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2018年8月 7日 (火)

入院に記 リハビリ・直立歩行編 その31

8月5日(日) 晴

5時過ぎに目が覚め日記をつける。昨夜は扇風機を2台使用。熱帯夜でエアコンなしだが、熟睡は出来た。

6時過ぎ、ストレッチと足指のマッサージをしていると母が窓を開けに来ると、アブラゼミが庭先の蜘蛛の巣に掛かってる、かわいそうに、と呟く。蜘蛛の生活はどうなるの、とは言わなかった。先週も、アブラゼミが犠牲になったことも言わなかった。

のんびりと朝食(シリアル、牛乳、サワラの西京焼き、レタスにトマト、野菜ジュース)を摂る。

今日は日曜だが私には関係なし。父のデイケアも訪問介護サービスもなし。テレビの番組がいつもと違うだけ。

朝から29度で、2階の冷房の効くへやに避難する。奥本氏の蝶の海外採集写真集と紀行文(オーストラリア、東南アジアなど)を読んだり、トウェインの地中海遊覧記をパラパラ読み続ける。蛎殻はイスタンブールではなくスミルナだった。ロシア皇帝の謁見はセバストポリじゃなくてヤルタだった。皇帝の名前はアレクサンドル2世。

お昼:ニンニクピラフと焼おにぎりにコーヒー。

昼食後は、再び2階へ。午後14時過ぎ、気温は36.2度。扇風機をつけても1階のリビングはいられない暑さ。

「アメリカはいかにして日本を追い詰めたか」を読む。米国陸軍戦略研究所レポートから読みとく日米開戦、と言う副題が付いている。

日本はなぜ開戦したのか。明治維新以来営えいと築き上げた大日本帝国をアメリカが全否定する政策を日本に押し付けて来たから(ハルノート)。アメリカに譲歩して戦争を回避する選択肢はあったが、それは戦わずして大日本帝国を失うことであり、戦って破れた場合と同じ事。日本は自己の名誉と矜持にかけても、譲歩により大日本帝国を失う選択はあり得ず、戦って帝国を失うほうを選んだ。アメリカ人の著者は、アメリカだって同じ立場なら戦った、と。

但し、戦略について、真珠湾攻撃は、a strategic imbecility と揶揄されるほどの最低ランクの愚策だった

まず、政治戦略において、アメリカ国内の優勢な戦争非介入勢力を一掃し、参戦へとアメリカ国論を一つにし、枢軸国の敗戦を確実なものにしてしまった。英蘭だけに宣戦布告した場合、アメリカが参戦する可能性はなくルーズベルトはそれを怖れていた。日本は英米を一体化して、イギリスとの戦いは必然的にアメリカとの戦いになる宿命と考えていたが、そうではなかった。

軍事戦略的にも真珠湾攻撃の効果は小さかった。半年で港湾施設は使用できるようになった。日本側には真珠湾攻撃によってハワイ島を占領し、太平洋の海軍基地をアメリカ本土に押し戻し太平洋のシーレーンを半永久的に寸断し有利に戦うと言う発想がなかった。少なくとも上層部には全くなかった。(陸軍が70万の軍隊を中国大陸に張り付けていたのだから、土台無理な話し。自ら構想した大東亜勢力圏を実際に支える軍事力は日本の能力を越えるものだった)。日本は、見事な機動部隊をつくりながら、敵側の艦船は主に旧式の戦艦に損害を与えただけで、空母は不在で無傷のまま、護衛艦も軽微な損害で、石油貯蔵施設も無傷で残してしまった。
アメリカとの戦いはどのように決着をつけるのか。日本は、日本近海で日露戦争の対馬海戦と同じような戦い、アメリカ艦隊を迎え撃って雌雄を決する艦隊決戦を願望した。しかし、アメリカがとった日本攻略の戦略は、日本本土の戦略爆撃と潜水艦による通商破壊であった。

ヒトラーのソ連侵攻と日本の真珠湾攻撃が枢軸側の愚策であり、墓穴をほることとなった。

Roosveld

夕食:ビール、冷奴、胡瓜とミョウガの浅漬け、焼き鳥、笹かまぼこ、納豆にご飯を少々。

高校野球が開幕。第100回となる記念大会の始球式はあの星稜OBの松井秀喜。テレビ朝日の甲子園ヒーロー投票1位も松井選手だった。そして母校の星稜高校は開幕戦で勝利した。

鎌倉の海岸に10㍍の鯨の死体が打ち上げられた由。
明日は台風13号の影響で午後から雨の予報。雨は歓迎だが、嵐は・・・。

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