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2018年7月13日 (金)

入院日記 リハビリ・直立歩行編 その6

7月11日(水) 晴

4時の目覚め。カラス、ドバト、ヒヨドリの順に声が聞こえる。

タイでは最後の5人が救出された。日本の大雨災害の犠牲者は膨らむばかり。200名を越える大惨事。安倍首相は外遊をキャンセル。

ワールドカップは、フランスがベルギーを破った!事実上の決勝戦。快進撃のベルギーが負けてしまった。ベルギー対クロアチアの決勝戦を夢見ていたのだが残念。

巨人が3連勝。母は大喜びだが、レギュラーの選手を見ると殆ど知らない。辛うじて、坂本と長野(ちょうの)位だ。高橋由伸は監督。

プロ野球にはそれなりに愛着を持って接して来たが、ワールドカップの時期は例外となってしまう。負けたらおしまい(予選リーグ戦も負けると決勝トーナメントは難しくなる)と言う高校野球と同じ切迫感と国別対抗心(ナショナリズム)が大きな要因だと思う。野球は似たような世界規模の大会をやろうとしても、普及していないため無理だ。クリケットのほうも似たようなものだ。イギリスのかつての植民地では普及しているが、それでも20ヶ国位だ。

野球談義を続ける。私は江川世代。若い時の強烈な印象は忘れられない。江川の全盛は高校2年だったと密かに思っている。2年秋の関東大会の準決勝で当時の強豪校銚子商業から21の奪三振。江川を倒すためにレベルアップを図った銚子商業は2年後に全国制覇した。作新学院は江川のワンマンチームだった。県大会決勝(2年)では9回までノーヒット・ノーランの好投も味方の援護なく敗退。3年でもノーヒット・ノーランで甲子園へ。2回戦で銚子商業に延長戦(確か16回)の末サヨナラ押し出し四球で敗退。

高卒時に即戦力として日本ハムがドラフト1位指名したが、見向きもせずに東京六大学へ。慶応に落ちて入った法政大学でも活躍した。大学卒業時は確か阪神がドラフト1位の指名権を得たが、浪人する。結局、巨人入りはするが、政治力による規則の盲点をついた小林との電撃トレード、言ってみれば裏口からやっと念願の巨人入りをすることになった。円熟した活躍はしたが、微妙な影がつきまとった。半端ない逸材だた江川の悲劇。

世代によって、黒い霧で消えた池永や甲子園決勝戦でノーヒット・ノーランをやってのけた松阪を押す人もいるだろが、私は断然江川だ。球速は高校時代が一番速かったと言う人もいる。しかし、過去最高のピッチャーとなるとどうか。400勝を上げた金田正一か。金田の現役時代をを目撃した最後の世代が自分の世代かも知れない。

朝食は、納豆、焼豚、レタスにご飯とバナナ。

午前:ストレッチや両方歩行を念入りにやる。地道な努力。2ヶ月近く歩いていないのだから、細くなり筋力が衰えた両足の負担は半端ない

昼食:ほうれん草と茸のパスタにコーヒー、それとメロン。

午後は殆どを2階で過ごす。

本棚から「The Wicked Wit of  Oscar Wilde」を取り出しパラパラ拾い読みする。ロンドンのナイツブリッジにある本屋で買った。

Oscar_wilde

ユンガーの、台湾滞在の部分を拾い読み。客船「Hamburg」は高雄に入港。1965年8月14~15日。共産中国とかなりの軍事的な緊張状態にあった頃だ。

夕食:豚肉となすの炒め(ウスターソース味)と枝豆とチーズを肴にビール(小缶)とご飯少々。

シャワーを浴びて、居間で休憩しながら映画「アナコンダ」を途中から観る。ジョン・ボイドが際立つ悪役で登場。アナコンダの捕獲に取り付かれ、最後はアナコンダに飲み込まれる哀れな末路。映画「ミッドナイト・カーボーイ」で若き日のジョン・ボイドを観たのは高校時代の地元のオデオン座だった。お目当ての「明日に向かって撃て」の二本立てだったが、お目当て以上に印象に残る映画だった。

ソファーに横たわりながら気ままに「Chinese Whispers」 を拾い読みするがすぐに眠くなttaた。21時過ぎ就寝。

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