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2018年11月27日 (火)

新しい釣り場の模索

11月26日(月) 晴

6時過ぎの目覚め。目覚める前の夢うつつのなかでアカハラの地鳴きを聞いた。朝の読書もリハビリのお休み。

じっくり新聞を読まなくなって久しいが、朝日新聞の朝刊で「英国憲法を揺るがすEU離脱」のコラムが目に留まった。ロンドン特派員の記事。イギリスには成文憲法がないということは一応知っていたが、具体的にはどういうことかはもちろん知らない。Brexitは国内を二分し(2年前の国民投票では賛成がわずかの差で勝利、しかし、離脱賛成は、イングランドとウェールズで、残留支持がスコットランドと北アイルランド)迷走をしている。『英国憲法とは、「女王の議会」が定めた法律や、判例、国際条約、慣習のうち、領土や主権などの国のあり方を規定するものの積み重ねを指す・・』。45年前に欧州連合EUの前身に加盟した際にできた国内法「欧州共同体法」もそのひとつらしい。ブレグジットとは一種の憲法改正手続きらしい。イギリスは日本のように(つまりは、アメリカやフランスのように)国民主権ではない!!!主権は議会にあり、議会は女王のもの。国民に主権はない。汝ら臣民である。となると、国民投票の意味は?憲法を構成するなかで生きた文書とされるマグナカルタ(1251年、日本は鎌倉時代)は、イングランドの王権を制限する(封建領主の既得権益や都市の自由を尊重する)ものであった。国民は国の主ではない。国は王室(実質的には、王室をチェックする「議会」)のものなのだ。だから、かつては、封建領主=議会だったろうが、いまは、国民ということにはなる。問題は、UK(イギリスというとイングランドだけを指すことになる)の構成国!!!の半分は賛成、半分は反対という状況で、ブレグジットをやってしまうと、UKの国体=一体性がくずれてしまうのではないか、ということになる。かなり複雑な問題らしい。



朝食後、父はデイケアーに出かけて行った。2階の自室の清掃、そして、待望の炬燵の準備をする。昨夜は足が冷たくてなかなか寝付けなかった。足湯は一応したのだが芯まで温まらなかったようだ。風呂・シャワー嫌いの私である。毎日お風呂をたてて入ればいいのだろうが、私は炬燵をえらぶ。ゴロリとなって、ミカンを食べたり、本を読んだり、居眠りしたり・・・・。 日記を書いて、スーパーに出かけ、豆腐と人参と石窯パン、キッチンペーパー、柚子飴、お菓子などを買う他、現金をおろす。

昼食はエビピラフと石窯パンで作ったコロッケサンドにお茶。

今日は、セイゴ釣りはしないことに決めた。そのかわり、釣り場の探索をすることに。と言っても、新しいアイデアがあるわけではない。状況の確認と思い、マイスポットのさらに下流、河口の釣り公園に足を運んだ。



Nov26_koen1



ここは、いつも人が一杯で敬遠していたのだが、ウィークデーだからひょっとして竿が出せるのではと思ったのだ。行ってみると、人で一杯というわけではないが数人の竿でスペースは埋められていた。何を狙っているのか。ヒラメである。K氏からやっている釣り師と話し込む。年中通っているらしい。生餌でも冷凍のイワシでもなんでも釣れる。仕掛けに餌をつけて竿を放り込むだけ。60㌢の大物が頻繁に出るらしい。遠くに投げると牡蠣殻で根掛かりする。4色投げると20㌢~30㌢のシロギスお釣れる(50㍍~100㍍を探る)。スマホの証拠写真を見せてもらった。職業は聞かなかったが、注文があれば(携帯に電話がある)1時間以内で県内のどこにでもすぐ駆けつける。だから、予定がないときはここでヒラメ釣りをやっているという。話し込んでいるうちに、来たぁ、と声が出た。3本の竿の一本がゆっくりとお辞儀を始めた。俗に、ヒラメ40という。食い込むまで40数えろということらしい。合わせを入れると針掛かりしたようだ。が、途中で、釣り師が、奴だぁ、とトーンダウン。レギュラーサイズのアカエイだった。もっとでかいのも釣れるという。走り出すと5号のPEラインがいとも簡単に切られるらしい。



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取り込みの一部始終を観察していると、一番下流側で鈴が鳴った。若者がリールを巻いている。平べったり魚があがった。近づいてみると、実測40㌢のヒラメだった。



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今年の夏に60㌢のヒラメをいきなり上げて病みつきになったという。早速血抜きの処理。刺身がうまそうだ。40㌢と小ぶり、K市のベテラン釣り師いわく、2歳魚だよ。そんなかやで、1時間ほど釣り場を視察。ずらりと並んだ他の竿は沈黙を守っていた。一回の釣りで必ず一尾釣れるわけではない。確率は低いが当たれば60㌢。食べてもおいしいヒラメ。この魅力。いままで敬遠してきたが、新しい釣りの境地。ヒラメを12月は狙ってみるか。

那珂湊漁港内に寄り道して1時間ほど昨日の残りの餌で竿を出した。ハゼ狙い。あちこちあたったが、最後の場所でいきなり17㌢のマハゼが来た。2尾追釣したが、小さい3尾の持ち帰りで15時半、帰路に着いた。車中のFMラジオではバッハの音楽を聞きながら。
帰宅するとキッチンからいい匂い。母がアラ汁とセイゴの山椒煮を作っていた。久しぶりに空腹を意識した。療養中は時間がくると食事をしている感じだった。


17時半前、父が帰宅して、早速のセイゴずくしの夕食を堪能した。満腹になって太鼓腹をたたきながら2階へあがり炬燵にもぐりこむ。さっぱり面白くないテレビに見切りをつけ、本の整理をしながら、炬燵の中でブックサーフィンをする。

ヘルマン・ヘッセの高橋健二訳の本(春の嵐)のあとがきを見ていたら、1931年に同氏が渡欧してスイスのヘッセを訪ねた訪問記が目に留まり再読する。ヘッセはニーチェとゲーテをよく読んでいた。それに、杜甫、李白の唐詩の翻訳。シュテファン・ツバイクは知性が勝ちすぎる人で「詩人」ではない、云々。詩人はドイツ語でDichter。動詞はdichten。言語による芸術的創作活動(詩・小説・戯曲)という意味でDichtungという名詞がある。日本語というか漢字の「詩」より意味が広い。エルンスト・ユンガーもDichterだ。

昨夜、寝床で手にした遠藤周作の「深い河 創作日記」。小説「深い河」が遠藤氏の最後の作品になった。クリスチャンであったが、宗教とは何かということを最後まで問題にしていた。病弱な体質もあったこと、老年期で死を意識した集大成の作品である。一度読んだのだが、記憶がほとんどない。30代半ばのバブルがはじけた直後のころだろうか。「死んだらおしまいでしょう」というのが唯物論的世界観に毒された私の思いではあるが、「超越したもの」、何だかよくわからないけど畏れ多いあるもの、という感覚はどこかにはあるような気がする。神道はまさにそうだ。同氏の本が目に留まり、こんなことを考えるのも、人生に一段落がついたことに加え、健康だけが取り柄だった自分が、骨折であれ全治半年という大けがを負ったことが影響しているのかも知れない。「宗教」や「魂」、これら形而上学的なことはこれまでたまに考えることはあったが、いつも行き止まり(結局、五感で確認できない)となり、また今度、と放り出してしまう対象だった。



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21時過ぎ、ベッドに潜り込む。カール・ポッパーのThe Open Society and Its Enemies Volume two: Hegel and Marxを手にする。著者はウィーン生まれのオーストリア人で母語はドイツ語だ。今年の2月に東京の紀伊国屋書店で購入した本。長年読もう読もうと思って、読まなかった名著。翻訳というか古本でも数千円もする高価本なので、英語版(2000円前後)で読むことにした。小説や詩を読むよりはずっと簡単に読める。英語の勉強にもなる。今更この歳で!?と云うなかれ。人生、一生勉強である。


Nov27_karl_popper



得意な歴史の専門書と違い、難儀しながらの読書だが、熟読に値する本だと思う。が、朝の頭がクリアな時に読むべきと思う。というのも、すぐに眠くなってしまい、読書灯を消すことになったからだ。

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