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2018年8月23日 (木)

入院日記 リハビリ・直立歩行編 その47

8月21日(火) 曇

また夢を見て目が醒める。どういうわけか、英語の試験を受けている場面。
順調に問題を解いていたら、解答欄を間違えたり、問題の意味を間違えて解答したりしていることに気付き、慌てる。ペースが乱れ、残り時間がどんどん少なくなる。まだ、大分未回答の空白がある、焦りが高じて、文章の意味が頭を素通りし始める。ヤバイ、ああ、ヤバイ、このままだと不合格だぁ、ともがいていると、目が醒めた。オシッコが洩れそうになっていた。
滅多に夢を見ない自分だがこの1週間で2度目だ。

日記を書き、リハビリに汗を流し、朝食(シリアルとヨーグルトにバナナ)をとる。父のデイケアはなしで自宅休養日。

真夏の暑さが戻って来た。2階に上がり、インド映画「めぐり逢わせのお弁当(The Lunchbox )」を観る。

https://www.youtube.com/watch?v=RqCV613xw5w

これも、インドのニューシネマだ。ミュージカル風の歌もダンスもないしっとりとした大人向けの映画。定年退職直前のやもめ男と夫との関係が冷めてしまい苦悶するまだ若い人妻の手紙を媒介にした心の交流を描いた評判に違わない佳作。2012年製作。

交流が始まる切っ掛けが極めてインド的だ。場所はムンバイだ。昼食のお弁当を職場に届け、さらに食べ終わった空の弁当箱を作り主に戻してくれるサービスで有名な都市(唯一、ここだけにあるサービスで、配送する人は近隣のある村の出身者が独占的に行っているという)だ。ハーバード大学のビジネススクールでも取り上げられ、誤配の確率は600万に一つというのだから凄い。

倦怠期にある夫妻の妻が夫の愛情を取り戻そうと心を込めて作ったお弁当が、たまたま誤配され、定年間際のやもめ男(会社の会計担当)がそれを食べることになったことから、男と女の弁当を介した文通が始まる。
誤配されたことに気付いた妻が完食してくれた御礼の手紙を翌日の弁当箱に忍ばせる。「全部食べてくれてありがとう」、と。返信は、「きょうのは塩辛すぎた」、という率直なコメント。こんなやり取りで始まった文通はやがて人生相談になり、それぞれの境遇を語りながら淋しさを慰め合う心の交流に発展する。夫の浮気に悩む妻に、男は、あなたと一緒にブータン(幸福度指数世界一)に行きたい、とある日返信する。女は、1度お互いに顔合わせする提案をしてレストランで待ち合わせることに。当日の朝、男は自分の老いに改めて気付かされ自分に自信が持てなくなり、足は運ぶが、面会を避けて結果的にすっぽかしてしまう。
女は、男の職場を訪ねるが退職した後だった。男は退職して隠居すべくムンバイを離れる。
エンディングで、女は、男に手紙を認める:夫と別れて、自分は娘と今夕列車に乗ってブータンにいく。互いに間違った電車に乗ったとしても最後は、正しい目的地に着くことを信じる。と。男に手紙を出すかどうかはまだ決めかねながら。

男はムンバイに引き返し、弁当配送業者に女の住所を聞き出し、会いに行こうと、伝統的な神々を讃える歌を朗唱する弁当配送人たちと一緒に電車に乗っている場面で映画は終る。

監督はアメリカに留学して14年生活しインドに戻った人。映画のタッチが伝統的な手法ではないのも頷ける。伝統的インドとは違うモダンな世界を通過したインド人の感性が見直す現在の母国だ。

通勤電車と高層ビルのシーンは、一瞬だが、東京と間違えるほどだ。ラッシュアワーの混みかたも同じ。違いが2つ。電車が扉を開いたまま走行している。それから、映画の中だが、会計担当の後任が、電車のなかで、野菜を切って夕食の下拵えをすること。詰まり、生活匂に溢れる行為が許されこと(トイレ行為はさすがにないだろうが)。

脇役が絶妙だ。
一つ上の階に住み、苦悶する姪の妻にアドバイスする叔母は「声」だけで姿を現さない。
退職する男の後任は、あつかましい男だが、その境遇(孤児)や悪気のない人懐こしさに主人公は、徐々に親しみを感じるようになり、自宅の食事に招かれ、最後は結婚式では新郎側の唯一の親族代わりで出席する。

女主人公の叔母は寝た切りの夫を長年介護しているが、母親も夫の病気の看護で疲れている。息子(主人公の弟)は競争社会(中国と同様、人口の多いインドは熾烈な競争社会)のプレッシャーに敗れて自殺してしまい、自分達両親の今後の経済的不安にもなっている。夫が亡くなって母親は、夫が死んで、ほっとしたこと、無性ににお腹がすいたと娘に語り、あけすけな告白をする:「自分はあなたが生まれた頃は幸せだったけれど、夫はある時期からずっとうとましかった」と。

この映画のテーマは、人が生きていく上で否が応でもいずれ自分の「実存」に向き合うことになる「孤独」だ。さらに、女性の視点で言えば、男尊女卑社会への現代女性たちの反乱でもある。

印象に残ったことをもう一つ。主人公たちが住むアパートの付近で子供たちが遊ぶ場面が3回も出てくる。クリケットだ。クリケットがインド大衆が愛する国民的スポーツとは知っていたが、映画のシーンは、自分が子供の頃、毎日学校から帰って遊んだ三角ベースボールを見ているようで、懐かしさを覚えた。自分は道路ではなく原っぱや空き地で遊んだのだが。

Bento_2

昼食は、スパゲッティー・ナポリタンにコーヒー。それにスイカ。

高校野球の決勝を見始めたが、1回の表裏をみて、大阪桐蔭が3対0でリード。これは大差になる一方的な試合になると予感、見るに忍びなく、2階にあがり、「バルフィ!人生に唄えば」を観ることに。これまた2度目。

結局、大阪桐蔭が優勝した。ワンサイド・ゲーム。戦力が違い過ぎた。残念だけれど、甲子園で優勝することを目標にプロを目指せる選手が揃ったチームは、甲子園に出ることが目標のチームとは次元が違った。

夕食(ビール、谷中生姜、茹でたマイカ、仕上げは中村屋のチキンカレーとレタス・トマトサラダ)

腹ごなしに観る火曜日の夜の映画は、「続・社長行状記」。今回は金沢と福井のロケ。
羽田空港から全日空で小松に飛び、兼六園、香林坊と巡る観光はかつて自分も辿ったコース。違いは、森繁さんの映画では、旧制第四高等学校の卒業生という設定で同級生と金沢で酒を酌み交わし高歌放吟する。時は、1967年。
私は仕事でドイツの、確か、ヴュルツブルク市長夫妻一行の訪日旅行の旅行手配を担当し一行に同行した。金沢の後に、福井の永平寺にめ足を運んだ。1991年、ロシアでゴルバチョフ大統領下ろしのクーデターが正に起こた直後のことだった。

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