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2018年8月31日 (金)

入院日記 リハビリ・直立歩行編 その56

8月29日(水) 曇

ぐっすりと熟睡した後の心地よい目覚め。時計は5時半前。気温は25度を切っている。台風21号が発生した。

ワールドニュースを見ながらリハビリをみっちりとやる。アメリカの銃の発砲事件は驚かないが、ゲームに負けたからという殺害の動機が危うすぎる。

朝食:石窯パンのパストラミサンド、トマトとレタスのサラダと牛乳。

父がデイケアに出かけた後、家の清掃。階段のモップ掛けと2階は汗をかきながらの1週間ぶりの掃除機掛けをする。

体を動かして室内の整理をしていると、学生時代の1976年(6月~9月)に人生始めての海外渡航の際に、ドイツのハノーバーで購入したカセットテープ(ドイツの流行歌)が出てきた。

Abba

2ヶ月間工場でインターンシップをして滞在した。カセットケースにはKarlstadt(デパートの名前)のステッカーが貼られ、値段は6マルク。当時の為替で約750円だ。思い出が甦り、カセット・プレイヤーで再生して聴く。

テープには入っていないが、当時は、スウェーデン出身のABBAの人気が出始めて、ドイツ語版のFernandoが街に流れていた。YouTubeで検索すると簡単に見つかった。

https://www.youtube.com/watch?v=G4BxrtBPBLE

この年は、記録的な猛暑の夏だった。町中の湖に知り合った友人と毎日泳ぎにかよった(それもヌーディスト限定の湖で、男も女も完璧なまでにスッポンポン)。フィンランドから来た女の子とも親しくなった刺激的な夏だった。http://birds-eat-bookworm.cocolog-nifty.com/blog/2008/04/mina_rakastan_s_daa9.html

しばし、沸き起こる思い出に浸る。

お昼:石窯チーズピザ、明太子スパゲティー。

Youtubeでインド音楽を聞かけながら、Hans Falladaの「Alone in Berlin」を持って2階のベッドにゴロリとなり読み進める。が、いつの間にか、眠ってしまった。晩夏の涼しい午後のまどろみ。

庭の水撒きはおやすみ。数日前に見かけた珍しい蜂を思い出して図鑑を調べると何と蛾の仲間だった。オオスカシバという。

https://search.yahoo.co.jp/image/search?rkf=2&ei=UTF-8&p=%E3%82%AA%E3%82%AA%E3%82%B9%E3%82%AB%E3%82%B7%E3%83%90

夕食:ビール、サワラの西京焼き、冷奴、納豆、冷しトマト、胡瓜と茗荷の漬物にご飯少々。

食べていると、ツクツクボウシが「君、大丈夫?」と言いたくなる、一人前とは程遠いヨレヨレの声で孤軍奮闘しながら、2度、3度と鳴くのが、キッチンの網戸越しに聞こえて来る。すぐそばの庭木だ。

テレビサーフィンしたり、佐藤忠男氏の映画論を読んだりして宵を過ごす。

レスリング、アメフト、ボクシングと不祥事が続いたが、今度は、女子体操で騒ぎが起きているようだ。

2018年8月30日 (木)

入院日記 リハビリ・直立歩行編 その55

8月28日(火) 曇

エロチックな夢を見る。何十年ぶりだろうか。惜しいところで目が覚めてしまった。時計は6時前。

10時半過ぎ、東京から昨日までに必要書類の全てが届き、車で地元のハローワークへ出かけた。失業認定の手続きだ。通算で3度目。自宅に戻ったのは13時半過ぎ。病院と同じでとにかく待たされた。

待たされることは想定内で、持参した佐藤優氏の「甦るロシア帝国」を読んで時間を潰す。著者のモスクワの日本大使館勤務時代(ゴルバチョフ政権、ソ連崩壊とエリツィンロシア政権までの約束7年半)の自伝的回想だが、日本人はほとんど登場しない。モスクワ大学で学び、教え、培った人脈の人物回想がメインで、自身の情熱の対象であるプロテスタント神学とマルクスの哲学と取り組み、ソ連崩壊の混乱の中で現地の知識人とその卵の学生とぶつかり合い対話を重ねなる中で、当時の政治状況を考察しながら、思索を深めていく過程が語られる。

時間潰しの斜め読みをするには少し重すぎる内容で、読んでいて半分は頭を素通りしてしまう感じ。モスクワ赴任前のイギリス語学留学(陸軍学校でロシア語を学ぶ)を扱った「紳士協定」もあり、こちらはすんなり読めたのだが。

Sato

石窯チーズピザと焼おにぎりとコーヒーの遅い昼食をとり2階へ上がる。涼しくて、冷房も扇風機もいらない。

YouTubeでインド人の素晴らしい声を聴く。透き通った美しい声が、偶然クリックしたサイトから流れ出した途端、体に電流が流れた。名前は、Shreya Ghoshal。日本の夏川りみを思い起こさせる朗々と心に響き渡る美声だ。 インドの歌姫を発見。興奮して、ウィキペディアを見ると、最近のインドの映画ヒット作のかなりの歌は彼女の吹き替えなのだと知る。「Barfi」も「PK」も「Three Idiots」もそうなのだ。 サイトを2つほど。

https://www.youtube.com/watch?v=kIOPKNQnIyY

https://www.youtube.com/watch?v=mXDoWC_tt6M

ちなみに、かなり古いがオーストラリアのグループSeekersの女性ボーカルだったJudith Durhamを加えると私の崇める3大歌姫ということになりそうだ。

Judith Durhamのサイトを2つほど。最初は、お馴染みのGeorgy Girl、2番目は1994年のライブ、最後は彼女の圧巻のソロ(ダニー・ボーイ)。

https://www.youtube.com/watch?v=AJaittLdfVo

https://www.youtube.com/watch?v=v22SPtCFck8

https://www.youtube.com/watch?v=rnLnwWjrIyk

私の好みは、さらに、フランスのエディット・ピアフが加わる。彼女の鬼気迫るものがあり、これが上の3人にはない。フランスのシャンソンを聞く機会は最近はほとんどないが、2013年夏、学生を連れてマレーシアに出かけたとき、世界遺産のマラッカのカフェでアイスコーヒーを飲んでいたら、思いがけずエディット・ピアフの声が流れてきたあの瞬間をいまでも時折思い出す。オペラ界のマリア・カラス、シャンソン(フランス演歌)のピアフ。https://www.youtube.com/watch?v=rnLnwWjrIyk

夕食:貰い物の冬瓜と鶏と枝豆の煮付けを肴にビールを飲む。

映画「社長外遊記」を見る。2度目だが、お笑い一座(森繁、小林、加藤、三木、堺)のギャグ見たさに最後まで付き合ってしまった。

新珠三千代がハワイのローカルな装束で森繁のホテルの部屋に深夜突然現れ、「私、今夜は帰らないワ」と迫られ、舞い上がる森繁。勿論、森繁の成就することのない妄想のなせる独り寝のベッドでの夢。(それにしても、新珠さんの美しいこと)

窓から見えるハワイのエキゾチックな木を指して、「あっ、バナナの木だ」と叫ぶ三木に、森繁が「あれは、椰子だ」と切り返す。直後、再び別の木を指して「あっ、バナナの木だ」と叫ぶ三木に、小林が、「これは、椰子の木」と切り返す。

そして、フランキー堺の、おかしな日本語と英語のチャンポンにした語り口と酔いが回っての花食いシーン。

クレームを1つ。BS11の番組放送が手抜きをしている。来週は、後編のはずが、放映はなし。その代わり、1967年製作の「社長千一夜」が放映される。職種は旅行業。舞台は九州。文句を言いつつ、楽しみに待とう。

2018年8月29日 (水)

病院日記 リハビリ・直立歩行編 その54

8月27日(月) 晴、後曇

新たな1週間の始まり。もう後5日で9月に突入だ。けがをして4ヶ月。何とかくも長いく無為な時間を過ごしてしまったことか。

リハビリ、朝食(ご飯、納豆、昨夜のカツオの残りを焼いたもの)後、父がデイケアに出かけ、自分は、板橋区役所へ送る書類を作成、郵便局へ出かけ簡易書留で発送する。

お昼:ピザ、石窯パンとパストラミのサンド。

午後から天気が変わり涼しくなった。2階に上がって窓を開けると心地よい風が吹き込んで来る。

佐藤忠男氏の本を読み続ける。商業面で完全にアメリカ映画が一人勝ち(お金を掛けた映画は、暴力と破壊のテーマが多い)している中、著者は、非西欧世界(中国、韓国、イラン、台湾、ベトナム、インドネシア、インド、ブラジル等)の秀作映画を実に丁寧に数多く紹介している。細々ではあるが低予算で、芸術的薫り高いハイブラウなものを、アジアやアフリカ(欧米のイギリスやフランスなども)が作り続けているのだ。聞いたことも無ければ、見たこともないものがほとんどだ。

ベトナムを舞台にしたベトナム戦争初期のサイゴンの上流社会を描いた佳作「青い薫りのパパイヤ」を観たことがある。監督はパリ育ちのベトナム人だが、フランス映画だ。宗主国から見た失なわれたよき時代の回想。

https://www.youtube.com/watch?v=VWeRBrfYMhM

秀逸な作品だが、著者はオリエンタリズムの偏見があると言う。日本が、黒澤明の映画で、世界に認められ、それまで黙殺されていた小津安次郎や溝口健次が認められるようになったように、自国から黒澤のような監督が出ないとその国民の本音に基づく情報発信はなかなか難しい。

昨日のブログに書き留めたインドの2作品に加えて、

「ある詩人」 インドネシア 1999年
「ニャム」 ベトナム 1999年
「新文字先生」 モンゴル 1998年

が特に目にとまった。イランの映画も興味深い。何れも、著者の目にかなったオリエンタリズムの偏見から自由な、黒澤明のように、土着の視点で自国の魂の叫びを国際的水準で見事に描いた作品であるらしい。

夕食:ビール、枝豆、赤ピーマンと玉葱のバター炒め。仕上げは、ご飯、塩鮭、冷奴。

東京のYちゃんから「お久しぶり」とラインでメッセージが入る。東京は雷の真っ最中らしい。しばし、ライン・チャットを楽しむ。

Sherlock Holmes in Japanは長崎到着まで読み進めて22時半過ぎに就寝。

2018年8月28日 (火)

入院日記 リハビリ・直立歩行編 その53

8月26日(日) 晴

5時半の目覚め。セミの鳴き声が数日前からめっきり減った。気温は朝から30度近い。

リハビリと朝食(石窯パンのロースハムサンド)後、
日が高くなると、気温がグングン上がる。たまらず2階の冷房に避難した。

Hans Falladaの英訳本「Alone in Berlin 」を読み始める。原作はドイツ語。翻訳者は、エルンスト・ユンガーの傑作と言われる第一次大戦の従軍記In Stahlgewittern(鋼鉄の嵐の中で)を英語に翻訳したドイツ生まれのMichael Hofmann。

Fallada

10時過ぎ、弟夫妻が3週間ぶりに来る。買い物をお願いする。2㍑ペットボトルのミネラルウォーターと麦茶を大量に購入してもらう。カツオの刺身、そしてエールビールも。

イギリスの研究グループが、アルコール摂取は寿命を縮める、百薬の長は根拠なし、との研究結果を発表したらしい。下らない研究だ。生きる行為そのものが体に悪い(=生まれ落ちてから人は死に向かって生を燃焼させていく)に決まっている。孔子様の「中庸」、万事ほどほど、こそが人生を歩むための黄金律だ。お酒、大いに結構だ。

お昼は、ボリュームたっぷりのヒレカツ弁当。

弟の背中の痛みは収まったらしいが、注意を促した。レントゲン検査では異常はなかったと言うが。

映画「めぐり逢わせのお弁当」で、「あなたとブータンに行きたい」と愛の告白をされ、心をゆさぶられた女主人公が、窓越しに1階上に住む叔母にせがんでテープをかけてもらった愛の歌に聴きほれるシーンがある。調べると1990年前半にインドで大ヒットしたラブロマンス映画「Saajan」の音楽だ(日本未公開)。YouTubeで音楽ビデオサイトを見つけた。

https://www.youtube.com/watch?v=lTOxHtwJ7UU

聞きながら、2階の冷房の中で、思いだしたように映画論の本を本棚から探しだして読み耽る。

佐藤忠男著の3冊。

「映画をどう見るか」1976年講談社現代新書
390円

「映画で世界を愛せるか」
1989年岩波新書480円

「映画の真実」2001年中公新書720円

新書の値段が時代を反映していて感慨深い。内容はほとんど忘れていた。

大衆娯楽としての映画は国民の各民族のこうありたい、という自画像、理想像がナルシズム的に反映されたアート。

昔の日本(テレビが一般普及するまで)では年間300本近い映画が製作されていたと言う。この本数をクリアしていたのは、アメリカとインドだけだという。

日本映画全盛期に作られた映画の半数は時代劇だった。黒澤明の「羅生門」、「用心棒」、「七人の侍」が世界に与えた影響は大きい。アメリカやイタリアで西部劇のリメイク版が作られたが、「生きる」はインドで七つのリメイク版が作られたらしい。「生きる」は、サムライ映画ではないが、主人公(志村喬)の生き方はサムライが投影されていると言う。

インドとの関連では、1987年にインドのケララ州(マラヤーラム語)で作られた「モノローグ」は「羅生門」のリメイクでハイブラウな映画(歌と踊りなし)も作られている。

宝塚歌劇的・絵空事的な恋愛映画が量産されるなか「チダムバラム」(1985年製作、マラヤーラム語)は芸術の薫り高いインド恋愛映画の傑作(著者によれば世界レベルの最高傑作)だとのこと。

Photo

夕食:カツオの刺身とビール。

食後、暑さが和らいだ1階の居間でくつろいでいると、静まり返った夏の夕闇の向こうから、ツクツクボウシのソロが聞こえる。

ポンペイオ国務長官の北朝鮮訪問が延期になった。北朝鮮の非核化などできるはずがない。一端手にしたら、放棄できる代物ではない。経済破綻した北朝鮮が目指すべきは、ベトナムだ。核がなくても経済発展は可能だ。核を持ったままでは、ベトナム型の経済発展は無理だ。核を放棄したら金王朝は崩壊する。前に進みたくても進めないジレンマ。それをやろうと見果てぬ夢を見ているのが今の根本のところで狂った北朝鮮の独裁者だろう。

網戸越しに虫の声を聞きながら、Sherlock Holmes in Japanを眠くなるまで読む。22時半過ぎ就寝。

2018年8月27日 (月)

入院日記 リハビリ・直立歩行編 その52

8月25日(土) 晴

2週間後の歩行開始がようやく見えて来たので、起床後の左足のストレッチに一層の力が入る。右足との感覚の違和感は大分縮まってはいるが、怪我以前の状態に本当に戻るのだろうか。

退職した職場に9月中旬には上京できる目処がたったことをメールで連絡する。
退職直前から止まったままの時間がようやく動き出す。心の安堵に似た感慨が湧いてきた。

朝食(石窯パンのロースハムサンド)の後、父はデイケアに出かける。家の掃除の手伝い。日記をつけて、後はまったりとする。

マレーシア(ペナン島)に今年の5月から移り住んだ先輩からブログを始めた連絡が来た。慣れない外国に住むとなると、勝手が分かるまで時間が掛かる。物価がかなり安いはずなのに1ヶ月の電気代が一万五千円とはちょっとびっくり。

常夏の国だが、自分の経験から言っても、直射日光に当たらなければ、暑さは日本の夏よりしのぎやすいと思う。冷房と扇風機の併用に切り替えてコスト対策したらしい。先輩とは、かつて、オーストラリアのフリーマントルを訪ねて釣りをしたことがある。そのうち現地の釣り情報が来ることを楽しみにしている。

今日も終日猛暑で、気温は35度近い。扇風機を使ってもぬるま湯を浴びている感じた。ほとんどを2階の冷房が効く部屋(26度)で過ごす。ベッドに横になって昼寝したり、本を眺めたり、物思いに耽ったり。

夕食(ビールと猫飯)後、雷がゴロゴロと鳴り、雨が降りだした。小一時間ほどのお湿り程度だが、それでもお陰で、外から入る風が涼しくなった。コオロギが盛んに鳴いている。

東京のYちゃんは週末も塾通いで勉強。

シャワーを浴びてさっぱり、網戸から少し涼しくなった風を感じながら、ソファベッドで、数日前から始めたSherlock Holmes in Japanの再読を続ける。ボンベイの観光シーンからヴィクトリア駅の描写、列車に乗り仏教の聖地ブッダガヤまでの旅。ワトソン博士はアレクサンドリアで罹患したと思われるマラリアの症状に寝込んでしまう。

22時半過ぎ、就寝。

2018年8月26日 (日)

入院日記 リハビリ・直立歩行編 その50

8月24日(金) 曇り、朝のうち雨

また、夢を見る。親しくしている東京のYちゃんとママが直ぐ傍にいる私に気が付かず、知らない男性!とどこかへ行ってしまう、という夢。

最初は、釣りに出かけて餌が買えず釣りができない、次は、試験問題を読み違えて解答のやり直しの時間がなくて落第。3度目の夢もしくじりの話し。ハッピーエンドの夢は見たことがない。

早めの朝食(ロースハムサンド)をとって車を運転して病院へ。風が強く雨も降りだした。FMラジオからはマーラーの第一番の交響曲が絶叫している。私の心そのものだ。

病院につくと雨はやんでいた。レントゲンをとり、医者と面談。骨はやっとくっついた。左足荷重を体重の3分の2に増やし、次回は9月7日に通院。装具がはずれる日だ。あと二週間の我慢。

リハビリルームで、ストレッチをやり、トレーナーの方と今後のスケジュールを打ち合わせる。装具が取れても、左足は筋肉や筋が相当鈍っているのでちゃんと歩けるまでには次なるリハビリがあるのだ。

12時半に帰宅。昼食をとる。スパゲッティー・ジェノベーゼにコーヒー。

食後、休む間も無く、近くのクリニックへ両親の薬をとりに。その後、私学共済保険料、住民税、未払いの自動車税、銀行の記帳、などを処理。少々買い物を済ませて帰宅したのが、15時半過ぎだった。あっと言う間の1日。でも、やることがあるというのはどんなことであれ、いいことだ。

夕食:ビール、白身魚のバターソテー、モロキュウ、冷やしトマト、納豆にご飯少々。デザートはスイカ少々にぶどう。

今日は終日風強し。しかも熱風だから始末が悪い。台風20号は関西では雨と強風被害が続出。淡路島では風車が倒れた。瀬戸大橋ではトラックが横転。和歌山では最大瞬間風速が50メートルを超えた。熊野川が溢れて・・・。死者が出ていないのはラッキーだ。

編み戸から蒸し暑い風が時々おり吹き込むリビングのソファベッドにゴロリとなって「実践英文解読術」(行方昭夫著)をパラパラ読む。

英語で飯を食っているわけではないが、大学を卒業してから今日まで、濃淡はあるが英語を使って仕事をして来た。が、未だに半人前だ。この10年だろうか、大学の事務で海外と交渉をするために英語を勉強し直したのは。勉強と言っても、手当たり次第の多読が中心だ。時事ニュース中心に毎日読んだり、歴史は、アカデミックな専門書、果ては、買ったまま積ん読のままの本(モーム、チャーリー・ブラウンなど)手当たり次第だ。100冊を目標にしたがまだクリアはしていないが、7割くらいは達成しただろうか。目的は、ちゃんとした英文を書くこと。3年くらいで文章力は格段にアップしたと思う。ある報告を作成してネイティブからほとんど直すところなし、と言われるようになった。

悟るものがあった。文法と単語を日本語の発想のままで書いても、奇妙な英語にしかならない。英文をかくには日本語を離れて、最初から英語で書くこと。これに尽きる。そのためには、多読と得意分野の精読を実践すること。そして、書くことを実践すること。良き師匠から添削を受けること。和文英訳の訓練を否定しないが、得てして縦のものを横にした日本ものの翻訳は生彩に欠けるのはこれが原因だろう。新渡戸稲造や岡倉天心の英文は最初から英語で書かれたものだから生彩溢れているのだ。
因みに、新渡戸さんの「武士道」の英語は格調高く、スラスラとは読めない。正確な読解力がないと歯が立たない。

生方氏のこの本は読解の盲点について大変参考になる。微妙なニュアンスをきちんと正確に理解することの大切さ。意味がきちっとわかったときの快感を教えてくれる。だから、本のタイトルに快読の2文字が使われている。微妙な意味がスパッと鮮やかにわかる快感だ。

例えば、

新婚旅行で夫(外国人)が妻(日本人)に、

I couldn't love you more

と言ったらしい。若妻は一瞬ギョッとしたらしい(もう愛せない、と聞こえた)。それでも、旅行中はずっと熱烈な愛情を示されたので、夫の言う意味は「熱愛してる」、と理解したが、帰国後、気になって、念のため本人は英語の先生に確認したそうだ。

日本人の理解の盲点として著者は似たような例(I couldn't care lessや
I couldn't agree more)を挙げている。文法で言う仮定法なのだが、眼から鱗だ。

Eibun

2018年8月25日 (土)

入院日記 リハビリ編・直立歩行編 その49

8月23日(木) 晴

5時過ぎに目が醒める。
台風20号は西日本に上陸するようだ。幸いにも関東は避けてくれた。

トランプ大統領の周辺が相変わらず騒がしい。ロシア疑惑や関係を持った女性の口止め料が選挙資金から不正に使われた。マスコミは総力をあげてトランプ批判だ。挙げ足とりにも見えなくもないが、本質は大統領としての資質を疑問視する大統領下ろしのキャンペーンのように見える。

リハビリと朝食(石窯パンのロースハムサンドとミルク)後、休憩しながら、BSでアジアの昆虫特集を見る。場所はマレーシアのキャメロン・ハイランドとインドネシアのスマトラ島。昆虫のパラダイスだ。白い花に擬態して虫を捕獲して食べる美しさと残酷さを併せ持つシロカマキリが印象に残った。

スマトラのホタルもすごい。夜になるとオスとメスが繁殖でつがうのだが、一つの木が電球でデコレーションしたように輝く。地元の人が、昔は歩いていると口の中にホタルが飛び込んでくるぐらいたくさんがいたという。豊穣なる自然は、カメラが入れば過去のものと知るべし、か。

映画「あなたがいてこそ(MaryadaRammana)」で、夜行列車が止まるシーンの直後に、暗い外の景色がホタルでキラキラ輝く夢のような場面があるが現実にあるのだと納得する。

以下のサイト、7分34秒過ぎから蛍が舞うシーンが登場する!

https://www.youtube.com/watch?v=RZzLM1WwCh8

高校野球が終わったが金足農業フィーバーは未だやまず。世間は判官贔屓で、勝って当たり前の大阪桐蔭は称賛されども人々の心は敗者とともにあるようだ。主戦の吉田くんは、一番うれしかったのは、横浜戦の8回裏チームメートが打った逆転スリーランことをあげ、決勝が終わった時一番悲しかった、とインタビューで答えた。

ジリジリと朝から気温が上がる。堪らず2階の冷房が効く部屋へ避難する。ベッドにゴロリとなると、眠くなる朝寝する。気楽なものだ。

お昼:コーヒーを飲みながら、エビピラフと石窯チーズピザを両親と分けて食べる。

2階で避難を続ける。インド音楽を聴いたり、本棚から本を取り出して拾い読み。


「折々の歌」は、夏の句を逍遥したが、気に入った句には巡り合えなかった。

Oriori

「The Seed and The Sower」は南アフリカ人のVan Der Postのジャワでの捕虜体験記で、映画「戦場のメリークリスマス」の原作。数年前、アマゾンの古本で購入、通勤途中に読み耽ったものだ。ずるずる引き込まれて一気に読むほどの鬼気迫るものがあった。

Seed

集中力を欠き、また眠くなる。運動をするわけでもなく、食べて、ゴロリとなり、ブラブラ、ダラダラ状態で眠りに落ちた。

夕食:豪州牛ステーキをワサビ醤油で食べながらビールを飲む。仕上げは猫飯(冷奴、谷中生姜、枝豆にご飯少々)。

居間で2つの扇風機をフルで回して寛ぐ。不活発な1日。コオロギの合唱が日増しに盛んになっている。

BSで幕末の薩長同盟に大きな役割を果たした薩摩藩の家老小松帯刀(たてわき)の特集を見る。薩摩の島津家の資料が1990年代に漸く出て研究が進み、薩摩と長州の同盟は小松大きな役割を果たしたことがわかって来た。明治維新は下級武士(西郷隆盛や坂本龍馬)の上に家老級の小松帯刀がいたのだ。彼は日本史の教科書では全く無視されて来たらしい。

2018年8月24日 (金)

入院日記 リハビリ・直立歩行編 その48

8月22日(水) 晴 

熟睡して目が醒める。6時を過ぎていた。猛暑が戻って来た。

リハビリ、朝食(シリアル)後、父はデイケアへ出かけていく。そして、母は汗をかきながら家の掃除を始める。頼まれて自分も階段のモップがけをしてら、2階に上がり、日記を書いたり、ネットサーフィンをする。

昼前に、薬局(父のもの)と補聴器(母のもの)の業者が相次いでやって来た。

お昼(石窯チーズピザと焼おにぎり1個にスイカ)を食べて、スーパーへ車で買い物。食材、歯みがき粉、ゴキブリホイホイなど。屋外の気温は30度を遥かに越えるる暑さだ。車に乗り込んだ時の車内の暑さといったら・・・。

買い物から戻り2階に。久しぶりに冷房をオンにした部屋で、大野晋氏(タミル語が日本語と同系統の言語であるとの説を唱えている専門家だ)の「日本語はどこからきたのか」をパラパラ読んでいると、やがて眠くなる。1時間ほど昼寝。

タミル語は、テルグ語、カンナダ語、マラヤム語と並ぶ南インドのドラヴィド語系の四大言語の一つ。ヒンドゥー語やコルカタで使用されるベンガル語とは系統が違う(アーリア系言語。古語はサンスクリット)。インドの言語状況の複雑さは想像を絶する。

タミル語はさて置いて、インド映画は、ヒンドゥー語だけでなく、特にこの4つの言語圏それぞれ量産されていて、ヒット作品はヒンドゥー語や他の言語版に頻繁にリメークされるらしい。テルグ語の話者だけでもは九千万もいるのだから、それだけで独自の映画産業が成立するわけだ。

テルグ語の映画はボリウッド映画とは呼ばず、トリウッド映画というらしい。ボリウッド映画とは、公用語がマラーティ語(話者は九千万)にも関わらずムンバイ(かつてのボンベイ)がヒンドゥー語の映画を量産するのにちなんで、この名称が生まれた。10数億の人たちが観るヒンドゥー語で映画を作ったほうが儲かる。ボリウッド映画のトップクラスの俳優が手にする報酬も本場アメリカの俳優もビックリする額らしい。

夕刻、庭の水撒き。ショートパンツだからか蚊の盛んな攻撃を受ける。セミはめっきり少なくなった。

夕食は、茹でマイカを肴にビールを飲む。仕上げは残り物でご飯少々。猫飯というやつ。

食後、「インディ・ジョーンズ魔宮の伝説」(舞台の設定はインド、ロケ地はスリランカ)をテレビでつけながら(ゲテモノのの食事シーンがグロテスクだ)、「インド映画完全ガイド」をパラパラ読む。

観たばかりの映画「めぐり逢わせのお弁当」で、女主人公が作るお弁当のおかずの数々は、画面を観るだけでは説明がないから外国人はわからないが、料理研究家解説によると、
①インゲンのサジブ(野菜のスパイス炒め蒸し)
②アールゴービー(カリフラワーとジャガイモのスパイス炒め)
③コフタ(野菜やカッテージチーズの揚げボールカレー)
④ベジタブルプラオ(野菜の炊き込みご飯)
⑤チリパコラ(スパイシーな詰め物をした、大きくて辛くない青唐辛子の揚げ物) 

インド家庭料理の名品だというが、どれもこれも美味しそうだ。

以下のサイトで冒頭にちょっとだけ料理するシーンが出てくる。手紙のやり取りは、男がおいしそうに食べるところも。

https://www.youtube.com/watch?v=kr0gDS5cNuM

2018年8月23日 (木)

入院日記 リハビリ・直立歩行編 その47

8月21日(火) 曇

また夢を見て目が醒める。どういうわけか、英語の試験を受けている場面。
順調に問題を解いていたら、解答欄を間違えたり、問題の意味を間違えて解答したりしていることに気付き、慌てる。ペースが乱れ、残り時間がどんどん少なくなる。まだ、大分未回答の空白がある、焦りが高じて、文章の意味が頭を素通りし始める。ヤバイ、ああ、ヤバイ、このままだと不合格だぁ、ともがいていると、目が醒めた。オシッコが洩れそうになっていた。
滅多に夢を見ない自分だがこの1週間で2度目だ。

日記を書き、リハビリに汗を流し、朝食(シリアルとヨーグルトにバナナ)をとる。父のデイケアはなしで自宅休養日。

真夏の暑さが戻って来た。2階に上がり、インド映画「めぐり逢わせのお弁当(The Lunchbox )」を観る。

https://www.youtube.com/watch?v=RqCV613xw5w

これも、インドのニューシネマだ。ミュージカル風の歌もダンスもないしっとりとした大人向けの映画。定年退職直前のやもめ男と夫との関係が冷めてしまい苦悶するまだ若い人妻の手紙を媒介にした心の交流を描いた評判に違わない佳作。2012年製作。

交流が始まる切っ掛けが極めてインド的だ。場所はムンバイだ。昼食のお弁当を職場に届け、さらに食べ終わった空の弁当箱を作り主に戻してくれるサービスで有名な都市(唯一、ここだけにあるサービスで、配送する人は近隣のある村の出身者が独占的に行っているという)だ。ハーバード大学のビジネススクールでも取り上げられ、誤配の確率は600万に一つというのだから凄い。

倦怠期にある夫妻の妻が夫の愛情を取り戻そうと心を込めて作ったお弁当が、たまたま誤配され、定年間際のやもめ男(会社の会計担当)がそれを食べることになったことから、男と女の弁当を介した文通が始まる。
誤配されたことに気付いた妻が完食してくれた御礼の手紙を翌日の弁当箱に忍ばせる。「全部食べてくれてありがとう」、と。返信は、「きょうのは塩辛すぎた」、という率直なコメント。こんなやり取りで始まった文通はやがて人生相談になり、それぞれの境遇を語りながら淋しさを慰め合う心の交流に発展する。夫の浮気に悩む妻に、男は、あなたと一緒にブータン(幸福度指数世界一)に行きたい、とある日返信する。女は、1度お互いに顔合わせする提案をしてレストランで待ち合わせることに。当日の朝、男は自分の老いに改めて気付かされ自分に自信が持てなくなり、足は運ぶが、面会を避けて結果的にすっぽかしてしまう。
女は、男の職場を訪ねるが退職した後だった。男は退職して隠居すべくムンバイを離れる。
エンディングで、女は、男に手紙を認める:夫と別れて、自分は娘と今夕列車に乗ってブータンにいく。互いに間違った電車に乗ったとしても最後は、正しい目的地に着くことを信じる。と。男に手紙を出すかどうかはまだ決めかねながら。

男はムンバイに引き返し、弁当配送業者に女の住所を聞き出し、会いに行こうと、伝統的な神々を讃える歌を朗唱する弁当配送人たちと一緒に電車に乗っている場面で映画は終る。

監督はアメリカに留学して14年生活しインドに戻った人。映画のタッチが伝統的な手法ではないのも頷ける。伝統的インドとは違うモダンな世界を通過したインド人の感性が見直す現在の母国だ。

通勤電車と高層ビルのシーンは、一瞬だが、東京と間違えるほどだ。ラッシュアワーの混みかたも同じ。違いが2つ。電車が扉を開いたまま走行している。それから、映画の中だが、会計担当の後任が、電車のなかで、野菜を切って夕食の下拵えをすること。詰まり、生活匂に溢れる行為が許されこと(トイレ行為はさすがにないだろうが)。

脇役が絶妙だ。
一つ上の階に住み、苦悶する姪の妻にアドバイスする叔母は「声」だけで姿を現さない。
退職する男の後任は、あつかましい男だが、その境遇(孤児)や悪気のない人懐こしさに主人公は、徐々に親しみを感じるようになり、自宅の食事に招かれ、最後は結婚式では新郎側の唯一の親族代わりで出席する。

女主人公の叔母は寝た切りの夫を長年介護しているが、母親も夫の病気の看護で疲れている。息子(主人公の弟)は競争社会(中国と同様、人口の多いインドは熾烈な競争社会)のプレッシャーに敗れて自殺してしまい、自分達両親の今後の経済的不安にもなっている。夫が亡くなって母親は、夫が死んで、ほっとしたこと、無性ににお腹がすいたと娘に語り、あけすけな告白をする:「自分はあなたが生まれた頃は幸せだったけれど、夫はある時期からずっとうとましかった」と。

この映画のテーマは、人が生きていく上で否が応でもいずれ自分の「実存」に向き合うことになる「孤独」だ。さらに、女性の視点で言えば、男尊女卑社会への現代女性たちの反乱でもある。

印象に残ったことをもう一つ。主人公たちが住むアパートの付近で子供たちが遊ぶ場面が3回も出てくる。クリケットだ。クリケットがインド大衆が愛する国民的スポーツとは知っていたが、映画のシーンは、自分が子供の頃、毎日学校から帰って遊んだ三角ベースボールを見ているようで、懐かしさを覚えた。自分は道路ではなく原っぱや空き地で遊んだのだが。

Bento_2

昼食は、スパゲッティー・ナポリタンにコーヒー。それにスイカ。

高校野球の決勝を見始めたが、1回の表裏をみて、大阪桐蔭が3対0でリード。これは大差になる一方的な試合になると予感、見るに忍びなく、2階にあがり、「バルフィ!人生に唄えば」を観ることに。これまた2度目。

結局、大阪桐蔭が優勝した。ワンサイド・ゲーム。戦力が違い過ぎた。残念だけれど、甲子園で優勝することを目標にプロを目指せる選手が揃ったチームは、甲子園に出ることが目標のチームとは次元が違った。

夕食(ビール、谷中生姜、茹でたマイカ、仕上げは中村屋のチキンカレーとレタス・トマトサラダ)

腹ごなしに観る火曜日の夜の映画は、「続・社長行状記」。今回は金沢と福井のロケ。
羽田空港から全日空で小松に飛び、兼六園、香林坊と巡る観光はかつて自分も辿ったコース。違いは、森繁さんの映画では、旧制第四高等学校の卒業生という設定で同級生と金沢で酒を酌み交わし高歌放吟する。時は、1967年。
私は仕事でドイツの、確か、ヴュルツブルク市長夫妻一行の訪日旅行の旅行手配を担当し一行に同行した。金沢の後に、福井の永平寺にめ足を運んだ。1991年、ロシアでゴルバチョフ大統領下ろしのクーデターが正に起こた直後のことだった。

2018年8月22日 (水)

入院日記 リハビリ・直立歩行編 その46

8月20日(月) 曇

6時前の目覚め。今日も涼しい。台風20号が19号に続いて発生した。

日記をつけ、リハビリをやり朝食。今日は、塩鮭にご飯。レタスとトマトのサラダにヨーグルト。

インドネシアでアジア競技大会が始まったが、ロンボク島でまた大きな地震が2回続いて発生。インドのケララ州では大洪水。今夏は、世界のあちこちて自然災害が目立つ。

父は、デイケアに。高校野球準決勝を見る。金足農業が日大三高も僅差で押しきった。2対1。ピッチャーがとにかくすごい。1回戦から全試合一人で投げ抜いている。ここぞという時に投げる球威はプロ級で相手打線を封じる。

昼食:エビピラフとスイカ一切れ。

「日本百名山」をテレビでたまたま見ていると、北海道の利尻山。1721メートル。300種類の野鳥が観察できるらしい。画面では、アカゲラ、クマゲラ、コマドリ、ノゴマ、ホシガラスをカメラが捉えた。ノゴマはホオジロに似た囀ずり。野鳥観察は大分ご無沙汰してしまっている・・・。

食後、母に頼まれ父の介護に必要な用品や台所用雑貨、食材の買い物の用足しに車で外出。自分の月々の必要経費の支払いも済ませる。

帰宅して、アイスクリームを食べ休憩後、2階にあがり、「女神は2度微笑む」を再度見る。登場人物の不慣れな名前と顔、時折フラッシュバックする過去のシーン、最後のどんでん返しとトリックの落ち、など物語の構図が複雑でテンポも早いし同時に字幕も見るから、1回見ただけではどうしても曖昧さが残る。2回目でようやくスッキリした。この映画に限らないがインド映画は物語の展開の画面構成が時折複雑過ぎるきらいがあるように思う。Three Idiotsも2度見てようやくスッキリした。

映画に込められた意味は人それぞれだ。外国人ならサスペンスと同時にエクゾティズムが楽しめる純粋な娯楽作品ということになるだろうが、男尊女卑がまだ色濃く残るインドでは、女性にとってカタルシスをもたらす映画になっているようだ(と、「インド映画完全ガイド」にあった)。

主人公ヴィドヤを演じるこの映画の女優もインド映画の例に洩れず美しい人だ。
好みの問題はあるが、インド映画の人気の秘密に半端でない美人女優の存在があることは確かだ。

この主人公を助ける警視補佐は誰かに似ているなと思って名前を必死に思い出した。英国のコメディアン俳優ピーター・セラーズだ。上司の警視は、エジプト人オマー・シャリフのそっくりさん。保険外交員で本業は殺し屋のボブは、自分がかつて親しくした中国通の職場の同僚澤田君にそっくりだ。本人から、アントワープの宝石店でインド人に間違えられたことがあると聞いたことがある。日本人離れした顔立ちの名前(巌)のごとく頑丈な澤田くんとは、大連、旅順、上海、北京、広州、海南島で一緒によく遊んだ。40代半ばの頃だ。そのS田君も早すぎる他界をしてもう10年になる。下記のサイトで、該当する人物がカバーされている。

https://www.youtube.com/watch?v=aoaMNd6GclU

閑話休題。金足農業の対戦相手はやはり大阪桐蔭になった。戦力的には大阪。金足農業はピッチャーが桐蔭打線を抑えられれば勝機はあるように思う。

夕食:ビール、肉じゃが、谷中生姜、冷しトマト、鮭茶漬け。

2018年8月21日 (火)

入院日記 リハビリ・直立歩行編 その45

8月19日(日) 晴れ後曇

4時過ぎに目が覚めて眠れなくなる。今朝も涼しい。
肌寒いくらいだ。

リハビリをやり朝食は久しぶりに納豆ご飯に目玉焼きを乗せて、トマトとレタスサラダを食べる。

2階に上がり、インド映画映画音楽のジュークボックスを聴きながら、日記をつけたり、ネットサーフィンをする。BBC ニュースを読んでいるとボリウッドの有名女優プリヤンカ・チョプラーがアメリカ人と婚約した芸能記事が目にとまった。彼女は「バルフィ!人生に唄えば」でみたばかり。https://www.bbc.com/news/entertainment-arts-45234822

昨夜は遅くまでDVDを観て夜更かししてしまったのか眠くなり、ベッドにごろり、一時間ほど朝寝しするとお昼になる。

石窯チーズピザと和風混ぜご飯とコーヒーで昼食。

13時から映画「ラストエンペラー」を観る。1987年の製作。公開時に観たし、その後2度くらいは観たと思うが大分昔の話。改めて歴史の真実について理解したことを整理してみると、

『最後の皇帝溥儀は、極東軍事裁判にソ連の収容所から証人として日本に送られ、「自分は、日本に強制されて満州国の皇帝になった」と証言した。

映画では、原作者の溥儀の家庭教師だった英国人ジョンストンの著書「紫禁城の黄昏」に基づき、中華民国の共和派による一方的な合意破棄に紫禁城を逐われ、さらに一族の墓を暴かれた屈辱を晴らすべく、溥儀は、満州族の故郷に王朝を復活することを夢見て、それを実現するために自らすすんで満州に権益をもつ日本に近づいた、として描かれている。

清朝最後の皇帝溥儀は、即位してすぐに革命による中華民国の時代になり紫禁城に閉じ込められた籠の中の鳥だったが、皮肉にも、自ら望んだ満州国皇帝時代も、結局は大日本帝国(関東軍)に利用される籠の中の鳥となる屈辱を味わうこととなった。そして、日本の敗戦とともに、満州民族の故郷(満州)での祖国復興の夢は潰えた。満州人は祖国の地(万里の長城の北の地域)を失い中国の少数民族になってしまった』

ということになるだろうか。

映画の最後は、アルプス一万尺のメロディが鳴る拡声器を持ったガイドが紫禁城を観光客に案内するシーンに変わり、清朝崩壊と国内の大混乱、日本の侵略と内戦、共産党政権の成立と毛沢東独裁によるその後の迷走を経て1980年代の改革・開放が始まり中国が漸く落ち着きはじたそんな時代、新しい世代の台頭を暗示しながら、激動の時代が終わったことを暗示しているシーンだが、政治の民主化を求める天安門事件はこの映画が公開された2年後に起った。

久しぶりにこの映画を観て、歴史物の映画としては稀に見る傑作であるとの思いがますます強まった。歴史の描かれ方にほとんど文句はないし、視覚芸術としてのショットの美しさ、聴覚芸術としての音楽の素晴らしさもグッドだ。繰り返し見ても、厭きがこない何かがある。

監督はイタリアのベルナルド・ベルトリッチ。政治的立場は、左翼リベラル。この監督にはイタリアの農村の富農と小作人が時代に翻弄される生き様変を描いた「1900年」という学生時代に観た傑作もある。

トリビアな指摘を2つ。

コオロギが映画の冒頭と最後の方の場面に登場する。冒頭のコオロギだが、緑色のキリギリスのようなバッタでコオロギには見えなかったがどうだろか。

紅衛兵のパフォーマンスの一部(造反有理を歌いながら踊る場面)が放映された映画ではカットされていた。テレビ放映の映画は時間枠のためにしばしばこれが起こる。作品に対する冒涜だ。https://www.youtube.com/watch?v=_OPSyFHW7yk

夕食:ビール、豪州産牛ステーキ、レタスとトマトのサラダに冷奴とご飯少々。

昨日は、涼しいので水撒きをサボったが、埃っぽいので、再開した。

池上彰氏の日本の終戦に関する番組を途中から見る。日本の一番長い日、終戦の決断についてだ。

戦争に勝って海外に利権・領土を手に入れると、多大な血で購った故に、簡単には手放せなくなる。地政学上、日本がロシアと戦わざるを得なかったことは事実だが、日本はそのために朝鮮半島と満州にこだわり続け、その後の歴史において最終的に墓穴を掘るこになってしまった。

太平洋戦争の犠牲者はとんでもない膨大なものだった。死んで行った英霊に申し訳ない。軍人は戦争を止めるとは死んでも言えない。死に活路を求める陸軍の考えとは一億総玉砕だ。それを止められたのは天皇だけだった。

ポツダム会談の目的は、ドイツをめぐる戦後ヨーロッパの扱いをめぐる議題がメインで、日本への降伏勧告であるポツダム宣言はトルーマン大統領が主催した副次的な問題だった。宣言は、米英中の3ヶ国によるもので、ソ連は宣言に加われなかった(日ソ中立条約のため)。日本は中立国のソ連に終戦交渉の仲介工作を持ち掛けている一方、スターリンは対日参戦に向けて着々と準備を進めていたという事実には愕然とする。

今日は、高校野球はお休み。日本の暗い歴史に思いを馳せる1日となった。

2018年8月20日 (月)

入院日記 リハビリ・直立歩行編 その44

8月18日(土) 晴

5時過ぎに目が覚めた。昨夜からぐっと気温が下がり、久しぶりに扇風機をつけずに寝た。

早朝の気温は20度前後。セミもびっくりしたのか鳴かずに、外はひっそり。

日記をつけて、いつものリハビリ、朝食(シリアル)をとる。父はデイケア。

食材の買い物で午前中に近くのスーパーに車で出かける。

高校野球の準々決勝。浦和学院は大阪桐蔭に大敗した。11対2のコールドゲームのスコア。何故か、夏に勝てない浦和学院。

ゾルゲ事件の新しい事実が出たというインターネットのニュースの見出し。どんな?と思い内容を見るがあまり良く理解できず。

お昼:石窯チーズピザと巻き寿司セット。

13時からBSで原爆開発の特別番組を見る。マンハッタン計画は、ヒトラーのドイツから逃れて来たユダヤ人の物理学者シラード(当時は無名、後にノーベル賞受賞) がアインシュタインの協力を得て、ドイツの原爆開発の可能性と何としても先んじてアメリカが開発する必要性をルーズベルト大統領に直訴して開始された。予算は今のお金で2兆円。議会の承認を経ない機密費で賄い、大統領と陸軍と科学者が密室で進めた秘密プロジェクトだった。

情報機関から、ヒトラーのドイツは原爆開発はしていないとの情報がもたらされ、開発プロジェクトに疑念が呈されるが、膨大な経費を注ぎ込んで進行中のプロジェクトを今さらやめられず、完成し、実験ではなく実際に使用してその有効性を国民に示すことが目的となっていく。

開発に関わった科学者たちは、後のインタビューで、成功した時の感想を、何よりも「達成感」であった、と述懐している。大量殺戮に対する後ろめたさはどこかにはあった。しかし、科学そのものへの飽くことのない探求心と野望への誘惑が優り、膨大な権力と資金とのファウスト的な結託をしたのだった。人生とはそのようなものだ、と。

原爆開発の現場の責任者はロバート・オッペンハイマー。ハーバード大学を3年でしかも首席で卒業した秀才。しかし、あるノーベル賞を受賞した学者はオッペンハイマーを評して:確かに優秀な論文を書くが、ノーベル賞級の独創性には届かない人。自分の同僚や後輩の脚光を浴びる活躍に嫉妬と焦りを感じていた誇り高い本人は、原爆開発に自分の野望(科学者として名をなすこと)の実現を賭け、そして勝った。原爆の父として著名人となったオッペンハイマーだが、左翼シンパであることがあだになり、マッカーシーの赤狩りで挫折を味わうことになる。   

高校野球の準々決勝の劇的な試合が2試合。日大三高は僅か3安打で8回裏、一気に逆転。金足農業は9回裏に、ノーアウト満塁からツーランスクイズで逆転サヨナラ。いずれのスコアも3対2。両校は明後日、準決勝で対戦する。

夕食:ビール、カツオの刺身、冷奴、納豆とご飯少々。

コオロギが鳴く夜、2階で映画「女神は2度微笑む」を観る。2012年製作のインド映画。派手なダンスも歌もない本格的なサスペンスもののニューシネマ(ヌベルバーグ)。

妊婦の若妻がコルカタ(カルカッタ)を舞台に行方不明の夫を探す物語だ。

ストーリーは伏せるとして、冒頭の電車の中の毒ガステロはオウム心理教の地下鉄サリン事件を思い出させる。そして、最後のあっと驚く結末の場面でのコルカタのお祭りのシーンは、何故か、映画「黒いオルフェ」のリオのカーニバルシーンのイメージと重なった。ヒンズーの女神ドゥルガーを祀る山車が練り歩く場面は、日本の祭りに共通する何かを感じた。とりとめのない連想は、大野晋氏の日本語のタミール語起源説にまで及んでしまった。

サスペンス映画としても秀逸だが、現代インドの人々の生活風景、風俗や文化を垣間見れるのが何より楽しい。ハリウッド以上に量産されるインド映画だが、これでまだ5作目だ。

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2018年8月19日 (日)

入院日記 リハビリ・直立歩行編 その43

8月17日(金) 晴

5時に目が覚める。まだ薄暗い。日記を書いているともう6時だ。窓越しに空を見るといつになく青い。夏場のくすんだ水色ではない。秋の色だ。いつものセミの声は聞こえない。

リビングの庭の窓を開けて網戸にする。涼しい微風が入ってくる。たっぷり時間をかけてリハビリをやる。
7時半過ぎ、漸くセミが鳴き始めた。

コレステロールを押さえる薬が切れたので、徒歩で近くのクリニックへ出かける。父も母も長年御世話になっている。2ヶ月分の薬(新しいタイプ)を処方してもらう。

横浜高校が金足農業に逆転負けを喫した。5対4。8回裏に逆転スリーランを打たれて、最後の9回表は三者三振。金足農業の投手はプロも注目する本格派。勝ちゲームの展開が一瞬で負けに横浜高校は監督も選手も茫然自失。こういう勝ち方をするとチームに勢いが出る。ひょっとしたら優勝するかも。佐賀北高校を思い出した。

昼食:ピザ・マルガリータ、スパゲッティー・ジェノベーゼにコーヒー。

BSで 映画「ブラジルから来た少年」を見る。1978年製作。見た記憶がないが、当時の日本では劇場公開されなかった作品という。「マラソマン」と同じで、戦後南米に逃れたらナチス残党の恐ろしい話し。

グレゴリー・ペックが演じるメンゲレ医師が、ヒトラーの遺伝子を使ってクローン人間を作り出し、北米と欧州のアーリア系の家庭に養子としておくりこむ。家庭環境はヒトラーと同じにするため、父親は65歳で死ななければならない。その年齢に達した父親は次々と殺されていく。殺人リストは90名を越える。全てはナチス再興のため。

ローレンス・オリビエ演ずるリーバーマン(モデルはナチハンターで有名なサイモン・ヴーゼンタール)は、この恐ろしい事実を嗅ぎ付けて殺されたインフォーマントの情報をもとにメンゲレ医師を追い詰めていき、アメリカのペンシルバニアで二人は対決するが、学校から戻ったヒトラー・クローンの少年が父を殺されたため、ドーベルマン犬に命令してメンゲレ医師を殺害する。リーバーマンは、ヒトラーのクローン少年たちを抹殺するためにメンゲレから奪った殺人リストを要求するユダヤ組織の要望を断り、入院する病院でリストを燃やしてしまう。

最後の場面は、ヒトラーのクローン少年が自ら撮影したドーベルマンがメンゲレ医師を殺害する写真を一人嬉々として現像している場面で終る。

メンゲレはナチス強制収容所で人体実験をした実在の人物で、南米(パラグアイ)に潜伏しこの映画が公開された直後に心臓発作で死亡した。

不気味なサスペンス・サイエンス・フィクションだったが、1970年代後半のヨーロッバ(ドイツ、イギリス、オーストリア)のロケシーンが自分の若かりし日々の欧州滞在(1976年夏のコペンハーゲン、ドイツ、パリ)に重なり、別の興味もあって、最後まで引き込まれて見てしまった。

見終わって、アイスクリームを食べ、2階に上がりひと休み。BarfiのジュークボックスをYouTubeで聴く。

https://www.youtube.com/watch?v=_4qBfcF6KK0

そして、インド映画のDVD を3枚、Amazonで注文する。現代インド映画映画に遅まきながら開眼し、時間はたっぷりあるいま、飽きが来るまで耽溺しようという心意気になった。

夕食:ビール、冷奴、冷しトマト、銀だらの粕漬け、納豆にご飯少々。

ここしばらく、東京のYちゃんから連絡がない。母親にラインを送ると「勉強」とあった。大変だなぁ。

2018年8月18日 (土)

入院日記 リハビリ・直立歩行編 その42

8月16日(木)曇り、終日風強し

5時に目覚める。かなり風が吹いている。が、涼しく
はない。

テレビでは、鳥取砂丘の自然を写している。昆虫のハンミョウや初めて目にする薄紫色のラッキョウの花。リハビリでうっすらと汗をかいた後は、いつもの朝食(シリアル)。

母の補聴器の申請の承認する郵送物が届いた。後は業者に連絡して新しい補聴器を購入するだけ。10万円のうち4万円が自己負担となる。自分の足の装具と同じだ。

台風19号(いつの間にかこの番号だ。16、17、18は記憶にない)が発生し週末は西日本に接近予定。

カリフォルニアの山火事は未だに収束いない。1ヶ月以上続いている。近年、雨不足が深刻で、庭の緑の芝生を維持するのも大変らしい。3年前の8月後半にサンバナディーノ市に出張したが風景はサバンナの2歩くらい手前と言うくらい乾燥地帯だった。景観はアメリカかというよりメキシコという印象。

昼 焼おにぎりとピザ、バナナに麦茶。

終日、外は熱風が吹きまくるいやな天気。気温は34度まで上がった。殆んどを2階で過ごす。

昨日観た映画「バルフィ!人生に歌えば」のサウンドトラック・ジュークボックスをYouTubeで見つけてオンにしながらネットサーフィン。映画についての日本語情報は少ないが、英語となると情報量は圧倒的だ。サウンドトラックは、どこかインドを感じさせるが、欧米のポップスサウンドが濃厚だ。新鮮で心地いい。         https://www.youtube.com/watch?v=_4qBfcF6KK0 

高校野球は、浦和学院と日大三高がベストエイトに勝ち進んだ。浦和学院が上位に勝ち進んだのは32年ぶりだと言う。次の対戦相手は、不運にも!大阪桐蔭。出来るなら決勝戦で当たりたい相手だ。勝てたら全国制覇だろう。

夕食:ビール、鰈の煮付け、冷奴、胡瓜と茗荷の浅漬け、鮭茶漬け。

弟からラインで連絡あり。背中の痛みは直った。週末の買い出し訪問はなしにして休養してもらうことに。

真夏の宵の一時、ぼんやりしながら寛いでいると、コオロギが鳴き声に気付きハッとする。お盆明け、高校野球の終盤の頃合いになるとそうなのだ。秋の気配を感じる瞬間だ。

2018年8月17日 (金)

入院日記 リハビリ・直立歩行編 その41

8月15日(水) 晴

明け方、久し振りの夢。中学校まで同じ学校に通った岩間君が何故か登場した。一緒に涸沼に釣りに出かけるのだが、釣り餌がなかなか手に入らずあちこちさ迷ってしまう。岩間君とは高校時代以来会っていない。

鉄道の旅は英国ねウェールズ。外はセミの大合唱。ウグイスは8月に入り鳴りを潜めている。イタリアで、高架橋の崩落事故。1960年代に建設された交通インフラで構造物の劣化が原因らしい。

いつもの入念なリハビリ後、朝食(ロースハムサラダと納豆ご飯)。

父はデイケアに。父の年金が入ったので、母に頼まれ銀行へ出かける。キャッシュカードがいつの間にか無くなり(本人記憶なし)、再発行の手続きもした。
帰りに食材の買い物をして帰宅した時は既に13時を回っていた。

お昼:石窯チーズピザと鶏ゴボウの混ぜご飯に麦茶。

インド映画「バルフィ」を見る。これが4本目。2012年の制作。日本語字幕スーパーで原語はヒンドゥー語の映画。歌とダンスが炸裂する標準的インド映画のパターンとは明らかに違うニューシネマ。紅茶で有名なダージリンが主な舞台。インドの軽井沢だ。物語は1978年から始まる。耳と口が不自由な主人公と知的障害(自閉症?)を持つ女性と美しい人妻が繰り広げる三角関係の愛の物語だ。

主人公バルフィは映画PKの主人公に似て「星の王子さま」的だ。無垢でコミカルな道化のようでもある。カルカッタから父親の仕事で一緒にやって来た美女シュルティに振られながらも恋し続ける一方、裕福な家庭に生まれたものの知的障害者のジルミルとは幼なじみの関係。

ジルミルを可愛がる裕福な祖父の死と遺産相続問題、貧乏なバルフィの父の病気と入院、それぞれのお金の問題が事態(未遂の銀行強盗、ジルミルの誘拐、人質料を要求する2通の金額が違う脅迫状、等)を動かし、バルフィとジルミルはダージリンから逃走、二人はバルフィが恋情を寄せ続けるコルカタまでの珍道中を続ける。旅の途中のインドの田舎のロケシーン(農村と自然の風景や生活風景)がこれまたとても楽しい。エキゾチックだが、それでいて、どこか懐かしさを感じてしまう。

コルカタでジルミルの面倒を見ながら生活して6年たったある日、バルフィは人妻の美女シュルティに再会し、一人の男と二人の三角関係が始まる。バルフィに恋するジルミルはシュルティに向いてばかりいるバルフィに腹をたてて突然身を隠してしまう。居なくなって初めてジルミルが自分にとってなくてはならない大切な存在だと気付き、バルフィは彼女を探し求める。ジルミルが居なくなって安堵するシュルティ。ジルミルが小さい時に預けられていた施設でとうとう再会を果したバルフィとジルミルめでたく結婚する。

最後は、夫を捨てバルフィへの報われぬ恋にもかかわらず慕い続け、二人の死を見届けた晩年の年老いたかつての美女シュルティの諦念と切なさをたたえた顔が映し出されて終る。

見終わって悲哀の余韻にしばし浸ってしんみりとしてしまった。ミュージカル風の強烈な歌とダンスはないが、時折、画面の片隅で辻音楽師風のカルテットがアコーディオン(フランス風)をベースに奏でる哀愁と共に心温まるメロディと歌(Ashiyan)がとてもグッドで印象的だ。

https://www.youtube.com/watch?v=sCMNen9q3fI

見終わってもメロディと歌声が耳の中で鳴りやまない。映画「屋根の上のバイオリン引き」を思い出したが、ウィキペディアを見るとフランス映画Amalieの盗作疑惑があったらしい。聴いて見ると確かに似ている。宜なるかな。

https://www.youtube.com/watch?v=nAnW4nMstBE

台詞が少ない分、主人公の手振り身振りが多いが、アメリカのハリウッドのサイレント・ムービー(チャップリン、キートン等)のシーンのもじりが、あちこちに投影されているのに気づかされる。パクりと言われれば確かにそうかも知れないが、スタンダードな古典の手法を現代インド映画に取り入れて新境地を切り開いた秀作だったと思いたい。模倣がオリジナルを越えて見事に進化するインド映画の懐の深さであろう。

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夕食:パプリカ入りナスの味噌炒めとビール。仕上げは、銀座ナイルのチキン・カレー。

山口県で行方不明になっていた2歳の幼児は3日振りに無事発見、救出された。
救出したのは大分からその日やって来たボランティアの老人。3日間一人でサバイバルした2歳の幼児もすごいが、この老人もまた奇跡のような人だ。

今日は、終戦(敗戦)記念日。NHK特集を見た。ノモンハンの国境紛争だ。司馬遼太郎氏は、この事件をテーマに昭和の歴史小説の執筆をこころみたが、断念せざるを得なかった。幕末・明治維新から日露戦争までのような小説の主人公に成りうる人物が結局見当たらなかった。書きたくても、調べれば調べるほど、日本陸軍の上層部の愚劣ぶり、無責任ぶりへの嫌悪と怒りが込み上げるだけで、整理がつかなかった。

実際には、小説の主人公候補が一人いたらしい(歩兵第26連隊長須見新一郎元大佐)が、司馬氏が瀬島龍三氏と懇談したことを咎められ、執筆のための資料提供を拒否されたため断念せざるを得なかったらしい。

日本軍部の愚劣と無責任ばかりが強調されるが、ノモンハン紛争は独ソ関係との関連(紛争終結直前の独ソ不可侵条約とポーランドの分割)や、日米対立を戦略的に推し進める(日本に南進を選択させる)スターリンの策略など、ソ連側の安全保障の視点が重要である。また、ソ連崩壊後に新にわかったことは、日本以上にソ連側に死傷者が多かった。辻正信は、日本の負けを認めなかったが、戦術的には日本は多大な犠牲を払ったものの、確かに自軍を上回る損害を敵に与えた日本軍は強かった。

しかし、戦略的には、ソ連が主張する国境線にほぼ落ち着いたこと、日本はこれ以後、ソ連の圧倒的な近代兵器に恐れを抱くことになり、英米の戦力的にずっと手薄な東南アジアへの南進する流れを作ったこと、等スターリンの思うつぼにはまった可能性が高い。戦略的思考の次元に於て、日本の軍部エリートはあまりに幼稚でお粗末だった。失敗の責任の取り方も、今日の日本の無責任組織に濃厚に残っているようだ。 

2018年8月16日 (木)

入院日記 リハビリ・直立歩行編 その40

8月14日(火) 晴

5時過ぎに目が覚める。スッキリした頭で日記の書き込みに没頭する。鉄道の旅は北アイルランド。リハビリ、朝食(シリアルとバナナ)をとりゆっくりしながら新聞を読んだりニュースを見たり。世の中、事件に満ち満ちている。日々の生活は、個々人のもつエネルギーが様々な形で消費される結果とは言え何故このような炸裂の形になってしまうのか、謎だ。

入院中の5月に確か愛媛県の刑務所からの逃走事件があったばかりだが、今度は、大阪で拘留中の男が弁護士と接見後に逃走する事件が発生。お盆期間で気が緩んだ隙をつかれたか。杜撰な管理体制について、地元の私大のもと学長(被害者学専門家)がテレビでコメントしていたが、誰でもできる陳腐なものでこれにも驚いた。

群馬県でヘリコプターの墜落事故で9人が死亡。シアトルで飛行機の整備士が一人で飛行機を操縦し曲芸飛行の末に、山林に衝突自殺。何れも巻き添えの犠牲者はなし。ドイツでは2年前に乗客を乗せて道連れにしたパイロットの自殺があった。日本では羽田沖で精神が不安定なパイロットの不時着事故が、随分昔だがあった。

若い女性の殺人事件2件。一人はダム湖で釣り人が発見(兵庫)、一人は包丁が背中に突き刺されたまま林道で発見(新潟)。何とおぞましい事件。若い女性は自殺するか殺され、熟女は殺されるより殺す側になることが多いのは何故か。

ロンボク島の地震の死者は400人を越えた。自然災害は人智を超えたものだが、無慈悲な運命は人の命をあっけなく奪ってしまう。自分の転倒骨折も命にかかわらなくてよかったと思ったほうが良さそうだ。生きているということは辛いときもあるが楽しいときもある。半々。この世に生を受けるというのは奇跡に近い。実を結ばなかった精子と卵子のことを思え!

イランがホルムズ海峡でミサイル発射演習。トルコとアメリカの外交の緊張が続き、トルコの通貨が暴落。全ては、トランプ大統領の最近の敵対政策の結果。アメリカの迷走、ダッチロールが続く。トランプ政治は、国内政治優先で、短期的には11月の中間選挙の対策、同盟国を含む周りの世界はいい迷惑。批判的でしたり顔の有識者が正しいのか、それとも、大統領を支持するアメリカの民衆の感情的な反グローバリズムが正しいのか。

お昼:焼おにぎり、石窯チーズピザにコーヒーとスイカ

横浜高校が昨年の優勝校花咲徳春高校を破る。横浜高校の戦力は常に全国区で優勝を狙えるレベル。過去2年は初戦敗退していた。花咲徳春は最終回に粘ったが及ばなかった。どちらも強豪だが大阪桐蔭はさらに上を行くような気がする。

夕食:豪州牛ステーキ、もろきゅう、冷やしトマト、レタス、枝豆、ビールにご飯少々。

食後、涼しい夕風に吹かれながら庭で水撒き。郵便ポストを覗くと、注文していたDVDと本が届いた。

森繁喜劇が復活した。「社長行状記」を見る。1966年制作。メインキャストは同じ。職種は紳士服。冒頭は、森繁がジョギングならぬ競歩で汗を流すシーン。フランキー・堺は日系フランス人としてフランストップブランドの日本支店長役で登場。可笑しな日本語と外国語(今回はフランス語)を操るのはいつものパターン。今回のロケは、名古屋とミキモト真珠の鳥羽や伊勢神宮。鳥羽国際ホテルに宿泊。そして、日本が誇る新幹線も登場した。池内淳子は名古屋の芸者。新珠三千代は大阪のクラブのマダム。両者との情事は今回も寸前のゴタゴタで成立せず。最後は、夫婦岩の日の出シーンを名コンビの森繁・小林夫妻が拝むところで終る。東京オリンピックの後で、映画の中では「不況」の言葉が交わされていた。半世紀前の映画だがその時私は小学六年生。

シャワーを浴びて、ソファにゴロリ、届いたばかりの「インド映画完全ガイド」をぱらぱらめくったり、

India_movie_guidebook

色褪せたホームズの文庫本を読んでいる(モリアーティ教授との一騎討ちのライヘンバッハの場面)と眠くなった。

2018年8月15日 (水)

入院日記 リハビリ・直立歩行編 その39

8月13日(月) 曇り、時々晴

5時過ぎに目が覚める。ミンミンゼミの声を聞きながら、日記をつける。

6時、BSでイギリスの鉄道の旅(スコットランド・北アイルランド)を見ながら、リハビリをこなし、 朝食(シリアルとピザ)をとる。

9時過ぎ、父がデイケアに出かけた後、優勝候補筆頭の大阪桐蔭高校の試合を見る。相手は福岡の沖学園。中盤まで互角の打ち合いだったが、後半、プロが狙う選手が多い大阪桐蔭が実力を見せつけて大勝。大阪桐蔭の春夏連覇はかなり確立が高いと見た。

昼食:柚子醤油味和風スパゲッティー、麦茶、バナナ

居間で、扇風機をフルに回して、Sherlock Holmes in Japanをあちこち拾い読みする。インド人の作者は実によく日本のことを勉強しており、物語は緻密に構成されている。そして、各章の冒頭にはタイトルの後に漢字が1文字ずつ記され、その漢字にまつわる短い省察的なモノローグが配されると言う凝りかただ。例えば、

The Voyage begins

My friend, do not stop me. I must begin without knowing that I shall end. I have heard that the seas will never revela their secrets but shall bless the brave who set forth to do their duty.

Alexsandria to Bombay

Who dwells in the mighty Sea, my friend ? The fish and the spirits observe silently as we move onwards, spurred on by reluctant winds, knowing exactly whether it is doom or glory that awaits us.

Calcutta

You often argued with me, when we were young fools in Kobe, that logic is less importnat than passion. No. There is logic and music in a b;ade of grass, in the song of a humming bird, in the sigh of a lover.

といった具合で読んでいて楽しい。

東京はすごい雷雨らしいが、地元は涼しく静かだ。日本各地はお盆まっただ中。島根県で2歳の幼児が実家近くで行方不明となり大騒ぎとなっている。

夕刻、父が元気に戻り、一緒に夕食。父は別メニュー。私は、ビール、ゴーヤとパプリカと海老・鶏炒め、冷やしトマト、谷中生姜ともろきゅう、最後は、笹かまぼこと鮭茶漬け。

食後、「鶴瓶の家族に乾杯」を見る。時々見る番組だが、今夜は、海外編で場所はロッテルダム。自分が34年前に1年間住んだのはアムステルダム。1、2度足を運んだ記憶はあるが、奇抜な集合住宅の建物は見た記憶がない。1984年に入居者の募集と建設が始まったらしい。意味を知らないまま漢字の「勇」をプリントしたTシャツを着る青年と妹が柔道で汗を流すシーンがあったり、日本人と結婚したオランダ人家族や市場で知り合った果物屋さんや通りがかりに知り合った少年の家族を訪ねたり。登場した家庭はみな子供が多いのに驚く(3、4、5人)。これは単なる偶然か。

2018年8月14日 (火)

入院日記 リハビリ・直立歩行編 その38

8月12日(日) 曇り

昨夜は涼しくいつになく6時前まで熟睡。睡眠の際の左足のシーネも着けず、素足で昨日から寝ている。漸く出口が見えてきたことは事実。でも、あと一ヶ月はかかる。嗚呼、溜め息。

気を取り直し、新しいストレッチをたっぷり時間をかけてやる。

ゆっくり朝食(シリアル)をとり、日記をつける。

元々は読書日記として2007年に始めたこのブログ。足の完治(装具がとれて完全な2本足歩行になる)まで残る一ヶ月は、忘れたままにになって埃を被った懐かしい本や、積読本など、整理しながら、自分の読書史の振り返りをしてみようと思いたった。

インド映画に入れ込んでいる最近だが、インド人の手によるシャーロック・ホームズものがある。Sherlock Holmes in Japan。インド人の作家(Vasudev Murthy)がヤマシタ・アキラなるペンネームで2013年に出版。2016年の3月に偶然地元の由緒あるK書店で見つけて購入。折しも、マレーシアとオーストラリアに出張する直前に読み始め、旅行に帯同し、ニューカッスルからシドニーに移動する列車の中で読了した。裏表紙には読了日が3月7日とある。

Holmes

ホームズものは中学・高校時代に読んだが世に言う熱狂的なマニアではないし、ストーリーも殆んど忘れてしまっている。

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原因は、ヴァン・ダインやエラリー・クィーンの本格的な探偵推理小説により魅惑されたからだと思う。

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この本は、ホームズがモリアーティ教授との一騎討ちの戦いでスイスのライヘンバッハの滝に落ちたまま消息不明になりその後復活を遂げる空白期間に、実は、日本にきて明治日本の国家的危機を救う活躍をさたというお話し。

推理・探偵ものだから詳細はここに記さないが、ホームズは、休暇で山小屋に滞在していた日本人外交官に匿われ、陸路モスクワ経由で当時建設されたばかりのシベリア鉄道でウラジオストク経由、日本に入りモリアーティ一味の追跡から逃れることができた。そこで日本政府から国家機密扱いの重要な問題解決に協力する依頼を受けて了承する。

ホームズを失い傷心のワトソン博士は、1893年の6月のある日、日本からの手紙を受け取る。何とホームズからだ。船のチケット(リバプール~横浜)が同封されており、ワトソンは慌ただしく出発する。客船でマルセイユ、アレクサンドリア、アデン、ボンベイ、シンガポール、上海等を経由して日本の横浜まで旅する途中で、同室の日本人の殺人事件に巻き込まれ、直後には変装をして船に乗り込んでいたホームズと劇的な再会を果たす。モリアーティ一味に命を狙われ、追跡をかわすために、ボンベイから急遽、鉄道でカルカッタに移動し、そこから別の船に乗るかと思えば、ビルマのひなびた港で再び降りて陸路で馬車を使い仏領のカンボジア(プノンペンとアンコールワット)、ベトナムのサイゴンまで移動、そこから再び海路でマカオ経由長崎に何とか無事着く(1893年7月29日)。この旅行中の描写はなかなか楽しく(仏教の聖地ブッダガヤやカルカッタでの哲学談義等)、

最後は明治天皇が主宰する御前会議で見事問題を解決する、と言うホームズファンにとっては、コナン・ドイル亡き後に、連面として創作され続けるホームズもので最近の傑作だ。



お昼:ラーメンと石窯チーズピザにコーヒー。ピザはガスレンジで焼いたが、本格的なイタリアンピザだった。

優勝を狙える戦力で甲子園に乗り込んできた星稜高校が敗退。前半で7対1の大量リード。圧勝だと思っていたが、買い物に出かけて戻って見ると9対9で延長戦。13回のタイブレーク・イニングで2点リードしたが、相手の斎美高校に逆転サヨナラ満塁ホームランを喫し、万事休す。何と言うドラマチックなエンディング!箕島高校の延長18回のサヨナラ負け、松井秀喜の5打席連続の敬遠試合では明徳義塾高校に敗退。何れも四国勢に負けているというのは偶然か。

夕食:鰹の刺身、谷中生姜、冷やしトマトにビールと納豆ご飯少々。鰹が好物の父はメニューは違うが、鰹を一緒に食べて喜ぶ。

2018年8月13日 (月)

入院日記 リハビリ・直立歩行編 その37

8月11日(土) 曇り、後晴

4時過ぎにトイレに起きてから眠れなくなる。うとうとしていると、ミンミンゼミの合唱が始まった。

日記をつけて、6時過ぎ、新しいストレッチをやる。それから筋肉トレーニング。テレビでは、タイのブタの血を使った麺料理を紹介している。地震があった。震源地は福島。震度4。

帰省ラッシュ。東北自動車道路は41㎞の渋滞。先祖の墓参り。最近は樹木葬と言うのがあるらしい。

足の完治がなかなか進まず、フラストレーションがぶり返した。ただ、待つだけの日々だ。気晴らしはあるけれど、長続きはしない。

「太平洋戦争は無謀な戦争だったのか」を読み続ける。

後書きを読むと、翻訳者は、日本は真珠湾攻撃ではなくオランダ領インドネシアの石油を取りにに行けば良かった(オランダに宣戦布告)、と言う日下公人氏の指摘を引いている。ハルノートなるものはアメリカではマスコミも知らず、密室で処理されたものだった。日本はインドネシアの石油を取りに行くのは、アメリカが経済封鎖(=宣戦布告に等しい)を日本にしかけて来たからだ、と世界に公言してから堂々と蘭印を攻める。少なくとも、アメリカが日本と戦う大義名分にはならなかった。

米英は共同で日本と戦う合意がルーズベルトとチャーチルの間に確かにあった。しかし、1941年から43年は、連合国側はとても日本の軍事力に対抗するすべをアジア・太平洋地域に持っていなかった(あるいは、お粗末な軍事力で日本に対する抑止力があると思い込んでいた)。優先される欧州のナチスドイツとの戦いで手が一杯だった。英米のアジア戦略は、基本的に日本抑止だった。

帝国日本海軍は、真珠湾攻撃の後、2度目の博打に近いミッドウェイ海戦で実質的に太平洋と言う広大な戦場で戦うために必要な機動艦隊を大方失ってしまった。

真珠湾を先に攻撃したのは愚策だったが、それでも、ミッドウェイで戦わずに艦隊を温存し、フィリピンとマリアナ諸島の防御力を高める体制構築に主たるエネルギーを1942年から43年にかけて注いでいれば(航空基地建設と飛行機の配備、機動艦隊との連携と潜水艦による敵の通商破壊)、連合国(アメリカと同義)の攻勢は抑止され、時期的に相当遅れたはずで、そうなれば、ソ連との冷戦が順序として先になる可能性もあった。つまり、日本人のトラウマとなっているあの様な妥協の余地のない1945年夏の敗戦とはかなり違った結果(妥協による停戦)があり得た。

日本は、緒戦の華々しい勝利に酔い(勝利病)、帝国の防御圏の拡大に走り戦力を消耗してしまい、本来の自給自足に基づく帝国を維持し、英米との長期持久戦に備えるべく防御体制を確立する機会を逃してしまった。

お昼:エビピラフ、麦茶、スイカ

2階で、マサラ・サウンドを聞いたり、ベッドでうとうとのシエスタ。インド映画のDVD を2枚と「インド映画を10倍楽しむ方法」をアマゾンで注文する。

父がデイケアから戻る前、庭の水撒き。アブラゼミのメスを捕まえた。写真を撮ってリリース。

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夕食:冷やしトマト、冷奴、枝豆、鮭の粕漬け、ビールと納豆ご飯。

東京のYちゃんのお母様とラインの交換。勉強はお休み。お母様とお友達を誘って東武練馬をブラブラして涼んでいる。お盆休みは一緒に遊ぼうと約束していたのだが残念。

弟から連絡。背中の痛みで病院に午前中でかけたらしい。単なる筋肉痛ならいいのだが心配だ。明日の実家訪問は中止。

台風去って、酷暑が戻ったが、夜は涼しい。ここ数年はお盆に出かける日々だったが、こんな形で夏をひっそりと過ごすことになろうとは。ひっそりと静まりかえった真夏の宵、つらつらと、これまでの来し方を思い、これからの行き末に思いを馳せながらぼんやりと過ごす。

2018年8月12日 (日)

入院日記 リハビリ・直立歩行編 その36

8月10日(金) 晴

4時半過ぎの目覚め。台風は結局何事もなく陸地をかすめて北へ去って行った。今日は再び猛暑が戻るらしい。

日記をつけ、早めの朝食(シリアルに目玉焼き)とって、8時20分に車で病院へ出かける。医者より、左足への体重の荷重をこれまでの3割から5割に増やして次は2週間後の診断と言われる。と言うことは、次回は8割の荷重と言うことになる。装具が取れるまでは従ってあと4週間の計算になると言うことらしい。  

リハビリ・ルームで新たなストレッチ(左足指と筋肉のスジ)の指導を受け、途中スーパーで買い物をしてから、やっと帰宅したのは14時前だった。ちょっと疲れた。病院で車に乗った時の車内の暑さはすさまじかった。リビングも台風前の暑さに戻っていた。

遅い昼食(スパゲッティー・ペペロンチーノ、コーヒーに小さなおにぎり)をとって休憩。ソファにごろりとなる。バックグラウンド・ミュージックはもちろんインドの映画音楽、マサラ・ダンスサウンド。暑さに負けないエネルギーを浴びる。

明日からお盆休み。我が家に予定なし。病院も休みで、看護師さんが父の薬を近くの掛かり付けのクリックからの処方薬を段取りして届けてくれた。

夕食:もろきゅう、冷奴、冷やしトマトでビールを飲んでから、カツ丼を食べる。

食後、4日ぶりに庭の水撒き。近くで数は少ないがヒグラシやツクツクボウシの鳴き声がアブラゼミに混じって聞こえる。

シャワーを浴びた後は夜の読書。「太平洋戦争は無謀な戦争だったのか」を読み続ける。第5章の「運用に失敗した潜水艦隊」。第一次大戦や第二次大戦でのドイツの潜水艦による商船破壊は連合国を悩ませた。しかし、日本海軍は、手持ちのその時点では最先端の潜水艦隊を攻撃の補助的戦力としてしか運用しなかった。アメリカが太平洋で戦う準備ができていなかった戦いの初期に置いてドイツのような運用ができていたら日本の優勢は(少なくともさらに1年間近く保持できたであろう。その時間を使って、大日本帝国の本来の太平洋における防衛体制の構築と強化に取り組んでいれば、戦争の結末は違っていた可能性がある(実際には真珠湾攻撃後、半年で優位を失ってしまい、防衛体制構築は不十分なまま、負け戦を続けることになる)。

集中力が続かず、何とか読み終えたところで眠くなり、就寝。

2018年8月11日 (土)

入院日記 リハビリ・直立歩行編 その35

8月9日(木)曇り時々雨

台風がノロノロと千葉・茨城を射程に北上しているが、風も雨も思ったほどではない。ほっとした。

地元の80歳の女性が風に煽られて転倒、左足!を骨折。敏感に私は反応してしまう。高齢者は外出は控えるべきなのにこの人。無理した結果がこれだ。無理しない私も、何故か転倒骨折、ほぼ3ヶ月経った今も不自由なままだ。

リハビリを済ませ、朝食(シリアル)をとって、いつものようにくつろいでいると、台風の中、訪問看護師さんは休まずに父のために来てくれた。有り難い。

お昼:カップ焼きそばとコーヒー。

終日、家の戸締りをしたまま、電気をつけて、テレビのワイド番組や高校野球を見たり、ぼんやりして過ごす。日課の読書もお休み。

母が近所に住む同級生からのいただきもののトウモロコシを3時のおやつに食べる。

夕食:もろきゅうでビールを飲み、中村屋のカレーを食べる。

2年連続で初戦敗退していた横浜高校は愛知代表に圧勝。期待された地元の土浦日大が登場したが、沖縄代表に呆気なく敗退してしまった。甲子園出場は東大合格より確率的に難しいらしい。やっとのことで出場しても、初戦突破は至難の技。地元の実力校(常総学院と明秀日立)を破って上位進出が狙えるのではと期待されたので残念。

東京のYちゃんは10日まで塾通い。それから15日まではお盆休みすると言う。励ましに上京して一緒に気晴らし(自分のこともある)したいところだが、足の装具が取れないことには無理だ。明日は2週間ぶりの通院をするのだが。

台風が去って落ち着いた夜は、DVD(インド映画「あなたがいてこそ」)を再び見る。

映画のセリフを聞いていると、ソーリーとか英語のフレーズや、日本語に聞こえたりする時がある。しつこく見るとタモリ倶楽部の空耳アワーに投稿できるネタが見つかりそうだ。台詞はヒンディ語ではないらしい。テルグ語というインド南部の言葉。タミール語とかカンナダ語やヒンディ語とならんでインドの4大言語ということらしい。ボリウッド(ヒンディ語)とはまた違う地方映画のジャンル。

ヒロインの幼なじみの顔が、昔に仕事した仲間に似ている。イワタ(カズマサ)君だ(ったと思う)、が、いつ、どこで一緒に仕事をしたのか思い出せない。

映画の中で披露される4曲の歌とダンスシーンが付録に収録されていたので、繰返しインドが醸し出す魅惑的なパフォーマンス(マサラ・ダンスと言うらしい)を楽しむ。

「さあ、急げ(Raaye Raaye Saloni )」は、ジャネット・ジャクソンのインド版だ。ヒーローとヒロインが、それぞれバックに男組と女組を従えて踊るのもインド的か。https://www.youtube.com/watch?v=vdGpAjvNOew

「窓辺の娘さん(Ammyai Kitiki Pakkana )」は、列車の走行音(カタカタコットン)がメロディのリズムになっている。月とサリーを羽織った美しいヒロインとコミカルなヒーローの二人がインド独特の身振りを交えた振り付けて繰り広げるパフォーマンスがとても印象的だ。https://www.youtube.com/watch?v=KGCnTQh1HQE

テルグ語の映画らしく、「テルグの娘(Telugammayi )」は圧巻だ。https://www.youtube.com/watch?v=ff2Q4O61Q2E

印度の映画は奥が深く膨大だ。参考になるサイトを見つけた。http://www.bahadurshah.com/film/maryada-ramanna


22時半過ぎの就寝。

2018年8月10日 (金)

入院日記 リハビリ・直立歩行編 その34

8月8日(水) 曇り、時々雨

5時に目が覚める。トイレに起つと遠くでヒグラシの声が聞こえる。ソファベッドで横になったまま日記を書く。時折、ざわざわと風が吹く音がする。

アメリカのイラン制裁発動の行く末が危うい。中東の石油に依存する日本にとっては米中貿易戦争とセットで死活問題になりえる危機だ。日本の最大の弱点はエネルギー問題。地震大国であり被爆国でありながら、原発を止められないこと。

台風がゆっくりと近づき風が出始めた。リハビリ、朝食(シリアル)後、階段のモップ拭きをしたり、高校野球を見たり、「太平洋は無謀な戦争だったのか」を読んだりして過ごす。

お昼:海老ピラフとバナナに麦茶。

日本ボクシング協会の山根会長が記者会見を開き辞任を表明した。辞任はしたが告訴については一切言及なし。解任でも除名でもない。内紛はまだ始まったばかりだ。山根会長は確信犯だ。

台風に備え早々と窓の戸を立てて、届いたばかりのインド映画のDVDを2階のベッドで横になり見る。邦題「あなたがいてこそ(Marayada Ramanna)」。前二作とは水準が違うが、充分楽しめる娯楽映画。例によって、歌と踊りが随所に盛り込まれたシリアス・コメディ。主演女優(Saloni)がメッチャかわいい。

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カリフォルニアの山火事はまだ続いている。何と東京都に相当する面積が消失らしい。山火事は湿度の高い日本では珍しいが、ロシア、スペイン、ポルトガルとあちこちで頻発している。オーストラリアは大干魃。ロンボク島の地震の死者は100名を越えた。今年の夏は特に自然災害が目立つ。

沖縄の翁知事が現職のまま死去。米中冷戦と日本の地政学的環境からすると同氏の主張は間違いだと思う。沖縄が日本の主権下から独立するならいい。主権下にある以上、その枠内で最善策を考え政治解決を目指すべき。反対するだけでは駄目だ。

沖縄の悲哀。琉球処分による大日本帝国への組み入れと帝国の敗戦。アメリカの施政後、沖縄は日本に返還されたが、独立すれば良かったか。しかし、日本復帰を歓迎したのではなかったか。当時は、米ソ冷戦下。苛烈なベトナム戦争もまだ継続中だった。
残念念なことに、地政学が沖縄に我が道を行くことを不可能にしている。朝鮮半島や台湾もそうだ。そして、敗戦後から今日に至る日本も。皆それぞれに覇権国から割当られた役割があって自由自在には振る舞えない現実がある。

夕食:ビール、鶏じゃが煮込み、もろきゅうと谷中生姜。

シャワーを浴びて、台風に備え、戸締り、懐中電灯、ラジオ、携帯の充電の確認をして居間でくつろぐ。風も雨もさほどではない。

ソファベッドにごろりとなり、「ゲーテ・イタリア紀行を旅する」をパラパラ読む。著者によると、ゲーテの原著は文字ベース。中身は膨大な美術品や建築物について。視角芸術を文字で体験するのは土台無理な話し。読破するのは至難。私も原書と岩波文庫の翻訳を持っているがどちらも通読できたためしがない。この本は自らゲーテの足跡を辿って写真をふんだんに掲載しているのでゲーテのイタリア紀行をかなり身近にしてくれる有り難いガイドブックだ。

Gete

2018年8月 9日 (木)

入院日記 リハビリ・直立歩行編 その33

8月7日(火) 曇り、たまに雨

夜中にトイレに起きるて待ち焦がれた雨の音。目覚めは6時前。涼しい。セミの声が聞こえない。

リハビリ、朝食(シリアル、牛乳、トマト、胡瓜とロースハム)を済ませて、リビングで高校野球観戦しながら日記に没頭していると、いつの間にか雲間から日が射し、セミが鳴き始める。

日大と日本ボクシング協会はガバナンスと責任の取り方についての最悪の例だろう。共通点は、スポーツ。体育会系という言葉が暗示する、先輩・後輩関係。絶対服従。閉じた組織の内なる論理が優先し公平性をないがしろにしてしまう。リーダシップの欠如(日大)と過剰(ボクシング協会)という違いはあるが、どちらのケースも当事者が自らを客観視できておらず、一方は当事者意識に乏しく他人事の扱いで終始すれば、他方は、当事者意識過剰の独り善がり、中根ワールドを展開し、どちらも自らを恥じ反省し事態の改善への意志が全く感じられない。トップに立つ人間がこの程度の人物なのか、と愕然としてしまう。

スポーツ界に限らない。政治家も官庁の高級役人にも最近の事件を見ると同じような徴候が見て取れる。政界・官界・実業界のエリートは偏差値だけの存在に成り下がってしまったように見える。要領がいいだけの、見識とモラルが欠如したそもそもエリートを語る資格がない人たち。

お昼:ローマ風チーズピザを焼いて食べる。それに、コーヒー、バナナに焼きおにぎり。

選抜準優勝の智弁和歌山が近江に3対7で逆点され破れた。ホームラン3本を打たれ、走塁等のミスで自滅し、優勝候補は完敗した。夏の大会は恐ろしい。

13時からなつかしい映画「大魔神」を観る。悪代官が農民をこれでもか、これでもかとサディスティックに悪行の限りを尽くして苛めていると、堪忍袋の緒が切れた温和顔の埴輪が変身、憤怒顔で暴れまわり、一味を懲らしめる勧善懲悪のお話。フラストレーションを溜めている自分が無意識に選んだか。見終わって、一時的には確かにスッキリした。 

午後の読書:「太平洋戦争は無謀な戦争だったか」を読み始める。

Taiheiyo

アメリカの歴史家による著作の翻訳。日本で書かれる太平洋戦争についての本はは左翼史観にもとずいて、最初から日本が悪という立場で書かれるものばかりだ。特にアカデミックな世界はそうなっている。帝国主義は今から見れば悪だ。イギリスが第二次大戦を戦った動機(大英帝国の利益の保持)は悪で無いのか。勝てば、悪は見逃されるのか。イギリスの歴史叙述は客観性を装った偽善そのものだ。(と言うのは言い過ぎか)

日本ばかりを見て、軍部の横暴・独走や稚拙な戦略でぼろ負けしたものだから、敗戦後は、日本共産党のようにアメリカ軍を解放者と崇め戦勝国に媚びる風潮に染まり、ひたすら自己を責める自虐的な歴史しか書けなくなってしまった日本人。マッカーサーは日本人を12歳の子供になぞらえたのも根拠がないわけではなかったのだ。

この本で、著者は日本がアメリカと無謀な戦争をしたことはたしかだが、無謀であっても戦略次第でもっと違う結末をもたらす戦い方ができたという分析をしてくれている。

夕食(ビール、冷奴、カジキマグロと玉葱のソテー、胡瓜と紫蘇の浅漬け、納豆にご飯少々)後、洗面所で歯を磨いていると、遠くからヒグラシの声が聞こえてきた。自宅近くではなくかなり遠くの千波湖に近い雑木林辺りからだ。

東京医科大の問題。不正入試問題は、女性の数を一定数に抑える問題も出てきたが、それほど問題だろうか。ハーバード大学では、点数が高いアジア系の学生数を一定数に制限していると訴訟が起きている。点数主義だけで考えるとこうなるがアメリカの入学基準は点数だけではないのが味噌だ。

性差別の問題は、確かに問題だ。日本の場合、女性がもっと子育て等の負担が軽減された社会環境を実現しないと無理だと思う。そして多分、日本男児のメンタリティが変わらないと駄目だ。本質的には入試選考の問題ではなく、社会の問題、政治の問題だ。

それから、医者の適性は、偏差値による選考だけでは計れないはずだ。日本の医学部は点数主義だから適性のない偏差値だけの学生が多く入って問題になっているではないか。受け入れ大学側は選考基準を複数設けて適性を優先して選考すればいい。そして、いい医者(研究者ではない)を育てて欲しい。もともと募集定員が少ない医学部なら尚更、試験プラス適性のある学生選考方法が導入可能だと思うのだが。

台風13号がいよいよ心配になってきた。今日は、たまに雨が降ったり、時折風が吹いたりしたが、今は嵐の前の静けさだ。

就寝前の1時間、BS で山一證券の自主廃業事件の番組を見る。飛ばしを知らずに社長にされてしまった社長。告発した東洋経済の記者。全国営業成績No.1の部下を80人近く持つ営業支店長のその時とその後。1997年11月が運命の時だった。
偶然にも、その直前に自分はオランダから投資家のグループを受け入れる旅行手配を扱っていて、日本の窓口は山一證券だった。担当者はアメリカの證券アナリストの資格を持つエリート社員らしかったが、一行が来日する直前に退社した。打合せで面談した後任の社員から外資系証券会社に転職すると聞いてびっくりしたことを覚えている。社長が涙ながらにかばった1万の社員はどうなっただろうか。自分が今年の5月末に退社した職場には一人だが、もと山一證券社員がいた。私の前任者は、フランスにいて、山一證券の株券の取り付け騒ぎで国際電話を掛けまくったらしい。かく言う私は殖財に殆んど無関心で株は買ったことがない。

2018年8月 8日 (水)

入院日記 リハビリ・直立歩行編 その32

8月6日(月) 曇り

6時前に目が覚める。昨夜は本に没頭、寝たのは23時を回っていた。

一晩で涼しくなった。一息つけそうだ。台風は心配だが。日課となった足指マッサージとストレッチをこなす。セミの鳴き声はまばらだ。

朝食(目玉焼き、レタス、笹かまぼことご飯にフルーツジュースとバナナ)を食べ、リビングでくつろいでいるとようやくミンミンゼの大合唱が始まった。

ベネズエラでドローンを使った大統領暗殺未遂事件。バリ島の隣のロンボク島で地震がありかなりの被害が出ているらしい。

鎌倉の海に打ち上げられた鯨はシロナガスクジラだった。体長は十メートルを越えるが生まれたばかりの雄の赤ちゃんらしい。大人は30㍍にもなるという。1日に食べる餌は、何とオキアミで四トン。絶滅危惧種で日本で砂浜にうちあげられたのは初めて。

午前:「アメリカはいかにして日本を追い詰めたか」を読了。ヒトラーが何故日本の真珠湾攻撃の後にアメリカに対して宣戦布告したのか、について、アイルランドの歴史家の解釈が紹介されていた。三国同盟は攻守同盟ではないため、ヒトラーはアメリカに宣戦布告する必要はなかった。何故?アイルランドの歴史家は、真珠湾攻撃直前のアメリカ軍の増強計画(500万を1943年に対独戦へ投入する)の新聞リーク事件と真珠湾攻撃直後のルーズベルト大統領の演説(ドイツによる日本への支援と太平洋における日本の覇権の承認などの根拠のない煽動的スピーチ)から、ヒトラーは日本と同じように、何れ戦うことになるなら、後になればなるほど不利になると判断して宣戦布告した、と言うもの。

ルーズベルトが、アメリカを参戦に導くためにチャーチルと二人三脚であらゆる手段を講じたことは今日ではかなり明らかになっている。武器貸与法で、英国やソ連、そして蒋介石の中国に武器支援等では既に間接的参戦はしていたアメリカ。しかし、軍隊を派遣する直接参戦は国民の8割が反対で出来ない。特に、イギリスの戦争動機には疑念が呈されていた(インド等の不道徳な植民地を維持する大英帝国を助けることになることや、本来自国の安全保障に関係ないポーランド問題でドイツに宣戦布告したことへの疑念)。ドイツはいくら挑発しても、自制して乗って来ない。ならば、裏口から、つまり、日本に一撃を打たせて参戦に持っていく。

ルーズベルトの共産主義への無警戒と異様な中国への肩入れ、日本を悪と決めつけ、妥協の余地があったにも関わらずそれを拒みハルノートを突き付け日本を自殺的なアメリカへの一撃となった。ルーズベルトの痛烈な批判者だったハミルトン・フィッシュが怒りを爆発させたのは、ルーズベルトが、ハルノートをひた隠しにした議会へ宣戦布告演説をして国民を欺いたことだった。

いわゆる、陰謀論について:ルーズベルトの(共犯はチャーチル)悪意ある陰謀の有無は、民事的には有罪、刑事的には無罪、と言うことになるらしい。
ルーズベルトの外交は、戦後の歴史(ソ連との冷戦、共産主義中国の成立等)が示すとおり、お粗末なものだった、と言う点では今日のアメリカの識者に共有されていたいるが、陰謀はなかったのだ、ということになっている。これがアメリカの安全保障に関わる人間が使用するテキストとなっているらしいが、少なくとも、一方的に日本のみを悪人にする内容ではない。

お昼:バジル・スパゲッティーとスイカ。

母の頼みがありお金を降ろしに車で出かける。五万円を出金し、ついでに、スーパーで少々買い物。

終日、テレビをつけたままにして、高校野球を観る。関東から2校が出場したがどちらも敗退してしまった。作新学院はもしやと期待していたが優勝候補筆頭の大阪桐蔭はびくともしなかった。投手戦だったが危なげなく3対1で押しきられてしまった。山梨学院は12対14で打撃戦で打ち負け。山梨は関東で全国制覇がない唯一の県だが、今年も初戦敗退。
 
夕食:ビール、ジャガイモと玉葱の炒め、トマト、トンポーロー、ご飯少々。

台風13号はかなりの確率で関東に上陸する可能性が出てきた。高潮によるホテル・ニューアカオのレストラン直撃の映像がまだ生々しく記憶にある。

2018年8月 7日 (火)

入院に記 リハビリ・直立歩行編 その31

8月5日(日) 晴

5時過ぎに目が覚め日記をつける。昨夜は扇風機を2台使用。熱帯夜でエアコンなしだが、熟睡は出来た。

6時過ぎ、ストレッチと足指のマッサージをしていると母が窓を開けに来ると、アブラゼミが庭先の蜘蛛の巣に掛かってる、かわいそうに、と呟く。蜘蛛の生活はどうなるの、とは言わなかった。先週も、アブラゼミが犠牲になったことも言わなかった。

のんびりと朝食(シリアル、牛乳、サワラの西京焼き、レタスにトマト、野菜ジュース)を摂る。

今日は日曜だが私には関係なし。父のデイケアも訪問介護サービスもなし。テレビの番組がいつもと違うだけ。

朝から29度で、2階の冷房の効くへやに避難する。奥本氏の蝶の海外採集写真集と紀行文(オーストラリア、東南アジアなど)を読んだり、トウェインの地中海遊覧記をパラパラ読み続ける。蛎殻はイスタンブールではなくスミルナだった。ロシア皇帝の謁見はセバストポリじゃなくてヤルタだった。皇帝の名前はアレクサンドル2世。

お昼:ニンニクピラフと焼おにぎりにコーヒー。

昼食後は、再び2階へ。午後14時過ぎ、気温は36.2度。扇風機をつけても1階のリビングはいられない暑さ。

「アメリカはいかにして日本を追い詰めたか」を読む。米国陸軍戦略研究所レポートから読みとく日米開戦、と言う副題が付いている。

日本はなぜ開戦したのか。明治維新以来営えいと築き上げた大日本帝国をアメリカが全否定する政策を日本に押し付けて来たから(ハルノート)。アメリカに譲歩して戦争を回避する選択肢はあったが、それは戦わずして大日本帝国を失うことであり、戦って破れた場合と同じ事。日本は自己の名誉と矜持にかけても、譲歩により大日本帝国を失う選択はあり得ず、戦って帝国を失うほうを選んだ。アメリカ人の著者は、アメリカだって同じ立場なら戦った、と。

但し、戦略について、真珠湾攻撃は、a strategic imbecility と揶揄されるほどの最低ランクの愚策だった

まず、政治戦略において、アメリカ国内の優勢な戦争非介入勢力を一掃し、参戦へとアメリカ国論を一つにし、枢軸国の敗戦を確実なものにしてしまった。英蘭だけに宣戦布告した場合、アメリカが参戦する可能性はなくルーズベルトはそれを怖れていた。日本は英米を一体化して、イギリスとの戦いは必然的にアメリカとの戦いになる宿命と考えていたが、そうではなかった。

軍事戦略的にも真珠湾攻撃の効果は小さかった。半年で港湾施設は使用できるようになった。日本側には真珠湾攻撃によってハワイ島を占領し、太平洋の海軍基地をアメリカ本土に押し戻し太平洋のシーレーンを半永久的に寸断し有利に戦うと言う発想がなかった。少なくとも上層部には全くなかった。(陸軍が70万の軍隊を中国大陸に張り付けていたのだから、土台無理な話し。自ら構想した大東亜勢力圏を実際に支える軍事力は日本の能力を越えるものだった)。日本は、見事な機動部隊をつくりながら、敵側の艦船は主に旧式の戦艦に損害を与えただけで、空母は不在で無傷のまま、護衛艦も軽微な損害で、石油貯蔵施設も無傷で残してしまった。
アメリカとの戦いはどのように決着をつけるのか。日本は、日本近海で日露戦争の対馬海戦と同じような戦い、アメリカ艦隊を迎え撃って雌雄を決する艦隊決戦を願望した。しかし、アメリカがとった日本攻略の戦略は、日本本土の戦略爆撃と潜水艦による通商破壊であった。

ヒトラーのソ連侵攻と日本の真珠湾攻撃が枢軸側の愚策であり、墓穴をほることとなった。

Roosveld

夕食:ビール、冷奴、胡瓜とミョウガの浅漬け、焼き鳥、笹かまぼこ、納豆にご飯を少々。

高校野球が開幕。第100回となる記念大会の始球式はあの星稜OBの松井秀喜。テレビ朝日の甲子園ヒーロー投票1位も松井選手だった。そして母校の星稜高校は開幕戦で勝利した。

鎌倉の海岸に10㍍の鯨の死体が打ち上げられた由。
明日は台風13号の影響で午後から雨の予報。雨は歓迎だが、嵐は・・・。

2018年8月 6日 (月)

入院日記 リハビリ・直立歩行編 その30

8月4日(土) 晴

寝不足気味だなまま6時前に起きる。昨日は「インド漬け」の1日だった。

療養を口実に無為の生活を続けているのだが、のめり込む対象ができただけでも有り難い。張り合いができた。

今朝も、入念にストレッチと左足指のマッサージをやる。装具をずすのはのはいつになるのか。

朝食をとって、2階で日記をつけながらくつろいでいると、10時前に弟夫妻が買い出しに来てくれた。

大リーグの大谷選手がホームラン2本を含む5打数4安打。久方ぶりの大当り。打率は2割7分代まで下がっている。シーズンが終わって3割前後を残せたら本物だ。ベーブ・ルースの記録(1シーズンの勝利投手数とホームラン数)には並んだらしい。

お昼はヒレカツ弁当。寝不足もあり2階で冷房を効かせて昼寝する。

BS放送で原爆投下の経緯の新しい事実についての特集を見る。昼寝で第1部を見逃し、2部のみだけ。4月にルーズベルトの急死で引き継ぎもないまま大統領になったトルーマンは当初は充分にリーダーシップを発揮出来ず、軍主導で計画がすすんでいく。京都が投下の第1候補(原爆の破壊効果が最大限に得られると言う地形から)にあったが、スチムソンの提言(一般市民を犠牲に巻き込まない)もあり自身も戦争指導者としてヒトラーの残虐性を越えることはしたくないとの恐れから京都は外された。軍事施設都市であるはず(軍部からの資料)の広島の原爆犠牲者に多くの女子供など一般市民が多数犠牲になった事実を知り、事の重大性に改めて衝撃をうけたのは、長崎に次の原爆が落とされる半日前のことだった。

原爆は2発目の長崎投下後も次のが準備でき次第、次々と候補地に投下することになっていた。「アメリカ人のみならず日本人の大規模な犠牲を避けるための原爆投下」と言うレトリックは、長崎投下直後の国民へのラジオ放送で、トルーマンの良心の呵責をことするために使われた(最初の手書き原稿には入っていなかった)、と言うのが最近のアメリカの歴史家による研究で明らかになった。

軍はマシンであり命令が下れば容赦なく突き進む。軍の原爆担当責任者(グローブス)が一番気にしたのは、破格の予算を使って開発した原爆で費用に見合う成果を出すことであったことで(議会への説明)、これもぞっとする事実。人は官僚機構の非人間性にのみこまれてしまう。原爆投下が長崎で終わったのは、トルーマンが原爆の恐ろしさと道徳的責任の重大性に耐えかねて、そう決断したから。ルーズベルトがまだ生きていたらどうなっていただろうか。

水撒きをしてから夕食。ビール、冷奴、焼き鳥、笹かまぼこと鮭茶漬け。昼飯が重すぎて軽め。

テレビサーフィン(池上彰氏の解説番組や高校野球特集)をするが昨夜の寝不足からか体がだるくうとうとする。

両親の部屋からのテレビの音(ベートーベンの第九)で目が覚める。23時前。行ってみると、照明もテレビもつけたまま眠っていた。母に注意を促すも深夜過ぎに再び同じ事を繰り返して漸く深い眠りについた。

ベートーベンの第九だが、第一次大戦のドイツ人捕虜(日本は中国の青島を攻めてドイツ人守備隊を捕虜にした)が、収容されていた徳島県の鳴門市で初演したらしい。番組は鳴門市での日本とドイツの関係者による合唱らしい。

その捕虜だが、リューネブルク市出身者が多かった。これが縁で、鳴門市とリューネブルク市は姉妹都市関係を締結、市民の交流があった。まだ20代の頃、自分も交流に関わる仕事をした。鳴門市にはドイツ人に同行して足を運んだ。収容所跡地を訪問したり、渦潮も見た。タイの刺身と阿波おどりの歓迎会にも末席に連なった。

2018年8月 5日 (日)

入院日記 リハビリ・直立歩行編 その29

8月3日(金)晴

母がトイレにいく廊下の足音で目が覚める。前夜と同じで昨夜も三度トイレに通った自分。母曰く:悪い夢を見た。待てど暮らせど、来るはずのバスが来ない。そういう意味なら私もある。私の場合は、飛行機か電車だが、乗ろうとして永遠に空港や駅にたどり着けず、もがいて目が覚める。

6時過ぎから家の周辺ではミンミンゼミの大合唱が始まった。求愛と生殖活動だ。7時過ぎまでほぼ途切れることがなかった。そんな中で、日課のストレッチと左足指のマッサージをたっぷりこなす。

日本ボクシング協会は会長がテレビインタビューに応じた。告発のほとんどをウソと全否定。会長さん、火のないところに煙は立たないでしょう。8割相当の会員が告発側に立っているのに。中立な立場の第三者委員会による調査の指示が上部の監督機関から出された。自分の力を過信して自己増長した裸の王様とわずかな?イエスマンの取り巻きが牛耳る協会に対する多くの沈黙せざるを得ない地方支部の関係者たつが、永年に渡って積もり積もった不満・恨みの爆発させた。会長さん、ブランドで身を飾ってるらしいが人品の賎しさが透けて見えている。ローレックスの時計を売って返済云々に我が耳を疑った。幼稚で恥さらしな会談をテレビでしたことは決定的だ。自分の挽節は泥にまみれ。毎日新聞は、山根会長と暴力団の永年の関係をこれでもかと追い討ち報道をしている。

熱帯日の予報だが、海に近いこともあり2階の部屋は風が入り扇風機だけで心地いい。Three Idiots の音楽をDVDで聞きながら、次のボリウッド映画を注文した。

https://www.youtube.com/watch?v=yJ1uLVgv3Vg

何時のまにかアブラゼミがミンミンゼミに混じって鳴き始めた。ベッドに横になり、ブックサーフィンをしたり、1階に降りて母の補聴器の申し込み書類の準備を手伝う。

お昼:焼おにぎり2個、コーヒー、桃。

午後、2時間ほど車の運転をする。冷房を効かせて気晴らしだ。足のリハビリと言うより、精神のリハビリだ。途中、コンビニで書類の写しを取ったり、郵便局に寄って簡易書留や葉書を投函したり、BOOK・OFFで涼んだりして、インド映画のDVD を探したが見つからず手ぶらで帰宅した。

名古屋の気温が40.3度。台風13号が発生。しばらく、熱帯日と台風が交互に続きそうである。

夕食:ビール、もろきゅう、冷やしトマト、枝豆、茹で玉子、ハンバーグ・ステーキオニオンソース、ご飯少々。

食後シャワーを浴びていると、花火の音が始まった。地元の花火大会(千波湖)だ。網戸越しにシャワー(水)を浴びながら、しばし花火を見とれる。

夜:1階のソファベッドに横になって扇風機を2台回しながら、昨日に続きを「Three Idiots」を観る。インド映画(に限らず外国映画)の理解は文化的背景の理解の度合いで味わいも増すであろう。残念ながら自分の理解度は低い。見逃している面白さが随所にあるように思うがそれでも、今回も画面に引きずり込まれて最後の大団円まであっと言う間だった。場面場面で流れる音楽のメロディーは現代ポップス的だけどインドの音だ。歌詞も詩的かつ哲学的で気に入っている。インド亜大陸と言うだけあって、ロケ地の風光も印象的、特に最後の湖の色は圧巻だ。

深夜前の就寝。

2018年8月 4日 (土)

入院日記 リハビリ・直立歩行編 その28

8月2日(木) 晴

昨夜はトイレに4回も起きてしまった。その合間に一時的なかなり強い雨音も聞いた。しかし、朝の天気は熱帯日を予想させる晴。雨の痕跡なし。

6時からストレッチと左足指のマッサージをたっぷりと行う。6時50分頃からミンミンゼミの大合唱が始まり10分以上も続く。ウグイスも孤軍奮闘している。

朝から気温がジリジリと上がる。朝食(石窯パン、ロースハム、トマト、レタス、牛乳)後は、2階に上がり、昨日届いたDVDを冷房を効かせた部屋で観る。

Idiots

インド映画「The Three Idiots 」。PKと同じ監督で2009年の制作。インドの名門工科大学で学ぶ3人の学生の物語。40万人の中から合格した200人のエリート学生。競争率(2000倍)が半端ではない。PKは宗教批判だが、この映画は教育制度とこれを容認する社会風潮の批判。競争のプレッシャーに押し潰され自殺する学生がいる中で、ベルトコンベア式に生産される金と出世(エンジニア、アメリカ留学、MBA、ウォール街の投資銀行)に盲目的に突進する学生をAss(アホ)として皮肉っている。どこの国でも同じだ。自分の好きなことを追求して身をたてられるほど世の中甘くないし、自分のためより家族のために頑張るのが発展途上の貧しい国のエリートだ。法学ではなく工学なのが理科系人材の宝庫・インドだ。

ストーリーはここに記さないが、歌あり、恋あり、涙ありのシリアス・コメディであっと言う間の160分だった。現実離れで話ができすぎの感じはあるが、主人公はPKと同じ「星の王子さま」で、大人の為の童話なのだ。

日本語字幕だと3000円を越えるが英語字幕だと1400円だ(送料は別)。英語版でも充分楽しめる。ちょっとした台詞でも非常に練られていてビリー・ワイルダー監督の映画を思い出した。最後の方で、学部長の娘が結婚式を逃げ出すシーンでは「卒業」のキャサリン・ロスを想起してしまった。このアミール・カーンが恋し恋される相手となる学部長の娘を演じるセクシー女優は何となくナナ・ムスクーリのそっくりさん(だと思う)。三バカ学生の一人の父は、寅さんの初代父親役だった森川信にどことなく似ている。この俳優は、PKではヒロイン役のアヌシュカ・シャルマのお父さん役で登場。お母さん役は、この映画でも主人公のもう一人の貧しい学生の母役で登場している。インド人の俳優の顔に慣れるともっと面白い発見ができそうだ。
ボリウッド映画の実力は凄い。国の勢いそのものだ。さあ、次のボリウッド映画はどれにしようか。無聊を慰める格好の対象に巡りあって少し興奮気味になった。

お昼:ニンニクピラフと梅干しお握りにコーヒー。

午後は、午前中の余韻を味わいながら物思いに耽ったり、ブックサーフィンをしたり、テレビでボクシング協会の告発関連の過熱報道を見たり。ボクシング協会は会長と40年協会勤務の金を握る叩き上げの女性(財務担当の常務理事)による私物化のようだ。

3時にスイカとアイスクリームを食べているとツクツクボウシが鳴いている。お隣のYさんから千葉の桃を頂く。

夕食:茹でトウモロコシ、目刺し、冷奴、ビール。納豆にご飯。デザートは頂き物の桃。ちょっと食べ過ぎ。

庭の水撒き、東京のYちゃんとラインのやり取り。今日も終日塾の講習。

就寝前の読書:マーク・トウェインの「地中海遊覧記」。2年前に英語版「Innocent Abroad 」を通勤電車の中で1ヶ月かけて読んだ。黒海のセバストポリでロシア皇帝と謁見したり、月夜にピレウス港からアテネのパルテノン神殿に徒歩で出かけたり(帰る途中、ブドウを盗み食いする)、ゲーテのイタリア紀行(トウェインが旅行したさらに80数年前)のように美術品の宝庫に余り感激しないところ、詩人バイロンに思いを馳せ(「ローマの休日」というのは単なるローマに休暇滞在するのではない別の意味・連想がある)、イスタンブールにはやたらと野良犬がいること、郊外の小高い丘で沢山の蛎殻の地層に驚くところ、キリスト教の巡礼地巡り(パレスチナも含まれる)の描写などなどが印象に残った。日本語の翻訳で面白かった箇所や語学の壁で見逃したところがないか確認しながらの飛ばし読み。

Twain_1

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2018年8月 3日 (金)

入院日記 リハビリ・直立歩行編 その27

8月1日(水)晴

4時過ぎに目が覚めて眠れなくなる。何度も寝返りを打ってうとうとしながら、ミンミンゼミやウグイスやヒヨドリの声を聞く。

6時、ソファベッドでストレッチと左足の指や甲のマッサージを入念にやる。最後のころ、ミンミンゼミの大合唱が始まった。

7時、ニュースを見る。火星星が地球に大接近しているらしい。メキシコで航空機事故。日大のアメフトの出場停止処分は解除されなかった。

日露外務・防衛協議のスレ違いについて:
ロシアと日本は地政学的に、対立する運命にある。
日本がアメリカと軍事同盟関係による安全保障をとっている限り、この対立は解消されない。中国の膨脹は一層日本の安全保障をアメリカ頼み(他の東南アジア諸国と同じ)とならざるを得ない。北朝鮮の核問題と今後のアメリカ次第だが、日本の核武装が有力な選択肢となる時代が来る可能性は充分考えられる。フランスのゴーリズムだ。

朝食は久々に納豆でご飯。レタスと茹で卵。

9時過ぎに外父はデイケアに出かける。

午前:2階で日記の記入や銀行・保険に絡む書類の確認作業などをしながら過ごす。

昼食:銀座ナイルカレー、ナン、ヨーグルト。

午後:気温は34度。2階の冷房を入れた部屋で昼寝。何をする気力もなく2時間ほどの睡眠でスッキリした。車で近くのスーパーへ。蚊取り線香、ビール、その他諸々の食材を買う。
帰宅して夕食準備の手伝い。玉葱を切る。涙は流さず。お手の物だ。鶏ジャガを作る。

メキシコの航空機事故は幸いにも死者はなし。テレビは終日、日大問題とボクシング協会の新たな告発報道に明け暮れていた。会長さんは雲隠れして岐阜県の高校総体の開場に現れず。大阪の病院に入院したらしい。横暴ぶりが微にいり細を穿って報道されていた。周りが恐れ、沈黙を強いる何かをもった人のようだが会長にしては余りにもお粗末な人物だ。こんなトップは願い下げだ。会長さんは相当恨まれている。

17時半前に父が戻る。元気さ少しずつ回復しているようでホッとする。

鶏ジャガと枝豆と胡瓜でビールを飲む。胡瓜は丸かじり。これだけでも旨い。若い頃、イラン人と胡瓜とピスタチオをつまみにビールを飲んだことをふと思い出した。仕事の精算(米ドルの現金勘定)が終わってホテルの部屋で毎回乾杯をしたものだ。イラン・イラク戦争時代(1980年代)でイラン人はビザなしで訪日できた。東京と北京経由テヘラン間で定期便が飛んでいた。イランの人達は、イスラム教徒だがアラブ系(セム)ではなく、アーリア系。田舎のスペイン人という感じだった。ビールに誘ったのは相手のほうだった。「宗教上問題ないんですか」と聞くと、「国内は駄目。海外に出たら問題なし」と。

熱帯日・熱帯夜が戻って来た。関東の内陸部は37度。しばらく続くらしい。
寝苦しい夜になることを覚悟の上で、扇風機を頼りに1階のリビングのソファベッドで寝る。

2018年8月 2日 (木)

入院日記 リハビリ・直立歩行編 その26

7月31日(火)曇り、後晴れ

5時半前に目覚める。7月は今日が最後だ。時の経過の速いこと。怪我の回復の遅いこと。溜め息がでる。

体を起こして、左足指や足の甲や裏を念入りにマッサージする。右足と比べてまだまだ感覚は鈍い。関節や筋肉はかなり強ばったままだ。

日大の第三者委員会の調査結果が昨日公表されたが、またぞや、日大はマスコミの格好の餌食となっている。報告結果は、事実の隠蔽(ひとりの理事による当事者学生と父親に対する脅し、脅迫)の断定と大学のガバナンスの問題の指摘2点に尽きる。

そんな中、日本ボクシング協会会長に対する会員によるJOCへの告発問題(オリンピックのメダリストが報償金を他の受給資格がない選手と分配させられた)が出てきた。日本独特の体育会系の体質。先輩・後輩の関係。体育会だけに限定されない日本の組織的問題。権限をもつ指導者とおもねる取りまき。イエスマンに囲まれ裸の王さまが脱線しても止める人がいない。裸の王さまは勘違いの上に自己増長して、権力の乱用にいたる。

私自身もそういう場面に身をもって遭遇したこてがあるし、目撃もしてもいる。

今朝も、ミンミンゼミの大合唱を聞き、いつもの朝食後、ストレッチをこなして2階に上がる。

母の補聴器が10年になり交換=買い換えの手続きについて市の窓口と確認。
申込み書を送ってもらい、郵送してから2~3週間掛かるらしい。私の足の完治とどちらが先に決着がつくだろうかと言うタイミングだ。

お昼:五目焼そば、コーヒーとスイカ少々。

ボクシング連盟の会長告発の続き:
大会開催での宿先に際しての「おもてなし」が、受け入れ側(担当した県の協会やホテル)から反発をかった。細かなスイートルームへの差し入れ品目リストによる手配要望、取り巻きのホテルでの異様な出迎え等、で顧客のブラックリストに入れているホテルもあるらしい。迷惑千万な自己増長と取り巻きのそんたくぶり。うんざりする話だが、日本社会の氷山の一角だろう。特に、ドメスティック(純な日本組織)なな組織では何処でも有り得ることだと思う。その他、判定疑惑、グラブの独占販売も。出るは出るは、マスコミはどのチャンネルも日大と山根会長の報道ばかり。私も1日中テレビにかじりついてミーハーよろしく見てしまった。

田中理事長(リーダーシップの欠如)も山根会長(リーダーシップの過剰)もマスコミにとことん食い潰されるだろう。過剰報道気味ではあるが、マネジメント側に分は全くない。二人の面子は丸つぶれ。

しかし、レスリングでもセクハラ問題があったが、格闘技関連の今年のスポーツ界は散々だ。柔道は大丈夫か。

Yちゃんからライン。午前は試験だったらしい。明日はまた終日塾の講習らしい。今日の午後の今は束の間の休憩。

自分の両親はアナログ世代。インターネットやキャッシュガードは言葉だけの存在。私は半分アナログ、半分デジタル。Yちゃんはすでにデジタルにどっぷりだ。これからの世界を生き抜く知識と教養=英語+IT+何等かの専門性。決して平坦な道があるわけではない。Yちゃん頑張れ。

夕食:パプリカと玉葱の炒め、ビール、谷中生姜、笹かまに鮭茶漬け。食事中に地震あり(震度2)。震源地は福島。

庭の水撒きをしていると、蜻蛉や蝶も庭で飛び回っているのに気付いた。終えて居間でくつろいでいると、アブラゼミの大合唱が始まった。夏真っ盛りの狂演。

英語「PK」の続き:
楽しいコメディ映画だが扱っているテーマは宗教でシリアスだ。ヒンズー教、イスラム教、ジャイナ教、キリスト教、仏教、拝火教、ユダヤ教。これだけ(少なくとも)の宗教を背景とする多民族が共存するインド。この映画(無神論ではない)は宗教に敏感に反応する人を大分刺激したらしい。以下は、たインターネットで偶然見つけた書き込み(英語)だ。

A very bold film, PK is a tight slap in the face of the hypocrisy of all religions. You may get angered, offended or upset over the questions it raises but you don't have answers to those questions. That’s because you have a “wrong number”. God is a lie you have been told to love since you were too young to understand and now it’s too fearful to abandon it. All adherence to god is fear based. It’s not that believers don't understand the logic and reasoning, they do understand it all, but they won't change their mind because they are too afraid to do so. PK shakes your convictions because they aren't solid, that’s why the anger.  So, if you are offended by ‪‎PK‬, either answer the questions or shut up, being offended doesn't make you right.‬

私の場合、映画での神の扱いについてはまったく冒涜的と思うほど神の存在と自分が不可分になっていないので、鈍感だった。一神教(ユダヤ・キリスト・イスラム)のいう神だけを信ずるのは納得できない。恐れ多い神はいたるところに宿っていると素朴に思っている。ひょっとしたら人間の脳が作り出した妄想かも知れないとどこかで考えている。いる・いないはわからない。死んでみないと。死んだらお仕舞だ、と思うけれど、そうじゃないかも知れない。だから、熱心に信仰している人の神に対して不敬なことはしたくはないと思う。しかし、不信仰の人には押し付けてほしくない・・・。

 

2018年8月 1日 (水)

入院日記 リハビリ・直立歩行編 その25

7月30日(月) 曇り

5時過ぎの目覚め。日記をつける。

それから、左足の指や足の甲を入念にマッサージしながらBS放送でハンガリーの鉄道旅の続きを見る。

温泉湖、バラトン湖(雑魚釣りに興じる親子)、陶芸の町ヘレンド(ここは訪問した)。ここまでテレビで見ていると、家の周辺で突然相当な数のミンミンゼミの大合唱が始まった。数分間のことだった。驚き以上に心が踊って聞き入る。忘我状態。6時45分から50分くらいまでの束の間の出来事。

牛乳、石窯パン、ポテトサラダ、トマト、ロースハムの朝食をとり、朝日新聞(冷戦終了を知らないイデオロギーにとらわれたままの新聞を義理があって実家では購読している)を読む。日の下に新しきことなし。There is nothing new under the sun だ。

和歌山で農家が猪対策で飼っていたエミュー(ダチョウみたいな豪州に住む鳥)が逃げ出して捕獲された。当事者は大変だが、思わずはしゃぎたくなるニュースだ。

怪我する1週間前の4月30日に東京のYちゃん親子と行楽に出かけたのが千葉のマザー牧場。ここは随分昔に、虎が逃げ出して大騒ぎになったところ。虎と鉢合わせしたら困るがエミューはどうだろう。猪のほうが強そうだが。

8時過ぎ、居間でニュースを見ていると、ミンミンゼミが本日2度目の大合唱を始めた。初回ほどの規模には至らなかったが。3分ももたずにソロ演奏になり、すぐに元の静寂に戻ってしまった。

座敷のふとんに横になりストレッチを30分たっぷりこなして休憩していると、父がデイケアに出かけて行った。2週間ぶりの復帰だがその間大分弱ってしまった印象だ。

居間に座り続けて、「京都・祇園祭~至宝に秘められた謎」を見る。山車の車体の前後左右に張りつけられている図柄ものは、第一級の美術品。17世紀前半にベルギーで作られたタペストリーが長崎の出島を経由して徳川家に献上されたものもあれば、同じようにペルシアのイスファハンで作られたもの、ムガール帝国で作られたもの、中国の明や清の時代のもの、さらには、モンゴル帝国時代のもの(地味で、赤が使用されていない)らしき作品等だ。それらは、将軍家から何らかの理由で京都の豪商(多額のファイナンサーでもあった)に下賜され、商い人たちは審美眼に叶う山車を競いあって作るためにそれらを利用した。祇園祭りとは美を競う路上の展覧会とも言える。

昼前に車で外出。私学共済事業団への郵送物の投函と近くの日用品雑貨店での買い物(清掃用の洗剤やキッチンペーパー等)が目的。

お昼は、新宿中村屋カレーにご飯少々とナンを1枚にヨーグルト。

午後は、2階でくつろぐ。Yutube でインドのボリウッド映画を検索して覗いいたが膨大な数がヒットする。目眩がする程に。PK の監督が作った「Three Idiots」をAmazonで注文した。

7月の一時、インドネシアのクロンチョンを毎日聞いたが、昨日からインドの映画で使われる歌を聴いている。なかなかだ。韓流ドラマにのめりこむ人(ほとんどが女性)が多いらしいが、私はどうも、しばらくは印流(インドの映画と音楽)にのめりこみそうだ。

https://www.youtube.com/watch?v=R-91zBrXJaU&start_radio=1&list=RDR-91zBrXJaU#t=0

東向きの洋室のベッドに横になり、うとうとする。 15時過ぎから一時近くで草刈りの作業音がうるさくて閉口した。

夕刻、庭の水撒きをやって父の帰りを待っていると、18時前にかなり元気な様子で帰って来た。デイケアの効能新たかなり。風邪をひく前の状態に戻るには後数回は通う必要がありそうだが、母はホッとした表情を浮かべていた。ワールドカップ終了直後から2週間。高齢者の体調維持の大変さを改めて思い知らされた。昨年11月の軽い肺炎による入院騒動以来だ。今回は肺炎に至らず胸を撫で下ろした。

夕食は、豪州ステーキ1枚を3人で分けて食べる。他に、ポテトサラダ、冷しトマト、目刺し、さつま揚げと野菜の煮物。私は、それに、ビール、谷中しょうがとご飯少々。

台風は九州地方でうろうろしているようだ。今日最高気温が30度前後。快適とは言わないまでも、過ごし易かった。宵の一時をテレビサーフィンをしながらやり過ごしていると21時を回ってしまった。就寝。

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