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2018年6月20日 (水)

入院日記 リハビリ編 その20

6月15日(金)

5時に目が覚める。ウグイスの囀ずり。退院して2週間と少々が経過した。涼しい雨が少ない梅雨の日々だ。薄着禁物。

ロシアが初戦をサウジアラビアに対し5対0で圧勝した。日本は19日にコロンビアと対戦予定。厳しい相手だ。サッカー・ワールドカップとは日頃何かとアングロサクソン的世界に負けているラテン世界がうさを晴らす4年に1度の大会だ。

午前中、弟夫妻がくる。1週間の買い出しと父の年金の引きおろしもなど。それに、自分の電話代、職場の責任者用の鍵の郵送等々。

ユンガーを扱った専門書を読む。1999年にロンドンの書店で偶然見つけて購入。パラパラめくったことはあるが、じっくり精読するには、いまが絶好の機会。

お昼はカップ・ラーメンとコーヒー。

午後、「ゴッドファーザー」を見る。1972年制作。何回見ても凄い映画だ。血で血を洗う殺しあいは凄まじい。アメリカのヤクザ社会の物語。そのヤクザでもドン・コルレオーネは麻薬はよろしくないと一線を引く伝統はだ。麻薬は当時(第二次大戦直後)はまだヤクザ世界でも禁じ手だった。だから儲かる。新興のヤクザは既得権に挑戦する。マフィア戦争の勃発。

リーサルウェパン4の中国ヤクザも凄まじいがどんな世界にも裏社会があって、表社会と手を握りながら共存する。政治家は表社会のヤクザとも言える。賭博、酒の密売、売春、恐喝。フランク・シナトラがモデルらしい歌手が映画の役を貰うためにドンが取る恐喝の手が半端ではない。大学時代にこの映画を見たが、馬の首を切り取ってオーナーかつ映画のプロデューサーが寝ているベッドで血だらけになり絶叫するシーンは今見てもおどろおどろしいく強烈だ。

夕食は牛肉丼弁当を食べる。

今日は終日雨、気温も低く、肌寒い天候。ウグイスはそれでも終日家の周りを移動しては盛んに囀ずっていた。東京の知り合いからラインで連絡。お子さんが日光遠足にいってきた。雨模様で可哀想。

巨人はロッテに圧勝。テレビをつけたまま母が寝ているようなので部屋まで松葉杖をついて声を掛けて自分も就寝。

6月16日(土) 曇り

今日もどんより曇りで肌寒い。にも関わらずウグイスは元気に囀ずってくれる。

足の具合は1日ごとに良くなっている感じ。食欲も回復しつつある。入院、退院以来始めての感覚だ。回復の本革化、希望の光り?

サッカー・ワールドカップは3試合あった。ウルグアイとイランが勝利。イランは敵(モロッコ)の自殺点での勝利だが、勝ちは勝ちだ。どんな形であれ、勝ち点3の意味は大きいはずだ。スペインはポルトガルと引き分け。3対3。いい試合だったらしい。

朝食後、父はデイケアへ。自分はリハビリ運動をして2階へ。日記をパソコンに打ち込む。ベッドにゴロリとしてゆったり過ごす。

お昼は、コーヒー、ピザ、フライドチキン1個。

テレビではサンフランシスコのナパバレーのワインテイスティング列車の旅。このワインはバブリーな値段がついているので有名だ。

午後はふたたび2階へ。ユンガーの1960年代後半の日記をパラパラ読む。セイロン、シンガポール、ペナン、クアラルンプール、マニラ、香港、日本、台湾を巡るクルーズ旅行。内容は物見遊山の記述も入るが、日々の省察、哲学的な随想で難解だ。辞書を引きながら、長年付き合ってきた(ブランクも多いが)ユンガーも少しずつだが読みこなせるようになってきた。

父は夕刻元気に戻った。まだまだ頭はしっかりしている。私の足のことを気遣ってくれる。

巨人はロッテに1対ゼロで前日のお返しをされる。母は落胆する。

夕食は焼き肉(ポーク)。ボリュームのある食事をする。

BS放送でムッソリーニ、ヒトラー、スターリンのドキュメンタリー。容赦ない残虐さが際立つヒトラーとスターリン。前者は敗者となり自殺。後者は勝者となって生きぬいたが後に否定されるが、現在、再評価が始まっている。ロシアのプーチン政権だ。

毛沢東、ポル・ポト、金一族も容赦のない政治による多大な犠牲を国民に強いた独裁者だ。ルーマニアのチャウシェスクは銃殺されたが、毛沢東は天寿をまっとうした。ムッソリーニはチャウシェスクと同じ運命をたどった。

先進自由民主主義の偏見を取り去れば、国民をちゃんと食わせてくれる政治家であれば例え残忍な独裁者であろうと国民はついて来ると言う事だろう。食わせられなくなった暁の独裁者の末路は哀れだ。金一族の王朝の命運は国民をくわせられるかどうかにかかっている。経済問題でもうにっちもさっちもいかないということだ。核を自分の生き残りの担保として。民衆に殺されるか、自殺か、しぶとく生きぬくか。亡命という手もある。たとえば、スイス、はたまたアフリカの友好国。

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