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2018年7月 4日 (水)

入院日記 リハビリ編 その34

7月2日(月) 晴

6時前に目が覚める。

今日もウグイスが元気に冴えずっている。聞き入っていると、隣の部屋からニュースが聞こえてくる。

事件は色々あるが、ロシアがスペインを破った。ランキング70位で日本より低いロシアが。スペインにとっては一発勝負の悪夢であったろう。弱いものが強いものに勝つことはある。一般に、優劣比が4:6以内であれば劣性でも勝つことは可能らしい。戦略・戦術の問題。指導者の問題。

アメリカのトランプ大統領は指導者としてどうなのだろうか。政治は、結果責任と言うが、合理性・一貫性に欠けるかに見える政策は次々と物議を醸しており、世の専門家たちが盛んに論じているところだ。

ジャーナリストの田原氏の番組でも識者が指摘していたが、欧米が主導する現代世界の大きな問題の1つは、「アメリカの平和」を享受しながら留まることを知らない中国の力の台頭が自由主義的な資本主義システムとどう折り合いをつけるか、であり、欧米世界がバラバラに対立を始めているため、中国が漁夫の利を得ている現状がある、と言うものだった。

地政学という学問は日本では敗戦のトラウマから抹殺に近い扱いを受けていると言う。地理と言う、いかんともし難い与件に基づいた国家の自己保存のための学問である。

東アジアでは、紀元後の8割=1800年は中国世界だった。過去200年近くは例外で欧米世界のシステムに組み込まれる課程で従属を強いられ、屈辱をあじわった。これからの100年は欧米の強さの源であるテクノロジーと近代資本主義システムのうち、少なくともテクノロジーについては追い付き追い越そうとする中国が独自の価値観で欧米的資本主義システムを書き換えたシステム変更の強制力を作り出せるかどうか、と言うことらしい。中国はそれをやろうとしている。既に攻めぎあいは随分前から始まっている新冷戦である。イスラム世界やロシア、インド、アフリカはその新冷戦を左右する大きな変数項である。

朝食はハムエッグと納豆にご飯とフルーツ・ジュース。

リハビリ後、ロシア対スペインの試合を見る。内容的には、ひいて守るロシアを攻めきれず決めてに欠けるスペインの退屈なパス回しの時間が多かった。攻めあぐみ、延長戦でも決められず、嫌なPK戦で結局負けてしまった。

昨夜、部屋で大きなゴキブリを見かけて、ギョッとした。早速ゴキブリホイホイを仕掛ける。虫好きとは言えゴキブリばかりは願い下げだ。

お昼:昨日の残りの炒飯。冷凍食品だがなかなか美味。いとこからのアンデス・メロンがデザートで、それにコーヒー。

食後の休憩。シエスタ。そうだ、暫く、音楽を忘れていた。音楽を聞こう。2階で窓を開け放ち風をいれて、インドネシアのクロンチョンを聞いた。今の気分に合うサウンドはあまりない。クラシックじゃない。ジャズでもない。最近のポップスもだめだ。ポルトガル人の末裔とインドネシアの土着文化が融合したサウンド。楽器は西洋(ギター、バイオリン、フルート)だがメロディが土着のサウンド。これだ!

Kronchong

保険会社に連絡すると既に保険料は振り込まれたらしい(29日)。入院費用は45万近かったが、諸々の保険で全額カバーできて一安心。

落語の桂歌丸さんが亡くなった。81歳。

夕食:枝豆とポテトのバター炒めを肴にビール。仕上げは和風ハンバーグと刻みキャベツとご飯少々。

「西ひがし」の続き:

「再会した妻から船中で年下の金持ちボンボンの画家修行中の青年と関係を持っていたと打ち明けられた上で、自分の妻を巡り青年と対峙する羽目になる。妻の本音は「楽しいけれど、彼はどこか物足りないところがある」。つまみ食いの火遊びらしい。対峙後の二人の水浴。どういうわけか欲望が蒸発して、肌を合わせるかわりに一緒にドリアンを食べ!、翌日彼女は一足先に帰国の途に。

嵐が去って、虚脱感で寝腐る金子が人づてに彼女のメモ(踏み迷っている自分にアドバイスがほしい主旨の文章がびっしりとした文字で埋め尽くされていた)と15ドルの現金を受けとる。だらだらぐずぐずしていると、暫くして帰国した彼女から早く日本に戻るよう催促の手紙が来る。子供が病気で実家で看病していると。

この手紙で心が軽くなり、既に帰国便の船を予約していた金子は船が入港になるまでの時間を惜しんでバトパハへ。宿で知り合った栃木出身の純朴青年(樫村君)を連れて。もう放浪は終局であり当地に戻ることはないと予感し選んだのがこの地だった。

日本人クラブ2階の藁布団にゴロリと体を横たえた。思い入れのある白肌のの娘の面影を求め街を逍遙する。船の到着が早まり、広東系の娼婦に溺れる樫村君をおいたまま慌ただしくシンガポールに戻り帰国の途に。

神戸港から妻の実家(宇治山田)に駆けつけると、妻は置き手紙をして既に上京していた。内容は、「子はかすがいだ。例の青年とは終った。早く東京に来て」と言うもの。

どっちがどっちを振り回しているのか。奔放な二人の生きざま。泥沼の関係になる一歩手前で事態は新たな展開になり関係が続く。心が動揺した時は、鼻歌を歌って流されるままに身を委ねやり過ごすのが金子流だった。」

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