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2018年11月24日 (土)

楽しき大潮のセイゴ釣り

11月22日(金) 晴

昨夜はよく眠れた。Yちゃんのママ、風邪をひいたらしい。急に冷え込んで体調を崩しいやすいので要注意。かく云う自分はいつも風邪を引くことすらなく健康に自信を持って生きてきたが、5月の骨折で用心深くなった。60代に突入したことへの警鐘というにはあまりにも大きな代価だった(半年間、入院・手術・療養をしいられ普通の生活ができない)ものの、今回の不注意によるケガは十分すぎるほど身に染みている。用心が必要な年齢になった。
夜明け直前、アカハラの地鳴きを聞く。10月からしばらくはモズだったが、ここに来てアカハラである。朝の読書はThe Global Cold War。
朝食はいつもの定番(味海苔、笹かまぼこ、納豆、ご飯、玉ねぎの味噌汁、ミカン1個)で済ませる。リハビリは今日もさぼる。2階で日記をつける。
バックグラウンド・ミュージックは、ハーポ・マルクスのハープ。CDを昔買ったの思い出して探し出した。ハープの音色は癒しのサウンドだ。ハーポはマルクス兄弟の一人。そしてユダヤ人。お父さんはフランスのアルザス出身、お母さんはドイツのフリースラント出身。楽譜は読めなかたらしいが、映画のシーンでは必ずハープで見事な演奏で一曲を奏でる。兄のチーコはピアノ(これも曲芸的な弾き方で笑い転げる)、弟のグラウチョは弾丸のような早口の喋り。映画のワンシーンでの演奏はこちら。何度見ても笑ってしまう ⇒

11時過ぎ、好天気に誘われ三日ぶりに那珂川河口へ出かける。昼食は車の中で肉まんと卵・ポテトサラダのサンドイッチにブラック・コーヒー。いつものマイスポットの近くの神社のそばに車を止めて準備をしていると、地元の人が通りかかって話しかけられた。漁師もしているそうだ。取れたてのウナギを見せてもらった。竹を組んだ仕掛けを沈めて定期的にウナギ取りをしているという。地元の料亭に卸しているという。昔はサラリーマンと兼業で船宿と釣り餌も扱っていた。バケツの中には見事なウナギが数匹と大きなハゼも。

問わず語りにいろいろと情報をもらった。この辺りはウナギは釣れるが、7月が最盛期。晴れが続くと潮がきつくてあまり釣れない。やはり雨上がりが狙い時らしい。思い出せば、涸沼川でも60㌢近いウナギを釣ったのは小雨降る夜だった。ウナギが釣れるのは夜の8時過ぎまでと仰ったが、涸沼川の記憶では夜の22時前だったような気もする。総合するとウナギや夜釣りというが日没後の2時間から3時間が狙うタイミングだろうか。深夜は釣れない。明け方は釣れると思う。子供のこと、早朝の千波湖でウナギを釣っていた人を見た記憶がある。

イシモチ(ニベ)は、日没直後は一時的に釣れなくなる。日没前にポツポツ釣れた後は、日没後の2時間くらい後から深夜過ぎまでが釣れる。そしてまたアタリが止まり、明け方にまた時合が来る、というのが私の経験だ。15分ほど立ち話をして釣り場へ。


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今日は大潮。干潮は9時半過ぎ。満潮は15時頃。上げ3分から8分のタイミングで釣ることにした。3本を竿を出す。一本はハゼ狙いでハリは7号、ハリスは1.5号である。でかいセイゴが来たらアウトだが、柔らかい万能竿にセットしたので40㌢くらいまでなら大丈夫だろう・・・。と、一番上流側の手前に投げて置いたこの竿に本日一番のセイゴのアタリが来た。柔らかい竿だけにものすごいしなり。合わせるとものすごい抵抗と重み。竿を柔らかさを使いながら護岸手前までゆっくり取り込み、手前で弾みをつけて引き上げた。と、護岸の石の上に落ちた。間一髪セーフ。目測35㌢前後の良型のセイゴだった。しばらくはこの上流側の竿にだけしかアタリが来なかった(サイズも20㌢を少し上回る型が2尾)。しばらくして、他の遠投をしていた竿にもアタリが出始めた。30㌢前後の良型セイゴを2尾を追加した。13時を過ぎて潮がかなり満ちてくるとアタリは頻発するがサイズが小さくなってしまった。


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14時、エサが尽きて納竿。車まで満ち足りて歩く。川沿いのススキを見ると心が和む。


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帰り道、那珂湊により刺身用のタコと乾燥芋を買って、釣り場を偵察する。イワシやカイズを狙っているようだ。16時前、帰宅。


釣果 セイゴ5尾(35㌢、32㌢、30㌢、22㌢2尾、ハゼ1尾12㌢)



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夕食は、ホワイトエールを飲みながら、豚肉のシャブシャブとレタスサラダを食べる。仕上げは、タコの刺身とご飯。美味い。


夜、疲れもあり、早々と2階に上がる。ベッドに潜り込み、アイザック・ドイッチャーの「非ユダヤ的ユダヤ人」(岩波新書)をパラパラと読む。第1章は、伝統に忠実なユダヤ人からはみ出した(反抗者)かつキリスト教社会からも異邦人扱いされたユダヤ人たち、つまり、非ユダヤ的ユダヤ人の例として、17世紀にオランダで活躍した哲学者スピノザ(スペインを追われたユダヤ人~マラーノの家系)ドイツの詩人ハイネや、共産主義思想の本家カール・マルクス(アメリカの喜劇俳優のマルクス兄弟とは別)、精神分析学の創始者ジグムント・フロイトが取り上げられる。ドイッチャー自身はポーランド人(ポーランド系ユダヤ人)としてのアイデンティティを持っている。13歳にしてユダヤのラビの候補者となった早熟の才人・ドイッチャーもユダヤの伝統に背を向けた一人だった。ユダヤの伝統に反発し、かつ、キリスト教世界においてつまはじきされる環境が強いられた人が辿る軌跡。

非ユダヤ的ユダヤ人は沢山いる。愛読するアーサー・ケストラー然り。ユーモア作家のジョージ・ミケッシュも然り。彼らは豚肉を使うハムを食べていた。映画俳優のチャップリンが来日した時に好物となった天ぷら。残っているビデオシーンでは揚げたてのエビをしきりに頬張っていた。エビなどの甲殻類はウナギなどの鱗のない魚類と同じで敬虔なユダヤ教徒は口にしてはいけない食べ物だった。



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