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2018年6月23日 (土)

入院日記 リハビリ編 その23

6月21日(木) 曇り

雨は一時的にやんだようだ。熟睡した。時計を見ると5時半前。ウグイスの囀ずりも聞こえる。

単なる骨折とは言え、人生で自分には無縁だと勝手に思い込んでいた入院を経験し、さらに長いリハビリのための療養生活。かれこれ1ヶ月半になる。

入院前だが、電車通勤していたある日、松葉杖の男が乗り込んできて座っていた私の前に来たときのこわばった不満げな顔を思い出す。席を譲ってあげたが、当然でしょと言わんばかりの無愛想さに、何だ、こいつ、とこっちは思ったが、今は相手の気持ちが良くわかるような気がする。

ニュースを見る。パナマ文書から本人に自覚がないところでパスポートの写しがネット上で売買され、出会い系サイトの会社運営者にされていた話。海外での会社登記は日本の警察権力が及ばないからだと、会社関係者はいう。パスポートの写しはどうでもタイのマッサージスクール研修の際に提出したものが売られた可能性がある。

いてもの朝食後、午前中はリハビリをして2階で過ごす。ユンガーのセイロン、現在のスリランカ滞在日記を読んで、開高健の旅行紀行本を思い出したように取り出して鮮やかな写真と文章をパラパラと逍遙する。8割が仏教徒。少数派のタミール系はヒンズー教徒。クリスチャンもいる。オランダやポルトガルの末裔もいるらしい。宝石と小乗仏教が開高健の切り口にユーモアたっぷりの開高節が楽しい。1980年代に訪問。ユンガーは動植物の観察を中心に哲学的省察に耽る。

そういえば、ロンドンの職場の事務員でスリランカ人がいた。彼女が作るフィッシュ・カレー(サバを使っていた)はなかなかなものだった。スリランカは香辛料の産地でもある。

お昼は、ラーメンとコーヒー。

BS放送で映画「アメリカ、アメリカ」を見る。長年見たい、見たいと思っていた映画だ。イスタンブール産まれのギリシャ系移民の自伝的映画。「エデンの東」の監督エリア・カザンである。モデルは自分の父の叔父さんのようである。1963年制作のモノクロ。時は1896年のオスマントルコ。。エンターテイメントではないし、当時の貧しさとアメリカへの憧れが痛々しいくらい、切なく描かれていた。

アナトリア地方の貧しい町に少数民族として暮らすギリシャ人。時折りしも、同じ少数派のキリスト教徒であるアルメニア人が反政府運動を起こしてトルコ政府の弾圧を受け始めた。将来に見切りをつけた一家の主は全財産を長男に託してイスタンブールに上京させるのだが、途中で自分をかもにして財産を巻きあげたトルコ人を殺害、イスタンブールではアメリカへの渡航費稼ぎを目的に自分の若さと美幌を売り物に金持ちのギリシャ人絨毯商人の娘で一番器量が悪い娘と結婚。持参金でアメリカ行きの客船の切符を手にいれる。客船では愛情に餓える有閑マダムの情夫をしているところが発覚、暴力沙汰に発展的してアメリカ入国が危うくなる。結局、肺病を患った青年が自分が主人公から受けた恩義に報いようと船から海に飛び込んで、主人公は自分を捨てて自殺した青年に成り代わって入国を果す。靴磨きをするシーンで映画は終わる。アナトリアに残した家族は故郷で死んだ父を除いて全員が渡米したエピローグが流れる。

重々しい3時間に渡る大作映画だったが、堪能した。移民の国アメリカへ一世たちがいかなる理由でしかもいかに人を欺いたり犠牲を強いたり身勝手にがむしゃらに希望を抱いて目指したかの一段面である。

夕食はオニオンソースのハンバーグステーキ、ポテトサラダ。ボリュームたっぷり。

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