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2018年8月17日 (金)

入院日記 リハビリ・直立歩行編 その41

8月15日(水) 晴

明け方、久し振りの夢。中学校まで同じ学校に通った岩間君が何故か登場した。一緒に涸沼に釣りに出かけるのだが、釣り餌がなかなか手に入らずあちこちさ迷ってしまう。岩間君とは高校時代以来会っていない。

鉄道の旅は英国ねウェールズ。外はセミの大合唱。ウグイスは8月に入り鳴りを潜めている。イタリアで、高架橋の崩落事故。1960年代に建設された交通インフラで構造物の劣化が原因らしい。

いつもの入念なリハビリ後、朝食(ロースハムサラダと納豆ご飯)。

父はデイケアに。父の年金が入ったので、母に頼まれ銀行へ出かける。キャッシュカードがいつの間にか無くなり(本人記憶なし)、再発行の手続きもした。
帰りに食材の買い物をして帰宅した時は既に13時を回っていた。

お昼:石窯チーズピザと鶏ゴボウの混ぜご飯に麦茶。

インド映画「バルフィ」を見る。これが4本目。2012年の制作。日本語字幕スーパーで原語はヒンドゥー語の映画。歌とダンスが炸裂する標準的インド映画のパターンとは明らかに違うニューシネマ。紅茶で有名なダージリンが主な舞台。インドの軽井沢だ。物語は1978年から始まる。耳と口が不自由な主人公と知的障害(自閉症?)を持つ女性と美しい人妻が繰り広げる三角関係の愛の物語だ。

主人公バルフィは映画PKの主人公に似て「星の王子さま」的だ。無垢でコミカルな道化のようでもある。カルカッタから父親の仕事で一緒にやって来た美女シュルティに振られながらも恋し続ける一方、裕福な家庭に生まれたものの知的障害者のジルミルとは幼なじみの関係。

ジルミルを可愛がる裕福な祖父の死と遺産相続問題、貧乏なバルフィの父の病気と入院、それぞれのお金の問題が事態(未遂の銀行強盗、ジルミルの誘拐、人質料を要求する2通の金額が違う脅迫状、等)を動かし、バルフィとジルミルはダージリンから逃走、二人はバルフィが恋情を寄せ続けるコルカタまでの珍道中を続ける。旅の途中のインドの田舎のロケシーン(農村と自然の風景や生活風景)がこれまたとても楽しい。エキゾチックだが、それでいて、どこか懐かしさを感じてしまう。

コルカタでジルミルの面倒を見ながら生活して6年たったある日、バルフィは人妻の美女シュルティに再会し、一人の男と二人の三角関係が始まる。バルフィに恋するジルミルはシュルティに向いてばかりいるバルフィに腹をたてて突然身を隠してしまう。居なくなって初めてジルミルが自分にとってなくてはならない大切な存在だと気付き、バルフィは彼女を探し求める。ジルミルが居なくなって安堵するシュルティ。ジルミルが小さい時に預けられていた施設でとうとう再会を果したバルフィとジルミルめでたく結婚する。

最後は、夫を捨てバルフィへの報われぬ恋にもかかわらず慕い続け、二人の死を見届けた晩年の年老いたかつての美女シュルティの諦念と切なさをたたえた顔が映し出されて終る。

見終わって悲哀の余韻にしばし浸ってしんみりとしてしまった。ミュージカル風の強烈な歌とダンスはないが、時折、画面の片隅で辻音楽師風のカルテットがアコーディオン(フランス風)をベースに奏でる哀愁と共に心温まるメロディと歌(Ashiyan)がとてもグッドで印象的だ。

https://www.youtube.com/watch?v=sCMNen9q3fI

見終わってもメロディと歌声が耳の中で鳴りやまない。映画「屋根の上のバイオリン引き」を思い出したが、ウィキペディアを見るとフランス映画Amalieの盗作疑惑があったらしい。聴いて見ると確かに似ている。宜なるかな。

https://www.youtube.com/watch?v=nAnW4nMstBE

台詞が少ない分、主人公の手振り身振りが多いが、アメリカのハリウッドのサイレント・ムービー(チャップリン、キートン等)のシーンのもじりが、あちこちに投影されているのに気づかされる。パクりと言われれば確かにそうかも知れないが、スタンダードな古典の手法を現代インド映画に取り入れて新境地を切り開いた秀作だったと思いたい。模倣がオリジナルを越えて見事に進化するインド映画の懐の深さであろう。

Photo_2

夕食:パプリカ入りナスの味噌炒めとビール。仕上げは、銀座ナイルのチキン・カレー。

山口県で行方不明になっていた2歳の幼児は3日振りに無事発見、救出された。
救出したのは大分からその日やって来たボランティアの老人。3日間一人でサバイバルした2歳の幼児もすごいが、この老人もまた奇跡のような人だ。

今日は、終戦(敗戦)記念日。NHK特集を見た。ノモンハンの国境紛争だ。司馬遼太郎氏は、この事件をテーマに昭和の歴史小説の執筆をこころみたが、断念せざるを得なかった。幕末・明治維新から日露戦争までのような小説の主人公に成りうる人物が結局見当たらなかった。書きたくても、調べれば調べるほど、日本陸軍の上層部の愚劣ぶり、無責任ぶりへの嫌悪と怒りが込み上げるだけで、整理がつかなかった。

実際には、小説の主人公候補が一人いたらしい(歩兵第26連隊長須見新一郎元大佐)が、司馬氏が瀬島龍三氏と懇談したことを咎められ、執筆のための資料提供を拒否されたため断念せざるを得なかったらしい。

日本軍部の愚劣と無責任ばかりが強調されるが、ノモンハン紛争は独ソ関係との関連(紛争終結直前の独ソ不可侵条約とポーランドの分割)や、日米対立を戦略的に推し進める(日本に南進を選択させる)スターリンの策略など、ソ連側の安全保障の視点が重要である。また、ソ連崩壊後に新にわかったことは、日本以上にソ連側に死傷者が多かった。辻正信は、日本の負けを認めなかったが、戦術的には日本は多大な犠牲を払ったものの、確かに自軍を上回る損害を敵に与えた日本軍は強かった。

しかし、戦略的には、ソ連が主張する国境線にほぼ落ち着いたこと、日本はこれ以後、ソ連の圧倒的な近代兵器に恐れを抱くことになり、英米の戦力的にずっと手薄な東南アジアへの南進する流れを作ったこと、等スターリンの思うつぼにはまった可能性が高い。戦略的思考の次元に於て、日本の軍部エリートはあまりに幼稚でお粗末だった。失敗の責任の取り方も、今日の日本の無責任組織に濃厚に残っているようだ。 

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