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2012年5月 8日 (火)

Kissinger氏の「On China」を読む (その2)

1970年前後の国際情勢は、今日からするとまったく違っていた。

アメリカ合衆国は、194910月に毛沢東率いる中国共産党が樹立した中華人民共和国と国交がなかった(蒋介石の中華民国を承認していた)。

西方では、インドと国境紛争を抱えて敵対していた。

南方のベトナムではアメリカが介入して55万の軍隊が派遣されていた。ベトナムと国境を接する中国は北ベトナムを支援していた。

 

そして、肝心の社会主義の同盟国ソ連とはスターリン死去後のフルシチョフ政権を修正主義と批判・対立しウスリー江では島の領有をめぐって軍事衝突があり、嘗ての友好関係から一転して敵対関係となり、ソ連は国境付近に軍事力を結集していた。

もちろん、アメリカの子分となってしまった日本とも国交はなかった。

外交的には八方塞り状態だった。

 

内政も混乱の極みだった。毛沢東主導で行った1950年代後半の大躍進政策は2000万とも3000万とも言われる餓死者を出すという惨禍を招いた。劉少奇副主席らの実務派に批判され主導権をうばわれた毛沢東は面白くなかったらしい。

 

ここらあたりが凡人の我々には理解に苦しむのだが、唯我独尊、嫉妬深い毛沢東は、実務派の経済立て直しは必要と感じつつも、共産主義革命=永久革命に情熱を持ち続ける、というに満ちた「確信犯」だった。「共産党の親分は自分なのだ」、という自己顕示と権力闘争のために、両派を戦わせながら(劉少奇、周恩来、鄧小平の実務派と毛沢東の3番目の妻・江青らの4人組)や林彪ら人民解放軍らの永久革命派)、権謀術数の限りを尽くして周りの人間を使い捨ての駒のように犠牲にしては、自らの正当性を維持しつつ権力を掌中に維持し続けたのだった。

 

キッシンジャー氏が周恩来首相と秘密会談を行った1971年から72年にかけての中国内政情勢は、外交と同様に出口なしの状態だった。その極め付けが「林彪事件」だった。謎が多いとされる事件だが、文化大革命の過程で、劉少奇の追い落としに功のあった林彪を自分の後継者にしたものの、人民解放軍の実権を握りナンバーツーとなった林彪の影響力に自分の地位が脅かされる不安を感じた毛沢東の粛清劇だったらしい。クーデターを試みた林彪は、失敗し逃亡を企てたものの飛行機がモンゴル上空で墜落(撃墜?)して死亡した。

 

キッシンジャー氏の周恩来や毛沢東との会談と回顧しながらの氏のコメントは現代史の生き証人の言葉だけに読んでいてゾクゾクしてしまう。当時、キッシンジャー氏は40歳後半後半の若造だった。片や、毛沢東、周恩来はたたき上げの革命家で日中戦争とその後の国民党との内戦を勝ち抜いて大混乱の中国を再統一した「超大物」であり半端な政治家・革命家ではなかった。

 

周恩来に初めてあったときキッシンジャー氏は周恩来氏の存在(圧倒的な存在感、優雅さ、炯々と輝く眼光、鋭い知性、包容力等)に圧倒されたことを正直に告白している。(同氏に、「まともに戦略の話などできない」と酷評される日本の政治家・外交官とはまったくレベルが違うということだろう)。

 

話は脇道のそれるが、日本の政治家のレベルが何故にかくも見劣りするのか。宮崎市定氏の指摘に納得せざるを得ない。 つまり豊臣秀吉級の人間が中国にはゴロゴロいるというのだ。人口一億の日本を束ねる指導者が人口13億を束ねる中国の政治家と比較するのが間違っているということだろう。しかも、中国は多民族国家である。織田信長、豊臣秀吉、徳川家康級の人物が各地域に割拠しているのだ。このレベルの指導者が、ベストエイト、ベストフォーで戦い、決勝で勝ち残ったチャンピョンが、中国の歴代の皇帝であり、毛沢東だったのだ。

 

キッシンジャー氏は、近代ヨーロッパ外交史の権威だが、そもそも16世紀に現在のヨーロッパ地域に於いて「主権国家」が登場して勢力均衡による外交が確立し伝統となり、第一次世界大戦前まで続き、その結果として両世界大戦による惨禍の結果EC,EUという統一欧州共同体が出来たことを踏まえて、16世紀から20世紀世紀前半までのヨーロッパを紀元前の中国春秋・戦国時代になぞらえている。

 

このブログは、この本の要約ではない。気になるところを記そう。 最終章を先に読んだのだが、キッシンジャー氏は、21世紀の現在、中国の台頭を、19世紀後半のビスマルクによるドイツ統一事業がヨーロッパの地政学的状況に根本的な変革をもたらし、結果として第一次、第二次世界大戦につながった事実に触れながら、アメリカ合衆国をイギリス、中華人民共和国をドイツになぞらえたアナロジーに注意を促す。

 

歴史がそのまま繰り返せばとてつもない悲劇となる。そうはならないだろうと、キッシンジャー氏は言う。単純な人は米中戦争を考えてしまうが、第一次大戦まえのヨーロッパの指導者は、近代兵器の惨禍を予想できなかった。21世紀の今日の指導者達はそれを知っている。

 

米中は相互の国益を追求しながら、破滅的な対立にならないよう、おもに非軍事的に調整を図りながらともに「進化」していく関係を築くべきであると提言し、それは可能なはずだと言う。

 

(続く)

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