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2018年11月20日 (火)

ユダヤ人はやっぱり凄い

11月19日(月) 曇り


昨夜は20時前には寝てしまった。そして、深夜2時半に目が覚めて眠れなくなる。仕方なく、照明をつけて本棚に目をやると「ナボコフ自伝」が目に留まる。つくづく思うのだが、下手な小説を読むより著名人の自伝のほうが断然面白い。自伝だけでなく評伝を合わせ読むと一層面白い。この世で名をなした人への覗き趣味と言ってしまえばそれまでだが。自伝と言っても所詮、都合の悪いことは書いていないことが多い。裏を読むということもある。自伝と評伝を合わせ読むのがベスト。と、言っても、両方が読める人物というのはそうそういるものではない。そういう意味で自分がじっくり読んだのははアーサー・ケストラーだ。

ハンガリーのブダペスト生まれのユダヤ人。お母さんはウィーン出身の気位の高い人でブダペストで生活しながらハンガリー語は一切喋らなかった。ウィーン工科大学で教育を受け、あと少しで卒業というところで学業を捨て(両親に嘘をついて)、イスラエルを放浪する。キブツで働いたものの合わなくて飛び出す。ポケットに一銭もなく飢えながら野宿する日々。そんな人が道端で知り合いに出会い、ひょんなことからドイツのウルスタイン社(ユダヤ系の出版社、新聞社)の特派員となり、やがてベルリンで科学記事の執筆者になったり、その間、ドイツ共産党に入党したり、オルグの活動の中で次から次えと女と懇ろになったり、パリ駐在中に生活のためにエロ本を書いたり、ツェッペリン号に乗って北極探査の同行取材をしたり、スペイン内戦では、イギリスのジャーナリストの資格で入国し、取材中にフランコ軍につかまり死刑の判決。毎晩、銃殺刑の音を聞きながら今日は自分の順番かとおびえながら、イギリス政府の尽力で解放される。ヒトラーのドイツの戦争が始まるなか、奇妙な戦争で静かなパリで拘束され、収容所に入れられたり、南仏を転々として、ドイツ軍の手を逃れ(ヴァルター・ベンヤミンはスペインのピレネーで自殺してしまった)、何とかイギリスに逃れる。戦後は、スターリンのモスクワ裁判を描いた「真昼の暗黒」(Darkness at noon)で一躍有名になる。そして自伝を次々と書くかと思うと、その後は、政治活動や評論から遠ざかり書斎の人となり、科学論や超能力のエッセイを次々を発表し、相変わらず女癖は悪く、晩年はパーキンソン病を患い最後は秘書兼妻の南アフリカ人女性と心中してしまう。本人は複数の言語に堪能(ユダヤ人はどうしてそうなのか)で、パリで基盤を築くことも可能だった(サルトルやボーボワールとも付き合っていた)が、イギリスを最終的な本拠地にした。何という人生だろうか。面白くないわけがない。

ところでナボコフ自伝。ベストセラーの「ロリータ」くらいしか知らないし、それも読んだことがない。レニングラード出身の大富豪貴族の末裔で、ロシア革命とともにドイツへ亡命。ベルリンで生活するが、大学はイギリスのケンブリッジ大学でフランス語と動物学(蝶々に詳しい)を学び、アメリカに移り、大学で教えながら小説家として名を成す。記憶で語る有名人がすごい。日露戦争でロシアの外務大臣として登場するウィッテも一族の一人だ。家の使用人が50人もいたという。外交官の叔父さんは、フランス語と英語とロシア語のチャンポンでしか会話ができない。子供時代の家庭教師はイギリス人。ベルリン時代はロシア語で著作をものしていたが、だんだんと皆がソ連に帰国して生活が成り立たなくなると英語での著作に切り替えたり。



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子供時代の回想の部分のちょとしたページの拾い読みをしていると、また眠くなった。
6時前に再び目が覚める。The Global Cold Warを読み進める。7時過ぎ、リハビリを挟んで朝食をとる。納豆とセイゴのグリル(オリーブオイルとレモン汁風味)とご飯にバナナと日本茶。このところ日本茶を飲む。地元大子産のお茶。

父は9時過ぎにデイケアーへ。2階でCD(ジャンゴ・ラインハルトのジャズ)を聞きながら日記をつける。アメリカのカリフォルニアではまだ山火事が再燃している。しかも死者の数が半端ではない。ひょっとして人災ではないか。

たまたまネットサーフィンしていると、BBCの外国映画ベスト100なるものが最近投票により選出されたそうだが、日本の映画がかなりランクインし、しかも、1位も日本の映画だという。チェックしてみるとなるほど。長らく自分も日本が誇るベストワンと思っていた映画がBBCの投票でも1位だった。黒澤明の「七人の侍」だ。万歳!

お昼:五目チャーハンとミカン一個。

12時半、日課の釣りへ。「釣り侍」で青イソメを70g購入。到着すると誰もいない。孤独な釣りだが、今日もアタリはそこそこあった。昨夜雨が降って水温が下がったようだがまだまだ魚の活性は高そうだ。一本目の竿に餌をつけて遠投して次の竿の準備をしていると竿先の鈴がなった。リールを巻くとカイズ(クロダイの子供)が釣れた。かなりの引きだった。



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幸先良いスタート。しかし、今日は、2度のしかも有り得ない?アクシデント(2度の道糸切れ)に遭遇した。PEラインだが古いものを使っているためだろう。1度目はカイズが釣れた直後。鈴がなってリールを巻くとプッツン。愕然とした。しかし、3本目の竿を出して同じ場所で仕掛けを投げ、たまたまリールを巻くと、道糸切れした糸と仕掛けが引っかかってて回収できた。しかも、仕掛けの先の針には本日一番の30㌢前後のセイゴが釣れていたではないか!そして、この道糸切れを起こした糸を再び繋いで釣りを続けたのだが、2度目の道糸切れを起こし、また同じように仕掛けが回収され、サイズは小さめのセイゴが釣れて
いた。2度の偶然とは言わないだろうが、こんなこともあるのだ。


15時半、エサが尽きて納竿。釣果はセイゴ10尾とカイズ1尾。昨日と同じだがサイズが少しアップした(20㌢~28㌢)。なぜかハゼは釣れなかった。いつまで釣れるのか那珂川河口。

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帰宅して、夕食の準備。家事も私の日課になりつつある。皿洗いと魚の料理(煮つけだけはまだ母親がやっている)。今日は、さらにローストビーフを作った。といっても簡単だ。300gの牛肉に塩・コショウをする。耐熱皿においてラップをし、電子レンジ500ワットで5分。それから、肉全体をフライパンにオリーブオイルを敷いて肉全体の表面を焼いて出来上がり。牛肉のラップに作り方が書いてあるのだ。わずか10分でできてしまうローストビーフ。

父が戻って、一緒に夕食をとる。両親はセイゴの山椒煮(山椒と昆布を使う)。私はロースト・ビーフに石窯パンと赤ワイン、それに、セイゴのグリルも食べる。冷蔵庫の中はセイゴだらけだ。ロースト・ビーフはなかなかの出来だった。付属のグレービー・ソースもいいが、ワサビ醤油でもうまい。

テレビでは、日産のカルロス・ゴーン会長が事情聴取を受けており今夕に逮捕される見通しであるとの報道が盛んになされている。金融取引法違反とかなんとか。


ゴーンさん、出自はレバノン。生まれはブラジルだが、一族はレバノンのユダヤ系。レバノンのユダヤ人というと思い出してしまうのはイギリスのガリバー・トラヴェル・エージェンシーの社長(今、どうしているか)。彼もレバノン出身のユダヤ人だった。日系のMツーリストのホテル仕入れ部門に入り、ノウハウを身に着けると独立。Mツーリストの向こうを張って日本に進出。私がロンドン駐在をしていたころは、立派なガリバーハウスの本社ビルを持っていた男。ユダヤ人というのは生きる次元が日本人とまったく違う。このユダヤ人のもと上司(Mツーリスト)も独立してスペインのマドリッドに事務所を構えて手広くビジネスをしていたようだが、ガリバーハウスのビルを持ち、ニースに別荘を持つほどの蓄財はなかったと記憶する。

今日はユダヤ人の話しに始まり、ユダヤ人の話で終わる。ちなみにナボコフの奥さんも二人とっもユダヤ人らしい。

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