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2009年1月18日 (日)

ピラカンサの実はなくなり、セイゴ釣りの釣果もゼロだった・・・

寒い日々が続く1月。12月には真っ赤に実をつけたピラカンサだったが、先週の一週間で野鳥達がほとんど食い尽くしてしまった。週末の昼間じっくり観察しているとやってくるのは、ヒヨドリ、メジロ、アカハラ、ツグミであった。メジロは群れでやってくる。そこにヒヨドリが、さぁ、どいて、どいて、おまえらぁ、と割り込んで傍若無人にひとしきり食べ漁る。彼らはたいがいツガイでやって来る。お腹一杯になると近くの柿の木に移動、寛いでいる。またメジロたちがやってくる。合間を縫って、孤独を好むツグミやアカハラが実をついばみにやってくる。どちらも一匹狼だ。そんなことを日がな一日繰り返しているようだ。そして、この2~3日ですっかりキレイに実が消えてしまった。

12月のピラカンサ

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そして本日のピラカンサ

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金曜日と昨日土曜日の夜とセイゴ釣りに夕方から出撃した。が、見事轟沈であった。金曜日はからいつもの涸沼川へ直行、昨日は場所を変えて那珂川河口へ出かけた。栃木ナンバーの車が目立つ。海のない栃木県の皆さん、大変ですね。しかし、潮の状況が今一つだった。上げ潮とは言っても潮位が異常に低いのだ。そして潮が流れるようないないような、そんな感じで釣れる気がしなかった。しかし、ボウズではなかった。何と、外道でハゼが釣れた!!!18cmの大型ハゼだ。この時期は夜釣りで釣れるとは聞いていたが。この時期のハゼは昼間は穴にこもり夜になると採餌する習性があるという。13号のまるせいご針に太めのアオイソメを一匹掛けしたせいか、アタリは何度かあったが釣れたのは3匹だけだったが。ハゼ仕掛けで竿を2本、3本並べれば「ツ抜け」(10匹以上)釣れたかも知れない。夏場にはハゼ狙いの外道でセイゴを釣ったが、本日はマジでセイゴ狙いでハゼが釣れた。本命は釣れなかったが、これで少しは救われた気持ちになって22時過ぎ帰宅したのだった。

セイゴ狙いだったのだが、18cmハゼ2匹と16cmハゼ1匹。人生も斯くの如しか・・・

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2009年1月13日 (火)

セイゴ釣り第2弾、3弾、そして4弾・・・

新年が明けて5日から仕事始めで忙しかったこの一週間。それでも、今年最初の釣り始めで期待以上の釣果をあげ幸先よいスタートを切った。2007年は「釣り事始元年」と位置づけられるだろうが、火が付いてしまった私の情熱は抑えようがない!

1月4日(日)の第2弾は空振りだった。反省するに、汐を読み間違えたこと。海の満潮と私の釣り場涸沼川の干満に時差があるのだ。1月2日の満潮は18時50分。釣れ始めたのは18時半前だった。そして3時間連れ続けた。この時の満潮は18時50分(海の時間で)。4日も同じ時間帯に出かけたのが間違いだった。上げ潮のはずなのが下流に流れている。おかしいな!?流れが上流に向かいだしたのは19時半を過ぎてのことだった。満潮は汐見表によると20時50分だ。といということは釣りの時間帯を20時過から3時間に設定しなければいけなかったのだった。

この反省から10日(土)は海の満潮時間13時50分の1時間前に涸沼川の釣り場に到着し釣り始めた。雨上がりということもあり水に濁りがあれば昼間でもセイゴは釣れる。しかし、川の水は異常に澄んでいた。いやな予感。また、日本中が寒波に襲われていた。途中から北風が嵐のように吹き始めた。一度だけ竿が激しくしなりフィッシュ・オン!!!心臓をバクバクさせながらリールを巻いたのだが、護岸手前でセイゴをバラシテしまった。それっきりである。今日も駄目、と苦虫を噛み潰して帰宅する私を迎えるどこかウレシソウナ家の人の表情。

ようし、リベンジだ、と昨日の12日(日)、海の満潮の15時50分に合わせて15時半に涸沼川釣り場に到着、再びチャレンジをした。しかし、またまた突風が私の邪魔をする。さっきまでは凪の状態だったのに・・・。これじゃぁ駄目だ、と18時半前にそろそろ帰ろうと竿の一本を片付け、もう一本のリールを巻き始めた。と、何故か竿が重い。引き上げると30cm弱のセイゴ君が掛かっていたではないか!さらに1時間粘ることにした。私を祝福するように風はやみ凪に近い状態となった。しかし、時折鈴がなるのだがなかなか針掛りしない。食いが渋い・・・ 一度激しく鈴が鳴ったが、糸がガイドと鈴に絡まりトラブル。セイゴは逃げてしまった。意気消沈。そして、何とかやっともう一匹のセイゴを釣り上げたが、川は下流に流れ始めてアタリが遠のいた。2匹という貧果だったが、何とかボウズは免れて取りあえずは溜飲を下げて家路に着いたのだった。

現時点の反省として、①冬のセイゴは昼はまず釣れないこと、②上げ潮の夕方から夜が釣れること、③北風が吹くと食いが極端に落ちること、を確認した。

ところで昨夜、自然の驚異を見た。満月の大潮の「バチ抜け」というやつだ。産卵のためゴカイが水中をあちこちで泳ぎ廻っていた。これを狙ってセイゴは狂喜乱舞して餌を漁るらしい。寒風吹きすさぶ冬の夜に誰が釣りに出かけるだろうか? しかし、セイゴの強烈な引きと美味しい食味が私を駆り立てる。実際、護岸には私をはじめかなりのクレージーな釣り師だ釣り糸を垂れていたのだった。次回は、金曜日の夕方に狙いを付けている。仕事の日だが、この日は17時半に終わる。帰宅して、準備して釣りの現場に直行すればちょうどいいタイミングでセイゴを狙えるのだ!!!

30cm弱のセイゴ2匹。鱸の子供だが姿かたちは鱸そのもの。凛々しくて美しい!

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2009年1月 4日 (日)

セイゴのニンニク・香草のローストを作る!

本日はお昼にセイゴのニンニク・香草のローストを作って家の人に振舞った。出来は?上々でした。正直のところ初めて作るので味に自信はもてなかったものの家族は全部平らげてくれた。つまり、好評だったということ。特にローストした後に残った魚やオリーブオイルやハーブのエキスを白ワインと一緒に煮詰めて、トマトのざく切りを加え、それからレモンを絞り仕上げに少しバターを溶かして見たのだがこのソースが大変良かった、のだそうだ。それと、電子レンジのオーブンでローストしていると庭で作っているタイムとニンニクとオリーブオイルの香りがキッチンに溢れました。一種のアロマセラピーのような効果もあった。

そして今日は日曜日。長く続いたお休みも今日で終わってしまう。いつもなら憂鬱になるはずなのだが、全然そんな気分ではない。不思議なものだ。良き料理を味わうことは活力の源???

釣り三昧の合間を縫って真面目な本を年末から昨日まで読んだ。

「アメリカ後の世界」 

ニューズウィークの編集長を務めるインド生まれの俊英による世界情勢についての評論だ。台頭する中国と並んで出身国のインドについても一章を設けて突っ込んだ論を展開している。はしがきにもあるが、アメリカが凋落するのではなく、他の国(中国、インド、ロシア)が台頭するという論点で著者のするどい指摘が随所に見られる。迷走する日本の政治がとても気になる。NHKのお正月特別番組を見たが、識者によれば日本は1980年代までに溜め込んだ国民の資産をこの20年間食い潰している、という言葉が鮮やかに脳裏に刻まれている。物作りが駄目になったアメリカやイギリスは金融大国としてこの20年間繁栄を誇ってきたが現在頓挫してしまった。トップランナーと追い上げる地域大国中国・ロシア・インドとアメリカに挟まれて日本をはじめとする朝鮮半島・台湾や東南アジアの沿岸国はどうなるのか?いろいろ考えさせられる。

「国家と人生」

竹村健一氏と外務省出身で鈴木宗男氏とともに有罪判決を受けて服役した佐藤優氏の対集。文庫本だ。相変わらず佐藤氏は多弁且つ才気を放っている。あの顔を見るたびに西郷隆盛を思い出してしまうのだが、お母様が久米島出身と聞いてナルホドと思った。

「日本にノーベル賞が来る理由」

今年は4人も日本人がノーベル賞を受賞して明るいニュースになったが、そのうちの二人は頭脳流出組み。アメリカで研究の場を見つけて花開いた人。ノーベル財団のホームページはよくみるとアメリカの研究者として紹介されていること、日本にはこのような研究者が花開く場所が相変わらず限られていることを著者は憂慮してる。また面白かったのは、湯川秀樹博士が日本人として始めてノーベル賞を取った背景には欧米(連合国側)の原爆投下に対する贖罪があったという指摘(これは事実だそうだ)。各受賞者の理論を平明に紹介しているのがとてもいいが、正直私にはワカリマセンデシタ。

「ハイエク」(知識社会の自由主義) PHP新書

もともとは経済学者として出発したハイエク。途中からは社会哲学者としての研究が多く最近、彼の全集が再出版されているという。あのケインズの最大のライバルで長い間保守反動として無視されて来た。ハイエク・ルネッサンスはイギリスのサッチャー首相の登場とともに始まった。著者の池田氏は、ハイエクの業績をきわめてコンパクトにこの一冊の新書本にまとめてくれている好著である。ハイエクはウィーンで生まれ、ナチスの台頭とともにイギリスに移り、計画経済は失敗する、ナチスもソ連の共産主義も同じである、mという政治的パンフレットをLSE時代に発表する。「隷従への道」である。これは評判が悪かったらしい。1940年代から1989年のソ連崩壊まで社会主義を奉じる人は多かった。幾多の虐殺・人権侵害があったにも拘わらず。一般には、「市場原理主義」の信奉者と理解される向きがあるが、それは弟子のミルトン・フリードマンら合理的な数理経済学者の説ではあってもハイエクはそうではないと著者は言う。ハイエクの言う「自生的秩序」はインターネットに通じる。著作権とか特許というのは既得者による知識ソースの独占であり本来の自由主義から言うと問題があるという。ハイエクの著書は「隷従の道」を学生時代に購入したまま積読状態となっている。埃だらけになった本をやっと見つけ出した。読める時期が来たというところか?

他に数冊を斜め読みしたのだが、外の陽気はポカポカだ。気になりだした。明日は10時半の出勤だし、行ってくるかぁ、セイゴ釣りに・・・。上げ潮に合わせた夜釣りだから17時~21時までの4時間だ。

続きは釣りから戻ってからにします。

下の写真はセイゴのニンニク・香草のロースト

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2009年1月 2日 (金)

新年明けましてセイゴ釣り!!!

昨年は新年明けてトラツグミ、野鳥観察で始まったのだが、今年は釣りで年明けを祝った。

昨年の21.5cmのデカハゼを釣り上げた余韻に浸って年末年始は家で大人しくしていたのだが、12日の今日いてもたっても居られず、釣竿を持って今年度初釣りに出かけたのだった。何を釣るのか?冬に釣れる魚はそれなりにあるのだけれど、那珂川河口と涸沼川でセイゴが釣れていると言う情報をキャッチ。

http://nobitades.fc2web.com/

このサイトはとにかくスゴイ。私も釣りを始める前から存在を知っていたのだけれど最近はインターネットで毎日チェックをすることにしている。

セイゴとは鱸の子供である。昨年の8月~9月のハゼ釣りの外道で沢山釣ったけれど(20cm前後が多かった)、外道とは言うにはもったいない魚だと思うのだ。セイゴは肉食魚でハゼも大好物らしいけれど針掛りした時のファイトがなかなかである。そして、食べても美味しいのだ。

お昼前のこと、家の人に「釣りに行ってくる」と一言声をかけて車で出かけた。いつもの釣り餌屋さんでアオイソメ2パック(120グラムで990円)を買う。夏場は昼間でも釣れたセイゴだが、冬のセイゴは夜釣りしか釣れないらしい。日没まで時間があるので那珂湊漁港で2時間ほど遊ぶ。もちろん、ハゼ釣り。しかし、潮は干潮でハゼは2匹しか釣れなかった。外道でメゴチ4匹、他にダボハゼや得体の知れないハゼの仲間をかなり釣ったがすべてリリースした。

15時半過ぎ、涸沼川のセイゴ釣りポイントに移動した。ここは、何を隠そう昨年810日にハゼ釣りを開始した場所である。

今日は本格的な投げ釣りの竿3本用意した。仕掛けは胴付き2本針(まるせいご12号)、錘は20号と25号を使って見た。3本の竿に仕掛けをセットしてまるまると太ったアオイソメを付け次々と川に投入した。

置き竿にして鈴を付け、回遊して来るセイゴが餌に食いつくのを待つのだ。最初の1時間半は沈黙・沈黙・沈黙でまったくアタリがない。16時半過ぎ、西の空は夕焼け色に染まった。辺りは徐々に暗くなる。セイゴちゃん早く来~い、と待つものの17時、17時半、18時と時間だけが経過してまったくセイゴからの音信なし。焦ってきた。

釣り人が二人やって来た。ひとりはルアー釣りを試みる若者。もう一人は私と同じくらいの年齢と思しき中年男。「釣れますかぁ」と声を駆けられ、「いやぁ、まだ一匹もつれないんですよぉ・・・」と答える私。そろそろ来てもいいはずなんですが・・・。

ジリジリし始めた直後に、やっと鈴が鳴った。リリリリリーン。セイゴのアタリは意外と微妙だ。よ~しっ、と合わせてリールを巻く。手応えがあった。やったぁ!!!水面から顔を出した魚25cm前後の元気なセイゴだった。

この最初の一匹を皮切りに21時過ぎの潮どまりまで3時間、爆釣とまでは行かなかったが適度にアタリが来た。そして21時過ぎ潮が止まってアタリが遠のいた。下げ潮でもう一回食いがたつのだが、そうなると帰宅は深夜になってしまう。さすがに、ヤバイと思って納竿とした。

22時過ぎに帰宅。早速釣り上げた魚を確認すると全部で11匹。サイズは25cm29cm。まずまずの釣果だった。悔やまれるのは何度か針掛りしたセイゴをバラシたことだ。3度、4あった。1度などはかなりの引きから想像するに30cmオーバーのサイズだったと思う。

ということで、今年は引き続き釣り・釣り・釣りで行きまっせ~・・・。

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