ達。目はよく見るとコバルトブルー色だ。

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ハゼ釣りの達人は見たこともない独特の胴付き仕掛けで次々とハゼを釣り上げていた。

Photo_2

対岸の瀟洒な家。こんな家の2階の窓から釣竿を出して釣りが出来たらいいナ・・・

Photo_5

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