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2018年12月 2日 (日)

もう師走だ・・・

12月1日(土) 晴



夜中から明け方にかけて何度かトイレに起きた。それでも、その都度眠ることが出来た。睡眠障害は克服できそうだ。昼間に体を動かし、早朝と夜は読書に没頭する生活パターン。


今朝は母が寝坊した。6時過ぎからテレビの音が聞こえるはずが聞こえない。6時半過ぎにキッチンでゴトゴト、ガサガサ音がし始めたので様子を見に行く。いつもの元気な母が炊事を始めていた。ほっとする。7時半まで、2階のベッドで朝の読書はThe Global Cold Warを読み続ける。中国のソ連修正主義批判、中国の第三世界論とプロパガンダ攻勢。しかし、中国は文化大革命で混乱の中に沈んでいく。


長年疑問におもっていること:朝鮮戦争は結果として引き分けであった。ところが、ベトナムでの南北の戦いはなぜ北が勝利したのか。

1950年代の朝鮮戦争時は、アメリカ国内はもちろん、イギリスなどが国連軍を派遣したが、1960年代のベトナム戦争では、アメリカの孤軍奮闘となる。黒人の市民権運動と歩調を合わせるようにベトナム戦争に国民は批判的になっていく。イギリスはベトナム介入に協力しなかった。アメリカの撤退後の1975年、南ベトナムは北に飲み込まれてしまった。私が大学2年生のとき。その後、共産党独裁が始まり南ベトナムから大勢のボート難民が発生し、中国との小競り合いの戦争もあった。ベトナムは中国と対抗するために、冷戦終了後、アメリカと和解して、中国の改革開放路線をモデルに今や目覚ましい経済発展を遂げている。ところが、朝鮮半島は、ベトナムとはまったく違う運命をたどることになった。


終戦後は南朝鮮に比べて経済優位(日本が開発した)でスタートしたにも関わらず、その北朝鮮の優位性はすでに1970年代には完全に覆されてしまい、ジリ貧となっていく。1989年のソ連崩壊とともに東欧の政治体制は一変したにも拘わらず、東アジアでは、共産主義政権は崩壊しなかった。北朝鮮は方向を見失い(たかれる国=ソ連がなくなり)、生き残りの担保として核開発に突っ走る。国連から制裁を受けたまま出口なしとなり、世界の極貧国となってしまった。同じ共産党独裁国家なのこの違いは何だ。


朝鮮半島は、北朝鮮ばかりが問題なのではない。韓国も迷走を続けている。南ベトナム政権が崩壊したのに比べて、軍事独裁の南朝鮮の腐敗政権?は生き永らえ、日本と同様にアメリカの庇護のもと、奇跡的な経済復興を遂げ今やG20のメンバーである。しかし、ルトワック氏が指摘するとおり、国のアイデンティティが曖昧なままだ。国の独立を勝ち取ったわけではなく、日本の敗戦とともに転がり込んできた国家主権。しかし、その国家主権も当座は日本軍からアメリカ軍占領軍が主権を引き継いだのだった。国家主権を担うに足る政治勢力を模索しながら、アメリカは、結局日本の統治機構をそのまま使わざるを得なかった。そして、屈辱的なことに、朝鮮人は自治能力がないと見做され、国連の信託統治下に置かれるということになりかけた。冷戦の当初であり、ソ連が傀儡政権として北に金日成政権を作った。アメリカは対抗上、自国に亡命していたイ・スンマン(典型的な両班)を南朝鮮を代表する傀儡政権に据えたのだった。


気の毒なほど韓国という国の成立事情があまりにも惨めなのだ。それが韓国の国体である。実情はどうあれ、中華帝国の朝貢国としての記憶が、自足していた長い時代が彼らの精神のよりどころ(心が落ち着く)のようである。外部の観察者には、韓国は中国の天下の朝貢体制における自らの位置に戻りたがっているようにしか見えない。国の繁栄の機会を提供してくれたアメリカを袖にし続け、安全保障をアメリカに100%頼りながら、それに悖る行為ばかりをしている韓国。日本の1960年前後の安保闘争のころと同じだ。自分の存立の現実がわかっていない。わかりたくない。まるで駄々をこねる子供だ。これが韓国の危うさだ。


北朝鮮は、金一族と取り巻きの軍人たちが国民を食い物にして生き残りを図っているだけだ。核という使えない兵器で世界に脅しの手段で身をまもりながら。韓国のやっていることを見ると、どれだけ北朝鮮から挑発され実際に被害を受けても、何らその報復をする行動を取らず、ひたすら融和的に振る舞い続けるのは謎である。



ロシア、中国、そしてアメリカ(優等生の子分である日本)に囲まれた朝鮮半島は大国のパワーポリティックスに左右され続ける運命にあるかわいそうな運命を背負ったのが朝鮮半島の人たちなのだ。ヨーロッパのポーランドやウクライナと同じだ。東南アジアの地政学において本当に危険なのは朝鮮半島である。第一次世界大戦が、バルカン半島でのオーストリア皇太子の暗殺事件というローカルな出来事から1000万の戦死者を出す大惨事になった如く、朝鮮半島は東アジアの火薬庫的存在であり続けるだろう。

朝食(納豆、アラ汁、笹かまぼこ、ご飯、ミカン一個)。リハビリはお休み。今日は、何もしないでぼんやりすごそうかと思っていたが、やはり、じっとしていられない。父がデイケアーに出かけた後の10時半、車で出かける。天気はとてもいい。ポカポカ陽気。
Decnakagawa



しかし、潮のせい(長潮)とやはり水温が下がり水がすんでいる昼日中の時間帯の魚の採餌活動は不活発だった。アタリはなく、エサもほとんどついたまま。予想どおりだった。その後、那珂湊漁港にも立ち寄ったが小さなハゼ2尾のみに終わる。



Dec2



早々に切り上げて、15時過ぎ帰宅した。お昼はサンドイッチと肉まんだけだったのでお腹がすいたため、鍋焼きうどん(インスタント)を食べる。


夕食:ホウボウの煮つけ、鶏のもも肉のロースト、白ワイン、ホウレンソウのお浸し、アラ汁とご飯少々。
ニュージーランドでは150頭近いクジラが浜辺に打ち上げられて死んだらしいが、再び30頭近いクジラが打ち上げられたらしい。どうしたことだろうか?シャチに追われた?地元の大洗海岸でも7,8年前、磯に大漁のイワシが打ち上げられたことがあった。嬉々として網をもちイワシすくいをした記憶がある。クジラとなると分けが違う。日本人ならクジラ肉を食べるが彼らは愛玩動物の一種と考えている。


2階に上がり日記をつける。よく考えたら、今日から12月。師走だ。ケガしたのは初夏の5月。いまだにリハビリを続ける日々。2018年は、有終の美を飾って退職をと思っていたが、有終の美どころではなかった。それでも、骨折で良かった。内臓器官の癌とか何かだったら・・・。そんなことを思いながら、ベッドに潜り込み、The Cold Global Warを読み続ける。

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