2019年8月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
無料ブログはココログ

« 寒さに負ける日々・・・ | トップページ | 散歩と水鳥たち »

2018年12月18日 (火)

The Global Cold Warをついに読了!

12月16日(日)曇り時々晴

5時過ぎの目覚め。The Global Cold Warの最後の数ページを読む。6時13分、アカハラの地鳴き。6時半前、読了。ほぼ一ヶ月くらいかかっただろうか。

朝食:ハムエッグ、納豆、ご飯少々に味噌汁。

著者は、第2次世界大戦終了からソ連崩壊までの冷戦とは米ソ両超大国の戦略と軍事力を巡る戦いではあっても、ヨーロッパが中心となるのではなく、第三世界を巡る両大国の確執を中心テーマとしてとらえている。

第三世界とのかかわりにおいて、米ソの動機が従来のヨーロッパ諸国型の「反植民地主義」であったが、実質的には「新しい植民地主義」であった、と著者は主張している。キーワードは「近代化」。

ソ連共産党とは、伝統ロシアを否定した近代国家を作る政党であった。したがって、9割以上を占める農民(どちらかという農奴に近い)を否定して、現代人に作り替える政策を行った。ロシア革命直後の内戦においては、政権を握ったボルシェビキは反政府派(帝政派、ブルジョワ層、反革命派等)をことごとく国外追放するか、抹殺(殺す)した。容赦のない残虐さで。その次になされたのが農業の集団化でありこれも容赦なかった。富農(クラーク)などの反対農民は抹殺された。(恐ろしい話だ。共産主義革命にともなう信念に基づく大量殺戮は、中国でもカンボジアでもあった。ナチスのユダヤ人虐殺と同じものだと思うが、ナチスの犯罪を相対化するものとして、この対比は批判されることが多いというか、学会主流は、特にドイツにおいてはタブーらしい)。

第三世界にとっての目標、すなわち、「国の独立」と「近代化」を達成するということでは、米ソと同じ理念を共有していた。しかし、どのようにしてこれらを実現するのか、については米ソのいずれかのモデル選択肢があった。場合によっては二股をかけることも可能であったのだ。そのうえで、冷戦の悲劇は、二つの超大国の正義は、ゼロサムゲームであったこと。一方が勝つということはもう一方が消滅するという恐怖感だ。第三世界側にも問題があった。止めどもない内紛である。近代化を目標としながら、アメリカ型またはソ連型を選択したとしても、第三世界の人口の殆どを構成していた農民社会は中央からの強引な権力による近代化のための強制に消極的ながら反発をしていく(旧来の植民地時代と同じ)。エスニシティーと宗教と血縁・地縁=伝統の拘束は強いのであり、両超大国のイデオロギーに基づく地元のエリートの近代化政策は難航あるいは頓挫することになる。

ソ連崩壊までの最後の10年、ソ連政府の予算の三分の一は軍事予算で使われていたというのは驚きである。小室直樹氏の「ソビエト帝国の崩壊」をパラパラと参照したのだが、まさにそのことに触れている。ソ連の軍事産業は当時の日本の国鉄であると。「社会的事実」までになってしまったソ連の軍事産業(ひょっとすると、軍産複合体を擁するアメリカも同じか)は、効率が悪く赤字を垂れ流しても(当時の共産圏では、資本制国家の利潤という概念はなかったが)簡単にはリストラや効率化ができなかった。小室氏はかつての旧日本陸軍になぞらえている。中国・満州の権益=陸軍であったが、最終的に日米戦争になった原因である。陸軍の断じて譲れない聖域。かくて、国益はないがしろにされ自滅の道をたどることになる。ソ連における軍の地位が斯くまでに高いのはなぜか。独ソ戦で国が亡ぶ(ヒトラー・ドイツはソ連人を殲滅・奴隷化しようとしていた)瀬戸際まで追い込まれた恐怖とそれを救ったの輝かしい赤軍の活躍にあるという。軍人は普段でも勲章と軍服を着るのを誇りとしており、国民も敬意を払っているのだ。おいそれとは手を付けられないのだ。

ソ連の第三世界への介入(アフガン紛争当時)に投入した費用は国家予算のわずか2.5パーセント。アフガン戦争が泥沼化したものの、ソ連は、撤退せずに支援続けようとすれば続けることは出来た。しかし、ソ連の民生は1970年代以降下降線を辿った。特に問題となったのは、原油価格の暴落だった。私有財産を否定したソ連型社会主義経済の非効率さは、1970年代にソ連を農産物(穀物)の輸入国に転落させた。また、国家予算の三分の一が軍関係の予算に消えていった。資源の効率的な有効活用が出来ず民生は悪化するばかりであった。一方で、1980年代の韓国・台湾を筆頭に東南アジアの発展は目覚ましいものがあった。社会主義国やそれへ傾倒する者たちに自分たちの信条に疑念が生じる(社会主義経済とは、発展途上国の経済政策であって、結局自由主義経済に永遠に追いつけない)。かくして、社会主義イデオロギーは色あせ始める。ゴルバチョフのグラスノスチとペレストロイカによる国内の民意も批判的になっていく。1991年夏のクーデターは、スターリン主義へのとんぼ返りを意味していた。そして、多くの共産党員はそれを望まなかった。雪崩を打って共産党は崩壊した。つまり、ソ連の崩壊。

エール大学のバンクロフト賞を受賞した秀作を読破した余韻に浸りながら午前中を過ごす。各章ごとの要約を作ってまとめをしないと全体像を見失ってしまいそうだが、細かい事は別として、冷戦の結果、アメリカが勝利したことになっていはいるが、著者はアメリカに対しても手厳しい。冷戦終了当時、世界は4人に一人は少なくともそれなりの豊一定水準の生活を享受していたのが、、21世紀に入った今日、この割合は悪くなっている(6人に一人)。1990年代以降は、グローバリゼーションが進んだが、この言葉が意味するものは実質的にアメリカ化である(自由民主主義と市場経済主義)。アメリカは冷戦の勝者になることによって自らのイデオロギーを地球規模でおし進めている。冷戦時代と同じ第三世界への介入を相変わらず繰り返しながら。その結果が、2001年のアメリカで起こった同時多発テロである。米ソを含む西欧諸国が(1415年にポルトガルがアフリカでの植民地化が淵源)第三世界で引き起こしてきた西欧世界の罪業と比較するなら、9.11テロは被害者側による「それと同等のレベルの犯罪」なのである、と著者は言う。9.11の犯罪性をとやかく言うより、どこで起こったか、というのがポイントなのだ。確かにアメリカは対抗するものがない超大国である。米ソの冷戦時ですら、厳密にいうなら米国の力があらゆる点で勝っていた(マルクスの予言通り)戦いだった。

しかし、抑えるものがいないこのアメリカの力がその「道徳性」を担保するわけではない。アメリカの対外姿勢(外交)=アメリカの国是を広めることがアメリカの使命であり、万人の幸福でもある、という信念にもとづく他人へのお節介=介入姿勢は、半永久的に変わらないであろうと著者は悲観するが、それでも、ベトナム反戦や中南米への理不尽な介入(イラン・コントラ事件)などへの批判が国の行き過ぎを修正する経緯が過去に余地があり、アメリカの自己の軌道主勢力への淡い期待をかろうじてながら表明している。

お昼:スパゲッティ・ペスカトーレとコーヒー。

午後:10度に届かない寒さと潮が動かないことを考え、釣りは断念。2階で本の整理をしながらブックサーフィンをする。小室直樹氏の「ソビエト帝国の崩壊」は再読した。

夕食:サバの文化干しとロースハムを肴に赤ワインを飲む。

« 寒さに負ける日々・・・ | トップページ | 散歩と水鳥たち »

経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 寒さに負ける日々・・・ | トップページ | 散歩と水鳥たち »