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2018年12月 1日 (土)

11月も終わってしまう・・・ハゼ釣りは不調。

11月30日(金) 晴


昨夜は、読書で夜更かししてしまった。寝たのは深夜を過ぎていた。久しぶりのこと。それくらいルトワック氏の本に熱中してしまった。目覚めの読書は、The Global Cold War。キューバでベトナムがテーマとなる。冒頭は、中ソ敵対と文化大革命の1960年代。


朝食は、塩鮭、アラ汁、ポテトサラダとレタス、ご飯にミカン一個。食後は、週2回の生ごみ出し。キッチンで湯沸かしをしながらリハビリ(爪先立ちと屈伸)。
ルトワック氏の続き:


台頭する中国、特に、日本にとって試練となる尖閣諸島問題について。著者は、日本にとって大戦略に基づく積極的な動きは全く必要ないという。提言しているのは「封じ込め政策」(containment)。予想されるあらゆる中国の挑発に対して、即座に対抗手段を打てるようシミュレーションをして実際に行動できる環境を整備することだという。尖閣諸島を占拠されてから、国内で議論したり、アメリカに相談をする、というのは絶対に避けなければならない。アメリカの立場は、第3者の領土問題には中立である、ということ。ということは、中国が尖閣を占拠した場合は、排除すべく行動を取る!!!ということ。

何年か前にフランスがかつての植民地マリ共和国にフランス軍を派遣したことがあった。ルトワック氏によれば、危機が発生した場合に即座の行動が要求され、大統領の命令一つで(当時はオルランド大統領)即実行できること、これが大国の条件であるという。もし、ある日、尖閣諸島が中国海軍に占拠されたら?日本の首相の命令で何ができるのか?心もとない状況である。氏によれば、海上保安庁、自衛隊の特殊部隊、航空自衛隊、外務省にそれぞれ緊急事態に際して取れる行動があるという。事が起きた時点で、首相の電話一つで即対応できるような仕組みを事前に作っておくことが大事だという。

そういう意味で、ドイツもフランスのレベルで軍隊を動かすことは出来ないらしい。日本と同様敗戦国の悲哀だ。政治力は失ったままだ。経済力で勝負。戦勝国の組織=国際連盟の枠組みの中で。日本も同じなのだ。国際連盟と日本語に訳されているが、United Nationsとは第2次世界大戦の枢軸(ドイツ・イタリア・日本)に対する「連合国」のことである。「国際連盟」という訳語は不適切であるというか、本当の意味を指摘したのは小室直樹氏だ。

いずれにしてもドイツはEUの実質的支配者であり、ドイツ帝国の夢はついに実現されたと揶揄する人もいるが、結局、ドイツは政治力を放棄することで経済的にEUを制覇し平和的発展を遂げることが出来ているということだろう。Brexitの問題はイギリスの悪あがきだろう。移民問題が大きいというが、根はアメリカと同じで行き過ぎたグローバリゼーションへの反動だと思う。しかし、この流れは止められない。かならず、その反動がまたやってきてグローバリゼーションは進んでいくような気がする。西ヨーロッパ内部には地政学的なリスクはもはや存在しない。問題はその外部であるイスラム世界から押し寄せる移民と、ヨーロッパに見えながら半分アジア的と見なされるロシアという大国である。

中国という厄介な存在が今後どういう方向に政治転換していくのか。シカゴ大学のミアシャイママー教授が主張する「大国の悲劇」(中国にとっての周辺のアジアは、アメリカにとってのラテンアメリカだから、中国の現在の行動は必然であり誰も止めることはできないという)が実現してしまうのか。そうだとすれば、20世紀前半の悲劇が再現されてしまうのではないか。
11時、浅田歯科医院へ。最後の歯の治療。虫歯ではないだろうから、しばらくは、このままで様子を見ることにした。寒くなり冷たい水が奥歯に沁みるのは相変わらずだが、痛みはない。ただし、固いものは噛めない。仕方がないことだ。これまで通り、左の負担を庇うべく、右奥で噛むしかない。いずれ、右奥には過重負担による影響が出てくるであろうか。まあ、心配していても仕方のないこと。今あることは過去の積み重ね。前を向いて行こう・・・
お昼は、コーヒーと石窯パンと帰路購入したミネストローネスープと串カツ。


食後は、那珂湊に出かけた。セイゴ釣りはお休み。おさかな市場で5尾700円でホウボウを買った。それから港内散策、

<地元の水産高校の練習風景>

Dec1_suisan_koko

それから、昨日の残った餌で14時過ぎから15時半までハゼ釣りをした。

<漁船の間を狙う。遠投したり船の影を狙ったり、いろいろやったけれど・・・>

Dec1_nakaminato


結果は3尾。ここでは、3尾しか釣れない。1尾は18.5㌢の天ぷらサイズだった。
Dec_1_haze1


残り2尾は13㌢。毎回同じ釣果。



Dec1_haxze2


16時半過ぎに帰宅し夕食の準備をする。セイゴのバター焼き(ムニエル)を作り、父の帰りを待つ。夕食は白ワインを飲みながらムニエルを堪能する。仕上げは、串カツ、セイゴのアラ汁とポテトサラダにご飯。


夜の読書:

2階の部屋の炬燵にもぐりこみ、ゴソゴソと本をかき分けて取り出したのは、阿部勤也氏の「ハーメルンの笛吹き男~伝説とその世界~」。



Dec1_hameln


学生時代に!購入してそのまま読まずに田舎に眠っていた本。ハーメルンが伝説の発祥の地である。読んでいると懐かしい地名が出てくる。ヴーザー川、ミンデン、リューネブルク、ハノーファー、ツェレ、などなど。1976年のドイツ研修ではハノーバーに2か月滞在してインターンシップを経験した。ハノーバー工科大学(当時)の国際センターで沢山の友人が出来た。その友人のギリシャ人のホームステイ先がハーメルンだった。週末に遊びに行って、町の庁舎の広場でRattenfaenger(ネズミ捕りの笛吹き男)の寸劇を見た記憶がある。ミンデンは、誰の伝手だろうか、ビートルズのリンゴ・スターにそっくりの若者と仲良くなり、一泊お世話になった。ヴェーザー川のほとりを散策し、夜は飲みに出かけ、彼のレコードの収集(ドイツのフォークシンガーのデーゲンハルト)を聞かせてもらったり。もの思いに耽りながら、パラパラと読む。


寝床に入り、今度はゲーテのファウストの第2部。高橋義孝氏訳の新潮文庫。ゲーテの本は長らく迂回してきた。読んでいてつまらない。退屈させるような本ではないか、と思っていた(今もそう)。戦前、と言ってももう73年以上前の話だが、ドイツ語とドイツ教養主義は日本の高等教育のモデルだった。ゲーテも読まれていたが、ナチス・ドイツの敗北とそれによりもたらされた惨禍はドイツの地位を貶めた。ドイツの伝統は否定され、ドイツでもゲーテは読まれなくなったという。とは、云いながら、オール・オア・ナシング式に捨てられるゲーテではないとも思っている。ドイツ人の思考におけるゲーテとニーチェの影響はずば抜けて高い。ゲーテは作家専業ではなく、何よりも政治家(と言っても人口数万のワイマール公国の大臣)であり、そのベースがオールラウンドな教養人だった。100年遅れて出てきた19世紀のニーチェとなると、かなり怪しいい。バランスを欠いた半狂人の詩人哲学者だが、キリスト教社会に対する批判=近代社会の出現と脱宗教家・世俗化・大衆化に対する批判者という点でゲーテと共通する部分が多々ある。


20世紀前半の書物で一番刺激的な本は、自分にとってはシュペングラーの「西洋の没落」になる。この本を読破するのは大変だ。日本語訳を持っているがなかなか読み通せない。英語版の縮刷版を何とか読んだが、眩暈がするほどの壮大な人類の興亡に対する叙事詩的は哲学書である。そのシュペングラーが師と仰ぎ、思索するインスピレーションを得ているのがゲーテでありニーチェなのだ。


意気込んでファウスト第二部を70ページほど読むも、結局は睡眠薬の役割りに終わってしまった。時計は23時前だった。

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