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2018年7月 1日 (日)

入院日記 リハビリ編 その31

6月29日(金) 晴、終日風強し

前夜から深夜過ぎのサッカーをテレビ観戦。ポーランドに負けた。落胆の一瞬もあったが、コロンビアがセネガルに勝利したことで、セネガルとはマナーポイントで2位を確保。なんと言う幸運。マイアミの奇跡の時に決勝トーナメントを逃した西野監督は胸を撫で下ろしているであろう。勝負ごとは勝たないといけない。Vulgar Winner(勝ちに拘り策を弄したせこい勝利) か Good Loser(勝敗に拘るより真っ向勝負で潔く負ける) 。

日本は卑しく負けることで大きな勝利を勝ち取った。コロンビア様に感謝だ。直接対決で勝たせてもらい、かつ、ライバルを蹴落としてくれたのだから。

6時半、ウグイスが庭にきて何度も気持ちよさそうに何度も囀ずる。

しかし、自分の心は鎮まらない。何だろう、この不協和音は。ケガによる普通の生活からの脱落による精神的ショックから未だに立ち直れていないのだ。

8時過ぎにタクシーでは病院へ。リハビリと左足の歩行補助装具を作る為の型どり。一週後に完成。左足に体重を徐々に掛けるリハビリ。1ヶ月で通常歩行になるでしょうとのこと。後5週間かぁ。我慢、我慢と自分に言い聞かせる。

装具は十万円ちょっと。本人負担は3割だが一旦は全額!自己負担して健康保険に還付申請が必要らしい。また面倒だなあ。

気温がグングン上がり30度を超え、さらに熱風が吹きつけている。

病院のコンビニで焼き鳥を5本買って昼過ぎにタクシーで帰宅。今夜は、ビールで一杯やろう。

お握りとコーヒーの昼食後、居間でダラリとなって休憩。思い出して、吹き抜けの車庫に戻った車の窓を開け放つ。ディーラーさんのアドバイスだが、言われた程の臭いではなかった。車は、買い物以外は、趣味の釣りで使っているだけだ。

日記を書きながら、映画「マッドマックス」を見る。1979年製作。大学を卒業して社会人になった年だ。メル・ギブソンが本当に若い。豪州版のダーティ・ハリー。

夜、BS11で「世界の国境ハンター」の総集編を見る。オランダ・ベルギー編でスーパーのAlbert Hijnの看板が目に入って懐かしさを感じる。1983~84年、当時28歳でオランダに研修で滞在した。寝起きしている実家の居間には現地滞在の記念品のデルフト焼き(アムステルダムの運河風景と一輪挿しの花瓶、皿)が今もそのまま飾ってある。

Alexandra、Arianne、Almaは女性の名前だが、仕事やプライベートで紹介してもらい親しく交流(どんな?)した記憶に残る人たち。

週末のテニス、クリスマスのパリ旅行、イースターのベルリン旅行、キリスト昇天祭のアテネ旅行。ベルギー・ルクセンブルクへのドライブ旅行では第二次世界の激戦地アルデンヌ地方を走り抜けた。
釣りは2回挑戦したが不発(船でサバ釣り、ベルギーでマス釣り)だった。

食物では、クロケット(コロッケ)、フリカンデル(ソーセージ)、ルンピア(春巻)、ブローチェ・タルタル(生の牛肉サンドイッチ)、ナシ・ラムス(インドネシア風炒飯)、ナシ・ゴーレン(同焼そば)、コナイン(家畜の兎?)、パンナクック(パンケーキ)そして、ビールとTボーン・ステーキPatat Frit met allesは、フレンチフライに玉葱やマヨネーズやケチャップを掛けた豪華盛りでこれだけでお腹が一杯になる。ローストチキンの半切りも良く食べた。生まれて初めてパエリアを食べたのは飾り窓付近の教会の近くのスペイン料理店だった。

思い出が次々と沸き起こり尽きない。

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