2019年4月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30        
無料ブログはココログ

« 入院日記 リハビリ編 その17 | トップページ | 入院日記 リハビリ編 その19 »

2018年6月18日 (月)

入院日記 リハビリ編 その18

6月11日(月) 雨

外は雨の音。梅雨らしい雨だ。台風5号は東側にそれて関東直撃はなさそうだが大雨に要注意。

今朝も夢を見た。自分が松葉杖はついているが東京を歩いている。左足がいよいよ使えるようになりつつある吉兆か。明日の通院が待ち遠しい。目安となる手術後一ヶ月まであと少しだ。

朝食はシリアル、牛乳、ヨーグルトにバナナ。母は怪訝な顔をする。

父はデイケアにでかけた。悪天候にも拘らず3月から皆勤である。

天候のせいだけではないが、気分は依然として低調。気温が下がり寒いくらいだ。

昼はカップ焼きそば、おにぎり1個に珈琲一杯。

テレビサーフィンをしたり本をパラパラ。リハビリ運動。映画(リーサル・ウェポンⅠ)も釣り紀行(怪魚ハンター)も前に見たことがあるものばかり。

ニューすも同じものばかり。シンガポールの米朝首脳会談も過熱し過ぎ。乏しい結果、言葉が空回りする政治的パフォーマンスに終わりそうな気がする。

新しい読書。エリン・マイヤーのThe Culture Gapを面白く読む。

6月12日(火) 曇り

雨は上がったがお日様の姿は拝めない。憂鬱な気分はいかんともし難い。

8時半、予約したタクシーで病院へ。

9時からリハビリ。左足指を使って、ビー玉やおはじきを掴む訓練が加わった。

レントゲンをとり医者と面談。靭帯のところはまだまただが他は骨がくっつき始めている。次の通院は2週間後だ。歩行のリハビリができるかどうかも含めて次のステップはそれからだ。全治2ヶ月以上だ。重症と言うこと。

入院費も含めて清算しタクシーで帰宅。11時すぎだた。父のケアマネージャーが丁度来ていた。しばし雑談。介護を手伝う側が介護される側となってしまった巡り合わせの驚き。足の包帯は看護師さんが訪問したさいに手伝って貰えると言う。ありがたや。

ユンガーの旅行記を読み続ける。フレーザーヒルで念願の2度目スのハレー彗星との再会を果たしたユンガーはペナン経由でインドネシアのスマトラ島に昆虫採集に足を延ばす。現地の世話役は整形外科医にして昆虫採集に熱狂的情熱を傾ける現役の医者である。クリニックで松葉杖や三角巾を使う患者の描写が出てくるところで、自分の骨折にまた意識が行ってしまい、集中が途切れる。クアラルンプールでも、パキスタン人が松葉づえで歩くシーンが出てくる。

東京の知り合いからメール。骨折が完治するまで普通三ヶ月だとのこと。長期戦を覚悟すべしと言うこと。

シンガポールの米朝首脳会談は予定通り、共同声明の署名もなされた。何がどこまで合意されたのか、まだよく分からないが、テレビはこぞって特集報道している。

プロパガンダ国家、敵と見なす相手への罵倒、過激派(右翼左翼を問わない)と共通するあの北朝鮮はどこまで信用できるのか。核兵器を背景に、島根県ほどの国家予算しかない人口2000万の国だが、世界を振り回す駄々っ子振りだ。というか、駄々っ子を通り越している。手におえない不良少年だ。報道の印象はアメリカが幾分譲歩したように見える。まずは、休戦から国家承認、朝鮮半島の2国体制を認める。体制保証。これまでより大きく踏み込んだ動きではあるが、過去の繰返しになる可能性はあり、茶番劇となるか、それとも、後戻りのない新しい朝鮮半島の情勢の始まりとなるか。まだまだ、判らない。

夜、「社長漫遊記」の続編を見る。別府、長崎、雲仙のロケ。森繁、三木、加東、フランキー堺、淡路恵子、小林圭樹らは皆もうこの世を去った。藤山陽子、草笛美津子、浜三枝が若い。1963年制作。東京オリンピックの前年。私は小学校2年生だった。来週はそのまた続編で来週はハワイロケだ。

« 入院日記 リハビリ編 その17 | トップページ | 入院日記 リハビリ編 その19 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 入院日記 リハビリ編 その17 | トップページ | 入院日記 リハビリ編 その19 »