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2018年7月16日 (月)

入院日記 リハビリ・直立歩行編 その9

7月14日(土) 晴

熱中症対策もあり昨日は水分をたくさん摂取したのが裏目にでたのか、昨夜は3度もトイレに起きる羽目に。その都度起きるのは辛いが、熟睡は出来た。目覚めは朝の6時過ぎ。

父はデイケアで終日不在(月、水、土の週3日)。自分は、日課のリハビリと2階で日記をつけたり、本やCDの整理しながらYouTubeでクロンチョンを聞いたり。

お昼は、ラーメンと焼おにぎりにコーヒーで済ませて、足の装具の還付金請求の書類を早速作成する。

テレビで、「弾丸独り旅」を見る。あの「細胞レベルで恋してる?」のネタで有名なブルゾンちえみが、羽田空港発着の24時間日帰り香港旅行を敢行。飛行機のクラスはビジネス。高橋真麻の指南による出発前のビジネスラウンジの楽しみかたから座席での楽しみ方7ヵ条を披露。

ブルゾンは、東京の知人の娘さんがよく物真似して知っている若手のお笑いタレント。つまらない番組(番組対象者から外れつつある年齢域にあるということ)ばかりの民放では出色の出来映えの内容で面白かった。ビジネスの往復切符は20万円。LCCなら数万円だ。片道4時間。20万あるなら、LCC を使って、数日滞在し、香港グルメをそれなりに満喫出来るだろうに。

それはそれとして、まだ売れだして2年目のブルゾンはビジネスクラスは初体験(海外渡航は2回)ということでビジネス・ラウンジとフライト中のサービスが焦点に。シャンペン、アメニティ・グッズと座席のリクライニング位しか選択肢はないのだが、こだわればこだわるだけの楽しみ方があると言うこと。使うお金のもとをきっちりとる、というこだわりも含めて。

自分が最後に香港に足を運んだのは2003年の秋。空港は新しい空港になっていた。ニシキヘビを首に巻いたインド人がいたタイガー・バーム・ガーデンは無くなっていた。連れと一緒のプライベートなわくわくする旅だった。香港はビジネスでない限り男が独り旅する場所ではない。マカオのカジノが目当ての場合は別だろうが。ホテルはシャングリ・ラ。余談だが、豪華な朝食ブュッフェでパリパリのフランスパンを食べていて前歯を折ってしまったのも思い出だ。

天気予報通り気温がじりじり上がる。あちこちで38度を越える。寝起きのために占拠している居間でじっとして扇風機にあたりながら、昼寝をした。怪我をしなければ、今夜あたりは、海の砂浜でイシモチ(ニベ)を狙った釣りに出掛けただろうに。

夕食は、豚肉まんを肴にビール。鯖の塩焼きとご飯少々。食べながら、今度、玉ねぎのスライスたっぷりと鯖の塩焼きのサンドイッチでも作って食べてやろうとふと思いついた。トルコはイスタンブールの名物の食べ方だ。

シャワーを浴びて、装具を外し、代わりにシーネを包帯で巻く。骨は完全にくっついていないからだ。寝ている間も足は固定したほうが安心だ。面倒くさいが要心に越したことはない。

今日の読書は、仏文学者でファーブル昆虫記の新訳でも知られる奥本大三郎氏の「壊れた壺」。

昆虫採集家でもある奥本氏は、エルンスト・ユンガーの「小さな狩」(昆虫採集の自伝的回想)を熟読した。昆虫採集に生涯に渡って持続する情熱を燃やし続けるその魅力は何か。

奥本氏の元体験は、少年のある夏の朝、まだ露に庭の濡れた庭先の木に止まって眠っているエメラルド・グリーンのオオヤマトンボの鮮烈な印象だ。

ユンガーは、それが甲虫のハンミョウだった。川の近くの砂利採取場で、淡褐色の砂地の上に紫と金色を予感させる何か稲妻のようにも、あるいは火花のようにも思える沢山のハンミョウだった。素手で捕まえられず、陽が暮れてしまい、その夜は夢の中で追いかける。貴重なものを追いかけて掴まえられない夢。翌日、ユンガーは学校をさぼり網を持って出直し、虫の正体を確かめた。

極めて普遍的な「詩と真実」の巧みな比喩だと奥本先生は言う。

本の前書きに曰く、

「夜ふけに漂うてきた梅の香気は、ふと、鼻を打った瞬間にのみ存在する。花を掴んで思い切り息を吸ってみても、そこにはもう何もない。一瞬の感動をとらえた自分自身が、既にそこにいないからである。感動は渓流に落ちた花である。それほど捕らえがたく逃れやすい。プルーストが生涯をかけて『失われた時を求めて』を書いたのは、ただその一瞬の戦慄のことが知りたかったからなのである。」

私自身も昆虫少年だった。購読した少年雑誌にも夏休みの付録で採集セットがついていて、昆虫採集に没頭したものだ。私の場合はセミとトンボとクワガタ。母の実家の近くの竹林で夏の早朝の露にぬれた沢山のオニヤンマがひっそりと羽をやすめているところに出会った衝撃と感動は忘れられない情景だ。

生まれ育ったこの家の直ぐ側は畑や原っぱと雑木林で四季折々の昆虫採集には持って来いな自然環境だった。夏になると早起きしてわくわくどきどきしながら雑木林の中に分け入り昆虫採集に熱中したものだ。春先には菜の花畑が一面黄色になりヒバリがごく普通に鳴いていた。そんな夢のような環境も今はない。宅地化による開発だ。20年近くになる。朝な夕なに盛んに鳴いたヒグラシは跡形もない。

昆虫採集のたとえである「小さな狩」に出かける時のあのわくわく感は、自分がこの歳でいまも情熱を傾ける野鳥観察や魚釣りで味わうわくわく感と同じだ。ひょっとすると、女性との快楽を前にしたあの戦慄にもにた感情のたかまり(金子光晴は「血が騒ぐ」と言った)や、ユンガーが生き抜いた第一次大戦の殺戮の戦場で経験した恐怖の戦慄(驚愕の美学)もこれらはどこかで繋がった同根ものではないだろうか。

そして、19世紀に盛んだった博物学はエロスが潜む余地を残していたが、20世紀の生物学はエロスを抹殺してしまった。つまり、不能者(インポ)ということだ。こういうことをユンガーは言っているようだ。

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