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2018年9月30日 (日)

入院日記 リハビリ・直立歩行編 その86

9月28日(金) 快晴

明け方3時半前にトイレに起きたら眠れなくなる。日記を1時間ほど書いてまた寝入る。

7時前に起きてリビングでリハビリ・トレーニングを40分。外を見ると快晴。空は抜けるようなブルー。何とも清々しくてさわやかな気分になる。

台風24号が沖縄に接近中。その後、進路は大きく弧を描くように日本列島を縦断して関東を通過する予報。

朝食でちょっとした騒ぎが。昨夜食べ忘れた牛肉コロッケが行方不明になった。母が冷蔵庫に入れたと言うのだが、見つからない。3時のおやつで食べたのではと突っ込むとそんなことは絶対にないと主張。結局、見つからず、断念。何処へ行ってしまったのか幻のおいしそうな牛肉コロッケ。

生ゴミの袋2つを持って出しにいく。100㍍ほどは歩いた。杖は使わず。

東京のYちゃん、風邪を引いたらしい。頭痛で学校を休んだとママから連絡があった。お見舞いの返信。

貴乃花騒動について。詳細はあまりフォローしたわけではないが、本人が意固地になって一人相撲を取っているように見える。今年1月のモンゴル人横綱の暴力問題に端を発した騒動の結果がこれだ。マスコミの報道の仕方を見ても必ずしも同情していない。へそ曲がりの貴乃花、もっと大人になれ、と言っているのだ。

昼:五目チャーハン、栗3粒とホットコーヒー。

午後:マーラーの時間はおやすみ。足が順調に回復し、何かをしようという意欲が湧いてきた。6年前に手掛けたが、東京で仕事をしていた期間はストップしたエルンスト・ユンガーの処女作ImStahlgewittern(鋼鉄の嵐、Stormof Steel)  の翻訳を再開してみようと思いたつ。

まずは過去のデータの確認をする。第1章の原文(ドイツ語)からの下訳と英語版の翻訳の突き合わせを行った。英語版は定評ある翻訳者によるもので、ドイツ語原文で不明点や自信がない部分と突き合わせて訳をより正確にするための参考になる。

さらに、スウェーデンの考古学者によるユンガーのこの著作の戦場ガイド本!!!が2010年に出ており、願ったり叶ったりでアマゾンで注文して取り寄せておいた本を参考にする。(100年近く前に出版されたこの本への根強い人気とその価値がうかがい知れる)

<左が全集の確定版テキスト、右が、著作に添った戦場のガイドブック>

Juenger

<左は、1929年に出版された英訳。原本は確定版テキストとは違っている。2000年の8月、英国のバーミンガムを訪れた際、ぶらりと入った書店で見つけて購入。過去に2度通読した。右は、2004年に現行の最終版テキストに基づいたMichael Hoffmann氏による翻訳>
Juenger2


午後一杯、下訳のチェックと訳の改善、訂正・校正に没頭する。集中したので、気がついたら17時前、4時間はあっと言う間だった。それでも僅か三頁分にしか過ぎない。根気とエネルギーの要る作業だが、苦行ではない。自分が惚れ込んだこの作家。テキストを徹底解読をしたいという衝動が枯れることはないだろうと思う。

夕食は、豚肉とキノコの煮物で軽めの赤ワインを飲む。仕上げは、銀座ナイルのチキン・カレー。

2018年9月29日 (土)

入院日記 リハビリ・直立歩行編 その85

9月27日(木) 雨

5時半前に目が覚める。スッキリした頭で日記を書く。昨日から気温がぐっと低くなった。10月後半の陽気。

6時半、リビングに降りてリハビリを40分、汗を流す。膝の屈伸の角度と足首に掛ける荷重を徐々に増やし限界の少し手前までいくことを繰り返す(100回)。踝や足の平を動かして円周を描いたり、筋肉や筋が対応できる範囲を増やす。

テレビのニュース:ロンドンに本来なら北極圏に棲む?白イルカがテムズ川に迷い混んで2日目だが元気らしい。

朝食は、石窯パン、納豆、サラミ、レタスに麦茶。

小雨の中、郵便局へ用足しで出掛ける。外は気温は20度に届いていない寒さ。帰りに少々買い物をする。

お昼:五目焼きソバ、栗、カレー・コロッケにコーヒー。

13時から映画「太陽はひとりぼっち」を観る。始めてだ。アラン・ドロンの「太陽がいっぱい」にあやかって題を付けたのかも知れないが、全く路線が違う。監督がアントニオーニだから頷ける。娯楽映画を期待すれば裏切られること間違いなし。

美男のアラン・ドロンは株式仲買い人で金・女・物欲の充足を追求する俗物を体現する役柄。

美女のモニカ・ヴィッティは不感症なのか男にうぶなのか、男にあまり興味を示さない。冒頭から、婚約者との結婚を破棄するシーンだ。株取引きにのめり込む母(株の暴落で大金を失ってしまう)に同調できず自分は金に興味はないという。婚約者とわかれた後に言い寄って来たドロンにもどっち付かずの態度を取り続ける。しびれを切らしたドロンから問い詰められると、彼女の答は「わからない」。

この映画、セリフがとても少ない。道路を走る車も少ない。殺風景で人気のない街のシーン。よそよそしい登場人物たち。理由はわからないが、キリコの絵を連想した。

主人公はドロンではなくモニカ・ヴィッティだが、小型飛行機で空の遊覧をしたり、アフリカの黒人を真似た躍りをしたり、気晴らしする。翻訳の仕事もしている。ドロンにはどっち付かずの態度だが時折り美しい笑顔を見せたりもする。しかし、何かが起きてドラマとはならない。結局、二人はどうなるのでもなく映画は終わってしまう。

金をめぐる株の売買シーンで人々は狂騒を演じるが、株価の暴落で呆気なく萎む。大金を失った一人の男は鎮静剤を買い、カフェで水をオーダーして飲むのだが、コースターの裏側にメモを残して立ち去る。主人公は一部始終を見ていて最後にメモを覗くと、同じ花の絵をたくさん描いた落書き。

製作は1962年。実存主義哲学がヨーロッパ大陸を席巻している時代思潮を反映したフランス・イタリアの合作。映画はイタリア語バージョンで、ドロンはイタリア語を喋っていた。

とてもクールで人を食った映画だった。

余談だが、「太陽がいっぱい」と「太陽はひとりぼっち」の2曲が入っている(従って、サントラ版ではない)  45回転のドーナツレコードを今も大事に保管している。実家には当時の物が(高校時代まで)かなり整理されないまま押入れの中に残っている。

Taiyou

<おまけ>

Gunman

夕食:鯖の塩焼きと大根・人参の和風煮物を肴に国産赤ワインを飲む。デザートは梨。

大リーグの大谷選手が第22号の決勝ホームランを打つ。

夜、BSで歴史家の磯田道史氏がナビゲーターの「英雄たちの選択「明治維新 最後の攻防~西郷・大久保“革命”への賭け」を見る。1867年12月9日の「王政復古のクーデター」は大政奉還を決断し大きな譲歩をした徳川慶喜が上から明治維新を指導しようとした目論見を否定するクーデターであった。

薩摩藩の大久保と西郷らの目論見とは、徳川勢力とは一切妥協せず、維新後の国家体制から排除することで徹底した中央集権国家を作り上げることが目的だった。

しかし、彼らの考えは少数派だった。実際に有力藩主たちは慶喜を支持していた。それを引っくり返す一か八かの策謀が大久保と西郷によってめぐらされ、慶喜は見事に嵌められたのである。(坂本龍馬が暗殺されたのは、現実的な龍馬は徳川勢力を排除しない慶喜派であったから薩摩によって暗殺された、という根強い説がある)。鳥羽・伏見の戦いで戦力的に優勢な幕府軍は慶喜が途中で逃げ出し無様な負け方をして、政局は薩摩側に味方した。テレビの解説者の一人は、慶喜には禁門の変での大きな犠牲が頭にあった。少数派の革命軍(薩摩)は犠牲を厭わない無慈悲さがあった。革命の帰趨とはそういうものだと。

薩長連合による徳川抜きの明治維新政府が成立した背景には、少数派だが、このような攻撃的で無慈悲な過激さにもとづく策謀と幸運があった。不利な情勢下でも突っ走った薩摩に軍配が上がった。

そして、このような経過をへて誕生した維新政府は以後の日本政府のDNAとなる。ある意味、朝鮮半島から満州、更に、中国本土、東南アジアへと日本が膨脹していく力の源流となり、太平洋戦争でアメリカと戦い排除されるまでその力は奔流となって日本の近代史を形作ったと言える。

2018年9月28日 (金)

入院日記 リハビリ・直立歩行編 その84

9月26日(水) 曇り

お彼岸(秋分の日)が過ぎてめっきり日が短くなったことに改めて気付く。6月は4時過ぎには明るくなり始めていたが今はようやく5時半頃だ。外は静まり帰っている。早起きのカラスの声が聞こえるだけ。ウグイスの囀りを最後にきいたのは8月上旬だっただろうか。

世間では目下、作曲家の平尾昌晃氏の遺産相続騒動と貴乃花親方の廃業引退騒動のニュースで騒がしい。トランプさんの国連演説をニュースで見たが、内容が余りにアメリカ的だ。国内政治がそのまま国際政治(外交)になっている。まあ、昔からそうだけど。アメリカ人学生の履歴書を読む機会は職務上何度もあったが同じだ。これでもかこれでもかという自己PRに終始した内容なのだ。押し出しの強さには少しウンザリした。国連の会場も白けたような笑いに包まれた(失笑?)。

朝食(石窯パン、サラミと納豆、レタスとトマト)後、病院へリハビリ・トレーニングへ出かけ汗を流した。アキレス腱や爪先立ち、サッカーボールを使った左足の運動のほか、最後は自転車を10分ほど漕いだ。約1時間のトレーニングでいつも以上に汗をかいた。

帰り道、両親の好物の煮付け用の魚(真カレイ)を京成百貨店の食品売場で買う。新鮮で美味しい生の魚はここが一番だ。値段は安くはない。まだ足に不安があるので行かないが、那珂湊のお魚市場にそろそろ足を伸ばそうかと考えている。ここは、地元産のほか日本各地の鮮魚貝類を本当に安く大量に買える。

<1月に買い出しに行った際の写真>

Nakaminato2


Nakaminato1

Nakaminato3

昼食は、百貨店で買ったエビ炒飯を母(父はデイケアー)と分けて食べる。それに栗に麦茶。

昨日に続きマーラー第2番(バーンスタイン指揮)を聞く。日記をつけながらの1時間半。マーラーの音楽は集中して音を追いながら聴かないと良さが半減するようだ。バロックやモーツァルトのように気安く聞けるようなバックグラウンド音楽には向かない。

夕食のビールの肴は、北海道産の生鮭をグリルしてバター・レモンソースを掛けた一品。

最初の職場に勤務していた時、タス通信の東京特派員から有楽町の外人記者クラブのレストランでご馳走になったのが北海道産のサーモン・ステーキだった。冷戦が終了した後の1990年代の話。特派員はレーニンのそっくりさんで、日本語はペラペラ。2002年のサッカーワールドカップでも一緒に仕事をした。同席した同僚とKGB のスパイに違いないと冗談を言い合った。 

小室直樹氏の「三島由紀夫と天皇」を読み続ける。

唯識論とは、アリストテレスの形式論理学で言うところの物事は「存在する」か「存在しない」の二分法を取らない。世界とは、「存在するのでもなく存在しないものでもない」範疇としてある「識」(眼・耳・鼻・舌・意の六識の奥にある第七識としての末那識=自我、さらにその奥にある阿頼耶識=無意識)が織り成す万物流転(実体として存在するのではなく、常に変化のなかにある)の現象である。海を例にとれば、あらやしきは水、その他の識は波、縁となるのが風。

仏教は根本に於いて魂(霊魂)の存在を認めない。輪廻転生する主体は「存在するものでもなく存在しないものでもない」阿頼耶識(あらやしき)である。輪廻転生を引き起こす縁=業(罪障)の本体は意志。「生まれ変わる=輪廻転生」とは「罪の証」のこと。「豊穣の海」四部作は「罪の書」である。

2018年9月27日 (木)

入院日記 リハビリ・直立歩行編 その83

9月25日(火) 曇り後雨

5時半過ぎの目覚め。

1時間ほどベッドの中で昨夜の続きの読書。

6時50分、リビングに降りる。テレビをつけてBSニュース、日本の里山(今日は宮崎の小林市)、ドイツ鉄道の旅などを見ながらリハビリに汗を流す。

ドイツの風景はブレーメンとハノーバー。1976年夏3ヶ月のゼミ研修で足を運んだなつかしい街並だ。

ハノーバーは2ヶ月滞在したから駅の様子はどことなく見覚えがあった。ブレーメンでは、ブレーメン大学訪問をした。学部授業のゼミに陪席したが、スペイン市民戦争の義勇軍に参加した知識人に関するものだった。学食の食事の豪華さにビックリした。港の風景が出てきたが、自分たちも足を運んだ場所。パブに入ってビールを飲んでいたら、一緒に入った仲間が途中で、男しかいない、ここはオカマ専用のパブ(ドイツ語でクナイペという)だ、と騒ぎだし、ビールを急いで飲み干してその場を立ち去った。

汗を流した後は朝食をゆっくり食べる。ドイツではブレーチェンという小ぶりのこんがりと焼いたパンが美味かった。ハムやチーズやサラミ、時にはタルタル(生の牛肉)やサーモンを挟んだドイツ風のサンドイッチ。それに模してドイツ風のオープン・サンドイッチを作って食べる。具は納豆(チーズの代わり)とサラミ。足りないのはニシンの燻製だろうか。

Breakfast

リハビリに戻り、BSをつけると、今度は、ロンドンのハムステッドの街歩きをやっている。2年間駐在した街(1998~2000)だがほとんど住居と職場を往復する生活だった。マルクスの墓があるハイゲート墓地に行きそびれたが、ようやく今日、テレビのナビゲーター(声はつぶやきシロー)と一緒に訪問することが出来た。

お昼:スパゲティー・ナポリタンと焼きお握り1個に麦茶。

お昼過ぎから雨が降りだした。母から頼まれ、蚊取り線香のスペアを買いにいく。ついでに自分のベープマットのスペアも購入。涼しくなってもまだ蚊は油断すると容赦なく血を吸いにやって来るので実家の我が家では必須アイテム。

午後の一時、クラシックを聞く気分になった。バーンスタイン指揮のマーラー交響曲第1番「巨人」を聞くことに。https://www.youtube.com/watch?v=xy8luAR2n7U

マーラーは、30代半ばのバブルのころ熱中してよく聞いた。切っ掛けは、冬の寒い吉祥寺(粉雪が舞っていた)の街を歩いていてふと耳に入った曲が第5番のあの有名なアダージョ。学生時代に池袋の文芸座地下で観たルキノ・ヴィスコンティ監督の映画「ベニスに死す」。全編に流れていた甘美で白昼夢を見るような音楽が蘇った。

早速第5番のテープを買い求めて(たまたまだがズビン・メータ指揮)暫くは毎日のように聞く生活だった。バブル景気に沸いていた日本。忙しさに追われ、飲んで騒ぐ日々だったが何かが足りない欠乏感があった。

マーラーの魅力に取り付かれ、3番、1番、2番、6番、7番、8番と制覇していった。番外編で、サントリーの宣伝にも使われた「大地の歌」。ケン・ラッセル監督の映画も観た。

当時は、柴田南雄氏の「グスタフ・マーラー」(岩波新書)を導きの糸にして聞いていたが、今回は2011年に出た「マーラーの交響曲」(講談社現代新書)も参照しながら、30年を経て60歳になった感性による聞き直しだ。

Mahler

夕食:秋刀魚と有り合わせのオカズを肴にビールを飲む。

夜は、森繁一座の喜劇「続社長繁盛記」を観る。この繁盛記から、小沢昭一がフランキー・堺、谷啓が三木のり平、沢井桂子が新珠三千代とそれぞれ役どころをスイッチした。製作は1968年、メキシコオリンピック開催の年。これまでのレギュラーの半分が変わってしまい見慣れた人は一抹の寂しさを感じるであろう。今回のロケ地は名古屋の明治村と四国(高松と今治と奥道後温泉)。職種は商社。新しい役者として、酒井和歌子が登場している。このシリーズは1970年に終わるが、来週から「駅前旅館」シリーズになる。何故だ?

就寝前の読書:

「三島由紀夫の死と謎」(アポカリプス21研究会)

「三島由紀夫と天皇」(小室直樹)

Mishima6

普通の平凡な人々には余りに常軌を逸した理解不可能な三島の切腹事件。ひ弱だが頭脳明晰な早熟の天才作家は、まるで見世物の中で間違って死んでしまったように思える(思いたい)。

最初の1冊は三島は二・二六事件で反逆罪で死刑になった陸軍の兵士(磯部浅一)の霊に憑依されていた、というキワモノ的な本。家族(両親)や証言や三輪明宏氏他の三島と身近に接する機会があった人達の証言を引きながらそれなりの論旨が展開されている。

もう1冊は、私が永年敬愛してきた(氏の著作はほとんど読んだ)小室直樹氏による卓越した三島論。二・ニ六事件の特異性、「豊穣の海」の第3巻「暁の寺」で三島が展開する仏教哲学理解と遺言状(政府への建白書)を踏まえた三島の歴史観と事件の意味(戦後天皇制への挑戦=第二の二・ニ六ならぬ十一・二五)の解釈が提示されている。

2018年9月26日 (水)

入院日記 リハビリ・直立歩行編 その82

9月24日(月) 曇り

モズの声で目を覚ます。本格的な秋の到来を告げるモズがやって来た。時計を見ると5時半過ぎ。

モズの声を聞いて決まって思い出す俳句がある。

もず鳴いて 秋の日和を 定めけり (正岡子規) 

何故か連想でもう一句:

肩にきて 人なつかしや 赤蜻蛉 (夏目漱石)

晩夏から初秋にかけて自分の季節感をぴったり表現するのがこの2句だ。自分にとって実体験がそのまま句になっている。解釈は一切必要なし。一瞬の悟り。

赤トンボは子供の頃、お盆の時期に父の実家で墓参りに行く途中の山道で群れをなして飛んでいた。じっと立ち止まっていると親しげに!頭の上や肩に止まるのだった。句を反芻するたびにこの記憶が鮮やかに蘇る。

左足のむくみは大分ひいて来ている。外見は普通に歩いているように見えるが、歩く度に左足首周辺には僅かな痛みがある。軋みと言った方がいいだろうか。まだ骨と神経がしっくり調和していない。テレビでニュースを見ながら、左足のストレッチに汗を流す。膝の屈伸も無理しない程度でやり始めた。

石窯パンをトーストとして刻み葱を入れた納豆を乗せた朝食をゆっくり食べてから、部屋の片付けと日課の日記の書き込みに没頭する。そして、気が付けばお昼だ。仕事をしなくても、何かに集中していると時間の経過は本当に速い。

エビピラフのお昼。そして午後の一時はBSでイタリア映画「ニューシネマパラダイス」を観る。2回目だが、1990年前後の頃ビデオで見て以来だ。

見終わって、最後が記憶と違うのでウィキペディアで確認すると劇場版と完全版の二種類があることがわかった。初回に見たのは完全版だった。

完全版では、主人公のトトは、恋人のエレナに駆け落ちの約束をすっぽかされ失意の内に町を離れ、そのまま二人の別れになるのだが、原因はアルフレートによるトトの将来を慮ってエレナに駆け落ちを止めさせたのだった。苦い思い出を抱き続けて30年ぶりにアルフレートの葬式で帰郷したトトはこの事実を初めて知る(エレナはトトの同級生とその後結婚している)ことになる。そして、エレナと再会するのだが、エレナから逢うことはやめようと言われる。今回の劇場版はこれが全てカットされ、トトが兵役で不在中にエレナは音信不通となって行方が分からなくなったままという設定。

「青い目の女は難しい、口説いても一方通行で終るのが関の山だ」、このアルフレートのトトへのアドバイスは映画の中でのジョン・ウェインの台詞らしい。この台詞に従えば、「完全版」より、兵役中に音信不通になってエレナに無慈悲に振られる(女の気まぐれ)今回の劇場公開版のほうがよりふさわしいかも知れない。

改めてこの映画の感想:

トリビアな指摘となるが映画では文字が読めない観衆が登場するが同時代の日本(1950年代)にはまずいなかった。シシリアの初等教育は日本より立ち遅れていた証左か。

映画館や野外上映に人々が集まり一体感を持って一喜一憂するのは日本でも1970年代まではあったと思う。テレビとビデオの普及でこれが消滅してしまった。

主人公の青年トトが故郷を離れたのは、日本でも多くの若者がより良い将来を切り開くため故郷(農村)を離れて上京したのと同じ。この映画は、ある意味、イタリアの戦後の男版「おしん」だろう。日本で公開された時、記録的なヒットとなったのは特に終戦直後生まれの世代(団塊の世代)の共通体験を人々がこの映画に見いだしたからだと思う。大正・昭和一桁世代が「おしん」に見いだしたように。
近代化の荒波の中で俺たちは必死に泳いで頑張って来た。けれど・・・失ったものもある。グローバリゼーション=故郷喪失の悲しみ、失われていくいとおしいものへの挽歌。

理屈はどうあれ、この映画は泣かせる映画だ。最後の帰郷シーンの数々では涙腺が弛み放しになってしまった。

夕食:昨夜に続き豪州牛のサーロインステーキを赤ワインを飲みながら食べる。国産の霜降り牛のような油身と柔かさは望めないが、直火で焼いて適当に油を落とし、胡椒を軽く振ってワサビ醤油で食べると充分に美味い。
歳を考えて、一枚(200g前後)を両親にも分けて6割程度を自分が食べることにしているが、今夜は一枚全てを一人で平らげる。

今日は中秋の名月。夜空を見上げると曇り空でお月様は見えない。残念。去年はYちゃん母娘とお月見をしたことを思い出してラインで連絡。東京は月が出ているようだ。いいなぁ。

夜の読書:「マンと三島ナルシスの愛」(高山秀三著)を読む。

Mishima5

三島由紀夫とは何者か。昨夜は、「トーマス・マンと三島由紀夫」をパラパラ読んだ。9月3日の日記でコリン・ウィルソンの「カリスマへの階段」での三島由紀夫の悲劇の分析を読んで自分なりに整理しようと気になっていた。

著者は私の大学時代(1970年代半ば)の同級生。文学青年で、大学1年次にショーペンハウアーの「意志と表象としての世界」を読んでいた。田舎出の私はドイツ語の勉強と思って一夏かけてトーマス・マンの「トニオ・クレーガー」を辞書を引きながら何とか読み終えたレベルだった。早熟で大人の高山君は親友の間柄ではなかったが喫茶店でコーヒーを飲みながら彼がものした小説(蝉供養)の話を聞いたことを今でもよく覚えている。

折に触れて購入したまま世俗の仕事の忙しさで埃を被るままにしていた本の中の一冊がこの本だ。

芸術創作活動には自らを破滅に導きたいという衝動がどこかにある、という。三島由紀夫が自らの師として私淑したのが森鴎外とトーマス・マン。三島とマンの小説に共通するのは同性愛。

マンが亡くなって20年後(1976年)に公開された日記には同性愛のことが想像以上に赤裸々に語られ関係者は驚きを隠せなかったという。三島もマンも結婚して家庭を持ったが、それは仮面であって内面では自己の否定できない衝動との葛藤と闘った。しかし、同じなのは此処まで。一方は名声に包まれながら晩年を過ごし80数年の長寿を全うしたが、三島は世界を震撼させる切腹事件を起こして40代半ばにしてこの世を去ってしまった。

2018年9月24日 (月)

入院日記 リハビリ・直立歩行編 その80

9月22日(土) 曇り

明け方早く目が覚めて(トイレ)ベッドに戻ると眠れなくなった。一時間ほど三島由紀夫の日記「外遊日記」を読んでまた寝入る。

夢を見た。場面は水門の前の川で大量のウグイ(魚)を地引き網!で捕獲するシーン。次に、退職したばかりの職場が出てくるが、大切なゲスト一行を受け入れるらしい。魚を捕っていると訪問する一行の団長がやってきてよろしく、と何故か私に頼んで来た手前、受け入れ体制が大丈夫か念のため電話するが、なかなか繋がらない。漸く電話を取って通話口に出てきたのは直接関係ない最初に勤めた会社の上司だった。心配になって職場に駆けつけようとするがいつの間にか、そっちのけで海(東京湾か)リール竿を何本も並べて釣りをしている自分。

もがき苦しむ夢ではなかったが、釣りの禁断症状と取り敢えず現役引退の安堵感がミックスした夢だろう。

リハビリは、左足のみにして、足首のストレッチを集中して行う。

朝食(トースト、納豆、ミルク、レタスとトマトサラダ)をとり、2階に上がり日記をつける。9時過ぎ、父はデイケアー。

東京から送った荷物の整理と部屋の片付けをするが気が入らず。

お昼はお隣のNさんのお母様から頂いたお握り2個と麦茶で済ませる。わずか5分の早メシ。食べるのが速すぎると両親にも東京のYちゃん母娘にもよく言われるが仕方がない。

Nさんのお母様は髪が真っ白。子供のころ目にゴミが入って目をパチパチしていたら、おもむろに母乳を私の目に注いでゴミを取り除いてくれたことを思いだしてしまった。昔流の民間処方。

午後、気晴らしにアジア映画をYou tubeで観る。「笑着回帰Home Coming」。2016年にマレーシアとオーストラリアに出張した機内映画で観て面白かった。思いだしてインターネットで検索したら引っ掛かった。映画は広東語で普通語と英語の字幕つき。著作権の問題が気になるが映画はここで観れる。

https://www.youtube.com/watch?v=CznvcFVoyOM

舞台はシンガポールとマレーシア。華人が春節で一族集まってお祝いするまでのロードムービー。両親が離婚してレストランのシェフの父に育てられている娘が春節当日で忙しい父に不満で一人クアラルンプールの母に会いに行く。そのために高速バスに乗り合わせるのが母(男優が演じる)と息子でやはり親戚に年に1度の春節のお祝い(会食)に向かう親子。この母が面白おかしくドタバタ騒動を道中で起こす。妻が臨月のマレー人タクシードライバーとのトラブルや、そこにインド系のタミール人が仲裁に入ったり、お腹の調子が悪くなりトイレに駆け込んで用を足したもののマレーシア式で紙がなく息子のくじ引き券(8000ドルの当たり券)を使おうか迷うシーン、など珍道中のドタバタを繰り広げるが、最後は、皆がそれぞれの鞘に収まり春節を迎える(マレー人は妻の出産に立ち合う)、終わりよければ全て良しのコメディー。レストランのシェフがフランスで修行した師匠はシャルル・ド・ゴール。シェフが作ったお祝い料理セット388ドルを88ドルに値切るところなど、笑わせるシーンが随所に。

夕食:ありあわせのオードブルでビール一杯。

Odoburu

仕上げは銀座ナイルのチキンカレー。

Curry

コオロギが盛んに鳴く秋の涼しい夜長、2階のベッドに横になり、「三島由紀夫とトーマス・マン」を眠くなるまで読む。

Thmoas_mann

入院日記 リハビリ・直立歩行編 その81

9月23日(日) 曇り、時々晴

6時半前に目が覚める。今日は日曜日だが、自分にとっては、普通の日と同じ。左足のストレッチでたっぷりと汗を流して朝食。塩鮭と温かいご飯。

ニュースを見るが頭を通り抜けていく。トランプさんが、朝鮮半島が、安倍さんが・・・。

退職祝いにもらった花は元気なまま玄関に飾られている。母が笠間焼の花瓶が映えると交換してくれた。美しいカーネーションだが水色の花は何だろう。

Kasamayaki

2階で日記を書いてブログにアップし、介護用品と食材の買い物に出かける。玄関周辺に漂う金木犀の香りが何とも言えない。香りで楽しむ秋のこの花はとても地味。

Kinmokusei

お昼:コーヒー、スパゲティー・ジュノベーゼにブドウに石窯パン少々にブドウ少々。

Lunch

午後、インド映画「ワナージャ(Vanaja)」をYoutubeで観る。https://www.youtube.com/watch?v=1wOrL9C-HVU

欧米では好評を博した映画らしいがインド本国では放映されず無視されているらしい。何故なら、インドの恥部とされるカースト制度がテーマ。だからYoutubeで見れるのかと納得するが、日本語字幕付きで観ることができるのには驚いた。

監督はインド人だが、アメリカのコロンビア大学の映画学修士論文の作品として素人の俳優をスカウトして演技指導をした上で、低予算かつ2ヶ月半で製作された傑作映画だ。

絢爛豪華なトップスターによる大型予算のボリウッド映画とはまるで違う趣が違う。

映画は母が死んで漁師の男手一つで育った娘が、村の娯楽で演じられた伝統の踊りに魅せられこれを学びたくて地元の有力者の屋敷に奉公に出るところから始まる。持ち前の頭の良さと機転、物事に動じない気の強さと頑固さが女主人に気に入られ、伝統音楽と踊りの指導を受ける。物語りはアメリカ留学帰りの屋敷の息子が現れることで急展開。息子に無理やり迫られ(強姦)妊娠してしまう。堕胎を迫る女主人にヒロインは親子に罪を認めさせて結婚を迫ろうとするが、うまく行かず、子供は女主人に預け上級のカーストとして育てることに同意することになる。

リアリズムにもとづいて伝統社会の旧習の非人間性を描いているが、近代化の波で伝統芸能の担い手が失われていくことへのオマージュでもある大変ハイブラウな映画だ。

映画のショットは一つ一つは坦々としてはいるが色彩といい情景といいうっとりするほど美しい。野鳥好きな自分は背景の効果音に様々な野鳥の囀ずりが使われ聞いてまたうっとり。時おり写される少女の舞いと伴奏の音楽も大変印象的で派手さはないがじわりじわりと魅力が迫ってくる。

最後のほうの場面で伴奏に合わせて舞う舞踊(クチプディ)は少女の心情(葛藤、闘い、断念)を象徴するシーンでもある。理解する情報もないまま見るだけだが、鬼気迫る少女の表情と見開いた目から流れる一筋の涙が印象的だ。https://www.youtube.com/watch?v=LJSIGyE-i90

冒頭の舞台で踊る年老いたダンサーの足首から一つの鈴がとれるシーンがある。これを素早く拾った主人公は後で返しに行くのだが、逆に自分の明るい将来(素晴らしい踊り手になる、子宝にも恵まれること)を予言され鈴をもらい受ける。

最後の場面は、漁の舟を借金の担保としと取り上げられ飲んだくれていた父の死の悲しみの後、主人公が大切にしていた鈴と父の歯(女主人の屋敷で殴られ1本抜けてしまう)をお守りに赤ん坊とともに女主人一家に渡して屋敷を出る(追い出される)ことになる。

見終わって、切なさが一気に込み上げてきた。いい映画をつくってくれるなぁ、インドという国は。

映画の後に、監督と主演女優のインタビューがありこの映画の理解を助けてくれる。女優は、自己紹介で「指定部族」のジプシーと名乗っていた。不可触賤民の事だ。

監督: https://www.youtube.com/watch?v=lBF4WFYYZqg

主演の少女: https://www.youtube.com/watch?v=pTfDd4MwRkQ

夕食:エリンギのニンニク風味の炒め、豪州牛サーロインステーキ、サワラの西京焼き、冷奴、小皿(トマト、谷中生姜、モロキュウ、なすの浅漬け)で赤ワインを飲む。

Dinner

大相撲は本日で終わり。白鵬が全勝優勝。稀勢の里は結局10勝5負に終る。

2018年9月23日 (日)

入院日記 リハビリ・直立歩行編 その79

9月21日(金) 雨

秋雨前線の影響で朝から小雨模様。気温もぐっと下がって20℃前後と肌寒い。

今日は通院日。簡単なストレッチを済ませ、朝食(石窯パンのトースト、納豆、ミルク、レタスとトマトサラダ)とり、8時過ぎに家を出る。

レントゲンを撮影後、医師に面談。体重の全荷重にして二週間、骨のズレもなく順調とのこと。週一回のリハビリは継続しながら、次の通院は2ヶ月後の11月16日(金)となった。松葉杖は使用していないが万が一のためにキープしていたがこれも返却していいことに。

2階のリハビリルームでたっぷりのストレッチと筋力トレーニングに励む。
この二週間で感じは良くなったと思う。しかし、4ヶ月全く使わなかった左足の衰えの回復にはまだまだ道は長いというのが現実。サッカーボールを使った運動も今回は取り入れる。段差が低い階段の登り降りは問題なし。足のひねり運動はおそるおそるだ。ほぼ一時間汗を流して終了。来週は水曜日にリハビリトレーニング予定。

病院の精算で松葉杖の返却で5000円のデポジット返金があり、今日の通院費2000円と差し引いて3000円が手元に残る。

寄り道せずに帰宅したのは11時前。

お昼:石窯チーズピザにエビピラフとコーヒーに葡萄。

午後、2度目のOm Shanti Omを鑑賞。インド映画の楽しみの一つはヒロインとなる女優の美しさが半端ではないこと。欧米人やアジアの美女はそれなりに見ているが、インドは日本には馴染みがなく、エクゾチズムの魔力に引き込まれてしまう。これが堪らなくてインド映画に入れ込んでいる理由の本音だろう。一種の「老いらくの恋」だ。

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それに、スクリーンから溢れるエネルギーの凄さ。日本やヨーロッパの映画ではとうに失われてしまったものだ。

夕食:赤ワインを退職祝いで貰ったグラスで飲む。肴は、子持ち鰈の山椒煮。鰈はアカカレイ。小皿はゴボウと大根煮。仕上げは、鮭茶漬け。デザートは梨。
   
夜の読書:
「ナルシズム~天才と狂気の心理学」中西信男著(講談社現代新書)
「外遊日記」(三島由紀夫)
二冊の本を拾い読みする。

Mishima

三島由紀夫が割腹自殺を遂げたのは私が中学三年の時。「仮面の告白」、「午後の曳航」、「近代能楽集」、遺作となった「豊穣の海」(4巻)などはこれまでに読んで来た。と言っても最後に読んだのは30代。

「何が言いたいか最初から分かっていたら小説なんか書かない」、とは「限りなく透明に近いブルー」の村上龍。

あの異常に張り詰めた華麗な語彙と文体。高校生のころ「仮面の告白」を読んで、凄いと思うとともに作者の感性に対する違和感(今にして思えば)があった。「豊穣の海」は一気に(正月を挟んだ年末年始休みに夜を徹して)読破した。明治の日露戦争勝利後の時代から三島が自決した昭和40年代まで、輪廻転生をモチーフにした4代に渡る絢爛たる絵巻物に圧倒され、暫くは余韻を引きずる日々が続いた。

三島由紀夫とは何者だったのか。

2018年9月22日 (土)

入院日記 リハビリ・直立歩行編 その78

9月20日(木) 曇り、午後一時小雨

昨夜は熟睡した。21時過ぎから今朝の6時迄ほぼ9時間。   

朝食(石窯パンのトーストと納豆にミルクとトマト・レタスサラダ)の前後にストレッチと筋トレ。左足の違和感は簡単には解消しそうもない。階段の昇りは大丈夫だが、下りは足首が曲がりきらずまだ辛い。

終日、2階で日記を書いたり、ベッドにゴロリとなりぼんやりする。今週前半はハイテンションで動き回った疲れがまだまだ抜けきらない。体がだるく集中力が出ない。

お昼(スパゲティー・ナポリタンと石窯チーズピザにコーヒー)を食べて、銀行へ用足しに外出する。京成百貨店で活きのいい子持ち鰈(赤鰈)の切身と山椒の実に銀座ナイルカレーと生栗を購入。

帰宅して金木犀が香りを放つ玄関に歩いて行くと、オンブバッタの親子に遭遇。子供を一ぴき捕まえてスナップ・ショット。

Photo

帰りに買ってきた秋の味覚地元特産の栗(岩間)を早速母が煮てくれたので3時のオヤツに食べる。粒ぞろいかつ味も甘味があり合格点。栗を食べながら、映画「マッドマックス2」を途中から観る。

夕食は先週好評だった海老とセロリ・パプリカの塩炒めを作ってサラミ・チェダーチーズ・レタスの盛合せと一緒にビールを飲む。

稀勢の里は御嶽山に勝利。9勝目だが明日以降は対戦相手が厳しいから二桁の勝利はクエスチョンだ。

涼しすぎてコオロギも鳴かない食後の夜、2階でOm Shanti Om のミュージカルシーンを何度も観る。特にDhoomTaanaはすっかり魅せられる。

https://www.youtube.com/watch?v=TjUXr560Gu0

Youtubeを検索するとあるはあるは、人気が高いことに気づく。今日の今日まで知らないのは私だけだった。バレエの心得のあるYちゃんに今度踊ってもらおうと思う。

https://www.youtube.com/watch?v=kP3klQkDiMw

自分が大学受験で新小岩の叔母の家に御世話になったが1974年の早春、叔母の娘二人がテレビの前でピンクレディをに真似して盛んに踊っていたっけ。https://www.youtube.com/watch?v=THGk6LMmns8

Yちゃんは、目下のところ韓・日・台のグループTwiceに夢中になっている。 https://www.youtube.com/watch?v=ePpPVE-GGJw

2018年9月21日 (金)

入院日記 リハビリ・直立歩行編 その77

9月19日(水) 晴

朝寝坊した。7時半過ぎ、キッチンで朝食(納豆、トマト、ご飯)を食べる。

2泊3日の上京の疲れで午前中はゆっくり休む。東京から送った荷物二個が届く。父はデイケア。

昼食(焼おにぎりと貰い物のチーズパン)を食べて、車でハローワークへ出かける。那珂川の水府橋を渡りながらハゼが釣れる季節になったなと思う。

駐車場が一杯なので臨時朝食に車を入れて200メートル近く歩く。バッタ(トノサマバッタ)が跳ね、蝶(ヒメアカタテハ)が舞う。名前を知らない草が花を咲かせている。空は完璧な秋晴れの青。体はまだ疲れでだるいが、気分は軽く200メートルを歩く。

Namoshiranu_hana

第一回目の失業手当て給付の認定手続きを受け、それから職業相談の面談。心ここに在らずで半分は上の空で受け答えする。待ち時間も入れて一時間半かかる。

スーパーで食材の買い物をして帰宅すると自宅の玄関の傍の金木犀が地味な花を咲かせ辺りに芳香を放っている。

2階に上がり一休みしているとツクツクボウシがすぐ近くで鳴き始めた。何と隣りのNさんの家の壁にとまって盛んに鳴いている。

Tsukutsuku

夕刻、父が帰宅するタイミングでサンマを焼く。解凍サンマとは大違いだ。油の乗りが全く違う。ビールを飲みながら、たっぷりの大根おろしと一緒に食べる。

大相撲の稀勢の里は3敗目を喫してしまった。なかなか以前の横綱相撲が戻って来ない。

夜、日記を書く。

仙台で警察官が大学生に刺されて死亡。犯人も上司の警察官に銃で打たれて死亡。富山でも警察襲撃があったばかりだが、犯人を駆り立てるものは何なのだろうか。

朝鮮半島は韓国の左翼政権大統領が北朝鮮と共同宣言。どう見ても、北朝鮮に利用されている情けないすり寄りにしか見えない。元々核開発に対する経済制裁で自ら招いた苦境なのだから、核放棄に向けた具体的動きが示されなければ、西側は動く必要はないであろう。

2018年9月20日 (木)

入院日記 リハビリ・直立歩行編 その76

9月18日(火) 晴、夕刻土砂降りの雨

東京のマンションの一室での目覚めはやはり6時前。携帯の時刻は58分。

リハビリはストレッチだけやり、ゆっくり朝食(トーストとメロンパンにコーヒー)。

8時半、スーツ姿で出発。タクシーを拾い池袋駅へ。人の多さに圧倒される。父譲りの杖を使いながらゆっくり歩く。山手線で新宿まで移動。余りに混んだ電車が来たので次の電車にする。が、それでも座れず。新宿駅はさらに人が溢れてウンザリする。

怪我をしたからか他の人が杖を使う人が結構いることに改めて気付いた。小田急線に乗り換えて5月末に退職した職場に到着したのは10時過ぎ。杖を突きながら物を持って歩くのやめようと手ぶらでやって来たが、やっぱり手ぶらはまずいと駅の傍の店で洋菓子セットを3つ買って。

学長を始め人事やほかの関連部署の関係者への挨拶を済ませながら、後任の事務責任者と昼食を挟んで4ヶ月遅れで引き継ぎを終日行った。

十数年前のタイのプーケットであの津波に捲き込まれて九死に一生を得た経験の持ち主(アキレス腱をやられ長期療養した)や股関節の怪我で私と同じような装具で体重荷重を徐々に増やすリハビリを経験した人もいて、自己の体験を語りながら話が盛り上がった。

帰り際、花束と記念品を頂き、送別の一席の誘いは、足が完治すると思われる11月後半か12月にしましょうと再会を約して、家路につく。ラッシュアワーは避けようと思っていたが結局夕刻までズルズルと長居をしてしまった。

<写真は職場のすぐそばの池と林で桜が咲いたころ:ここではカワセミを観察できる。5月は、夏の渡り鳥のキビタキやムシクイの仲間が羽を休め囀ることもある>

Seijoike

帰路の経路だが、混雑しないで座れそうな小田急乗り入れの千代田線に乗り西日暮里経由(乗換時、ホームは土砂降りでびしょびしょ)で上野にでて特急に乗ることにした。読みが当たって喜んだのも束の間、常磐線で人身事故があり出発が30分遅れ、ノロノロ運転もあり、結局1時間遅れで地元駅に。タクシーを拾って帰宅したのは21時半を過ぎ。何と高齢の両親は眠らず待っていた。母は早速花を花瓶に活けてくれた。

夕食(冷したぬきそば)は上野駅で済ませていたので、ビールを一杯飲んでベッドに横になる。

人生三度の職場で仕事をした。最初の2つの職場ではいい仲間に恵まれ、よき師に出会った。色々な場面の思いではたくさんある。それぞれ仲間とは今でも時折酒を酌み交わしては、昔話に花を咲かせ、今後の話で盛り上がっている。

最後の奉公も同様で社会的に成功するという意味では、平凡だったかも知れないが、自分の好きな乱読と、魚や野鳥や昆虫と戯れる生活を確保しつつ、仕事において教育分野での国際交渉業務(激務だった)でそれなりの結果を残せたのだから、上出来だったと思う。何とも言えない充足感に安堵しながら眠りについた。

Hanahana

Gurasu

2018年9月19日 (水)

入院日記 リハビリ・直立歩行編 その75

9月17日(月) 晴

目が覚めて携帯の時刻を見ると5時58分。場所は都内のマンションの14階。

寝たりない感じだが、眠れずインターネットでニュースをチェック。目に飛び込んできたのは、英国のソルズベリーでまた神経ガスの残余物による騒ぎが起きたこと。英露関係がこの件で冷え込んでいるのだが事の本質がなかなかよくわからない。

ベッドでリハビリ。朝食は、トースト2枚にコーヒー。トーストには目玉焼きとスライスチーズを乗せる。

午前中3時間、気合いを入れて部屋の片付けをする。
過去の5年、東京で出稼ぎしていたが、仕事は終わった。これで引退するつもりはないのだが、取り敢えず年老いた両親のいる実家に戻ることにした。スーツケース1個と大きなバッグ1個の荷物を作り宅急便で送る段取りをした。汗でぐっしょりとなる。

Yちゃん親子と待ち合わせてタクシーで東武練馬へ。一緒にお昼を食べる。Yちゃんはカツ煮定食とメロンジュース、ママは海鮮ウニ丼(ウニ大盛)、私は  御前物(牡蠣、煮物、蕎麦、ちらし寿司に抹茶餡のデザート)に生ビール。皆お腹を空かせていたので残さず平らげる。店特製のフライドポテト(ぱりぱり!)も追加した。

買い物に付き合って時間を過ごし、一緒に映画を見る。「ザ・モンスター」。深海の海洋調査が引き金となり低温域に棲む巨大なサメが海面近くまで浮上し次々と関係者を襲う。スピールバーグの「ジョーズ」を思い出した。最初から最後まで、息をつくひまもないくらいの展開であっという間の二時間。面白かったが、人がサメに食われるシーンは嫌だとYちゃん。そして、サメに食べられてしまったと思ったかわいそうな仔犬(ぺぺ)が最後のほうのシーンで無事だったのが良かった、と。本人の将来の夢は獣医になること。

楽しい午後の一時だった。

外に出ると雨が止んだ後で空気はひんやりしていた。タクシーで帰宅し、軽めの弁当(アジフライ)とビールの夕食をとるとと、1日の疲れがどっと出てきた。シャワーを浴びて21時過ぎに就寝。

大相撲の稀勢の里は何とか7勝目を上げる。

2018年9月18日 (火)

入院日記 リハビリ・直立歩行編 その74

9月16日(日) 曇り、時々晴れ

6時前に目が覚めた。今日は4ヶ月振りに上京する日。感無量だ。歩行は完璧にはほど遠いが、リハビリの次のステップでもある。

母から明日月曜日は特に気を付けるようにと注意される。昨年11月に父が肺炎で入院したのは月曜日。私が骨折したのも5月の月曜日。

午前中は、いつものルーティーンで過ごす。曇り模様の天気だが、太陽が顔を出して気温がグングンと上がった。久し振りに扇風機を回す。

台風やハリケーンが北米のノースカロライナやフィリピンと香港を襲って被害を出しているようだ。日本列島は束の間の好天気で連休中だ。

お昼は、焼おにぎりとオリーブ油をまぶしたトーストとサラミとレタスを乗せたオープン・サンドイッチにコーヒー。

2階と1階の電気コンセントを抜いて部屋の整頓。母と食材の確認。かぼちゃは食べやすいサイズに切り分けたり。準備オーケー。

15時に予約したタクシーで自宅を出る。叔父から親父が譲り受けた杖を持参する。人混みを歩くので、回りにシグナルを出す意味がある。また、始めての単独の遠出だから、用心もある。足が痛みだしたらどうしよう、という不安。

特急電車に乗り上野まで70分。本は持参しなかった。日記を書いたり、外の景色を眺めながら物思いに耽る。

連休中の東京の人出は半端では無かったが、17時半過ぎ、無事東京は板橋某所のデニーズにタクシーで到着する。Yちゃん母娘と一緒に夕食を食べる約束だ。時間は18時半。ビールとお摘みを頼んで待つ。

Yちゃんは、模擬試験の受験と塾で終日大変な1日だったらしいが、時間通りママと現れた。4ヶ月半振りの再会。驚いたのはYちゃんの成長ぶり。背丈はママを追い越す勢い。近況の情報交換をしながら会食(ハンバーグと豚カツ、それにグレープのパフェ)した。話が弾みマンションの一室に戻ったのは21時前。

怪我でうごけず田舎の実家で療養中は何かYちゃんのママには部屋の管理でお世話になった。部屋に足を踏み入れた瞬間に手入れ行き届いた部屋の匂いに安堵した。Yちゃん親子と一緒に麦茶を飲みみながら、買ってきたYちゃんの好物のバナナ菓子をたべたりして夜遅くまで話しがはずんだ。

外の空気を吸い、久しぶりに親しい人と会話をして興奮が覚めやらず、ベッドに横になってからもしばらくは眠れず。

大相撲の稀勢の里は2敗目を喫してしまった。

2018年9月17日 (月)

入院日記 リハビリ・直立歩行編 その73

9月15日(土) 曇り、時々雨

昨夜は、20時には眠りについた。明け方また夢を見る。手術で左足に入れた金属の補強物が足の脛から飛び出してしまうのだ。ビックリして叫びそうになって目が覚めた。何という夢だ!時計を見ると6時前。

装具が外れてまだ1週間。4ヶ月のブランクは大きい。直ぐには元通りにはならない。左足が悲鳴をあげているのかも知れない。リハビリ運動のペースを落とすことにする。

今日は朝から雨がしとしと降っている。朝食は、石窯パンのトーストに納豆をのせて食べる。だし巻き卵にレタスとトマトサラダ。牛乳とヨーグルト。

食後、2階で足腰の筋力トレーニングをしていると、父はデイケアーに出かけて行く。

階段のモップ拭き、2階の掃除をしてから、車の車検証を取りに出かける。外は土砂降りまでは行かないが結構な雨模様。帰り道に週末の食材の買い物。

お昼:ガーリック・トーストとリゾットに麦茶。

モームのHonolulu を読み続ける。時代は1920年代のハワイだ。

3年前の夏に自分も1週間ご当地に出かけた。還暦祝いもあった人生始めてのハワイ旅行。連れ(二人)がいて食べ歩きしながら、ショッピングに付き合ったり、泳ぎに行ったり、仕事抜きの、純粋に楽しい休暇を過ごした。

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釣りとバードウォッチングをする時間はなかったけれど、どちらも基本的に独りで楽しむものだから仕方がない。それでも、朝の散歩で地元民がロウニンアジを釣り上げたところに立ち会ったり、遊園地でバイキングを食べていた時に傍までおこぼれを啄みにやって来た赤い小鳥 (Cardinalと言う野鳥の雄で、こんな鳥⇒https://www.youtube.com/watch?v=PKrm-ZlAcWA)との一瞬の出会いがあった。真珠湾なは何やらかやで時間がなくとうとう行かずじまいだった。

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「地球の歩き方」は持参したが、それ以上のことは白痴状態のまま、先入観が殆どないままの出たとこ勝負の旅だった。帰国してから、折に触れてハワイのことを思い出しながら滞在記をさがした。

19世紀後半の英国人女性旅行家のイザベラ・バードはハワイを訪れ旅行記を残している。未読だが、最近翻訳がでたようだ。オーストラリアは嫌悪した彼女だがハワイ(サンドイッチ諸島)は大変気に入ったらしい。

マーク・トウェインも旅行記録を残しており、著書は持っているがこれも未読。東京のマンションに置いたままだ。

池澤夏樹氏の「ハワイ」を新橋駅前の古本市で2年前に400円買ったままこれも積ん読状態。神田の古本屋で100円で買ったハロラン芙美子氏の「ホノルルからの手紙」(中公新書)は辛うじて斜め読みした。

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何れまたハワイには費用が安いシーズンを狙って行ってみたい。それまでは、アーム・チェアー・トラベラーで本を楽しもうと思っている。

夕食は、冷凍海老を使ってまた塩味炒めの料理を作る。今回は、セロリに加えてパプリカも使う。オリーブ油と日本酒ニンニクと塩だけの単純な男の手料理だが、今回も好評だった。

夜、人工知能についての特集番組を見る。凄いとともに不気味な存在。気象予測、漁業(漁獲予測)、警察(犯罪防止)、病院(臓器移植後の生存率予測と移植優先者の選択)、結婚相手のマッチング、等。過去の大量データの集積から人工知能は人知では不可能なパターン認識をして、未来予測をする、というブラックボックス。

人間の因果律や演繹による理性(Reasoning)が介入する余地はない。でも、人間が作り出したものだ。いざとなったら制御が効かなくなる原子力と同じだ。ブラックボックスというよるブラックホールではないか。

2018年9月16日 (日)

入院日記 リハビリ・直立歩行編 その72

9月14日(金) 曇り

また明け方夢を見る。何かの大会で劇場のような会場にいる私。トイレに行きたくなり席を離れるがトイレが見つからない。途中で小さな食堂を通りすぎると、最初に勤務した会社の顔見知りの九州人古賀ちゃんらしき人が黙々と食事をしている(夢が覚めてから思い出そうとすると学生時代の山口出身の鞍馬君にも似ていた)。

劇場の外にでてトイレを探してウロウロしているうちに、開演の時刻が迫り、我慢できそうなので、急いで戻ることにしたが、近道をしようとして何故か海辺に出てしまう。

海岸沿いの急斜面に木の梯子があった。急いで上まで登ってみると着地点は何故かビルの屋上なのだが柵があって、自分の左足の自由も利かず越えられずにいると、梯子がぐらぐらし始めた。間一髪で柵をよじ上って着地すると下はコンクリートではなく、そこだけ畳になっている。梯子を登ってやって来る不法侵入者の監視所らしい。しかも、顔見知り(実家の近所に住む辻本氏)のようでもあるビルのオーナーが異変に気づいてやって来るところで目が覚めた。

時計は6時少し前。慎重に階段を降りてトイレに行へ。

夢の余韻を反芻しながら、1階の居間で足のストレッチをやる。一晩寝て、左足のむくみは大分ひいたが、足首周りは依然として腫ぼったい。

納豆と石窯パンのトーストにミルクとレタストマトサラダの朝食。

フィリピンやアメリカの南東部で強烈なハリケーンや台風が発生している。北海道は相変わらす余震が続いている。

2階で残りの足の筋力トレーニングをやり、日記を書いた後、ベッドで休憩していると、ケアマネージャーさんが久し振りにやって来た。どうも父の右足くるぶしに床擦れが出来たらしい。近くのクリニクで薬を処方して貰う。

お昼:ガーリック・トーストとスパゲティ・ジェノベーゼにコーヒー。

腹ごなしに、昨夜の映画(「恋の輪廻」)の音楽パートのみ、全曲を聴く。全部で8曲。冒頭の一曲目のシーンを見ながらサタディナイト・フィーバーを思い出した。たぶん、同時代にインドで流行ったのだろう。この曲は伏線になって後半のボリウッド・オールスター陣による華やかなシーンに繋がっている。

https://www.youtube.com/watch?v=VzLG6OqOcn8

午後の読書はモームの短編(Human Elementsと Honolulu) 。対訳付きの年季が入ったテキスト。読み始めてすぐに眠くなっていつの間にかシエスタ状態になった。

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夕食:サラミ・レタス・チェダーチーズを肴にビール。仕上げは、銀座ナイルのチキンカレー。

左足首の周辺がまたかなり腫れている。

見たいテレビ番組がなく、二夜連続で中身がぎっしり詰まったインド映画にどっぷりと疲れた(心地よい)のか、モームの短編を手にしてベッドに横になり少し読もうとしたが、直ぐに眠りに落ちた。

2018年9月15日 (土)

入院日記 リハビリ・直立歩行編 その71

9月13日(木) 曇り

一昨夜から2階のベッドで寝る生活に戻った。何と寝心地の良いこと。しかし、4時に目が覚めて眠れなくなる。神経が高ぶっているらしい。昨夜のインド映画か。それとも、秋の到来とともに、花粉が舞い始めたためか。鼻腔が敏感に察知するのかくしゃみがでる。

日記を書いたり、物思いに耽ったりしていると6時半になる。2階のベッドでリハビリを始めた。

早めに朝食(石窯パンのトーストに納豆を載せて食べる)をとり、8時過ぎハローワークへ車で出かける。

午前中一杯、失業手当ての受給者講習に参加する。話の内容は上の空。

お昼:ガーリック・トーストと混ぜご飯にコーヒー。

2階で休憩する。昨夜の寝不足と午前中の外出で疲れた。左足もむくみが出ている。強烈な眠気に襲われ、二時間ほどたっぷり眠る。

夕刻、と言っても17時前だが、キッチンで夕食の準備をする。ここ数年不漁だっただが、今年は漁獲が良くなっている新サンマを焼いたり、海老とセロリの塩味炒めを3人分作る。これにサラミとチェダーチーズと笹かま三種のオードブル、胡瓜とトマトのサラダで一杯やりながらの豪華な夕食となった。サンマは脂がのっていて大変美味!大根おろしと一緒にいつもは量を押さえ気味のご飯が進んだ。

大相撲5日目、横綱稀勢の里は見ていて危ないながらも何とか5連勝。

夜、宅急便で昼間届いたもう1枚のインド映画DVD「恋する輪廻」を見る。原題はOm Shanti Om 。英語字幕版でインドからの直送。日本語字幕版の半額もしない。

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映画のテーマは怨みを持って死んで行った者たちの「復讐」である。

端役芸人Omが恋する人気女優Shantiは野心家のプロデューサーに極秘結婚で妊娠させられた上に、出世の邪魔になると映画のセット現場に閉じ込められて放火され殺されてしまう。主人公はたまたまその現場で一部始終を目撃し、救いだそうとするが一緒に命を落としてしまう。爆風に吹き飛ばされた主人公Omは、偶然通りかかった身重の妻を乗せた俳優の車で病院に運び込まれたものの死んでしまうのだが、同じ病院で俳優の妻が出産した子供に輪廻転生する。ここまでが前半。

後半は、30年後、転生したOmが映画の大スターとして登場。ハリウッドで成功したプロデューサーが凱旋帰国して再会したのを機会に生前の記憶がよみがえり、Shantiの復讐劇を演じて行く。これがミュージカル仕立てでアレンジされすごい迫力だ。

https://www.youtube.com/watch?v=6eqCNRE8sEU

オペラ座の怪人を彷彿とさせる(悪く言えばパクリだが、インド性の味付けが凌駕していて単なるコピーではないから誰も非難はしないだろう)。

Shanti のそっくりさん女優が殺された当時のShanti の姿になりすまし、殺された現場で開催するパーティー会場にデジャヴュのようにチラッ、チラッとプロデューサー前に姿を現して、精神的に動揺させ、自白に追い込んで全てを白日のもとに晒そうとする主人公Om 。目論見は、Shanti のそっくりさん女優のちょっとした ミスで全てが破綻しそうになるが、鬼気迫る本物のShanti(幽霊)が最後に現れて復讐を遂げるところでクライマックスを迎える。

160分を越える超エンターテインメント作品を楽しんだ。歌とダンスシーンには有名どころのボリウッド俳優がかなり出演しているようだ。映画の台詞もなかなか洗練されていた。単なる娯楽作品ではないという印象。繰り返し見たくなる映画だ。インド映画はまだ知らないことが多いため、色々な仕掛け(パロディ等)随分見落としていると思う。インド映画の実力恐るべし、との感が一層強まった。 

2018年9月14日 (金)

入院日記 リハビリ・直立歩行編 その70

9月12日(水) 曇り

目を覚ますと6時を過ぎていた。今日はリハビリだけの通院日。

左足のストレッチだけをやり、簡単に朝食を済ませた8時過ぎ、車で出かける。

左足首は少し腫れて熱っぽい。痛みはないのだが。重しを着けて筋力トレーニングをしたり、足首のストレッチに加えて、ゴムを使った足首の運動、低めの階段の昇降、足首を25度の角度で上に反らしたり、新しい運動をする。最終的に正座と蹲踞ができるようになることが目標となる。

70分近く汗を流してリハビリを終了した足で、車検の為に次なる目的地へ移動する。車を預けて代車で帰宅。帰り道、食材の買い物をする。

お昼:ドリアとガーリック・トーストに麦茶。

2階で休憩しながらブック・サーフィンを続ける。「アメリカ知的冒険旅行」の著者である長尾龍一氏の戦後日本の状況について以下のとおり正確に総括してあるくだり(110ページ)に目が留まった:

「戦後日本左翼は、ヒロイズムへの愛、群集心理を好むこと、単純化された世界観、スターリンは毛沢東などへの個人崇拝、独善と権威主義、安易な反米主義など、戦前の軍国主義者の気風を多く継承している。〈昔陸軍今総評〉と言われるのは偶然ではない。              

 他方保守派の多くは無原則なプラグマティストで、昭和10年代に状況追随したのと同じような仕方で、戦後民主主義に追随している。しかし彼らの強みは、敗戦の体験から狂信の危険と自己の能力についてのリアリズムの重要性を骨身にしみて体得していることである。日本社会の老人支配構造の中では、まだ成人として戦争と敗戦を体験した人々が政財界を支配している。しかしそれはどうせあと10年はもたない。自国の経済的成功だけを経験して育ち、傲慢で無謀なウルトラナショナリストが次の世代で登場する気配も感じられる。中曽根氏の政治的スタイルの中に、こういう潮流に媚びる要素が感じられることを、私は憂慮している」

階下の方から何やら焦げ臭い匂いがする。降りて確認に行くと、母が煮魚を作っていて魚をこげがしてしまったらしい。折角買ってきたばかりのカラスガレイの切り身だったがオジャンとなった。

16時半過ぎ、車検が終了した車を取りに行く。帰宅すると丁度父がデイケアから戻るところだった。

夕食:オーストラリア牛の焼肉と冷奴でビールを飲む。父は辛うじて食べられる部分のカレイ煮付けを食べる。

夜は、インド映画「DDLJ勇者は花嫁を奪う」を見る。通算7作目だ。英語字幕版。タイトルは、Come Fall in Love 。インド版のロミオとジュリエット。インドでは1995年の公開から2015年まで20年近くロングランを続けた圧倒的人気を誇る映画。3時間にわたる長編。インド映画を見るには体力も必要だ。

Romeo

前半は、ロンドンから始まるロードムービーで、ヨーロッパ大陸のスイスまで二人が出会って恋に落ちるまでの1ヶ月の旅。

後半は、がらりと変わる。故郷のヒンドゥスターニを舞台にインド文化が濃厚となる。父によって決められた見ず知らずの相手との結婚式で帰郷したヒロインのシムランは父のために恋を諦める決心はしたものの、追いかけて来た恋人が現れて、再び恋の焔が燃え上がる。そして、ヒーローのラジャに駆け落ちを迫る。ラジャは、シムランの父を説得して了解をとることに拘り、シムランの婚約者の家に自分を偽って滞在し機会をうかがう。このことにシムランの妹や母が気付き、味方をする。息子の応援にラジャの父もやって来る。しかし、祖母の体調で結婚式が翌日早まってしまった前夜、父は息子にシムランを奪って翌朝の列車で出発するよう説得するが、その前に二人の関係に気付いたシムランの父は怒りを爆発させラジャを問い詰め、必死に訴えるラジャを殴る。

ラジャはシムランを連れずに去るが、駅まで追って来たシムランの婚約者の一団と殴り合いになる。殺し合いになりかねない現場に一同がが駆けつけると、ラジャはちょうどやって来た列車に乗る。列車が走り出すと、シムランはラジャを追って走り寄ろうとするが、父が娘の手をつかんで離さない。さあ、どうなる!最後の最後で父は娘を赦し手を離す。一目散に走って来るシムランにラジャが手を差しのべて二人は晴れて一緒になる。ロミオとジュリエットは悲劇で終るが、こちらはハッピーエンド。

よかったぁ。全編に歌と踊りが散りばめられてこれがまた楽しい。入りからロンドンのロケのオンパレードで楽しいが、ヒンドゥスターニの見渡す限り黄色に広がる菜の花畑は圧巻だ。

2018年9月13日 (木)

入院日記 リハビリ・直立歩行編 その69

9月11日(火) 曇り

5時半に目が覚めた。

明日は車検だ。2011年夏に購入して7年になるが2万キロしか走っていない。1日で検査はすむという。

いつものリハビリと朝食(石窯パンのトーストとミルク)を済ませた後、怪我して以来車に積んだままにしていた釣り道具(竿、リール、仕掛け、竿立て、クーラーボックス)の片付けをする。バランスを崩して転んだりしたらもともこもないので、慎重にゆっくり時間を掛けた。

自動車税の領収書が見つからず探し回ってしまった。いつ払ったのか記憶がないので焦った。入院以来、鞄に片っ端から突っ込んだままの支払い領収書を一つ一つ確認して、ようやく見つけた。未納で催促され8月に払ったばかりなのに記憶にないのはどうしたことだ。愕然としたが気を取り直して、いつかはやることになる入院関係の書類や領収書の整理をした。午前中一杯掛かる。

昼食:鴨南蛮そばと混ぜご飯。

2階で本の整理をしながらブックサーフィンで午後を過ごす。

奥本大三郎氏のコルシカ島旅行記を読んだときに一緒に読もうとしつ見付からなかったAsterix in Corsicaが出てきたのでベッドに横になって読む。

次に、芥川龍之介の旅行記のなかから「上海游記」の部分を読む。大正10年ということは1921年29歳の時。門司港から出発、荒海のなか船酔いし食事も喉をとおらず、ただ済州島を通りすぎる。上海の埠頭の凄まじさ。喧騒と貧困、不衛生と鼻をつく悪臭。これは、当時の外国からの旅行者が一様に悩まされる現実だった。

章炳麟(しょうへいりん)や鄭孝胥(ていこうしょ)氏らとの面会。観劇の様子や、中国美人の芸妓たちの観察。詩人金子光晴のマレー・蘭印紀行のような抒情性としたたかな現地事情の観察は期待すべきではないのかも知れないが、読後感はいま一つ。金子は社会のはみ出し風来坊で社会の底辺をうろついたが、芥川は名を成した文士でひも付きの旅行だったのが違いだろうか。

そして、「アメリカ知的冒険旅行」をパラパラめくり読み。著者の長尾龍一氏は法哲学者。カール・シュミットやハンス・ケルゼンが専門。1980年代のアメリカ滞在記だが法廷での裁判沙汰の経験や家族の生活を通したアメリカ文化体験が記されている。

面白く集中して読んだのは「グルーとラティモア」の章。日本占領政策を巡る国務省の日本派と中国派の考え方、世界観の違いと対立。中国派に共通するのは、多くの人々は共産主義ではなくアメリカ独立革命の伝統を信条にしていたこと。マッカーシズムの犠牲者になったのは運が悪かったかも知れないが、余りにナイーブすぎた彼らは、共産主義独裁に内在する悪に目をつぶるか、盲目となりソ連のスターリンに利用されるころとなった。

Photo

注文してなかなか届かなかったインド映画2枚のうちの1枚が漸く宅急便で届いた。発送地はインドのムンバイ。

夕食:マコガレイの煮付け、冷奴、笹かまでビールとご飯少々。

映画「続・社長千一夜」を見る。1967年の制作。今回も冒頭は森繁が妻の久慈あさみからツンケンされ愚痴られる(夜の欲求不満)シーンで始まる。

訪日外人旅行者対策で富士山麓のホテルに全国からきれいどころの芸者を集めもてなすホテル建設企画(三木のり平)が、新婚女房に家出された日系ブラジル人三世の富豪フランキー・堺が妻(もと別府の芸者)を連れ戻すのに四苦八苦する森繁を救う。例によって、お色気の笑いは全編事欠かない。ブラジルからの土産の強壮剤を独り占めする森繁。

きれいどころのマダムの新珠三千代に芸者の草笛光子は健在。小学校の運動会シーンは自分の昭和時代そのものを見るようで感じ入ってしまった。大阪のシーンで写った新阪急ホテルも懐かしかった。

2018年9月12日 (水)

入院日記 リハビリ・直立歩行編 その68

9月10日(月) 曇り、一時雨

5時半の目覚め。9月に入ってセミの声を聞かなくなり、朝晩がひんやり涼しくなった。秋来たる、だがこの1週間は西の台風、北の地震で散々だった。北海道の地震の死者は40名を越えた。

歩く練習をしていかに左足がいまだ不自由なことにがく然とする。筋肉、筋、骨と節々があちこちで悲鳴を上げている感じだ。まだまだ堅くぎこちない。自在に動く右足との差は大きい。

石窯パン、レタス、トマト、サラミ、ミルクの朝食を食べる。新聞はお休み。

父はデイケア、私は母を手伝い、家の掃除機かけ。涼しいが、やはり汗はかく。

2階で休みながら日記を書いたりしているともう昼になってしまった。

ガーリックトーストとカップ焼きそばを食べた午後一番、母の使いで外出。郵便局へ入金と記帳。帰りに介護洋品を買う。

14時過ぎ、家に戻りやっと落ち着く。2階で「聖母のいない国」を読み続ける。ヘミングウェイは61歳で自殺。医者だった父も自殺。この本の原稿が書かれた頃(2001年)、息子が69歳で自殺。マーゴという女優になった孫もその前に自殺している。何という家系だ。ヘミングウェイ自身、子供のころ女の子の服装で育てられ(オーストリアの詩人リルケも同じ)、ジェンダーの問題があったらしい。マッチョな男の世界に突き進んだヘミングウェイではあるが、「日はまた昇る」はちょっと違う。主人公に見える語り手のジェイクは何故に性的不能者なのだろうか、主人公ではあってもの物語ではたんなる傍観者であってヒーローとは言えない。ヒロインは、「男殺し」の離婚歴がある伯爵夫人。金には不自由しない高等遊民である3人の男と1人の女がパリとスペインで、酒と賭博と色恋沙汰にふける物語なのだが、美しいあばずれ、魔性の女は、最後にスペインの闘牛士との色恋を振り捨て、結局性的不能者のジェイクと落ち着く。このヘミングウェイを扱った章のタイトルは「不能であることの希望」。男は、挑発する女には苦悶と嫌悪を感じながらも肉欲を断念することから得られる自由を、女は不能故に男に対する警戒からの自由をそれぞれ享受することで、二人の間には兄妹あるいは姉弟のような親密さが生まれる。21世紀の今日、日本でも「草食男子」と「肉食女子」という言葉があるくらいだ。「日はまた昇る」は早すぎた小説だった。

17時過ぎ、夕食の準備をして父が戻ると、外は真っ暗になる。直後、土砂降りが始まった。

夕食:サワラの西京焼きと韮卵とじでビールを飲む。残り物とご飯少々で仕上げ。今年はサワラをよく食べる。なかなか美味な魚だ。漁獲の多い西日本では刺身で食べるらしい。

大相撲が昨日から始まった。休場所が続いた地元出身の稀勢の里は2連勝。今日は押し込まれてちょっと危なかった。場所を通して成績を残せるか?

退職した職場と連絡がとれ来週18日火曜日に挨拶に上京することになった。

シャワーを浴びてテレビを見ていると、ウラジオストックからロシアのプーチン大統領と安倍首相の共同記者会見の中継が始まった。クリミア併合による経済制裁、イギリスの毒ガス事件、シリアの内戦をめぐるアメリカとの対立、アメリカの大統領選への介入疑惑など、何かと騒がしいロシアだ。ロシアとの北方領土問題の解決と経済協力は、北朝鮮の非核化・拉致問題解決と経済協力(国交締結と戦争賠償)とパラレルに見える。何れも日本がアメリカの傘下にいる限り(実質的な保護国)、日本が自らの力で解決するのは無理ではないかと思えて仕方がないのだが。

2018年9月11日 (火)

入院日記 リハビリ・直立歩行編 その67

9月9日(日) 晴時々曇り

6時半前に目が覚める。2日間ほど寝不足気味だった反動だろうか、たっぷりと熟睡。

全米オープンの大阪選手が決勝でセレナを破り優勝。素晴らしい。テニスの4大大会(豪、仏、英、米)のシングルスで日本人がタイトルを手にしたのは初めてだ。

足のストレッチと筋力トレーニングで汗をかく。仕上げは、廊下ウォーキング。踵の靭帯がまだかなり堅い。階段の昇り降りは出来るが横向きで左足首を庇うようにしないと出来ない。

朝食:石窯パンのバタートーストを食べる。それに、サラミとレタスとトマトサラダに牛乳。

靴を履いて家の回りを1周りする。何という開放感!あちこちで蜘蛛に遭遇する。ジョロウグモだ。蜘蛛を毛嫌いする人は多いが、自分は昆虫好きだ。ごくごく普通に見かける種類でスナップ・ショット。

Kumo

マリゴールドの花は退院してからずーっと庭で咲いていて、このところナミアゲハがよくやってくるのだが、今日は庭にはクロアゲハやナミアゲハの姿はなし。隅っこのほうでヤマトシジミらしき小さな蝶2羽を見かけた。

Hana

2階でしばしウィンナーワルツを聴く。気分一新だ。朝の爽快感とワルツは相性がいい。さあ、今日1日頑張るぞ、と言う気分にしてくれる。

母の用事を授かり物買い物(食材)に出かけ昼前に帰宅する。活きのいいマコガレイを買った。

お昼:スパゲティー・ナポリタン、ガーリック・トーストにコーヒー。

午後は、殆んどを2階で過ごす。日記にしばし没頭する。ヘミングウェイを再読しながらふと、フランスのプレベールの詩は、ヘミングウェイの文体(ハードボイルド風)と共通している、と思った。一昨日読んだプレベールの「朝の朝食」https://www.youtube.com/watch?v=MalR-e4IgAsのインスピレーションが、ヘミングウェイの「雨の中の猫」のそれ(7月22日のブログ)と自分の頭の中で共鳴を始めた。

夕食:好物のカツオの刺身でビールを飲む。仕上げもカツオで温かいご飯に載せて葱を振ってフハフハと食べる。

Yちゃんのママからラインで連絡。家のそばの氷川神社に出ている祭の夜店にYちゃんは友だちと出かけているらしい。昨年まで、毎回自分がYちゃんと夜店を楽しんだものだ。ラムネを飲んだり、金魚すくい、射的、くじ引き、焼きトウモロコシにバタージャガイモ。子供は我を忘れて夢中になる。

2018年9月10日 (月)

入院日記 リハビリ・直立歩行編 その66

9月8日(土) 晴

昨夜と同じで2時過ぎにトイレに起きて眠れなくなる。4時過ぎにようやく眠くなり2時間ほど眠る。

リハビリと朝食後、靴を履いて玄関と庭をしばし歩き感慨に浸る。太陽は燦々と輝き、庭の緑と花も清々しい。何とも言えない開放感を味わう。

1階の居間と座敷、更に2階の2部屋も掃除機かけをやりたっぷりと汗をかく。

骨折した当日まで実家で使っていた靴は縁起が悪いと捨てることにして、気分一新、新しい靴を買いに出かけた。そこそこの値段の、靴の裏が滑らないタイプにした。母に頼まれ、洗濯用の洗剤も購入。

全米オープンテニスの錦織は準決勝で敗退。ジョコビッチは苦手で14連敗。

お昼:ドライカレー、ガーリックトーストにトマトとレタスのサラダ。

CD「死刑台のエレベーター」を聴きながら2階でシエスタを貪る。久しぶりのジャズ・サウンドが心地良かった。思い入れて音を追うと神経が高ぶるので結果的に疲れるのだが、このモダン・ジャズはクールで気だるさがあって、癒されるのか昼寝にはぴったり。

Miles

小谷野敦氏の「聖母のいない国」をパラパラと読む。「退屈論」と同じ頃な買ったまま長らく忘れていたもう1冊の本。積ん読から開放だ。

Seibo

日中は蒸し暑かったが、夕刻、空が真っ暗となり一時的だが雨が降って、涼しくなった。廊下で何度も歩行訓練をする。靴下は履かず、裸足だ。

夕食:アイナメの山椒煮の頭の部分を肴にビールを飲む。メインは、中村屋のチキンカレー、冷奴とレタスと瓜の浅漬け。完璧!

食後の宵は、居間で「昭和の怪物七つの謎」(第6章瀬島龍三は史実をどう改竄したか)を読む。

もと警察官僚の佐々淳行氏は自著で、「瀬島氏はソ連のスパイだった」と断言していた。東芝ココム事件が1987年にあったが、それに絡んだのが瀬島氏の伊藤忠商事。中曽根政権のブレーンとして重用されており不問に付されたと言う。

Spy

瀬島氏は、東京裁判でソ連側の証人としても証言した。ソ連崩壊後、ソ連側の資料にもとづいて出版された「シベリア抑留秘史」のゲラ刷り原稿を読んで、瀬島氏はソ連側の資料に平然と手を入れ=改竄して編集関係者を驚かせたと言う。そこには、大本営発表の官僚組織体質、面子と自己保身が臆面もなく現れている、と著者は言う。そして、昨今の財務省官僚の虚言も同じだと。

陸軍(当時)のエリートも財務省のエリートも頭脳明晰な秀才だが、権力になびいてしまう習性はいかんとももし難い(日本に限らない)。権力の非情さに翻弄されながらも、特権という甘い蜜を味わうと人は倫理など簡単に忘れて厚顔無恥を地で行くようになる。

2018年9月 9日 (日)

入院日記 リハビリ・直立歩行編 その65

9月7日(金) 曇り

2時過ぎにトイレに起きて眠れなくなる。2時間ほど日記を書いたり、メールを送ったりして再び眠る。

エロチックな夢をまた見た。何と今回はエロスの女神が微笑んでくれた。目が覚めて時計を見ると6時前。

テレビをつける。北海道の地震災害報道が延々と続く。関西、北海道が大打撃を受けて、特にドル箱の観光業界は悲鳴を上げるだろう。

足のリハビリ簡単なストレッチだけにして、石窯パンのトースト、目玉焼き、ミルクの朝食。

8時過ぎ、車で病院へ出かける。レントゲン撮影後、担当医師と面談した結果、ようやく装具を外す許可をもらい、その上でリハビリを継続していくことに。5月7日の骨折から4ヶ月。長かった。

待つ合間に持参した「第二次世界大戦アメリカの敗北~米国を操ったソビエトスパイ」を読み始める。ルーズベルト大統領政権で重用され活躍したスタッフの二人(ハリー・ホワイトとアルジャー・ヒス)はスターリンのスパイだった。長年疑われて来たが決定的証拠はなかった。冷戦が終了した1990年代にヴェノナ機密文書(数年前にスノーデン事件が起きた米国家安全保障局の前身組織が第二次大戦中から冷戦時代に行ったソビエト外交文書暗号解読プロジェクト)が公開され、二人がスパイであることが明らかになった。ホワイトは日本が開戦を決断をする最終的な原因となったハルノートの起草者。ヒスは、ヤルタの密約や国連創設に深く関わった当事者。

2階のリハビリルームで装具なしの歩行訓練の初歩を教えてもらう。ストレッチと筋力トレーニングをして終了した。次の通院は来週水曜日でリハビリだけをやることに。歩行練習は問題なかったが左足の動きまだまだ。完治したわけではないのだ。次のステップ(フェーズ3)の始まり。

簡単な買い物(蚊取り線香、豆腐、石窯パン、お萩)をして帰宅。結果を両親や東京のYちゃんのママに報告。

昼食:石窯チーズピザとエビピラフにコーヒー。

全米オープンテニスで女子の大阪選手が決勝進出を決めた。凄すぎる!

午後は、昼寝をしたり本の整理をする。大学時代に学んだヘンリー・ジェームスの短編テクスト2冊が目に留まりパラパラとめくる。

Henry_james

年数がたち黄ばみが酷いヘミングウェイの長編「For whom the bell tolls(誰が為に鐘は鳴る)」だが、読み始めた「第二次世界大戦アメリカの敗北~米国を操ったソビエトスパイ」の中で面白い記述がある。

スペイン内戦は、一般に、共和政府の民主主義勢力と軍部ファシスト勢力の争いとされているが、実際には共和政府=共産主義勢力と反共産主義勢力の闘争だった。

ベストセラーとなった「誰が為に鐘は鳴る」は、ソビエトのプロパガンダ(ソ連は英米と同じ民主主義勢力)の為に広告塔となる作品になった。ソ連の歓迎するところとなりコードネーム「アルゴ―」がつけられ、以後ヘミングウェイは役割を自覚しない「第5列のスパイ」としてソ連に利用されていく。

For_whom_the_bell

夕食:ビール、ベーコンとジャガイモの炒め、アイナの山椒煮、冷奴。納豆とご飯少々。

夜、「第二次世界大戦アメリカの敗北」を読了した。以下、感想:

第二次世界大戦は、体制が違いながらも資本主義の権化である英米と資本主義と相いれない共産主義ソ連が手を組んでドイツと日本(にイタリア)のファジズム政権を打ち負かす「中国の国共合作」のグローバル版であった。

イギリスの立場と状況:
独ソ不可侵条約と独ソによるポーランド分割によりドイツと戦う羽目になり(ソ連の加担は無視)、フランスが早々と戦線離脱したため、ドイツとの一騎打ちの戦いとなってしまった。本土攻略は防げても、とても一国で相手できないため、第一次世界大戦のようにアメリカの援助がどうしても必要だった。ヒトラーがソ連に侵攻したのは僥倖であった。チャーチルはソ連を支援して独ソがともに疲弊させ共倒れになることを望んだ。そのためには、アメリカの対ソ支援(イギリスはすでに破産状態)と参戦はどうしても必要であった。自らの大英帝国の権益を守ることが最優先課題。

ソ連の立場と状況: 
独ソ不可侵条約はドイツとの国境の安全保障の解決策で、意図は、ドイツの侵略意思を英仏に向けることにあった。ドイツの条約反故によるソ連侵攻はスターリンの不覚であったが、イギリスとアメリカの支援のお蔭で敵に勝る人的・物理的資源を総動員してドイツに反撃・勝利することが可能となった。

一方、極東の不安材料である日本の膨張(満州帝国)は、ノモンハン事件でソ連が軍備の優位性を日本に見せつけ、日ソ中立条約の締結という実を結んだ。日本は南進(防御の薄いイギリスやヴィシー政権フランスの仏印、蘭印への資源を狙う)に政策を変換した。

日本と戦っている中国の蒋介石の国民党政権を英米とともに支援し、かつ、将来的には政権を奪取することになる共産党を影で支えるのがソ連の中国での戦略。日本が中国とそれを支える英米帝国主義と戦えば日本が負けるのは時間の問題であり、イギリスやアメリカも欧州以外の地で自分と同じような凄惨な戦いを余儀なくされれば、皆がそれぞれに疲弊するはずだ。帝国主義同志が戦い、国が乱れ、最後は共産党同志がそれぞれの国で革命を興し共産党政権が果実を取る。これが歴史の必然であり、勝利は我々の手にある。

アメリカの立場と状況:
大西洋と太平洋に隔てられたアメリカに戦争の危機はない。大不況からも立ち直りきれていないアメリカにはほかにやることがあるではないか。よそのケンカに首を突っ込むな、というのが基本的スタンス。

イギリスとドイツが共倒れすれば、大英帝国の世界覇権は自然にアメリカに転がり込んでくる。金持ちケンカせずが一番であり、漁夫の利を戦略とすべきだ。

ルーズベルト大統領の政治家として究極の目標は、ウィルソン大統領が失敗した国際連盟に代わる国際連合(米・英・ソ・中)を創設に世界の統治を実現することにあった。ドイツと日本は邪魔であったからそれを潰すために世論を誘導しながらアメリカを戦争に導いた。ルーズベルトは、共産主義思想にナイーブでソ連は制御可能であると考えており、ソ連のスパイが自分の側近の高官になっていることもまったく意に介さなかった(FBIなどから通報があった)。ソ連が制御できない危険存在で、民主主義的な資本主義とは共存はできないという認識(ジョージ・ケナンの有名な長文の電文)は、大戦後のことで後の祭りだった。

この本は、上記を縦軸とすると、ソビエトのスパイであったホワイトとヒスのルーズベルト政権内で果たした役割を横軸としてアウトラインをスケッチした好著である。歴史修正主義的立場と言ってしまえば簡単だが、正統の歴史叙述というのはどこまで可能なのだろうか。チャーチルが、戦後書いた回想録(ノーベル文学賞をもたらした)は、所詮政治家の自己弁護である。チャーチルの政治的決断は、イギリスの墓穴を掘る決断であって、1946年の米国のフルトンで行った「鉄のカーテン」演説は、敗北宣言であった、と著者はいう。

そもそも、第1次大戦で疲弊したイギリスが、2度目の大戦をする余裕はなかった。評判の悪いチェンバレン前首相(宥和政策)は、もともとドイツ(資本主義)とソ連(共産主義)が戦って共倒れになることを戦略としていたのだ。余計なちょっかいを出して、ドイツと戦う羽目になり(ヒトラーはイギリスと戦うことは考えていなかった)、戦争には勝利はしたもの、国庫は破綻、大英帝国の清算を迫られ、無残な戦後のイギリスをもたらした責任はチャーチルではないのか。

チャーチルのフルトン演説(1946年)が当時のアメリカでは評判が悪かったらしい(ソ連を同盟国として持ち上げていたのが、突然、「悪魔」呼ばわりする豹変ぶりに国民はいかがわしさを感じた)。1947年の「トルーマンドクトリン」は、ルーズベルトによる政策が実質的に破たんしたことを宣言するものだったのだが、国民を欺いたルーズベルトの政策をオープンに糾弾することはできなかった。ちなみに、ヤルタ会談は、開催直後には国民に対して「国連創設が同意された」と発表されたのみで、密約の部分は伏せられていた。国民に公表されたのは10年後の1955年だった(議事録がないため、研究書である)。密約で合意されたほぼすべての条項が、基本的にはスターリンが要求する内容になっているのは、国連創設の承認をルーズベルトがスターリンから得るための譲歩だったらしい。

敗戦後ドイツの占領は、当初「モーゲンそープラン」による過酷な政策により、900万!(本当だろうか)もの人が死んだとされる本がカナダ人の研究者によって書かれた(2007年)らしいが、この原案を作ったのもホワイトだった。歴史の教科書には、マーシャルプランしか出ておらず、「モーゲンソー・プラン」はまったく無視されているという。ドイツを奴隷化する過酷な「モーゲンソー・プラン」を覆したのは、ルーズベルトの前の大統領だったフーバーのドイツの占領政策の惨状に関するレポートによる。結局、マーシャルプランが導入され、ドイツは分割されることになったが、西ドイツとして復活した。これがなければ、ポーランドやチェコなどの他の東欧諸国と同じ運命をドイツがたどった可能性が高い。

日本の敗戦による占領政策も、実は似たような経過をたどったのだが、アメリカの単独占領でトップがマッカーサーだったことにより、ドイツに比べ占領の過酷度は緩やかだったようだ。

2018年9月 8日 (土)

入院日記 リハビリ・直立歩行編 その64

9月6日(木) 晴

昨夜は夜更かししたからか、目が覚めて時計を見ると6時半を過ぎていた。

直前に夢を見ていた。学生時代のクラスメートらしきF君が登場した。長身のサッカー部。ドイツでの夏ゼミで1年下の女の子とアウトドアで関係が出来てしまった。草がチクチクしたのを今でもよく覚えているという。帰国したら、あっさり振られてしまったが、ドイツであれだけ燃え上がったのに、何なんだ、今でも女は不可解だと、昨年6月に再会して飲んだ時に、述懐していた。

テレビをつけると、北海道が地震で大変なことになっている。震度6前後の地震。火力発電がとまり、北海道は全域で停電。一昨日は関西の台風、今朝は、北で地震被害。今年の夏の日本列島は本当にあちこちで悲惨な災害が次々と起こっている。

リハビリと朝食(石窯パン、ロースハム、シリアル、ミルク、トマトとレタスサラダ、バナナ)後、ニュースを見る続ける。地震報道には気が滅入るが、錦織と大阪選手がテニスの全米オープンの準決勝に揃って勝ち進むニュースには心が躍った。快挙だ!

昼食(石窯チーズピザとドライカレーにブドウ)後、
母の使いで、銀行へ。両親と少額の貸し借りの精算をした。百貨店の食品売り場の鮮魚コーナーを覗くと、いいサイズのアイナメが出ていたので購入(780円)。瓜の浅漬けも。ついでに、銀座ナイルのチキンカレーと母の好物かんぴょう巻き。

真っ直ぐ帰らず、さらに上層階の丸善書店に寄り道する。インターネットで本を探して買うことが多いが、本屋できままにぶらぶらするのは大好きだ。探すのではなく、目に飛び込んできた本を手にする。面白そうなら買う。これが楽しいのだ。

趣味は?と聞かれれば、釣り、野鳥観察、そして、「本屋巡り」と答えたい。神田の古本屋ならば1日ぶらぶらしても飽きるこてがない。怪我から4ヶ月にして久方ぶりに書店で暫し至福の時を味わう。新書2冊を購入。

2satsu


帰宅後、直ぐにアイナメの下処理をして冷蔵庫へ。山椒の実で煮付けを作る予定だ(明日の夕食)。

北海道の地震は震度7に訂正となった。死者・行方不明者は40人を越えた。被害は今後も増えるだろう。津波が無いのは不幸中の幸いか。

夕食:生鱈を焼いてオリーブオイルをかけてビールの肴にして飲む。サイドディッシュは、海老アボカドサラダ、冷奴、瓜の浅漬け、ガーリックトースト、豚の角煮(一昨日の残り物)にレタスとトマトとチーズのサラダ。これだけでお腹一杯になるがそれぞれ量は少なめで、最後に納豆とご飯を少々で仕上げる。

18時で辺りは薄暗くなる。ツクツクボウシが一匹だけポツネンと鳴いている。食後に居間でゆっくりすると秋の虫の大合唱が聞こえて来る。

夜、Yちゃんのママとライン電話で人生相談。Yちゃんはこの夏で一回りまた大きく成長したらしい。

明日は通院する日。足の装具が取れる日。Yちゃんに会える日も近い。

2018年9月 7日 (金)

入院日記 リハビリ・直立歩行編 その63

9月5日(水) 朝の内雨、曇り時々晴

昨夜は一晩中強い風が吹き荒れた。幸い北関東の地元はそれでも被害が出るほど酷くはなかった。

5時過ぎ、突然の地震で目が覚める。茨城の沖合いが震源地で震度4。結構な揺れだ。台風は去って行ったが、関西国際空港を始め、昨夜は西日本に甚大な爪痕を残した。関空はすぐには復旧しないのではないか。

リハビリを済ませ、朝食は固くなった石窯パンをトーストとしてたっぷりバターを塗って食べる。

父がデイケアに出かけるより早く車で家を出る。雨も風も止んでいた。ハローワークの初回講習だが、一時間ほどで終了。外は薄曇りから日が差し始めた。帰り道、スーパーで買い物をする。

昼:ドライカレーとガーリック・トーストに麦茶。

昼前から気温がグングン上がり、食後は2階の冷房室に避難して、シエスタを貪る。

本の整理をして見つけた小谷野敦氏の「退屈論」を拾い読みする。比較文化論の専門家による評論。以下が読んだ感想:

人生とは文明が進むほど「退屈」との闘いになる。新しい宗教、犯罪、資本制社会のビジネス活動、自由恋愛、麻薬、戦争、贅沢な消費、あらゆる遊び等は、退屈のもととなる余分なエネルギーの排出口であり、退屈から逃れるために、人はそれらにスリル、陶酔、快楽を求めざるを得ない。人間の実存は悲しい。出口なしになると人は引きこもり、最悪は、自殺となる。楽観的実利主義の哲学が生き抜くためのキーワード。

Taikutsu

夕食:山椒の実で煮付けたガジキマグロでビールを飲む。付け合わせは、さやいんげん、冷奴、谷中生姜。仕上げは、鮭茶漬けと笹かま鉾。

BS放送で映画二本立ての夕べを過ごす。

一本目は「狼よさらば」途中から見始める。懐かしのチャールズ・ブロンソンが主演。ダーティ・ハリーとモチーフは同じ。チンピラに妻が暴行され精神をズタズタにされてしまうが、犯人は野放しのまま。怒り爆発のブロンソンが街のチンピラを無差別に挑発し次々と拳銃で殺害していく話。警察はこれにより犯罪発生率が大幅に下がった事実を密かに歓迎する。ブロンソンは犯人として警察に特定されるが逮捕を免れ、他所へ移ることを条件に許される。銃社会アメリカの悲しい現実。

二本目は、インディ・ジョーンズの第4作目。見逃していた映画。さすがにここまで来るとマンネリ化を感じる。第1作のヒロイン(マリオン)が、インディの息子を生んでいた。その息子とインディがペルーで冒険を繰り広げる。スピールバーグ監督のエンターテイメント映画だけにショット一つ一つが行き届いている。ハリウッドのドル箱映画だけある、と言いたいところだが、見た後の印象はいま一つだった。

最近見たインド映画の秀作のほうがよほど新鮮で印象が強い。

佐藤忠男氏の指摘の通り、画面は暴力と破壊とスピードののオンパレードだ。
オリエンタリズム的な描きかたも健在だ。主人公のアメリカ=善、敵のナチスや共産主義=絶対悪、背景となる非西洋世界=野蛮な未開(西洋の導きが必要な対象)、という構図は第1作から全く変わらない。ステレオ・タイプは不滅か。実に映画は自国の「うぬぼれ鏡」だ。真実を何らかで表現するのがアートであるならば、商業主義(娯楽としての面白さ)とどう折り合いをつけるのか。


2018年9月 6日 (木)

入院日記 リハビリ・直立歩行編 その62

9月4日(火) 曇り、小雨、一時晴

5時半前に目が覚める。台風21号はいよいよ四国と関西に上陸するようだ。関東は夜半から明日朝にかけてが要注意。

体操協会のパワハラ問題は塚原夫妻が一転して謝罪する展開になった。このあたりは、ボクシング協会とは違う。視聴率が勝負の民放は連日この報道ですごい盛上りだ。

リハビリ後、久しぶり塩鮭と納豆の御飯の和風朝食を食べる。

昨夜の羽虫が気になって、インターネットで調べると、クロアリだと判明。驚いた。一瞬、シロアリかと慌てたが、触覚、羽の形、お腹のくびれ等を虫メガネで観察したところ、クロアリと判定できたので胸を撫で下ろした。

2階のパソコンでしばし日記に没頭する。外は雨が降りだした。

朝刊に90歳を越えたシャルル・アズナブールが来日する記事が新聞にでていた。シャンソンの大御所いわく:アメリカン・ポップスはメロディが命。シャンソンのそれは、歌詞。

訪日外人旅行の仕事をしていたとき、専属のプロの仏語名物ガイドだったT氏から聞いたのは:
仏語を話すことでフランス人は得しているというより、気が利いたことを言おうといつもきゅうきゅうとしている。

プレベールの詩集を取りだし、様々なシャンソン歌手が歌うCDを聞く。若い頃、フランス語を一時学んだが、プレベールの詩集を読んでいくつかはメロディと一緒に暗記したものだ。

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ベッドにゴロリとなり、池田清氏の「昆虫のパンセ」をパラパラと読む。奥本大三郎氏と養老猛氏と並んで、大人になっても情熱を絶さない昆虫採集三大トリオの一人だ。池田氏が東大病院に入院した(させた?)お母様を見舞う際に、養老氏(東大医学部教授)の研究室を訪ねて懇願してオーストリアの珍しいカミキリ虫の標本を貰う記述が出てくる。

Ikeda_3

降りだした雨は、お昼には止み何と太陽が顔を出し始めた。

お昼はコーヒーを飲みながら、エビピラフと自家製のガーリック・トーストを両親と分けて食べる。デザートは従兄が贈って来たブドウ。

台風が高知県・徳島県に上陸した。地元はまだ影響は僅か。涼しかったのだが段々蒸し暑くなって来た。

上海出身の二胡の奏者チェンミン(陳敏)のCDを聞きながら、物思いに耽る。そして、暫しのまどろみ=シエスタ・タイム。https://www.youtube.com/watch?v=Jp50n7rGqPg

夕刻、風が出てきた。窓の戸を立てる。台風は石川県の輪島付近。タンカーが関西国際空港に繋がる連絡橋に衝突した。道路の一部が数メートルに渡って横にずれてしまった。強風被害がすごい。飛ばされる屋根。横転するトラック。京都駅のガラス屋根が床に突然落ちたり。死者も出ているようだ。大変なことになっている。

夕食:白身魚のムニエル、豚肉の角煮、ビール、もろきゅうと谷中生姜にご飯少々。

映画「社長千一夜」を観る。1966年製作。私は当時小学校6年生。冒頭は森繁と妻の久慈あさみ(もと宝塚のスターで新珠三千代の先輩)が倦怠期の会話(妻にツンツンされ、愚痴られる)で始まる。

小林桂樹は社長秘書課長から開発部長に出世。新しい秘書課長として新人の黒沢年男が初登場。今回の主役の一人はブラジルで成功した日系人三世を演じるフランキー堺。
大阪万博に向けた九州の観光開発の投資プロジェクト(新規のホテル建設)が小林により企画される。その企画をフランキーに売り込むべく(三木のり平の提案)、森繁ら一行は、フランキーを招待して一路九州へ飛ぶ。

別府(杉の井ホテル、高崎山のサル)、熊本城、天草五橋などがロケに使われる。
気が利かない新しい秘書の黒沢、相変わらずモテない女好きのフランキー、決して成就しない新珠三千代との情事で羽を伸ばそうとする森繁らが三つ巴のドタバタコメディを繰り広げる。

今回は始めてフランキーの恋が成就する。最後はメデタシメデタシで、箱根の別荘マンションで、森繁が久慈あさみとベッドで夫婦の仲直りを始めようとする場面で終る。来週は続篇の放映予定。

外は段々と風が強くなっている。東京の様子はとYちゃんにラインで聞いてみると、Yちゃんは強風の中塾通いだ。ママが心配になり迎えに行くところだと連絡がある。時計は21時を過ぎていた。

映画の後、1時間ほどトルコやシリア情勢の報道番組を見る。NATOの一員である世俗的イスラム教国トルコがアメリカ離れをし、ロシア接近に向かっている話。歴史的にはオスマン帝国とロシア帝国の確執から 両国は仲が悪かったが、トランプが指導するアメリカが迷走する中、中国の台頭とプーチンのロシア帝国復活がユーラシア大陸に地殻変動を興している。

22時過ぎに就寝。

2018年9月 5日 (水)

入院日記 リハビリ・直立歩行編 その61

9月3日(月) 曇り

4時にまた目が覚めてしまう。足の装具が外れるまであと5日、神経が高ぶっているからだろうか。

コリン・ウィルソンを読み続ける。読み始めたら、面白くて止まらない。難しい話になるが、フッサールに始まる「現象学」という20世紀前半のヨーロッパ大陸を席巻した哲学の潮流があった。木田元氏の「現象学とは何か」(岩波新書)を昔読んだことがある。わかったような分からないような、もやもや感が残った。

翻訳者の後書きにいわく:

「哲学は別に七面倒な学者の議論ではない。バートランド・ラッセルは〈宇宙の仕組みを理解する試み〉と言うが、言い換えるなら世界/現実に挑むために人それぞれが心に用意すべき武器ということらしい。それなくしてなんの人生ぞやだ。著者ウィルソンはフッサールの説く志向性を次のように敷衍する。

意識に志向性がある。私たちは単に〈物事を取り込む〉だけでない。物を見るには矢のようにそれに意識を放たなければならない。すなわち、知覚の射手だ。志向性なしで時計をみても時間を見たことにならない。志向性なしで文章を読んでも、内容を〈取り込んだ〉ことにならない(すなわち、ぼくの体験)。志向性なしで食事しても味は分からない。志向性なしでセックスしても、ただ機械的でエキサイティングからはほど遠い。・・・・・

初めてフッサールに接した時のことをウィルソンは〈この人の主張なら自分はこれまでもずっと実行してきたと意を強くした〉と述べている。この先達フッサールの思弁はウィルソンにおいては〈目的感〉というキーワードにパラフレーズされる。処女作で知られる『アウトサイダー』をはじめ、その後の数多くの著作で折にふれてこの志向性/目的感が問題解決の鍵として示唆される。これこそ人間の発展/進化にとって欠くことのできない推進力・・・・・。マルロー、サルトル、カミュ、フーコー、デリダなどフランスの実存主義の(往時の)主流に対する歯に衣を着せぬ批判も、求道者/哲学の実践者ウィルソンにとっては当然の〈待った〉であった」

長い引用になってしまったが、「現象学」の専門家によるウザったい議論は読む気もしなかったが、長年「これって何だろう」と思っていた疑問がようやく氷塊した気分になった。

リハビリをたっぷりやり、石窯パンのロースハムサンドとミルクの朝食。父はデイケアに出かける。涼しいからか、母は家事にまめまめしく取り組んでいる(兎に角じっとしていられない)。自分は、2階に閉じ籠り、懐メロをひたすら聴きまくる。クラシックを聞く。クラシックは、聞く曲全てが懐メロだ。

お昼はスパゲティー・ジェノべーゼとガーリック・トースト。

食後、腹ごなしに車を走らせ近くのガソリンスタンドへ。パラパラと雨が降りだした。最後に給油したのは、怪我の直前だったから4ヶ月ぶりだ。ガソリンの値上がりに驚く。

帰宅時、車を降りる際に、小さな昆虫に気付く。携帯カメラでスナップショット。都会の生物図鑑でしらべるとオンブバッタであった。ショウリョウバッタに似ているが。

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午後は2階でCD(中国音楽のすべて)を聞きながら、ウィルソンの未読のもう一冊「カリスマへの階段(Sloucing Towards Bethlehem _ A Study of Charlatna Messiahs)」を手にして、目を通す。地下鉄サリン事件が前書きで触れられているほか、三島由紀夫の「仮面」についての分析もある。

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しかし、午後のこの時間帯、いつもの如く眠気に襲われ眠りに落ちる。

17時前、いつもより早く父が戻る。夕食は、ビールを飲みながら、鶏のモモ肉で作った母の特製肉じゃがをたべる。仕上げは笹かまとお茶漬け。

蛍光灯が点いた居間で寛いでいると小さな虫が気になった。目の前のテーブルやソファベッドのシーツに時折落ちてきて蠢いている。昨夜から目立ち始めて気になっている。

2018年9月 4日 (火)

入院日記 リハビリ・直立歩行編 その60

9月2日(日) 雨、後曇り

4時にに目が覚めてから眠れなくなる。外から聞こえる雨の音を聞きながら、何度も寝返りを打つ。

仕方なく、読書灯を点けて、コリン・ウィルソンの「知の果てへの旅」を読む。才能は屈折する、と言うウィンダム・ルイス論。名前だけは知っているが実体を知らない英国の作家。

6時過ぎ、本を置いてテレビを点ける。いよいよ台風21号が勢力を増しながら日本に上陸するようだ。

世間を騒がすことは日々起きているけれど、井上陽水の「傘がない」だ。自分にとって大事なことは、普通の2本足歩行に戻ること、いまはそれだけ。

それでも、昨夜、チラッとテレビで見た特集番組で、南海トラフ大地震が2030年までに、70%から80%の確率で日本を襲う、と言う専門家の予測は大変気になった。東日本大震災クラスの地震が関西、東海、関東を襲うと言う。シミュレーションでは、日本のこれまでの繁栄の蓄積を遥かに超える被害(日本のGDPの10年分=日本が2度と立ち直れないような規模)をもたらす可能性があるらしい。

リハビリではアキレス腱の屈伸を入念にやる。朝食(石窯パンのロースハムサンドとミルク)をとり、日記をつける。

午前中の大半は2階で過ごす。冷房も扇風機も必要なし。だが、涼しくなっても、精神活動は緩慢なままだ。ぼんやりと、今日も懐メロを聞きながら時間をうっちゃる。

昼食:石窯チーズピザ、混ぜご飯にコーヒー。

「仕事の流儀」で昆虫写真家の栗林慧(さとし)氏の特集を見る。御年79歳、生涯現役のプロカメラマン。人生の総決算として東京で個展を企画、その目玉は蛍に絞った。長崎の自然豊かな自宅近くの小川のそばで、最後にたくさんのゲンジボタルが小川の水面に反映しながらキラキラ光る幻想的シーンを撮影する場面は素晴らしかった。しかし、正直に言えば、先日見たインドネシアのスマトラ島の蛍の圧倒的な輝きに比べるとどこか物足りない感じ。

残りの午後も2階に閉じこもって懐メロに熱中する。人生の記憶の中で、音と情景が結び付いたあれやこれやの場面の瞬間がフラッシュのように甦り、しばし気分の高揚を味わう。気がつけば夕食の時間だった。

夕食:ビール、オーストリア牛、サワラの西京焼きにご飯少々。

東京のYちゃんは、明日から秋の第2学期が始まる。今日は宿題をやったりママとお出掛けしてるのかと思ってラインで連絡したら、2学期の塾のクラス分けテストらしい。

コリン・ウィルソンの「知の果てへの旅」を読み続ける。ナチスの台頭と破滅の予感の中で人々の享楽と退廃を描いたミュージカル映画「キャバレー」のもととなった「さらばベルリン」を書いたクリストファー・イッシャーウッドについての章。タイトルは、文学の正統。ヘミングウェイやヘンリー・ジェームス、バーナード・ショー、果ては、ジョイスやプルーストの創作の源について比較考察される。興味深く読みつつも、昼間、懐メロに熱中し過ぎでエネルギーを使いすぎたのか、この手の本を読むに必要な集中力と根気が続かず、途中で本を置き、22時過ぎに就寝。

2018年9月 3日 (月)

入院日記 リハビリ・直立歩行編 その59

9月1日(土) 曇り、朝のうち雨

いつもより早い5時過ぎに目覚める。今日から9月。金曜日には足の装具が取れる。

日記を書いて、コリン・ウィルソンの「知の果てへの旅」を読む。購入してずっと忘れていた本。英国の労働者階級出身で大学も出ていないが、頭脳・感性鋭敏、独学で、イギリス人らしからず、戦後世界をリードしたフランスの実存主義にアプローチし、しかも、イギリス人らしくその思想に取り込まれることなくユニークで鋭い評論「アウトサイダー」を1956年に発表、一躍有名になる。インプットとしての読書量が膨大で、アウトプットとなる著書は優に100冊を越える。読んだのは、アーサー・ケストラーを扱った最後の章。

リハビリ、朝食(石窯パンのパストラミサンド、ミルク、葡萄)をすませた9時過ぎ、父はデイケアへいつものように出かけていく。

涼しくて気温は25度前後。2階に上がり、You Tubeサーフィンをしながら、懐メロ第2段を楽しむ。次から次へとメロディーが当時の思い出とともに甦り 熱中した。気がつけばもうお昼。途中、紙モップで階段の清掃もする。2階の掃除機掛けはサボる。

「さらば青春」 https://www.youtube.com/watch?v=7-LEM8A_KNA
(小椋さんの曲と言えば「シクラメンの香り」だろうが、何故か、私はこの曲が一番好きだ。バブル時代に仕事が終わってカラオケがある飲み屋に行ったとき、隣の席にいた九州出身の好青年が思い入れたっぷりにこの曲を歌ってたのをよく覚えている。)

 

「これが青春だ」 https://www.youtube.com/watch?v=ygS8SXi6bU0
(かつて日本テレビで青春ものドラマシリーズがあった。自分が一番見たのは、森田健作の「俺は男だ」。「これが青春だ」はその前のシリーズで再放送で見ていた。テーマ曲としてはこの曲が一番好きだ。竜雷太、藤山陽子、岡田可愛、松本めぐみ。みな若かった。布施明の何とさわやかな声。)

 

「白い色は恋人の色」  https://www.youtube.com/watch?v=UZvPT5MJwnE
(大学時代にフォークギターをかじったことがある。スリーフィンガー・ピッキングで弾ける入門編の曲だった。ハワイ出身のベッツィ&クリスの清楚な声が良かった。水着の女王、アグネス・ラムもいたなぁ)

 

「恋におちて」https://www.youtube.com/watchv=Cc5M23N2o_k&list=RDK2jUNeczafU&index=14
(バブル時代は仕事漬けだった。朝から電話が鳴りっぱなし。仕事に追われて追いつかない。努力もせずに毎期予算達成。日本全国みな浮かれ騒いでいた。よく食べてよく飲んで頻繁にカラオケ・パブに通った。入社時の体重が60キロだったのが気が付けば80キロを超えていた。この曲をしみじみと聞いたのはバブルが弾けた1990年代の後半。ロンドンに駐在したカラオケパブだった。歌っていたのは男だったが、その歌声がすばらしく、歌い終わった瞬間、店内の拍手が鳴りやまなかった)

 

「真夜中のカーボーイ(テーマ)」 https://www.youtube.com/watch?v=ZGORPUzLxtU
(ハーモニカの哀愁を帯びた音に魅せられた。映画の最後のエンディングシーンで、病に倒れたダスティン・ホフマンに付き添ってジョンボイドがバスでようやくフロリダに到着したとき、相棒は息を引き取るのだが、殊の外この曲が印象的だった。ジョン・バリーの名曲)

「風に吹かれて」 https://www.youtube.com/watch?v=KtdZ-3nlfCQ
(ノーベル文学賞を受賞したボブ・ディランの名曲。彼のオリジナルもいいが、私がよく聞いたのはPPM=ピーター・ポール&マリーのヴァージョン。3人のコーラスがすばらしい。PPMのレコードは今でも大事に持っている。再生装置がないのだが・・・・・.。1980年代に「金曜日の妻たち」というドラマがあった。その主題歌もPPMが歌ったこの曲)

 

「Sweet Heart Tree」https://www.youtube.com/watch?v=cC65GEJpJQw
(映画「グレート・レース」で、ナタリー・ウッドが髭を剃るトニー・カーティスの傍らでギターの弾き語りをするのがこの歌。ヘンリー・マンシー二の傑作だ。このころのナタリー・ウッドは本当に美しかった。映画の中で、ナタリーがロシア語を喋るシーンがあるが、彼女、ロシア系の移民だという。サンフランシスコには、アラスカが帝政ロシア領で、アメリカに売却される前から捕鯨などでやってきたロシア人の入植者の末裔が住んでいるらしい。2015年、出張したとき、帰国前の最後の晩は、フィッシャーマンズ・ワーフでシーフードを食べた。隣の席に座っていたのはロシア語をしゃべる地元系の人らしい年配の一団だった。)

 

「四月になれば彼女は」https://www.youtube.com/watch?v=YH_G3vmlHN8
(映画「卒業」で使われたサイモンとガーファンクルの曲。大学生のころ、フォークギターの真似事をしていたが、一人の友人が見事にこの曲を再現して見せてくれてショックを受けた。女の子に弾き語ったらモテるだろうな、と思いたくなる曲だが、私は挫折した。そのとき弾いてくれた友人とは今年の2月に再会。30年ぶりだ。実業界でも開花して某大手電機メーカーの副社長を最後に引退したという)

 

「雨を見たかい」 https://www.youtube.com/watch?v=pUy2uSeyOFE
(自分は、ロックはそれほどではなく、どちらかというとフォーク系が好きだった。そんな中、CCRの曲はオーソドックスなロックで1970年代の前半によく聞いた忘れない曲だ)

 

「ダイヤモンド」 https://www.youtube.com/watch?v=8xY1oHakkT0
(バブル時代は仕事が終わると飲み、カラオケパブに通った。実はカラオケは苦手だった。それで、ある日、NHKの教育テレビでカラオケ入門なる番組を見たのだが、その時の練習曲がこの「ダイヤモンド」だった。バブルが弾ける寸前の歴史上おそらく唯一、繁栄の頂点を極めた時代、非常に活気があった(というか浮かれ騒いでいた)ときの女子ロックバンドによる大ヒット曲。自分は歌ったことはないが、カラオケで歌う女の子は当時多かった。リンクは、英国のノーランズが歌う英語版。ダイヤモンドだね!はDiamonds are foreever moreとなっている。カラオケの画面が古いような気がするが1989年はこんな感じだったと思う)

お昼は、いつもの石窯チーズピザと焼おにぎり1個にスイカ。

母に頼まれた買い物に一時間ほど車で出かける。

帰宅して2階に上がり、カーペンターズのCD を聞きながら、ベッドでシエスタ・タイム。目が覚めて、HemingwayのScribner出版社の英語版「Movable Feast」を読んだりする。

Feast

アジア大会の男子柔道団体戦予選で日本に負けた韓国が、判定にいちゃもんをつけたらしい。またか、と言う感想。この国の人は、感情の発露が濃厚過ぎる(映画やドラマはその映し鏡だ)。勝敗に拘り過ぎ、その結果としての行動が見苦しい。1988年のソウルオリンピックのボクシングでの判定への抗議を思い出すし、前回のアジア大会主催国として数々の見苦しい事態が発生した。たかがスポーツではないか、言いたいが、アマチュアのスポーツ世界も金銭がからんだ商業主義に毒されているからだろう。メダル獲得と国威発揚が目的となり、コーチも選手も必死だ。アマチュア精神(余裕から生まれるフェアプレイ精神)はもうとうの昔に死んでいる。

日本体操協会に限らず、最近のスポーツ界で持ち上がったパワハラ問題は、体育会系の古い人間関係(日本社会の組織の縮図でもある)に最近の新しい世代によるノーの叫びだ。

夕食:ビール、ポテトサラダ、冷奴、枝豆。仕上げは、納豆とご飯と笹かま。

コリン・ウィルソンを読み続ける。オーストリアの作家Robert Musilの「特性のない男」についての2つの章。

21時半過ぎ、就寝

2018年9月 2日 (日)

入院日記 リハビリ・直立歩行編 その58

8月31日(金) 晴後曇り、夕刻雷雨

朝の起き掛けのニュース。

オーストラリアのパース近くで隕石が落下したらしい。目撃情報が相次いで騒ぎになっているが、テレビ画面でもドライブレコーダの記録が映しだされた。数年前にロシアでもあったが、都市部に落ちて大災害が起きた話は聞かない。たまたまなのか、隕石は落ちる場所を選んでいるのか。

奈良県でバイクがトラックに接触して何と6人が死亡、2人が重傷。釣りに出かけるときによく走る国道51号でしばしばバイクライダーの集団に出くわすが、恐い話だ。大惨事の危険は身近にあると改めて認識する。自分の骨折も一種の事故だが、魔が差した一瞬の出来事としか言いようがない。命を落とす事故でなくてホントによかった。

トルコ通貨の下落が連鎖反応を興してアルゼンチンがまたデフォルト寸前。この国は過去に何度も破綻を繰り返している。新興国の通貨が軒並み下落。ベネズエラは、経済が破綻し人々が国境を越え始めた。

朝食(石窯パンのパストラミサンドとミルク)後、地元の市役所へ転入手続きに出かける。日射しが強く、暑い。私学共済年金を5月まで払い続けたので、年金の確認をしたら国民年金は60歳で支払いは必要なし。係の人が書類を見て、お子さんが5月まで自分が勤務していた東京のS大学を数年前に卒業したという。雑談を交わして帰宅する。

お昼:スパゲティー・ナポリタンとコーヒー。

テレビでは、日本体操協会の騒動で大騒ぎ。副会長の
塚原氏はあの塚原飛び(ムーンサルト)で有名な人。オリンピックで金メダル通算5個が凄すぎる。名選手はやはり指導者には向かないと言うことか。実績があるだけに、ちょっと出来るだけレベルでもバカか無能に見え、自然に無意識で権力を乱用しがちになる。体育会系に限った話ではないけれど。この人は以前も審判判定を巡ってトラブルを起こしているらしい。自信過剰のボクシング協会長と結果は同じことになってしまった。

残暑で蒸し暑い午後。2階で懐メロを聞いたり、コリン・ウィルソンの「知の果てへの旅」を読んだり、昼寝して過ごす。

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16時を過ぎると雷雲が空を覆い始め辺りは薄暗くなる。昨日と同じだ。遠くでゴロゴロ鳴り、15分ほど強い雨が降ってお仕舞い。

夕食:初物サンマ、ビール、ジャガイモとベーコンの炒め、仕上げは、海苔茶漬けと笹かま。

Hemingway の短編集からBig Two-Hearted Riverを読む。Cat in the rain(先日再読) と並んで昔読んで(大久保康雄の翻訳)印象に残った短編をオランダで購入した英語版だ。

一人でキャンプを張り、マス釣りに熱中する話だが、一つ一つのアクション(期待感にワクワクしながらの釣り場探し、近くにテント張り、夕食と朝食の準備、コーヒーのいれ方、餌のバッタ取り、竿の準備、餌つけ、釣糸の送り込み、魚の引き、取り込み、下拵え、等)の描写には躍動感があり、密かな自己没入の嬉々としたエクスタシー感で満ち満ちてている。釣りという行為全体から獲られる快楽のためなら世界は滅んでもいい、と言わんばかりに。

2018年9月 1日 (土)

入院日記 リハビリ・直立歩行編 その57

8月30日(木) 晴 

5時半過ぎの目覚め。日記を書く。

6時過ぎ、BS放映をつけると、英国とフランスでホタテ漁を巡って対立の報道。日本のサンマ漁はここ数年不漁が伝えられているが今年は好調らしい。中国が公海で採ってしまうと言う噂は根拠があるのかないのか。有限な資源を誰がどこまで自由にするのか。

リハビリ、朝食(塩鮭、笹かま、納豆、レタスとトマトのサラダにご飯)の後、庭の水撒き。黒アゲハチョウやナミアゲハチョウが舞っている。ひとしきり撒いたあと地面に動く物が。よく見るとミンミンゼミ(メス)だった。水に濡れて落ちたのか。庭木の根元にそっと置いてあげた。

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午前中は2階で懐メロを思い付くままに聞きまくる。昨日のカセット・テープが引き金となった。以下、タイトルとコメントにYouTubeのアドレス を記す:

洋楽編


「マルタ島の砂」 https://www.youtube.com/watch?v=4W8eY6I_9Rg
(トランペットが素晴らしい。中学校の時に、深夜放送で聴いた)

「恋は水色」 https://www.youtube.com/watch?v=SvLnenLo-40
(ヴィッキーのハスキー・ボイスに何故か悩殺された)

「落ち葉のメロディー」 https://www.youtube.com/watch?v=PrQSJ8z3dZg

(スウェーデン出身のABBAがまだビョルンとベニーと言っていた時代の曲と記憶する。英語の発音がとてもきれいで分かりやすい)

「サークル・ゲーム」 https://www.youtube.com/watch?v=V9VoLCO-d6U
(映画「いちご白書」の主題歌。1960年代の名門コロンビア大学の学生紛争が舞台。映画ではバフィー・セントメリーが歌ったが、ジョニ・ミッチェルが作詞作曲。)

「恋よさようなら」 https://www.youtube.com/watch?v=FzQBOBoPg04
「遥かなる影」 https://www.youtube.com/watch?v=iFx-5PGLgb4
(何れもバート・バカラックの名曲。バカラックはドイツのライン川下りしていると途中で登場する町バッハラッハと同じスペル(Bachrach)。「遥かなる影」は、カーペンターズのカレンが最高)

「噂の男」 https://www.youtube.com/watch?v=IQlmgmR4a4g
(映画「真夜中のカーボーイ」の主題歌。映画を見終わってもしばらくテーマ曲が頭の中で鳴り止まなかった曲。高校時代、地元のオデオン座で見た。)

「心の愛」 https://www.youtube.com/watch?v=1bGOgY1CmiU

(スティービー・ワンダーの名曲。1984年、オランダ研修時代に盛んに流れていた。当時28歳の私はこの曲を最後に、洋楽の音楽をフォローすることを止めてしまった。私の青春はこの曲とともに終った)

邦楽編


「グッバイ・マイラブ」 https://www.youtube.com/watch?v=yliiKsFPjlI

(超可愛かった日米ハーフのアン・ルイスのNo.1名曲)

「君はファンキーモンキーベイビー」https://www.youtube.com/watch?v=0PBNQIJP0D0
(キャロルの名曲。高校時代、学園祭で盛んに演奏されたのがこの曲と「神田川」だった)

「傘がない」 https://www.youtube.com/watch?v=NXS1tQdMQHc
(この曲を知ったのは大学に進学して上京した直後、浦和の友人宅に遊びに行った時。友人はビートルズもほとんど聴いて蘊蓄を語れるほど情報通だった)

「あの日に帰りたい」 https://www.youtube.com/watch?v=8rWUJCEpgW4&list=PLIHgNlD6TJLbR3WtbemGdWRkdeRUTlIMF&index=1
(大学時代に聴いた衝撃のニュー・ミュージック。演歌にあまり興味がなく、アイドル系の天地真理や南沙織が新鮮だと思っていたが次元が違うサウンドに新しい時代を感じた)

「今日までそして明日から」 https://www.youtube.com/watch?v=0X-fCFAOUjw
(映画「旅の宿」でも印象的に使われた吉田拓郎で一番好きな歌)

「涙そうそう」 https://www.youtube.com/watch?v=vZg8B1n0FKs
(1990年代以降の日本の曲で唯一と言っていいくらい、聞き惚れた曲。彼女ほどの透き通った心に沁みるような美しい声を出せる日本人歌手がかつていただろうか)

昼:混ぜご飯とコーヒー。

13時からBSで映画「サタデイナイトフィーバー」を見る。学生時代に見逃した映画だ。
ジョン・トラボルタが若い。イタリア系移民の主人公の部屋に貼られるポスターが、映画「ロッキー」のシルベスター・スタローンと「燃えよドラゴン」のブルース・りー。それに、アル・パチーノの顔と女優ファラ・ファーセット・メジャースのセクシー顔のアップ。1977年の製作。当時私は大学4年生だった。ビージーズの音楽も懐かしく聴いた。思えば、この映画は1980年代のディスコブームのきっかけとなった映画ではないか。

派手に踊りまくる映画と思っていたら、あにはからんや、ストーリーは、結構シリアスだ。ハドソン川を挟んで、ハイソなマンハッタンとは対照的な貧しいブルックリンで生まれ育ち、週末のディスコダンスでうさを晴らすトラボルタが、同じイタリア系で歳上の上昇志向の女性に恋し、導かれ、最後は彼女の後を追ってブルックリンを飛び出し自分を変えたいと彼女に告白するところで終る。恋が成就したわけでもなく、ハッピーエンドとは決して言えないエンディング。

1970年代と言うと、ベトナム撤退、ドルショック、石油ショックでアメリカはインフレと不況で喘いでいた戦後のどん底だった。ブルックリンの貧しい若者の無軌道ぶりと出口なしの様子がよく描かれていたと思う。何となく、映画「タクシー・ドライバー」を日記を書きながら連想した。

見逃した1970年代の名作をようやく見終わって、青春を取り戻したわけではないが、忘れ物を長年の末にようやく取り戻した気分になった。

見終わって、近くのスーパーへ買い物に出かける。

戻って一休みしていると、ゴロゴロと雷が鳴りだし、雨が降りだした。いいお湿りだと期待するも30分程で終わってしまった。

夕食:カジキマグロの山椒煮と冷奴を肴にビール。仕上げは、銀座ナイルのチキン・カレー。

シャワーを浴び、2階で懐メロを聞いたり、本の整理をして見つけ出したコリン・ウィルソンの「知の果てへの旅」(Existentially Speaking & Six More Essays )を読んだりして過ごし、22時半過ぎに就寝。

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