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2018年6月24日 (日)

入院日記 リハビリ編 その24

6月22日(金)晴れ

昨夜は20時半に就寝。だからたろうか、深夜に目が醒めると眠れなくなってしまった。

金子光春の「西ひがし」を読む。「マレー蘭印紀行」の続編。パリ、ベルギー貧乏その日暮らしの滞在後、妻を現地に残して一足先にシンガポールへ。マルセイユに向かう途中のパリのカフェでフランス人が騒いでいた。何と満州事変の勃発だ。私の母はこの年に生まれた。船中で猥談に耽る日本人を尻目にプルーストの「失われた時を求めて」に没頭する留学帰りから日本では小林秀雄の新しい文芸思潮が登場し、プロレタリア文学は退潮したことを知る。

中国系が多いシンガポールの対日感情は日に日に悪くなっていた。ジョホールを抜けて懐かしのバトパハへ。中国系が多いとは言え日本資本で栄えたここは雰囲気がトゲトゲしくはなかった。が、詩人は英蘭と同じ側にたって現地で利益を追求する日本人の時局に対する鈍感さに違和感をもつ。それでも、詩人の感性は、ニッバヤシ、ビンロウ樹、強烈な日中の陽射しとスコールの後の爽やかさ、ヤモリ、猿、サソリ、蚊、アラブ人のカフェ、華僑たちのゆうげ、等に感応する。かき氷やで出会った片言の日本語(神戸に生活した)を操る白い肌の中国系の若い娘と出会い、詩人本来の奔放さからパリの妻と日本の子供を打ち捨てて、この女とジャングル深く押し入り享楽の逃避行の束の間夢に浸る。

Nishihigashi

読んでいると、ホトトギスの鳴き声が聞こえて来た。そしてようやく眠りに落ちた。

2度めの目覚めは6時る。アルゼンチンがクロアチアに破れ一次リーグ敗退。

米国のトランプ大統領政権は話題に事欠かない。不法移民に対する処理で発生した親子隔離問題。国連人権理事会からの離脱。リベラルな立場から批判が噴出している。一方で、計算しての発言なのだろうが残忍な北朝鮮の独裁者を持ち上げている。自己の保身と利益を最大化する行動に徹するかに見える大統領は無節操なオポチュニストに見える。ビジネスと政治は違うだろう。

北朝鮮問題の今回の経緯で自分が(多くの人も共有すると思う)一番引っ掛かるのは金一族の無慈悲な支配に対するモラルの問題があると思う。自分に反対する勢力をことごとく死をもって排除してきた残忍な体制の当事者である。スターリンの遺伝子が濃厚だ。自分の兄ですら毒殺した男だ。体制保証=金一族であっていいのか。北朝鮮の餓死していく人々はまったく浮かばれない。日本の帝国主義の負の遺産を言われる筋合いはないと思うのだ。その前に自負たちの負の遺産を清算するべきだ。ソ連も中国もそれなりの清算は経て体制の変革がなされて現在がある。核放棄=金体制放棄の体制変革を経た北朝鮮なら私は納得するのだが。

朝食はシリアル、ミルク、バナナ、フルーツジュース、ポテトサラダ。

リハビリ、足の包帯の交換をした後は、居間でユンガーの日記を読み続ける。

昼は、おにぎり1個、メロンにコーヒー。

午後は寝不足もあり居間で昼寝。BSの映画はスキップ。ウッディ・アレン監督の比較的新しい作品だが、冒頭を観てこりゃだめとスイッチを切った。韓流ドラマと一緒にするわけではないが見ていてイライラしてしまう何かがある。自分の今の境遇と関わっているからだろか。それとも、年齢か?

3時におやつ(柿の種とチョコレート)とり、2階へ。ベッドで心地よい風にあたりながら休憩する。エリア・カザンの自伝(積ん読状態)を思いだして取り出しパラパラめくるも、また眠くなりうとうとしながら夕刻までの一時を無為に委ねる。

夕食はカレー(レトルト)とオニオンサラダ。冷蔵庫の食料が残りすくなくなってきたらしい。明日までは大丈夫だろう。

東京湾に鯨現れる。ろくでもない殺人事件報道が多くげんなりするが、こういうニュースには心が踊る。

足が完治するまで禁酒しているがうまいエールのビールを飲めるのはいつになるのか。タメ息。Good Grief 。

夕食後の読書。加藤陽子著「満州事変から日中戦争へ」を読む。日本が戦争する原因は、日清・日露を経て得た大陸の権益を巡ってだ。その権益とは何か。範囲は。敵対する国際社会(と言っても、主として、米国、英国、ソ連と中国)との確執の歴史的経緯と解釈の齟齬。日本に全ての非があるとは思わないが、不敗神話で自己増長した陸軍や大陸の権益に日本の将来をかけた勢力が自己に都合ねいい解釈の上で強引な自己の正当化を行い(帝国主義では当たり前。アメリカのハワイ併合、フィリピン併合を見よ)、力勝負に出て、自滅したのが先の大戦だった。

力の行使による強制力だけではだめだ。人々がそれを認める正統性が必要だ。政治力、経済力、そして今で言う「ソフト・パワー」だ。20世紀は、大衆化の時代、アメリカン・ウェイ・オブ・ライフが世界を覆うことになった時代だった。アメリカの世紀と言われる由縁である。フランス革命やロシア革命ではない。1773年のアメリカ革命こそ、現代の淵源となる世界史的な事件だったのだ。

日本の義務教育の歴史教育は、相変わらず古代から始まって明治維新で終わっているらしい。評価が定まってはいない近現代史から議論を通じて過去に遡る方法を取るべきだ。まずは、先の大戦を学ぶところから歴史教育を始めてほしいと思う。

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