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2018年9月13日 (木)

入院日記 リハビリ・直立歩行編 その69

9月11日(火) 曇り

5時半に目が覚めた。

明日は車検だ。2011年夏に購入して7年になるが2万キロしか走っていない。1日で検査はすむという。

いつものリハビリと朝食(石窯パンのトーストとミルク)を済ませた後、怪我して以来車に積んだままにしていた釣り道具(竿、リール、仕掛け、竿立て、クーラーボックス)の片付けをする。バランスを崩して転んだりしたらもともこもないので、慎重にゆっくり時間を掛けた。

自動車税の領収書が見つからず探し回ってしまった。いつ払ったのか記憶がないので焦った。入院以来、鞄に片っ端から突っ込んだままの支払い領収書を一つ一つ確認して、ようやく見つけた。未納で催促され8月に払ったばかりなのに記憶にないのはどうしたことだ。愕然としたが気を取り直して、いつかはやることになる入院関係の書類や領収書の整理をした。午前中一杯掛かる。

昼食:鴨南蛮そばと混ぜご飯。

2階で本の整理をしながらブックサーフィンで午後を過ごす。

奥本大三郎氏のコルシカ島旅行記を読んだときに一緒に読もうとしつ見付からなかったAsterix in Corsicaが出てきたのでベッドに横になって読む。

次に、芥川龍之介の旅行記のなかから「上海游記」の部分を読む。大正10年ということは1921年29歳の時。門司港から出発、荒海のなか船酔いし食事も喉をとおらず、ただ済州島を通りすぎる。上海の埠頭の凄まじさ。喧騒と貧困、不衛生と鼻をつく悪臭。これは、当時の外国からの旅行者が一様に悩まされる現実だった。

章炳麟(しょうへいりん)や鄭孝胥(ていこうしょ)氏らとの面会。観劇の様子や、中国美人の芸妓たちの観察。詩人金子光晴のマレー・蘭印紀行のような抒情性としたたかな現地事情の観察は期待すべきではないのかも知れないが、読後感はいま一つ。金子は社会のはみ出し風来坊で社会の底辺をうろついたが、芥川は名を成した文士でひも付きの旅行だったのが違いだろうか。

そして、「アメリカ知的冒険旅行」をパラパラめくり読み。著者の長尾龍一氏は法哲学者。カール・シュミットやハンス・ケルゼンが専門。1980年代のアメリカ滞在記だが法廷での裁判沙汰の経験や家族の生活を通したアメリカ文化体験が記されている。

面白く集中して読んだのは「グルーとラティモア」の章。日本占領政策を巡る国務省の日本派と中国派の考え方、世界観の違いと対立。中国派に共通するのは、多くの人々は共産主義ではなくアメリカ独立革命の伝統を信条にしていたこと。マッカーシズムの犠牲者になったのは運が悪かったかも知れないが、余りにナイーブすぎた彼らは、共産主義独裁に内在する悪に目をつぶるか、盲目となりソ連のスターリンに利用されるころとなった。

Photo

注文してなかなか届かなかったインド映画2枚のうちの1枚が漸く宅急便で届いた。発送地はインドのムンバイ。

夕食:マコガレイの煮付け、冷奴、笹かまでビールとご飯少々。

映画「続・社長千一夜」を見る。1967年の制作。今回も冒頭は森繁が妻の久慈あさみからツンケンされ愚痴られる(夜の欲求不満)シーンで始まる。

訪日外人旅行者対策で富士山麓のホテルに全国からきれいどころの芸者を集めもてなすホテル建設企画(三木のり平)が、新婚女房に家出された日系ブラジル人三世の富豪フランキー・堺が妻(もと別府の芸者)を連れ戻すのに四苦八苦する森繁を救う。例によって、お色気の笑いは全編事欠かない。ブラジルからの土産の強壮剤を独り占めする森繁。

きれいどころのマダムの新珠三千代に芸者の草笛光子は健在。小学校の運動会シーンは自分の昭和時代そのものを見るようで感じ入ってしまった。大阪のシーンで写った新阪急ホテルも懐かしかった。

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